第九話
やっと席に座れて、緊張でかっさかさの口の中にグラスの飲み物を一気に注ぎ込む。
着物が動きづらいのもあるが、袖を汚さないように常に気をつけていないといけなくて、こんな格好で料理を食べるのなんてそもそも無理だった。
隣の席に座る分家の、演舞の後に一番最初に挨拶に来たおじさんー確かお婆様のお母さんのお兄さんの孫だったかが、
「挨拶よかったよ。」
と空いたグラスに瓶のジュースを注いでくれた。
このおじさんは何度か本家に来ていて、その度に世間話くらいの会話をしたことがあるけれど、感じの良いおじさんだ。
「ありがとうございます。」
「七ちゃんは高校一年生だったよね?」
「はい。」
「そうか、学校は楽しいかい?」
「…。そうですね。」
棒読みになってしまった。
友達が一人もいません。って言ったらどんな顔されるかちょっと見てみたい気もする。
そのおじさんは隣に座っている優しそうな奥さんを一言紹介してくれてから、
「うちの息子はもう二十七なんだけどね、」
と、その隣に座る息子という青年を前に出した。
「初めまして。」
紹介されたその青年は、短髪の黒髪でおじさんとその奥さんによく似た雰囲気の感じの良さそうな人だった。
「俺の会社を半分任せていて。まあ歳の割には出来た息子で、情に厚い奴だから。七ちゃんとは少し年が離れているけれど、仲良くしてやってよ。」
「はい、よろしくお願いします…?」
奥さんの紹介は名前だけだったのに。いきなり始まった息子自慢にちょっと困惑したが、まあ自慢の息子みたいで羨ましい。というか俺の会社って、この人社長か何かなんだろうか。最初に会った時におじさんの方も自己紹介された気もするけれど、もう忘れてしまった。
その自慢の息子である青年が二三言私へ話しを繋いで、私はそれに返事をするだけでコミュニケーションと言えるかわからない程度の会話を済ますと、何故かその家族は別の席へと去っていった。
私のコミュニケーション能力の低さに呆れられたのではなく、その別の席に座っていた家族が私の隣にやってきたのだ。
どうもそういうシステムらしい。
てっきりこっちが挨拶に回るのかと思っていたから、座っていれば勝手に来てくれるのは楽でよかった。
今度来たのは、確か唯のお父さんのお姉さんの家族だと尊が言っていたか。唯の両親に似た雰囲気の堅そうな家族で、本家嫌いの家系だからなのかこの家族も唯の親も、今まで本家へ挨拶に来たことはなかった。完全に初対面だ。
なのに。
唯のお父さんのお姉さんは自分の挨拶を早々に切り上げ、矢継ぎ早に何故かまた息子の紹介をし始めた。
「うちの息子は県立大に通っていて、法律の勉強をしてるのよ。堅実だし、七ちゃんとは五つ違いですから、ちょうどいいでしょう?」
丁度いいって…。
何が丁度いいんだろう?
よくわからないから曖昧に返事をしていると、その知らないおばさんに息子がいかに優秀かという自慢話を聞かされて、その隣にいる息子とやらー法律を学んでいるとはちょっと思えない茶髪のチャラそうな青年(堅物そうな親の反動かもしれない)が何故か私に微笑みかける。
何この気持ち悪い空間…。
…あっちはいいなぁ。
その茶髪の息子のずっと向こうの、大人たちから離れたテーブルで。尊と臨が唯と知らない子供達と何やら話している。子供席の中でも年上の尊達が年下の子の面倒見係のようで、賑やかで楽しそうだった。
私もあっちのテーブルが良かった…。
茶髪の息子の話しも半分に恨めくも子供席を見ていると、そのうちその家族は去って行って、また新たに次の一家がやって来た。
この家はええと、誰のなんだったか…。このお父さんとは、前に一度挨拶に来ていて顔を合わせたことがあったけれど。さっき尊に聞いた家系筋も忘れてしまった。
その家も奥さんと息子を連れていて。
前に誰だったが、神楽所家は女が産まれにくいみたいな話をしていた気がするけれど、いくらなんでもさっきから連れられて来る子供が男の人ばかり過ぎじゃないか…?
その家も例に漏れず、そのお父さんの方が挨拶もそこそこによくわからない息子の自慢話をしていた。お父さんの隣で座っている賢蔵そうな息子は、真面目な顔をして尊に負けず劣らずの姿勢の良い正座をしている。この人がさっきの唯のお父さんのお姉さんの子供だったら、ぴったり当てはまりそうだった。
「正も、何か七ちゃんと話しなさい。」
正と呼ばれたその青年は、お父さんの促しによって私の顔を真剣な眼差しで見ながら、口を開けた。
「ご趣味は?」
と。
…………。
「…あっ!」
口を手で覆ったのは、つい叫んでしまった口を閉じるためではなく。あまりにもその衝撃が強かったからだ。
…わかった。
わかってしまった。
その質問に。ある場面でのみ常套句となるその質問に。
この親族会の意味が、わかってしまった。
この飾り立てられた髪型も、わざとらしい程可愛らしい着物も、成人式なんかではないのだ。そう、成人式ではなく。
お見合い。
この会は、私の紹介のためなんかではなく。
本家の養子に来た氏神様の器である私ー神楽所家次期頭首の、婿探しの場なのだと。
そりゃあ婿探しなのだから、息子を連れた家ばかり来るのは当然とも言えるし。いつも本家に来る人達に比べて年齢層が若いのも、妙齢の男性を連れてくる一家だからなのだとしたら肯ける。
「………。」
か、勝手に人の見合いパーティーを開くなよ!
と叫びながら逃げ出さなかっただけ褒めてほしい。
丁度いいって、そういう意味かよ…。
そりゃあみんな分家の人は躍起になって子供を自慢する筈だ。
だって、私の婿になるということは。
神楽所家本家の仲間入りができるということなのだから。皆の言う神楽所家次期頭首については私はまだ納得がいってないにしろ。本家に仲間入りできるというだけでも、分家と本家というだけでもいかに立場が違うのか。本家に入ることで得られるその恩恵は、ここに来て数ヶ月の私でもわかる。氏神様の器として、よくわかる。
だけど。
そう、だけど。
残念ながら私にそんなつもりが毛ほどもない。
婿どころか、彼氏のかの字もない私に。作る気もない私に。
もうこれに関しては相手が悪かったとしか言いようがない。私側に、問題があるのだから。
どんなエリートが来ようが、どんなイケメンがやって来ようが。
私は絶対に結婚なんかしない。
あの家で育った私が結婚したいなんて思う筈もない。他人同士が一緒に生活する地獄を、たった書類一枚で家族という拘束が一生付き纏うその悍ましさを。身を以て知っている私が、自分の恋愛の話すら身の毛立つ私が、こんな会を開催されたところで。
なんの意味も持たない。
はい、全員結婚したくありません。
以上。
…まあ、だからと言って。
今更逃げ出す程私も大人気なくはない。
消化試合の出来レースで良ければ、この会が終わるまではいい子でいよう。
大人達はお酒が進み、私とは関係ない場所でも親族同士話に花を咲かせている。折角の親族会をぶち壊す程嫌なわけじゃない。
そうだ、尊も言っていた。嫌なら断ればいいのだと。誰かに何かを言われても断ればいい。
勝手に見合いをさせられているくらい、なんてことはない。元々この家の人柱なのだから、今更見合いくらいどうでもいい。…気持ち悪いなんて、思ってない。
だから、そう。
だから、逃げる必要はない筈だ…。
私は別に、平気だ。
そろそろ一周したんじゃないかという頃、立ち代わり入れ代わりやってくる婿候補にうんざりしていると、
「どっこいしょ。」
次に空いた席に座ったのは灰だった。
「…おっさんみたいだよ。」
「おっさんなんだよ。」
みんな隣で正座していた中、思いきり足を崩してどっかりと座る灰に、気が緩んだのは間違いなかった。灰はテーブルの食べ物を突きつつ、
「何お前、どうした?」
藪から棒に聞いてきた。
「何が?」
「やたら愛想いいじゃん。」
「失礼な、私は元から愛嬌の良い子なんだよ。」
「どこがだよ…。」
お寿司を食べていて、私もさっき食べたけれど人が食べているの見ると食べたくなってきた。
「酔っ払いの扱いもやたら上手いし、」
「それは、……。」
家で、よく見てたからだ。酔った父親の相手をする母親を。暴れないように、宥めようと下手にでる母親の姿を。
「無理してんならやめとけ。」
「…そんなつもりは、」
ないのだけれど。
別に、無理はしていない。
「そんな気張らなくったって、みんなお前の機嫌伺いたくて仕方ねぇんだよ。ここで黙って座ってるだけで十分だから、てきとうにやり過ごしとけ。」
「……。」
あんまり、今そういうことを言うのはやめてほしい。
灰みたいに本当にばっくれるよ、と言おうとして。やっぱりアイアンクローは喰らいたくないので、
「灰も婿候補なの?」
「なんだ、親族会のこと気づいてたのか?」
「みんなわざと隠してたの?」
「それ知ったら逃げるだろ。」
当然でしょうよ。
私が自分専用の見合いパーティーを喜ぶように見えるのだろうか。
…見えないから隠されてたのか。
「でも、もう灰で最後くらいでしょ?これで親族会終わりでしょ?」
「俺が退いたら二周目が始まるだけだ。」
「うえぇ、ずっとここ座ってて。」
「そういうわけにいくか。それに、本命がまだ来てないからな…。」
「本命?」
灰の視線を見ると、向かい側に唯の両親の隣に座っている家族だった。
その家族は無愛想なおじさんが隣の奥さんらしい人と二人で座っていて、息子の姿も見えないし、私の隣にもまだ来ていない人だった。
そういえば唯の両親も来ていない。
唯に弟がいるって聞いたから子供席に息子はいるのだろうけれど、まさか子供と子供の見合いをするわけもないだろうし。私が十八歳になった時に男側が結婚できる年齢でなければ見合いの意味がないのだろうし。多分あの家はまだ顔を合わせたことのなかった私と本当にただ挨拶に来たのかもしれない。
で、だ。
その無愛想なおじさんを嫌そうな顔で見ている灰に、まさかあのおじさんが私の本命なのかと、今すぐ養子から外してくれと言おうとして、
「すみません、遅れちゃって!」
という言葉と共に、一人の青年が襖を開けて入っていた。
その青年は、走って来たのか息を切らしながら、滴る汗が爽やかに光るような。
好青年という言葉は彼のためにあるような、それはそれはため息の出るほどの美青年だった。




