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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第六章
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第四話


灰の身代金の要求があった後俺たちは自室に戻るように言われ、大人たちが話し合いを続ける客間からは追い出されてしまった。夜はすっかり暮れていて遅くなった夕食を取りながら、それでも灰が犯人でない可能性を考えて尊と議論を交わしていた。


「脅されていて仕方なく、とかじゃないでしょうか?」


尊が自分で言いながら、しっくり来ないのか難しい顔をしていた。その線は大いにありそうだが…。むしろ灰が本当の犯人でない理由があるとすれば、誰かにやらされているという線を信じるしかないのだ。でも、


「何を…?」


脅されるには脅されるだけの材料が必要だ。弱みなり、人質なり。


「家族を人質にってことはなさそうですもんね。」

「誰もいないもんな…。」


灰の母親と祖母は海外に住んでいて、父親は最初からいない。海外から人質にされているには遠く離れすぎている気がするし、他に家族と言えば遊び人で有名だった灰の祖父くらいだが、その人も既に他界している。


「何か弱みでも握られているとか?」

「灰さんに弱み、ですか…?」


尊が眉間にシワが出来るほど考えを巡らせてはいるが、何も出てこない。俺も同じだ。

灰の性格的に人に知られたくない弱みとか秘密とかあんまり無さそう…。


「仕事をバラす、とかはどうですか?」

「うーん…。」


灰が織衛組の人間であることは公になっていないからなのだが、それは隼おじ様も同じことで、神楽所家の分家には公務に就いていたり、中には県議会議員の人間もいて、その人たちと同じ家系に暴力団関係者がいるわけにはいかないのだ。だからフロント企業と呼ばれるカモフラージュの会社に勤めているという体ではあるのだが、だけど、


「そんなこと結局、周知の事実だしな…。」

「ですよね…。」


結局、知っている人は知っているのだ。

公に出ていないだけで、灰も隼おじ様も暴力団だって関係者なら全員知っている。神楽所家が織衛組と交流があることなんか昨日来た警察だって知っているはずだ。だからこそ殺人犯として疑われているのだろうし、神楽所家への対応に困っているのだろう。

だけど神楽所家相手にそこを突いたところで、何もできないから黙認されてきているのだ。だからそんなことは脅しにもならない。そもそも灰がそんなことを脅されて気に病むような奴とも思えない。


「仕事か…。」


織衛組としての仕事で最も重要な任務は氏神様の護衛で、この神楽所家で最も人質に、脅しの材料に適しているとするとすれば、七が該当するのだろうが。その七本人が灰の手によって攫われているのだから、それも考えれない。


「アイツ弱みなんかあるのかな…?」


お互いなんとかして灰が犯人でない可能性を絞り出そうとして、だけど結局机上の空論にしかならなかった。それでも生産性がない話を延々繰り返すのは、灰が犯人でないと証明できなければ、七の無事を信じられなくなってしまうからだ。

スマホはずっと位置情報共有アプリを開いているが、七のアイコンが帰ってくることはない。


「…やっぱり、警察にも言った方が…。」


身代金のことは他言無用にするようにお婆様から言付けられている。客間を出る前に、警察には絶対に言うなと、そう言われた。

当然俺と尊は七の捜索のためにも人手があった方がいいとそれを跳ね除けようとしたが、捜索は織衛組に任せ、お金を払えば無事に七を返すという言葉を信じて身代金を用意するつもりなのだそうだ。一億なんていう大金がすぐに用意できるものなのか、働いたことのない俺でもありえない額だとわかるが、神楽所家ならどうにでもできる額なのかもしれない。


それだけ、七のー氏神様の器は神楽所家の大人たちにとって価値があるということだ。


それを考えれば、灰が殺人犯として公表されると神楽所家の汚名になるからなんてことよりも、反本家派の分家に氏神様の器の不在を知られる方がよほど危険だから公表されたくないのかもしれない。氏神様の存在は狙われる価値があるのと同じだけ、そこにいるだけで牽制になるから。


「七、今どうしてるんでしょうか…。」


尊の不安そうな、ポツリと呟いた言葉に。


「……。」


…無事でいてくれなければ困る。

何かあれば…いや、本当は帰ってくる保証すらない。

もう二度と会えなくなってしまうようなことがあれば…。


「俺、外見て来ようかな…。」


この近くにいるとは限らないし、多分行くだけ無駄なこともわかっているが。じっとしている方が限界だった。


「なら私も…!」

「いや…。尊は灰からの連絡が来るかもしれないし、家にいてお婆様たちのこと見てて。」


動向を探っておかないと、もし灰から何かアクションがあっても騒ぎ立てる俺たちには教えてくれないかもしれない。


「…わかりました…。」


本当は尊だってじっとしていられないのはわかっている。

尊の気持ちを考えれば一緒に探しに行きたいところではあるが、尊だって神楽所本家の娘なんだ。大人たちが教えてはくれないから知ることが出来ないが、お婆様のついてきた嘘を今現在どこまで分家の人が知っているかによって、尊の身だって未だに危ない可能性はゼロではない。

それでなくともこんな時間に女の子を積極的に連れ出したくはない。

尊は多分それを自分でわかっていて、


「臨も気をつけてくださいね。」


と送り出してくれた。




夜道を自転車で漕ぎ始めると、十月も終わりに差し掛かり、冬を感じ始める冷たい風が顔を刺す。標高の高いこの辺りではかなり厚手の上着を着ていていないと、こんな時間にとてもじゃないが外にはいられない。

灰はきっと家も車も警察に追われているだろうし、七を連れてどこにいるんだろうか。まさかこの寒空の中野宿しているとは思いたくないが、外にいてくれれば、俺でも見つけられる可能性がある。

そう思って近所の公園や河川敷に足を運ぶが、


「いないか…。」


人影はない。

こんな夜寒い中そもそも外を歩く人がいないから、人気のない場所なら一晩隠れるにはうってつけだと思って回ってみたが、あまり良いアイデアではないようだった。警察から逃げ回ったことなどないからわからなかったが、駅周りの人通りがある辺りの方がむしろ隠れやすいのかもしれない。というのも歩道を走る俺に車が急に近付いてきて、


「君、何してるの?」


とパトカーの窓から身を乗り出して、外に出てから既に二度目となる巡回中の警官から声をかけられていた。


「塾の帰りで…。」


さっきからこの嘘でその場を凌いでいる。こんなに何台もパトカーが巡回しているのを普段見たことがない。きっと灰を探しているんだろうから、俺が神楽所家の人間だとバレると面倒になるだろうが、


「なら早く帰りなさい。」


とさっきの警官と同様、バレていないのか解放してくれた。パトカーの進行方向と逆に逃げるように自転車を漕ぎ始める。

人気のない場所に隠れると踏んで警察がそういう場所を優先的に捜索しているところを見ると、俺のやっていることはやはり見当違いのようだ。

灰ならきっとそれを見越して、町中に隠れるだろう。

この辺りでこの時間に人通りがあるとすれば駅周りくらいだ。今走っている向きと逆方向のため自転車を反転させると、さっきの警官が俺に声をかけた辺りで止まっていた。

慌てて細道に入って隠れて様子を見ていると、パトカーの無線から、


『…応援を…』


という声が漏れていた。

すぐに戦闘態勢に入るようにパトカーは赤いランプを光らせると勢いよく走り出していく。


「まさか…。」


パトカーの走る方向にペダルを漕ぎ始めると、信号も無視して猛スピードで走っていくパトカーに自転車では振り切られつつも、他の道からもパトカーの音が聞こえてきて静かな町にパトカーの音がけたたましく鳴り響く。

その音から、皆同じ方向にー駅近くの商店街の方に向かっているようだった。

一か八かパトカーの追跡を諦めて小道に入り、大通りを迂回するパトカーよりショートカットで商店街の方向へ走り続ける。


五分程走り続けてもうすぐ商店街に差し掛かろうという時ー


「止まれ!」


と怒号が聞こえた。

小道が終わり商店街の通りが見えると、そこには警官たちが何人も連なっていて、


「灰!」


シャッターで閉められている店が並んだ商店街の中で、警察に周囲を囲まれている灰の姿があった。


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