第六話
家から出た俺を待っていたのは、敷地の外で立っていた三上さんだった。
「…何しているんですか?」
警察が家から出て行ってもう二時間近く経ったはずだというのに。
他の二人の刑事はいない。三上さんだけが歩道に立っていて、まるで家を見張っていたみたいなのに、俺に声をかけられても動じる様子も決まりが悪い顔をするわけでもなく、
「どうして灰さんがこの近くに潜伏し続けているのか気になってね。」
と家の周囲を見渡した。
「普通は遠くに逃げるものだろう?人質を盾になるべく遠くに。」
ここにいたことを考えれば、どうして俺にそんなことを聞くのかは明白だった。見張っていたというよりは、誰か出てくるのを待ち伏せしていたのかもしれない。それか、誰かがやってくるのを。
「そうですか?土地勘のある場所の方が逃げやすいんじゃないですか?」
すっとぼけてみたが、
「確かに、犯人が事件現場から離れない場合もある。例えば、自分の起こした騒ぎを見ていたい愉快犯とか、証拠を消しに来たとか。…あるいは、近くに協力者がいるとか。」
「…。」
「身代金を要求している、という線もあるかもね。」
鋭いな…。流石に警視庁のエリート刑事というだけある。
ひょっとすれば。
警察は神楽所家が灰を匿っているという線も考えているのかもしれない。でなければ、身代金について知らない警察したら確かに灰がこの周辺にとどまる意味に説明がつかない。証拠もなく神楽所家に踏み込めないから、こうやって何かアラを出すのを待っているのだとしたら…。
警察に灰と神楽所家が共犯であると誤解されれば、七の誘拐も虚言だと思われかねない。
そうなれば、警察は七の捜索をやめてしまうんじゃないか?
「もしかして、灰さんから何か連絡が来ているんじゃないのかな?」
三上さんの直球な言葉に、一瞬、返答に迷ってしまった。
ここはちゃんと言った方が七のためか…?
だけどこれを言えば事件がより大事になる。灰の無実をどんどん証明できなくなる。
「…来ていません。」
本当に、これでいいんだろうか…。
「本当に?」
この誤解によって警察を敵に回したとして。
この上更に分家が氏神様の不在を知るようなことがあれば四面楚歌だ。絶対の切り札になる氏神様がいない状態で、警察と諍いをしながら分家を相手取って灰と七を捜索するなど無理に決まっている。
自分たちのついている嘘で、自分の首を絞めにいっているようなものだ。
「……。」
…だけど。
「七を助けたいのはうちも同じですから。情報があれば、必ず連絡してます。」
警察に押し入れられることになっても、分家に攻め入れられても。
灰は犯人ではないと信じたい。だから七も絶対に無事だと、そう思いたい。
三上さんは「ふむ」と。名探偵が犯人を追い詰めるような仕草でわざとらしく顎を触ってから、神社の方を指差した。
「神に誓って?」
「…は?」
唐突な質問に怪訝な目を向けてしまった俺に、「ああ、いや。」と苦笑いされる。
「神社の家の子だから、そういうの信仰深いのかなって。冗談のつもりだったんだけど、気を悪くしたかな?」
「…はあ。」
曖昧に返事をするしかなかった。
別に神様をジョークに使われて気を悪くしたとかではなく、いかにも理論的な思考をしていそうなこの人と神様なんて単語が似合わないと思ったからだ。
俺の反応をどう捉えたのか、
「僕は信じてないだ、そういうの。」
と三上さんは笑った。
「神に祈って叶うなら、誰も何も努力しなくなるだろう?何事も他人任せじゃなくて、自分の手でどうにかしないと。」
そう続けた顔は、どこか嘲りを含んでいるように見えた。
「神様なら、いますよ。」
俺の言った言葉に。
三上さんは数度瞬きしてから、もう一度笑った。
「随分、信仰深いんだね。」
信仰深くもなるさ。
神楽所神社の神様は、氏子のことをなんでも知っている。その恐ろしいまでの力を見れば。
なのにテニスウェアを喜んで着たがる、若い男が大好物の膝枕が好きなその姿を見れば。
信仰心も爆上がりだ。
氏神様は。俺たちの神様はー
「氏子の味方をしてくれる良い神様ですから。」
「氏子…?」
聞き慣れない単語に首を捻っていたが、わざわざ教えてあげるつもりはなかった。
神楽所神社の神様を知っているのは、俺たち氏子だけで十分なんだから。
そうだ、氏神様ならきっと。
氏子である灰を信じる筈だ。助けてくれる筈だ。
失礼します。とだけ言って、俺はその場を後にした。




