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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第五章
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おまけ⑬

尊が東京から帰ってきた。

臨とちかちゃんがデートに行ったり、急遽親族会が決まったり、色々と思うところがなかったわけではなかったけれど。

それよりもなによりも。

尊が東京から帰ってきた。

帰宅したその日に一緒にお風呂に入った私たちだったが、一週間の月日は私たちの愛を育むには十分過ぎる時間だった。会えない時間は愛を育てるのだ。と言っても、私はそのうちのほとんどを寝て過ごしていたけれど。


「だから、近いって…。」


放課後、尊が帰ってきてから親族会の挨拶を一緒に考えてもらっている最中だった。

いつもの居間で、私と尊にテーブル越しで向かいに座った臨が、私たちを指して言う。


「そのままどっちか吸収されちゃいそうだよ。」

「チョウチンアンコウじゃないんだから。」


それか敵を体内に吸収するタイプの強キャラか。ああいう身体をそのまま吸収するタイプの敵は気持ち悪いから好きじゃない。うぇえってなる。

って言ってもそんなニッチなツッコミは伝わらないだろうし、比較的わかりやすい方のツッコミをしたつもりだったが臨は、


「チョウチンアンコウ?」


私のツッコミが高度過ぎたのか、首を傾げていた。対して隣の尊が、


「私知ってますよ。チョウチンアンコウのメスはオスを体内に吸収しちゃうんですよね。」

「そうそれ!」


さすが尊は何でも知っている。

っていうか、私は雑学本か何かで見た知識を言ってみただけなんだけれど、何で尊はそんな豆知識知ってるんだろう。まさか受験勉強では出るまい。知識量が広すぎて、尊ならクイズ番組とか出ても勝てるんじゃないだろうか。


「なにそれ、気持ち悪…。」


臨もその手の吸収使いタイプは嫌いみたいだった。別にチョウチンアンコウは敵キャラではないけれど。


「でも、本当にくっついちゃいそうだからちょっと離れたら?」


臨が私に向かって、尊から離れるように手で払うような合図をした。


「私は尊になら吸収されても良い!」

「私もです!」


より一層引っ付いた私たちに、


「好きにしたら…。」


と臨は呆れたのか、面白くなさそうな顔をして、部屋から出て行ってしまった。


「そんなにくっついてないのに。」

「臨はやきもち焼きなんですよ。」


そりゃそうか。

私に尊を取られて今までだってずっと面白くなさそうだったし、煙たがられても仕方ない。

臨だって尊が東京に行っている一週間、ずっと寝ていた私なんかよりも、会えなくて寂しかったんだろうし。後で尊を返してあげよう、ちょっとだけだけど。


「そういえば。もらったお土産、今日学校に着て行ったんだよ。」


東京に行っていた尊から、雑貨とか洋服のお土産を貰っていた。その中に刺繍が入った秋冬用のカーディガンがあって、今日制服の下にそれを着て行ったのだ。

尊は朝は私より先に出ていくし、放課後も遅いから、既に私は部屋着に着替えてしまっていて一度も尊に見せれなかった。


「どうでした?」

「すっごい可愛いかった!クラスメイトに声かけられたくらいだもん。」

「え?可愛いって?」

「うん!」

「それは…、」


尊が表情を曇らせて、


「男、ですか?」


まるで夫の浮気を疑う奥さんのような目つきだった。この目に睨まれたらどんなに巧妙に隠された浮気も白状してしまいそうだが、


「ううん、女の子だよ?」


生憎、と言っていいのか、声をかけてきたのは後ろの席に座るクラスの女の子だ。一瞬暑くて制服を脱いだら、後ろから声をかけられた。

その一言で会話は終了したけれど。会話をしただけで、決して友達というわけではないので。

それを聞いて尊はさっきまでの氷の女王のような表情を一変、よかったですね。と笑顔になった。


「…ひょっとして、」


と前置きをして、


「尊もやきもち焼いてる?」

「焼きますよ。」


尊はあっさりと頷いた。

私の可愛い妹に悪い虫が付いたら困りますから。と、そう胸を張った尊に、


「その割には、敬語直らないねぇ…。」


私が言うと、ぎくりと細い肩を震わせた。

文化祭でのテニスの試合の後、尊が私に言ったことだ。いやそもそも、敬語を直せと言ったのは私の方なのだが。

でも、神楽所尊は自分で言った約束を簡単に破るような女ではない。

なのにあれから一ヶ月近く経った今尚、尊は私に対して敬語を使い続けている。むしろ約束した当初の方が敬語を所々ではあるが外せていたのに、最近はしっかりまた敬語に戻ってしまった。その設定を忘れてしまったのかと思っていたくらい。

尊はギギギ、と動きをぎこちなくしながら、


「それは…、」

「なるべく直すって言ってくれたのに。」

「……。」

「妹のお願いなのになぁ。」

「…し、仕方ないじゃないですか!」


と顔を真っ赤にして、言った。


「ずっとこうやって喋ってきたんだから、今更普通に話すと、ちょっと…、は、恥ずかしいんです…。」


少し涙目だった。目を黒く縁取った長い眉毛が水滴をつけて、真っ黒な黒目を潤ませていて、


「か、可愛い…。」

「揶揄わないでください!」


しまった。心の声が口に出てた。

だって、完璧無敵の神楽所尊が、完璧過ぎて隙がない故に、学校では鉄壁の神楽所尊と呼ばれる尊が、こんな風に照れるのは多分私の前だけなんだから。

他の人の前で見せない顔を自分だけに見せてもらえるというのは、優越感も相まって、なんていうか心臓を鷲掴みにされたみたいに、そう、きゅんきゅんしてしまう。きゅんきゅん。


「二人の時は、頑張って直すから…、」


許して。と上目遣いする尊に、


「か、可愛いぃ…。」

「もう、七!」


しまった。また口から漏れ出ていた。

だってだって、こんなのきゅんきゅんしない方がおかしいじゃないか!むしろこれに可愛いと口に出して言わないのは失礼に値する!

…まあ実を言えば。

別に本当は、今は敬語でもタメ口でもどちらでも構わないと思っているのだ。ただこうして、敬語を外そうと尊が顔を赤くするところが見たいだけなのだ。照れる尊が見たいだけなのだ。

だって。


「嘘だよ、敬語のままでもいいよ。」

「…本当ですか?」

「うん。だって、」


だって。

尊が私を大好きなのは伝わっているのだから。私が尊を大好きだというのが伝わっているのも、伝わっているのだから。

信頼しているのだからー確信していると言ってもいい。

言葉なんて、なんだっていい。


「だって、家族だもんね。」



みんな唯と灰くらい特徴的に喋ってくれると助かります。

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