最終話①
翌日、放課後。
月曜日という一週間の中で最も長いと言える一日を終え、松戸さんの車まで向かう。臨とは同じ教室内にいるけれどいつも一緒に教室は出ずに、バラバラに車に向かうので各自帰り支度を終えて教室を出ると、校舎を出た辺りでたまたま合流した。
「ああいうのってどうやって色付けてるのかな?」
早速今から行く綿飴の話題を振ってみたが、
「…え?何?」
上の空で聞いていなかったみたいで聞き返された。別にそんなに積極的に話したい話題なわけでもないし、多分着色料だろうし、「なんでもない」と首を振る。
いつも通り松戸さんの待っている車に着くと、
「じゃあお願いします。」
と臨が松戸さんに向かって言った。
だけど松戸さんが開けてくれた車の中を見ても、尊はまだ乗っていない。
「尊まだ来てないよ?」
「来ないよ。」
臨の予想外の返事に、いつもこういう時は三人で行くのに。生徒会の仕事でもあったのだろうか。そういえばそろそろ次期生徒会長選とかって聞いたから引き継ぎとかで忙しいのかな。
「予定でもあったの?」
「いや、今日は呼んでない。」
「んん?」
流石に予想外過ぎて聞き返した。
「呼んでないって何?」
確かにお詫びに奢ってくれるって話だったけれど。別に尊の分まで出せないほどお金に困ってるわけでもないだろうに、なんなら私が出すし。今からでも誘おうと言ったが、
「二人で行こうと思ってたから。」
「はあ…、?」
臨のことは親族会のこともあるから今は信用ならない。これ行った先で実はバンジージャンプ跳ばされるとか、そういうドッキリがあるんじゃなかろうか…。あんまり私にリアクション芸を期待されても困るんだけれど。
動き出した車は、ものの数分で止まった。信号で止まったわけではなく、目的地に到着したみたいだ。
着いた先はバンジージャンプでもなければ心霊スポットとかでもなく、
「え、駅だよ?」
神社の向こうにある、学校からの最寄り駅だった。
松戸さんの開けてくれた扉を臨が降り出して、間違えてここに着いたとかでもないらしい。
「綿飴食べに行くんだよね?」
「そうだよ。」
「電車で行くの?」
「そうだよ。」
「な、なんで?だって、車じゃないと危ないって…。」
私たちがなんで毎日たった数分の通学路を車で送迎してもらっているかと言えば。
氏神様の器である身体が分家に狙われているからであって、いくら拒否してもお婆様の命令で殆ど強制送迎に近い形というのに、綿飴を食べに行くなんていうファンシーな理由のために電車に乗るなんて、許してくれるはずが…。
「ちゃんと許可貰ってるから大丈夫。」
「許可?」
「本当は学校から歩きたかったんだけれど、あの道は逃げ場が少なくて危ないからって許可が下りなくて。」
絶妙に答えになっていない。
というか、なんでわざわざ電車に乗るんだろうか。松戸さんを振り回すのも悪い気がするけれど、いつもはどこに行くのも車なのに。と言おうとしたが、車を降りたら松戸さんの車はさっさといなくなってしまうし、臨はもう切符を買っていた。ちなみにうちの地域でも、あの、なんて名前を言ったか。交通電子マネー?が導入されているらしいが、普段車を乗って移動しているので持ったことはない。ちょっと憧れてはいる。
田舎なので電車は基本的に一時間に一本しか来ないけれど、時間を見計らって来ていたのか、それとも通勤通学時間は比較的電車の本数があるのか(普段乗らないからそういうのも知らない)、すぐにホームに電車が入って来た。
どこの学校も今が下校時間のようで、他の高校の制服を着た子たちが沢山乗っていた。東京で言うような満員というわけではないが、座る場所は全部埋まっていて、座席前の通路もまばらに人がいる。私たちは入口の左右のドア脇に分かれ、座席の仕切りに寄りかかって向かい合って立っていた。
電車に乗った臨は、それきり腕を組んでずっと窓の外を見ている。
しばらくは私も久しぶりに乗った電車にそうしていたが、目的地まで三十分もあるのに、そろそろ飽きてきた。
「あの…。」
私の声にこっちを向くが、黙ったままなのは変わらない。そういえばさっきから会話が成り立たないし、表情もなんか固いというか、睨んでいるというか、怒っているのか?
「なんか、喋ってくれない?」
「ああ…。」
と、一瞬虚を衝かれたような、そういえば喋ってなかったなみたいな顔をして、だけどまた元通りの表情で臨は黙ってしまった。
「あの、綿飴食べに行くんだよね…?」
「そうだよ。」
一応返事はしてくれるんだけれど。
ならなんでそんなこれから敵地にでも赴くような顔なんだろう。これから本当に何が待っているというのだろうか。ひょっとして、何か怒っていてまじでバンジー跳ばすつもりだろうか。
「…なんか、怒ってるの?」
「いや、別に。」
「……。」
意味がわからない。
気まずい時間をやっと過ごし、目的の駅についた。ここからはお店の場所は私は知らないので、まあ多分駅周りのお店が並んでいる通りだろうけれど、行ったことのある臨の先導に付いていく。
そういえば今日私のバイト先とかやってるのかな。元だけれど。京介さんとかいたら、折角なら挨拶でもしてく?と言おうとしたが、臨がこんな感じだし辞めておくことにした。
この駅にはそれなりにお店も多いし学校も多いから、夕方の時間は駅周りが結構混雑している。
臨は怒っているようにも見えるけれど、先導すると言っても前を先に進んでいくことはせず、私の横を歩いている。先を歩いて、振り返ったら拐われていませんでしたとか冗談にもならないからか、でも流石に護衛なしなんてことも事はないのだろうし、きっと織衛組の人が付けて来てはいるように思う。
周りを見ながらキョロキョロしていると、
「寒くない?」
やっと隣の臨が喋った。
十月の後半ともなると、この辺りはかなり肌寒くなる。時間も五時に差し掛かり空も大分夕焼けに染まっていて、すぐに暗くなってしまうだろう。
「大丈夫。」
「そう。」
うん、話が終わった。
だけど電車の時のような気まずさは続かず、
「あったよ。」
駅から数分で目的地に到着した。
カフェとか雑貨屋、居酒屋とかが立ち並ぶ通りの中で、一際小さいお店だ。お店の作りからカラフルで、店内はなく、店先で注文して受け取るだけのテイクアウト専門のお店みたいで、田舎者の私には東京っぽいというのが感想だった。尊とこの間並んだタピオカ屋もこういうお店の作りだったから、東京の流行りのお店形態なんだろうか。
あの時はタピオカ屋の列に並んですぐに知らない男達に絡まれたんだったっけ。
尊はどこを歩いていても一際目立つ容姿だから仕方ないと思っていたが、それは臨も同じだった。お店には何人か並んでいて、一緒に列に並び始めたが、前の子も後の子もこそこそと、もしくはそわそわと臨を見ては騒いでいて、臨も尊も大変だなぁ。
というか、一緒にいる私まで大分苦痛…。
回転は早かったから十分経たずに順番が回って来て、二つ買って受け取った。
「お、おお…!」
写真と違わないカラフルっぷりだった。
形状は割り箸の代わりに可愛い色の棒が刺さったただの綿飴だが、いつもは白いはずのふわふわが、とにかく青とか黄色とかピンクとかでマーブルに着色してある。
ブルーハワイとか、あの原色の長いグルグルのゼリーとか、なんでこういうのって美味しそうに見えるんだろう。わけのわからない色が付いているだけで、何故かテンションを上げられる。
これが少年心を擽られるというやつか。
「すごいね!写真!写真撮りたい!」
片手でカメラを起動していると、いやスマホ片手で使いづら!
カメラとか全然使ったことないからどこを開けばいいのかわからないし、まごついていると、カシャッと撮影音が聞こえた。
臨がこっちにカメラを向けていた。
「…撮った?」
「撮った。」
「…見せて。」
はい、と見せられたのはカメラを起動させようとまごついている私だった。
「いらんところ撮るな!」
「カメラも起動できないのが面白かったから、つい。」
「ちゃんと綿飴撮って!」
今度はちゃんと綿飴だけを撮ってもらって、写真を送ってもらった。
「あっちに公園あるから、そこで食べよ。」
と連れられ、それもちかちゃんとのデートコースだったのか、数分歩いて公園があった。本当に行ったのかは知らないけれど、普通他の子と遊んだ場所に別の子を連れていくのはどうなのだろうか。いや私はそういうのどうでもいいんだけれど。
日が暮れ始めてきて、公園に誰もいなかった。ベンチに座って、
「まさかあんな風に作ってるなんて。」
と結局最初の話題に戻ってしまったのだが。店員さんの綿飴を作るところを見ていたら思わず話題にもしたくなった。
「カラフルなザラメなんてあるんだな。」
「私はてっきり完成した白い綿飴に着色料を塗ってるんだと思ってた。」
「それだと綿飴がぬたぬたになるじゃん。」
「ぬたぬた…?オノマトペ変じゃない?」
なんて話しているうちに、…ぬたぬた?、大きそうに見えた綿飴はあっという間に食べ終えた。
一緒に買ってもらったお茶を飲みながら公園を眺めていたが、そろそろ本当に暗くなってきて、これって帰りももしかして電車で帰るのかな。
久しぶりに自力で遠出したからか、結構疲れている。
神楽所に来る前は全然歩いてどこへでも行ってたのに、通学路まで全部送ってもらっているせいか最近運動らしい運動をしていない。演舞も終え、テニス勝負も終えて運動もしなくなり、夜は氏神様に身体を貸して慢性寝不足の身体は不健康まっしぐらだ。
電車で帰るぐらいの体力がなくてどうするのか。気合いを入れるために伸びをすると、
「ちょっと休む?」
と臨が座っている自分の腿を叩いて合図した。
………。
「え?」
な、何を誘われているんだ私?
多分嘗てないアホ面で呆気に取られた私の顔にしばらくしてから、
「あ!いや、違…っ!」
臨が何かに気づいてから、慌て始めた。必死で否定するが、
「え、な、何?」
取り乱されても、こっちの方が訳がわからない。
「だから、その、いつもの癖で…。」
「い、いつもの?」
いつもって、いつもそんなことしてるの?
臨って普段そんなプレイボーイだったなんて知らなかった…。
臨は珍しく顔を赤くして、
「違う!氏神様に、」
あ、ああ。びっくりした。
なんだ、氏神様に…。
…………。
……それ、私の身体では?
「は、はあ⁉︎」
臨がしまった、という顔をしたが。もう遅い。
「ちょ、わ、私の身体に何してくれてんの⁉︎」
「俺じゃなくて、氏神様から言われて仕方なく!」
あ、あの男好き神様め…!私の身体で何を好き勝手してくれとんじゃ!
身体を貸すって、まさかそんなことするために貸した覚えはない!
「ま、まさか他にもなんかしてないよね⁉︎」
臨はその問いにぎくりと、見るからに狼狽えてから、
「……。」
目を逸らした。
「ちょ、ちょっと⁉︎」
「あ、いや!その、変なことしてる訳じゃ…。」
「いや、言わなくていい!というか言わないで!」
金輪際臨の顔見れなくなりそう。
あの神様、今度絶対泣かす。入れ替わった時にめちゃくちゃ恥ずかしい目に合わせてやらないと気が済まない。
…いやでもそれ、結局私の身体なんだよなぁ。
二人とも今のやりとりで、ちょっとぐったりしていた。
閑話休題。
臨は一旦落ち着くようにお茶を飲んでから、息をついて、それから口を開いた。
「この間さ、ここに来た時京介さんに会ったんだ。」
「京介さんと?」
「それで、色々聞いてもらって…。」
色々…。
それは、どの色々だろう。
この間お好み焼きを食べた時に話した尊の東京のことかもしれないし、この辺りを荒らしていた連中の件が解決した話かもしれないし、あるいはちかちゃんのことかもしれない。
だけど。
次に臨から来た言葉は、あまりにも予想していない言葉で、いや、わかっていた。いつか言われるのだろうと、わかっていた言葉だった。
「俺と七は、家族じゃないだろ。」
一番始めに。
あの家で私に向かって、私のことを家族だと言った臨は。
そう言った。
「……。」
二の句が継げなかったのは、それに傷ついたわけでも、悲しかったわけでもない。
わかっていたからだ。




