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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第六章
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第七話


十分くらい歩いて、近所のコンビニに到着した。

駐車場には、既に京介さんがバイクの横で待っていた。近づいたこちらに気付いて、よっ。と手を挙げてくれる。


「すみません、来てもらってしまって。」

「それはいいけど。急ぎで話したいことって?」

「実は…。」


話をしかけてから、やっぱり警察に張られていると面倒なので、


「本家に来てもらってもいいですか?」


バイクはそのままコンビニに駐車させてもらって、コンビニには心の中で謝罪しておいた。一緒に本家に向かう。今度はさっき三上さんが待ち伏せていた正面の入り口ではなく、神社の中を通って家に繋がる裏口から敷地に入り、


「その、申し訳ないんですけど…。ここから入ってください。」


ここ、と指差したのは玄関ではなく、庭先に繋がる家の縁側だ。本家の大人に俺たちが京介さんを呼んで勝手に動いているのがバレないように、ここから入ってもらうより他なかった。

文句も言わずに靴を脱いで上がってくれるのがありがたい。

脱いだ靴を床下の隙間に隠していると、


「間男みたいだね、俺。」

「…そんな経験あるんですか…?」

「まあ、学生の頃は遊んでたから。」


結構尊敬しているんだから、夢を砕くのやめてほしい。いや人によっては彼氏のいる子と遊ぶのが夢というかロマンという可能性もあるが、俺にそっちの趣向はない。

尊の待つ居間に案内すると、


「久しぶり、尊ちゃん!相変わらず世界で一番可愛いね。」

「お、お久しぶりです…。」


早速尊の手を取ってナンパをしていた。


「さっさと座ってください。」


と座布団を尊から離れた位置に置く。

七が京介さんのこういうところを遇らう意味がよくわかった。この人のこういう所は見ないようにしないと、憧れの大人像的な何かが崩れてしまう。

ので、さっさと話題に入るようにした。


「実は、お願いしたことがあって。」





全部話し終わると。

それまで黙って話を聞いていた京介さんは、「くくっ」とこらえきれないように吹き出してから、


「あははははははははは!」


と笑い始めた。

突然笑い始めた京介さんに俺も尊も一度面食らいつつも、


「じょ、冗談で言ってるんじゃないんですよ⁉︎」

「いや、ごめん…。くくっ、それはもちろん、わかってるんだけど…。は、腹いてー、くははっ」


と言いながら、また腹を抱えて笑い始める。そのまま床に転がりそうな勢いだった。


「何がそんなに面白いんですか⁉︎」

「違うんだよっ!君たちが真面目に言ってるのは…、ふふっ、わかるんだけど…。」

「じゃあなにが…。」


灰は絶対殺人なんて罪を犯すような奴じゃないから、そんな冗談笑ってしまう。ってことなら安心もできるが、


「いやいや、アイツならやりかねないでしょ。」


と笑いながら返された。


「びっくりするくらい沸点低いし短気だよー、アイツは。本気で頭に血が上ったら人くらい殺すって。」


全然信頼されてなかった。こういう時って昔ながらの知り合いだけは無実を信じてあげるとかっていう展開になると思うだけれど…。


「じゃあ何が面白いんですか?」


俺の問いに、また堪えられないように笑い声を混ぜながら、


「灰が…、事前に凶器を購入して殺人て…。」


それの何がそんなに面白いんだろう…。

そろそろ白い目になってきた俺たちに気付いて、少し落ち着けてから、


「アイツがそんな、計画的なことするわけないじゃん。」


と。酷い信頼のされ方もあったものだ。


「カッとなってとかならわかるけど、綿密に計画立ててそんなことしないって。」

「そう…ですか?」


いまいち信用に欠ける証言に俺と尊も疑うが、


「それにアイツがキレて殺しちゃったんなら、わざわざナイフなんか使わないよ。多分素手を選ぶよ、素手。」


ゴリラみたいな握力してるから。とまた笑い出している。


「じゃあ京介さんも、誰かにやらされているんだと思いますか?」

「その可能性が高いんじゃない?」

「私たちもそれは考えてはいたんですけど…。」

「灰が脅されているのが想像つかなくて…。」


弱みとか無さそうじゃないですか、と続ける。

計画性に殺人を犯すとかより脅されているところの方がどっちかというと想像がつかない。


「弱み…。」


京介さんはしばらく考え込んでいた。

京介さんは高校生の時以来灰と会っていないようだし、今の灰の弱みなんて聞かれてももっとわからないだろうと思っていたが、


「その事件って、東京で起きた事件なんだよね?」

「え?はい。」

「被害者の話って聞いた?」

「灰との交流関係は今のところわからないって…。」


チンピラだったらしいが、東京に住んでいるその人と灰との接点は見つかってないらしく、だからこそ俺たちは余計に灰の犯行でないと疑っていた。


「その人のこと、次警察に会った時聞いてみてくれる?その人を辿れば、何かわかるかもしれない。」

「わかりました。」

「出来れば早めに。そっちはもしかしたら、心当たりがあるかもしれないからさ。」

「心当たり…?」


京介さんはそれに「まあね。」とだけ答えて、それ以上深くは言わなかった。


「とりあえず、二人を探しに行こうか。」

「町中に行きますか?」

「昨日見つかった場所の近くには流石にいないんじゃないかな。だけど身代金のこともあるし、灰一人ならともかく七を連れて動いているなら遠くにも行ってないだろうから、周辺の町から洗ってこう。」

「わかりました。」

「バイクじゃ三人は無理だから、尊ちゃんは警察か灰の連絡が来るのを待ってて。」

「……。」


尊はそれに、頷かなかった。


「私に行かせてください。」


私も七が心配なんです。と尊は続ける。

尊の立場を考えれば、いやそれ以前に行った先で何が起こるかわからない。俺がいたところで灰相手に何もできる気はしないが、それでも尊が危険な目に遭うよりはマシだ。

俺が言うより先に京介さんが、


「七なら大丈夫だから、尊ちゃんはここで待ってて。」


と迷いもなく返した。

その言葉に、説得力のない断言が尊の気に触った。


「でも!京介さんは灰さんとずっと会ってないんですよね?灰さんのことはわからないじゃないですか!もし七の身に何かあったら、…私は…!」


尊の声も身体も震えていた。

ずっと一緒に住んでいてこんなに取り乱すところを見たことがないほど、表に出さないだけでずっと感情が溢れ出る瀬戸際だったのだろう。心配している気持ちは同じだけど、家でずっと待っているしかできなかった尊の方が俺よりずっと気をもんでいたのかもしれない。

…いや。

巫女の条件を聞いて、同じ女として。神楽所家の巫女を七に渡してしまった立場として、恐怖や罪悪感が尊の方が強いのかもしれない。

余計に心配させるようなこと言わなければよかったと、後悔した。

安心なんて七が無事に帰ってこなきゃ出来っこないのもわかっていて声をかけられなかったが、


「大丈夫だよ。」


と、京介さんがもう一度言った。


「確かにずっと会ってないけど、アイツは大人になったからって変わるような殊勝な奴じゃないから。」


そうおちゃらけながらも、俺と尊を宥めるように。三上さんのように嘲るでもなくさっきみたいな爆笑でもなく、安心させてくれるように微笑んだ。


「灰が女の子に手をあげるような奴じゃないことだけは俺が保証する。七は()()無事だから、大丈夫だよ。」


隣で、尊が泣いていた。

気休めなのはわかっていても。それでも尊は、俺たちはそれをずっと言ってほしかった。

灰を信じて間違いじゃないと、七は無事だと安心させてほしかったんだ。


「…すみません。七のこと、お願いします…。」


尊が深く頭を下げると、京介さんは頼もしくも拳を作って返す。


「ああ。尊ちゃんを泣かせた分は、必ず俺が一発殴っておくから。」

「俺の分もお願いします。」


俺も爽やかにこの場を締めるつもりで会話に乗ったが。


「君は自分でやりなよ。」


と真顔で返され、殴り方だけは教えてくれた。

…相変わらず男に厳しい。






「にしてもそうか、急ぎの用ってそういう話だったのか。」


と少し落ち着いてから、京介さんが立ち上がりつつ言った。俺も外出するために上着を着直しながら、


「そういう話って?」


京介さんには緊急で話したいことがあるとしか言ってなかったが、他に思い当たる話なんかあったっけ?


「俺はてっきり、七の誕生日のことなのかと…。」

「た、誕生日…?」


なんのこと…?


「あ、臨はまだ知らなかったですよね。」


涙を拭きながら「バタバタしてて言えなかったんですが…、」と尊が慌てていて、


「え、知らないの?」


京介さんの、灰が殺人事件の容疑者だと言った時より仰天した顔に。

嫌な予感がした。

聞きたくなかったが、聞かないわけにもいくまい。


「なんのこと…?」


尊と京介さんはお互いどっちが言うか気まずそうに顔を合わせてから、


「七、明日が誕生日なんです。」


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