おまけ⑮
「相変わらず本当に美人ねぇ。」
分家の、確かお婆様のお父さんのお姉さんのお孫さんである中年の女性が言う。親族会の主役である尊を囲う親族たちは、それに続くように負けじと、
「成績も優秀で、遥さんも誠さんも鼻が高いでしょう。」
「学校で生徒会長になったんだって?」
「尊ちゃんがいれば神楽所は安泰だな。」
言われて、誠さんも遥さんも謙遜する。
尊は笑って上手く受け流しているようだ。
「ふん、あの女のどこがそんなにいいんですの。」
俺の向かいの席に座っている唯が面白くなさそうに鼻を鳴らした。
俺たちの座る子供席から尊が座る大人席は遠く離れており、そのやっかみは親族会に参加する大人たちの耳には入らない。
「あんな古臭い学校の生徒会長なんて、なんの価値もありませんのよ。」
「古臭いって…。」
人の通っている学校を捕まえて、俺も来年から通う学校なのにその目の前で酷い言い草もあったもんだが、自分も次期生徒会長が決まったのに話題にされないのが面白くないのだろう。
「尊が次期頭首だなんて、神楽所も落ちたものですわね。」
「……。」
怒ったところで、唯が聞く奴でないのは今更わかりきったことである。ここで言い合いになれば尊の顔に泥を塗ることになるかもしれないし、聞き流すことにした。
「あの女を持て囃すための親族会も、そろそろ飽きてきましたわ。」
なら来なければいいのに…。
というわけにはいかないのだろうが。唯の家は分家の中でも神社を持つ有権者だ。親族会に呼ばないのは角が立つし、来ないなら来ないで角が立つ。
「まあ、顔ぶれが見飽きて来たのは同意かな…。」
来年高校三年生になる尊のための親族会はここ最近頻繁に行われていた。
その次年の高校卒業後のことを見越して、神楽所家を継ぐ者として本格的に動いているのだろう。親族会はそのための顔合わせだったり、そのまま見合い話なんかも進んでいくのだろうか。
尊がどこかに嫁いでいくなど、考えられない…。
いや考えたくないという方が正しいか。
数少ない俺の家族と呼べる人間が、別の誰かの家族として居なくなってしまうのはあまり面白い話ではなかった。
「臨君、久しぶり。」
わざわざ子供席までやってきて声をかけてきたのは、さっきまで尊の隣にいた樹さんだった。
「お久しぶりです。」
関西の大学に通う樹さんは本家の婿の有力候補として、さっきも尊と並んでいたところを他の親族にやれお似合いだの美男美女だの囃し立てられていて、最高に面白くない光景だった。
嫌味な性格で親族の中でも煙たがられている樹さんのお父さんがやたらと自慢げなのも鼻につく。
「来年から高校生だったよね。もう学校は決まった?」
「はい、推薦で決まってます。」
最初から尊と同じ学校に入るべく狙っていた推薦枠を勝ち取り、そのためにこの中学三年間優等生を演じていた甲斐があった。
「おめでとう!高校生活いっぱい楽しんで!」
背中を叩いて爽やかな笑顔を振りまく樹さんが良い人であることはわかっているが、尊のこともあるからかあまり好きにはなれない。
「…ありがとうございます。」
…嫌いにもなれないのが憎いところだが。
「唯ちゃんも来年は受験だよね、何かあれば僕も力になるから言って。」
と唯にもその白く光った歯を見せながら笑う樹さんに、
「…ありがとうございます。」
唯も似たような反応をしていた。捻くれ者の唯にこの手のタイプは相性が悪いのかもしれない。
樹さんはその輝かしい笑顔を俺に向かって曇らせて、
「中学校最後の大事な時期なのに、親族会ばかりで遊べてないんじゃない?」
心底心配されたが、生憎別れを惜しんでまで遊びたい相手がいるわけではない。
内申点のために優等生ぶっていたから、中学生らしく悪いことをして遊びたいクラスメイト達とは気が合わず、表面上は関わっているが内心では一緒にいて楽しい相手ではなかった。向こうも神楽所の名である俺に対して仲良く振る舞ってはいるが、内心どう思っているかは考えなくてもわかりきっている。
「親族会の方が大事ですから。」
「真面目なんだね。」
「…そんなことないですよ。」
そうだ。
別にそういうわけではない。
神楽所家として、尊の後ろを歩く存在として、恥がないように、恥をかかせない様にしてきただけなのだから。いつも一人で前を歩く尊の、せめてお荷物にならないように気をつけてきただけだ。
俺では到底、あの神楽所尊の隣を歩くことはできそうもないから。
尊は変わらず大人たちに囲まれていて、表面に貼り付けられた笑顔はここ最近剥がれているのを見たことがない。子供の頃はもう少し素直に笑った顔をしていた気がする。
きっかけは、子供の頃にあの尊の再従姉妹とかいう女が言ったことのせいだろうが…。
それがなくとも。
神楽所家の大人たちからのプレッシャーはいつか尊を押し潰すんじゃないかと、だけど俺が心配したところで、尊が内心本当はどう思っているのかを知ることは、尊の本心を曝け出させることは、俺ではできない。
…いつか。
神楽所尊をただの尊をして見てくれる人が、本当は脆い尊を受け入れて、尊の隣にいてくれるようになるといい。神楽所家次期頭首としての尊がその重荷を外して、より掛かれるような人が出来るといい。
そんな人が、現れるといいのに。
そんな人なら、俺も家族だと言えるのに…。
大人たちの喧騒に掻き消された言葉に、
「何か言った?」
と樹さんには聞き返されたが。
「なんでもないです。」と首を振った。
俺はまだ、ここに加わることになるもう一人の家族を知らない。
そうです。おまけなんです…。




