第十一話
目が覚めたら、朝だった。
いつもの自分の部屋で、ちゃんと身体も布団の中に収まっている。カーテンは閉まっていて、隙間から漏れてくる光はまだ日が昇りきっていないようで、窓から漏れてくる空気が肌寒い。
最近習慣になってきたスマホを見ると、ちゃんと親族会の次の日の日曜日で、朝六時過ぎだ。
「あれ?」
昨日、臨を追いかけて広間を出て。
それから、どうしたんだっけ?
廊下を走っていて、後ろから人の気配がして。
…そうだ。
あのスタンガンの音が聞こえて、でも灰から借りていたあのスタンガンは、臨が拉致された事件の時に私が使ってあの場で灰に回収されていた。
でもあの音は間違いなくスタンガンの音だった。それから意識が失って、スーツの男の足元が見えて…。
急いで布団から飛び出した。
そういえば着物から着替えまでしてあって、パジャマのままに渡り廊下をかけて食堂に向かうと、誰もいない。尊や臨がいないのはまだ朝食には早すぎるからわかるけれど、この時間ならご飯を作るためにキッチンにいる筈の家政婦さんもいない。
まさか、昨日あの後何かあったんじゃ…。
尊の部屋まで走って、扉を叩いても一向に返事がない。起きてないのか、それとも…。
「ごめん、入るよ!」
扉を開けると、誰もいなかった。
日曜日のこんな朝早い時間に、出かけているのなんて見たことない。
私が、臨を追いかけて部屋を出て行ってしまったから。
灰の護衛の目から離れた隙に、潜んでいた誰かが氏神様の器である私を襲撃した後、みんなにも何かしたのだとしたら…。
「嫌だ…。」
そんなの…。
私のせいで、もしもみんなに何かあれば…。
臨の部屋に走り、部屋の扉を叩くが、やはり返事がない。
本当に、誰もいなくなっている…。
部屋の前で途方に暮れていると、がさっと臨の部屋の中で音が聞こえて、
「臨!」
勢いよく扉を開けた。
「うわ!」
中にいた臨が、多分今の声で起きたらしい臨が、私の顔を見て驚いていた。
「な、七⁉︎」
「よかった…。」
臨はちゃんといた。
臨は布団から起き上がって、朝一からパジャマ姿で部屋に突入して来た私に困惑しているようで、だけどそれどころではない。
「何を…、」
「尊がいないの!」
「尊?尊なら朝食作るって昨日張り切ってたから、朝から買い出しでも行ったんじゃない?」
「朝食?」
「昨日の親族会で家政婦さん総出で仕事してくれたから、今日は全員休みにしたって。」
なんだ、そういうことか…。どうやら私が早とちりしてしまっただけのようだ。
…ちょっと待て。
だとしても、昨日のスタンガンが説明がつかない。
「でも私、親族会の時…!」
「いいから、ちょっとこっち。」
入り口で立っていた私は臨に引かれて、部屋の中に入れられた。座るように促され、ベッドの横に座り、臨はベッドに座ってから、
「昨日スタンガンで襲われたって話でしょ?」
「知ってたの?」
「親族会なら、氏神様が代わって無事に終わったから大丈夫だよ。」
「大丈夫って…。なんで私代わったの?って言うか、誰に襲われたの?」
臨が知っていて、これだけ平然としているということは、昨日のあれは示し合わされて行われたことなんだろうけれど。いきなり気絶だけさせられた私には一体何が目的で組まれていたのかも、どこからが予定調和だったのかもわからない。
「順番に話すから。」
混乱している私に臨は一旦そう前置きを挟んでから、
「この間の、氏神様と織衛組が追っていた愚連隊の話あっただろ?」
「え?うん、あったけれど…。」
一体その話が今回の親族会に何の関係があるというんだろう。
あの話はあの場で氏神様が全員制圧して、解決したはずじゃ…。
「あの愚連隊のボスだけが、捕まってないんだ。」
「そうなの?」
「それで、そのボスは氏神様を知っている奴かもしれない。」
「え?」
それは初耳だ。
だってその愚連隊は氏神様の氏子でない外部の人間のはずで、だから捜査が滞っていたはずで、そんな人間が氏神様を知っているなんて。
私の知る限り、氏神様を知るのは神楽所家の人間と、警護につく織衛組の人くらいだ。でもその人たちは全員氏子なのだから、そんなことをする不届き者がいれば当然氏神様の観測内なわけで、氏神様が見逃すわけはない。となれば、残るところは…。
私の至る考えをある程度予測していたのか、
「必然、親族を疑うだろ。誰かが外部の人間に情報を流してるのかもしれないって。」
臨の言う通り、今の私ではそれくらいしか思いつかない。
でもそれだって、
「だけど、情報を流していたり、そのボスらしき人間と関わっていたりすれば、それだって氏神様が視えるはずだから。」
「うん。」
氏神様の目を掻い潜って情報を流すことだって不可能なはずだ。
「だから、直接視ることにしたんだよ。」
「直接?」
「氏神様と氏子を繋ぐのは、信仰心だから。若い世代とか、反本家派の人間、この地域から離れて暮らしている人間とか…。そういう信仰心が薄れている可能性のある人たちなら、ひょっとすれば氏神様との交信が浅くなって、氏神様の目を掻い潜った可能性があると、そう考えたんだよ。」
「信仰心…。」
そう言われてみれば、あの場にいた人間は私とお見合いするための近しい年齢ーつまり若い世代、反本家派の唯の家、この地域から離れて暮らしていた樹さんとか。確かにそういう層が寄せ集められていた。
「みんな本家に来る前に必ず神社に寄るから、神社でお参りさせて、氏神様とのリンクを最大限繋げた状態で直接視てもらうことにしたんだ。」
だから、みんな車も神社の駐車場に止めさせたのか。その方が本家に行く前に神社に行くという、自然な流れができるから。
「今回の親族会は、そのための会だったんだよ。」
臨の話に妙に納得してしまい、というより感心してしまった。氏神様の考えたトラップなのか、本家入りを餌に容疑者を神社に呼び出し、信仰心を高めた上で犯人を突き止めるなんて。
んん?でも、あれ、じゃあ…。
「む、婿探しは?」
「分家を引っ掛けるための罠だよ。本家入りっていう最大限の好餌で誘えば、断る分家はそういないから。万が一、氏神様の目を恐れて参加を断る人間がいたら、それも判断材料になるだろ?」
最初こそそういうつもりの親族会だったけどね。と、臨は付け足した。
「二重トラップだったってこと⁉︎」
「いや、別に親族会に来た人たちは婿探しと思って親族会に来てるだけだから二重では…。」
そうか。そもそも分家の人たちは婿探しだと思って来ているだけなのだから、そのボスとやらを探るために引っ掛けられて集められただけで。
二重に引っ掛けられていたのは私だけなのだ。
婿探しと言う表面上の理由を知らず、それに気付いてもそれすらも本当の目的ではなかったと、そういうことだ。じゃあ納得か。
…とはならない!
「私は⁉︎なんで隠されてたの⁉︎」
「婿探しって聞いたら逃げるだろ?」
「本来の目的を聞いたら逃げないよ!」
「氏神様に代わるつもりって知ってたら、七の不意をつけないから。外部からの危険だって七の身体が思ってくれないと、結局自分でスタンガン当ててるのと変わらなくなっちゃうだろ。それに七、そんな話聞いたら殺気立って、分家の人たちに隠せないでしょ?」
「う…。」
ぐうの音も出ない。
そんな危ない奴が紛れていると思ったら、怪しいと思ったが最後先に手が出てたと思う。
「それで、見つかったの?犯人。」
その問いに臨は首を振った。
「わからなかったらしい。」
信仰心を深めた状態でも氏神様が視うることができなかったということは、やはり、その中に犯人らしき人はいなかったということなのか。
「そのボスは外部の人ってこと?」
「今はそういう話になってる。」
「そうなんだ…。」
あまり身内の人間を疑うのも楽しい話ではないのだし、そのボスとやらの正体は気になるところだが、ひとまずは分家に犯人がいなくて良かったと言っていい…のだろうか?
それよりも。
正体のわからない犯人よりも、私には気になることがあって…。
「じゃあ、あのおじさんも仕込みなの?」
「あのおじさん?」
首を傾げる臨に、
「だって、その…。」
私があの場から離れなければ、そもそもスタンガンで気絶させて氏神様と交代することはできない。だけど主役の私が会場から離れるのは不自然だし、まあトイレのタイミングとかもあるだろうけれど。
「あのおじさんが、臨に変なこと言わなかったら…。」
臨を追いかけるあの流れは私があの場から離れるのには、不自然のない絶好の状況だった。あの流れがそもそも作られた流れだったのだとしたら…。
「ああ、樹さんのお父さんのこと?あれは別に本当に嫌味なおじさんなだけだよ。樹さんも大変だよね。」
「そうなんだ…。」
じゃあ、あれは。
あの時、あのおじさんに言ったあの言葉は…。
聞こうか迷って、なんと問えばいいかわからない私に、臨は聞かれずとも答えを言った。
「ああ言えば七が追いかけて来てくれるかなとは思ってたけれど。」
「はああ⁉︎」
掌で転がされていた私に対して、臨は満足そうに、得意げに笑った。
「ちゃんと追いかけて来てくれて助かったよ。」
じゃあ私が臨を追いかけたんじゃなくて、まんまとおびき出されてたってことじゃないか!
「な、なんだそれ!」
臨のベッドに置いてあった枕を渾身の力で臨に叩きつけた。
ただの挨拶会だと騙され、婿探しだと騙され、挙句に臨にまで騙されて馬鹿みたいじゃないか!というか馬鹿だな私は!
本当に。
しっかり騙されて、思い通りに踊らされて、まんまと引っかかって。
地獄絵図じゃないか、私だけが…。
親族会に一生消えないトラウマができた。もう絶対出ない。二度と出ない。
臨に怒り任せに枕を叩きつけ続けるが、ぼすぼすと柔らかい音がするだけで、高そうな枕では大した攻撃力にならない。臨も形だけ抵抗はしているが、大して痛そうじゃないしちょっと笑ってるし。なんか怒ってるし付き合ってやるか、みたいなスタンスがより腹立たしい。
小豆枕で殴ってやりたい。
「ごめんって…、でも別に嘘ってわけじゃ、」
「うるっさい!もう臨の話は二度と聞かん!」
最後に全力を込めて臨の顔面にぶん投げてから、
「もういい!尊の朝食食べる!」
家政婦さんを総動員させて、尊の手料理を食べるために親族会をやったのだと、そういうことで折り合いをつけないと今すぐ怒りで家出しそう。そうだ、エプロン姿の尊に慰めてもらおう!よしよししてもらおう!
部屋から出て行こうとして、
「七、」
臨の声に仕方ない振り返った私に、臨は投げつけられた枕を拾ってから。流石にちょっとくらいは悪いと思っているのか、私の怒りに詫びを入れるつもりがあるのか神妙な顔で、昨日みたいな真面目な顔で、
「お詫びに、明日放課後、前に約束してた綿飴食べに行こう。奢るから。」
約束?綿飴…?
ああ、あのちかちゃんと行ってたやつか。
「……。」
別に、許したくないけれど。二度と口利いてやりたくないけれど。
あのカラフルなお菓子が気にならないわけでもないし…、そう、あの綿飴を食べてみたいから。嫌々ではあるけれど。…しょうがない。
「…まあ、奢ってくれるなら。許す…。」




