第八話
「全員揃ったみたいだし、行きましょうか。」
準備していた部屋で一人待機していた私に、遥さんが全員広間に揃ったとの声をかけに来てくれた。お婆様も私の準備が終わって先に席に着いていると行ってしまって、私が行くので最後のようだ。
遥さんの後ろを歩いて、着物の歩きづらさに苦戦しつつ、広間の前には尊が待っていた。尊は私の成人式みたいな格好に、
「可愛いです!」
と抱きしめられた。
語弊がないように言わせて貰おう。どこまで着飾ろうが尊の方が数億倍可愛い。
抱きしめられたどさくさに(どこをとは言わないが)すりすりしていると、遥さんに「ちょっと待っててね。」とのことで廊下で尊と待機している。
もうずっとこのままがいい…。
「そういうわけには…。先にちょっと中の人達を教えておきましょうか。わかっていた方が緊張しないと思います。」
という尊の提案で、遥さんが先に入って行った襖の隙間から覗くと、大人達がテーブルの周りをひしめくように座っていた。誰も彼も、流石天下の神楽所らしく背筋の伸びた品の良さそうな大人ばかりだ。
だけど、思ったより威圧感があるわけではなかった。
誠さんも遥さんもそうだったけれど、余裕のある大人というのは、威張り散らしたり不必要に他人に高圧的な態度を取ったりしないのかもしれない。まあ何人かは学年主任みたいな圧の強そうな人もいるけれど。
心配だった誕生日席には、お婆様が座っていた。
よかった…。あの席、私の席じゃなかったのか。
その右隣を遥さんと誠さんの順で座っていて、誠さんの横の空いている席がどうやら私の席のようだ。向かいのお婆様の隣の席には、髪の毛をきっちり固めて整えた、目つきの厳しさがいかにも謹厳な雰囲気の男性と語尾にザマスとか付きそうな、こちらも髪の毛をきっちり纏めた女性が座っていて、
「あれが彰さんと百合子さん。唯の両親です。」
「うぇ、なんか唯の両親っぽい。」
面倒臭そうなこと山の如しだった。この二人はこの中にいる大人達の中で一番威圧を放っている。
灰が嫌がるのもわかる、間違いなく相入れない存在。
「その横にいるのが、」
と順々に家族を紹介して行ってくれた。薫さんのお兄さん(ということはお婆ちゃんのお兄さんでもあるのか)の息子一家とか、娘一家とか、薫さんの母親の(ということはお婆ちゃんの母親)の弟さんのその孫一家とか、口頭で聞いてもちゃんとは理解しきれなかったが、なんとなくは覚えた。
確かに五十人くらい来ているが、家族単位で考えると10組ちょっとだ。いや十分多いけれど。
覗き込んだ場所が丁度私の席の真前くらいの場所で、そこから覗いて見える大人達の紹介を一通りしてもらったが、あれ?
「あれ、尊たちの席は?」
「それが、子供席はあっちで…。」
尊が指差したのは、お婆様の座る席から真反対のテーブルの端っこの方で、確かにそこに臨も座っていた。唯もいて、他にも分家の子供だろうか幼稚園生くらいの子から中学生くらいの子が数人いた。
「私も前回までは大人席だったので、今回も七の近くにいられると思ったんですが…。」
「……。」
近くに尊も臨もいなくて不安なことより。今まで本家の娘として大人席だった尊が私によってあっさり除外されていることに腹が立っていた。いくらなんでも現金すぎる。
「呼んでくれたらすぐそっちの席に行きますから、何かあったら呼んでくださいね。」
尊はそう言って、自分が今まで築いて来たポジションを奪う形になった私を心配してくれていて。
「…ありがとう。」
私に出来ることは、尊の代わりに座るあの席で、尊の代役として精々恥のないようにすることだ。尊が安心して東京に行けるように。
「私も臨もすぐに行きますからね。」
「うん。」
言われて、視界の端で座っている臨を見る。
「…ねえ、そういえば。」
ずっと気になっていたことだったが、本人には聞いてこなかったことだ。今紹介された中にも該当者はいなかった。
「臨の親って来ないの?」
「…。」
尊が一度口を閉ざした。
その様子に。やっぱり聞いちゃいけないことだったかと、言わなくていいと言おうとして、眉を下げながら躊躇うように尊が先に言った。
「臨の両親は、亡くなっていて…。」
「…そうなの?」
「臨がずっと子供の頃の話で、それ以来、本家に住んでいるんです。」
本家に預けられているのは、そういう理由だったんだ。
神楽所家は色々関係が複雑だし、事情があってここにいるんだとは思っていたけれど。そんな重い事情があるとまでは思っていなかった。
…勝手に聞いて悪かったかな。
小さい頃に両親が亡くなって、本家に預けられて、その大変さはここに来た後輩として私も少しはわかる。
「一人で知らない家に来て、大変だったんだね…。」
「あ、いえ…。…臨は、」
「七ちゃん、そろそろ入るわよ。」
戻ってきた遥さんに言われた。
一瞬、今の話で親族会のことを忘れかけていたが、ああ、いよいよ始まってしまう…。
「…私も席に戻ります。七、頑張ってくださいね。」
「うん…。」
「嫌なら嫌と、言っていいんですからね。」
「うん…。ん?」
どう言う意味だろうか。
聞く前に、私が入ろうしている反対側の子供席側の襖を開けて入って行ってしまった。
どうも、さっきのお婆様の言葉といい。
不吉な予感しかしない。親族会に出ない方が良いと、ここ数ヶ月で特に培われた私の勘がそう言っている。この親族会は一体何を意味すると言うんだろう…。
やっぱり逃げようか考えている私とは裏腹に、だけど中では誠さんが会を始めていた。お婆様の横に立って、挨拶もほどほどに、
「本家に迎え入れる、神楽所七ちゃんです。」
と言葉が聞こえて。それと同時に遥さんに合図されて、襖を開けられた。
ちっ、逃げ損ねた…。
襖を開けた部屋の中には。
さっき襖から見た神楽所家の面々が座っていて、私を見上げている。さっきはああ言ったが、盗み見たのと、目視されているのでは緊張感が違う。五十人の人間に見られるだけで十分威圧的だ。
なんで目って二つあるんだ、一個に減らしてほしい。
品定めするようでもあり、珍しいものを見るようでもあり。それを上手く隠そうとしている表面上の笑顔が、悪いことに緊張を煽る。
一歩踏み出して、動きづらい着物を引き摺ってもう一歩進むと、誠さんの隣まで行ってから来客に向かってお辞儀をする。
視界の端から端まで人の視線を感じて、どこを見ていればわからない。
ああ、逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい。
大人達の間近の視線から逃げるように遠くを見ると、一番奥の方にいる尊と目が合った。「頑張って。」と大袈裟な口パクで応援されて、一生尊からよそ見をしないと心に決めた。あなただけ見つめさせてください。
にしてもこれだけ人がいて誰の方を見て話し始めればいいかは決まらず、スピーチは遠くを見て話すと良いと言うし、本当に尊の方だけを見て、
「ご紹介に与りました神楽所七です。この度、本家に養子として迎え入れていただき、」
尊に考えてもらった口上を、入学式の代表挨拶のような雰囲気で紡ぎ始める。
もうちゃんと言えたかは言ってる自分でもよく覚えてない(忘れたいとも言う)けれど、まあ噛まなかったとだけ言い残しておこう。
自分の挨拶を終えてまた一礼するとお決まりの拍手をされて、演舞の時みたいな達成感はない。早く終われとずっと思いながら、誠さんが隣でまた何か話し始めていた。横で愛想笑いで聞き流していると、お婆様も話し始めて、流石に頭首の話しには皆視線をそちらに向けていた。
自分が見られていないうちに、もう一度揃って座る大人たちを見る。
さっきも思ったんだが。
思ってたより年齢層が若い。
演舞の後からひっきりなしに挨拶来るのは割りとお婆様くらいの世代が多くて、その人たちに連れられて誠さんかそれより少し上くらいの年代の人が来るような感じなのに。
今日はその連れられて来ていた人たちの方が、自分の伴侶と子供を連れて来ている。
ちょうど私達の親世代から少し上くらいの年代だから、一緒に来ているその子供というのも、私より年上ー二十代くらいの人が多い。
もっと重鎮が揃う感じだと思っていたけれど、その人達はいつも来ているし、そうでない人たちへの挨拶会なのかな。若い世代の方が親近感があって、思ってたよりは緊張しなくていい。
お婆様の話を全然聞いてないままに視線を彷徨わせていると、臨と目が合った。「話しを聞け。」という冷視線を送られるのかと思ったが。
「……。」
ガン見されるだけだった。
何かあるのかと思ってこっちもしばらく見ていたが、
「…………。」
ただただ視線がこっちを向いているだけで、リアクション一つ起こさない。
これはもしかして。
私じゃなくて後ろの掛け軸を見ているのかもしれない。よくあるよな、手を振られて自分かと思ったら後ろの人だった奴。うん、壺とか味のある感じだったから、そっちを見ているんだな。
臨の壺への情熱は好きにしてもらって、また視線を彷徨わせていると、灰が欠伸をしていた。みんな正座なのに一人だけ胡座をかいていて、尊のあの定規が入っているみたいな背筋の伸びた正座を見習ってほしい。その度胸は私も見習いところだけれど。
ちなみに私の隣に座る家族の隣に一人で座っていて、その向かいに隼おじさんが家族と座っている。正妻一家と愛人の孫とは思えない配置だったから、多分もう当人達も気にしていないのかもしれない。
とりあえず一周見終わった頃に、ちょうどお婆様の話が終わり(多分私が本家入りするからよろしく的なことを言っていた)、誠さんがやっとグラスを持った。
「じゃあ、堅苦しいのはここまでにして。食事にしましょう。」
やっと座れる…。
遥さんから私の分の飲み物を渡され、席についている全員がグラスを持った。入ってる飲み物は大人達はビールか何かのようだ。こういう場ではお酒を飲むのが普通なのだろうけれど。久しぶりに、お酒の匂いを嗅いだ。
…お酒の匂いは、好きじゃない。
誠さんの「新しい家族に、」という音頭の後、
「乾杯。」
みんながグラスを合わせて、食事が始まった。
そして。
本当の地獄が、ここから始まる。
自分でもわかっているんです。
一体いつになったら親族会が始まるのかということは…。




