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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第六章
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第三話

客間には誠さん、遥さん、お婆様、俺と尊、そして警察の刑事三人が揃っていた。

お婆様が上座に座り、俺たち親族側と警察側とでテーブル越しに向かい合わせになっている。


「東京で起きた事件なので、本来は警視庁の者が来るところではあるんですが…。その、神楽所さんのご親族の事件とのことで…。共同捜査という形を取らせて、神楽所さんとご好意にしていただいているうちが対応させていただくことになりました。」


と警察側の中で一番年配の男性刑事が、お婆様の顔色を伺うように言った。

神楽所家は当然警察にも顔が利く。今のはまるで神楽所のために県警が動いているみたいな言い方だが、この地域の有権者が揃って頭を下げる相手に、東京の警察がやってきて万が一失礼でも働かれたら後々どんな報復を受けるかわからないと踏んで、特別対応をしているんだろう。

要はこの人たちも保身のためにやっているはずだ。


「東京で起きた事件なんですか?」


聞いたのは遥さんで、


「灰さんは東京まで行って事件を起こしたって言うんですか?」


尊もそれに追撃する。


「はい。事件現場まで車で走る姿も途中のETCの利用も確認しています。何よりその現場から容疑者が出ていくところを監視カメラが捉えています。」


義務的に答えたのはその中で唯一女の刑事だった。お婆様の顔色を伺うよう愛想笑いを浮かべる年配の男性刑事とは違い、無感情で淡々とした対応が刑事としてはむしろ信頼できそうではあるが…。


「容疑者って…。」


思わず言葉に出してしまった。

警察はもう灰を犯人として扱っていて、名前ですら呼ぶつもりはないらしい。


「臨、仕方ないだろう。刑事さんたちも仕事なんだ。」

「でも…。」


誠さんの指摘も重々わかってはいるが、だけど灰は犯人なんかじゃない筈なのに。

歯痒い気持ちをどうにもできず俯くと、隣の年配の男性刑事が、


「親戚の人をそんな風に呼ばれたくないよね、すまないね。」


と頭を下げて、隣の刑事達に目配せしていた。

これは別に俺に気を遣ってくれたのではなく、神楽所家に気を遣ったんだろう。と、冷静に考えてしまうのが嫌なところだ。


「現場でも神楽所さん…、いえ、灰さんの指紋を確認しています。ここに来た灰さんにも、血痕が付着していたんですよね?」


俺と尊がこの場にいるのは、神楽所家の重要人として呼ばれているわけではなくさっきこの目で灰を、七が拐われていくのを見たからからだ。でなければ、本来こんな重要な場に俺たち子供が呼ばれることはない。


「血…かどうかはわからないですが、髪の毛と服が黒く汚れていました。」


なるべくこの場に停まって情報を聞けるよう、子供でも証言力があると証明できるよう嘘はつかないようにしたが、


「十中八九被害者の血痕だと思います。」


証言すればすればするほど、灰に不利になっていってしまいそうだった。


「凶器に使われた刃物も、容疑者がネットで事前に購入したものと一致しています。」


それだけ言い逃れできない証拠が揃っていて、もちろん七を連れ去ったことも…。状況が、灰が犯人だと物語っているようだった。これが推理小説であれば、事件は物語にすらならないほどすぐに解決に向かってしまうだろう。


「それでその…、今は警察内でのみ灰さんを捜索していますが、人質の安否確保と事件の解決のため、事件の公表をお願いしたく…。」


この人たちが来たのはこのためだ。

誠さんが既に指名手配をされていると聞き間違えたようだが、実際には指名手配をするのはこれからで、そのために神楽所本家に許可を取りに来たのだ。神楽所家の人間が殺人事件の犯人だと神楽所薫の許可を取らずに勝手に公表などすれば、当然その後神楽所家からどんなしっぺ返しをさせるかわからないのだから。


「誘拐されたこちらの御息女の安否も心配です。公開捜査へ、どうかご決断を。」


と続けたのはこの中で一番若い男性の刑事で、なのに一番高そうなスーツを着ている。身なりも他二人の刑事と、というもあまりここら辺では見かけない洗練された佇まいだ。

七の身を考えれば、警察の言っていることもわかる。

だけど、やはり灰が犯人とも思えない。

…思いたくはない。

誠さんも遥さんも、俺も尊も何も返せずお通夜のような状態で沈黙していると、


「灰を、犯人として指名手配させろと言うのか。」


とお婆様が口を開いた。

その重い一言に、年配の男性刑事と女性刑事まで顔を青ざめさせて口を噤んだが、


「はい、誘拐事件は初動が重要です。一刻も早く公表し、人質の救出を最優先にするべきです。」


若い男性刑事だけがそう答えた。

神楽所薫にこうも真っ向から言い返せる人間がどれほどいるだろうか、七がお婆様に殴りかかったと聞いた時は背筋が凍るような思いをしたが、今は隣の刑事達が顔を青ざめて同じ思いをしているようだ。


「あんた、この辺の人間じゃないだろう。」


お婆様の眼光の先には、その男性刑事を写していて、


「紹介もせずに、失礼しました!」


と年配の男性刑事が慌てて頭を下げてから、


「彼は東京の刑事でして。共同捜査というのは本来各県警が別々に捜査するのですが、今回はその…、神楽所さんが関わる特別な事件なので…。警視庁から特別に派遣してもらっていて…。」

「事件解決に尽力を尽くさせていただきます。三上と申します。」


とその若い刑事ー三上さんは改めて頭を下げた。

そうか、東京の刑事でお婆様の権力について詳しく知らないからあの態度なのか…。にしても。お婆様のことを知らなくとも、この唯ならぬ風格を持った老婆相手に真っ向から立ち向かえるのはすごい勇気だが…。

年配の刑事は三上さんについて、


「若いですが、彼は警視庁の中でも優秀な刑事で、今回の件でも必ず役に立ってくれると思います。」


と強く推したが。

ひょっとすれば神楽所家に忖度して強引に県警で捜査することにしたために、警視庁からお目付役で送られてきた人間なのかもしれない。というのは邪推のし過ぎだろうか…。

だけど三上さんのその洗練されたオーラは、確かにそういうエリート街道を歩んでいる人の空気だ。

三上さんはお婆様の鋭い眼光相手にも一歩も引かず、


「このまま御息女を連れて逃げられる前に、事件の公表をするべきです。」


…三上さんの言っていることは間違いない。

七の身が心配なのは俺もそうだ。隣の尊だって、何かわかることがないか一言一句も聞き逃さないようにじっと聞いていて、七を取り戻したい気持ちは変わらない。

だけどどうしても、灰が犯人ではないと。

信じたい。


最初に動いたのは誠さんだった。


「七ちゃんの身のためなら…、」


諦めたように、警察の要求を飲もうと頷こうとして。

だけど、お婆様がそれを制した。

その鋭い眼光を逸らすことなく、こちらも一歩も引くことはなく、


「ならない。」


と強く宣言した。


「神楽所灰は…、うちの一族は、そんな面汚しをするような真似はしない。」

「ですが、人質は…!」

「灰と七はこちらでも探す。もし勝手に動くようなことがあれば、その時は、どうなるかわかっているんだろうね。」


と今度は隣の刑事二人を一睨みにし、その射抜くような眼力に二人とも震え上がっているようだった。横から見ているだけでも、睨まれたのが自分じゃなくて良かったと安心するほど怖い。


この地域で一番恐ろしいとされる神楽所薫は、味方になればこれほどまで心強いことはなかった。


…良かった、お婆様は灰を犯人だと思っていないんだ。

絶対に首を縦に振らないお婆様に三上さんはまだ反論するつもりのようだったが、二人の刑事に制されていた。

それから七が連れ去られた状況について詳しく聞かれてから、


「上に相談させていただき、また連絡します。」


と刑事達は頭を下げて、その場は一旦帰って行った。





「お義母様…、どうすれば…。」


残された客間で、お婆様に縋るように誠さんが弱々しい声をあげた。


「情けない顔をするんじゃないよ。灰はこんな真似をする子じゃない、七もきっと無事だ。」


お婆様は絶対に灰がやっていないと確信しているようで、断言するお婆様の姿に、七の安否(というよりは氏神様の安否かもしれない)を心配していた誠さんも脱力していた。


「大和や隼に連絡はしたのかい?」

「まだです…。」

「なら、早く灰を探すように…、」



「大奥様!灰様からお電話です…!」



言葉を遮ってきたのは、客間に入り込んできた家政婦さんだった。手には電話の子機を持っていて、その言葉にお婆様が目配せして誠さんが受け取った。


「灰!今どこにいるんだ!」


誠さんの悲鳴にも近い声に、電話口から何を言っているかまではわからないが、灰らしき低い男の声が漏れている。


「言えないって…、灰が事件を起こしたわけじゃないなんだろう?何かの、間違いなんだろう?本家でどうにでもするから、早く七ちゃんを連れて戻っ…、」


途中で言葉を遮られたのか、電話口から聞こえる声に少し耳を傾けてから、誠さんは両目を見開かせた。「何⁉︎」と、


「い、一億円⁉︎」


喉がひっくり返ったような声に、尊と顔を見合わせる。

一億円って…、一体灰は何を…。


「そんなお金何に…、おい!灰!七ちゃんは無事なのか⁉︎」


おい!と、その後も何度か電話に向かって大声をかけ続けていたが、既に電話口から音が漏れることはなく、誠さんも諦めたように電話を耳から話した。


「灰はなんて…。」


俺の言葉に、誠さんはガックリと肩を落として、


「灰が、七ちゃんを無事に返す代わりに身代金で一億円用意しろと…。」

「…!」

「なんてことを…。」


お婆様でさえ、悲痛の声だった。

だって、これじゃあ…。


「灰は本当に、犯人なんじゃ…。」


誠さんの言葉に、もうその場にいる誰も反論できない。

その言葉の通りだった。

身代金の要求なんて、七の誘拐を、殺人を、認めたも同然じゃないか…。

どうして、灰がそんなことを…。


「どうして…。」



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