第七話
美容院には尊もついて来てくれた。遥さんも尊も行きつけの場所なのか、待ち受けていた田舎ではかなり洒落た部類に入る店内に臆面もなく入って行くと、中にいた美容師と談笑していていた。二人とも私の髪を弄る美容師さんと一緒になって、二人ともああでもないこうでもないと口を出していて、私より確実に楽しんでいた。
美容院と言っても髪を切られるわけではなくて、なんか巻いたりセットするのが目的だったみたいだで、整えると言って毛先は切っていたけれど、何を整えたのかは私にはわからない。
出来上がる頃には自分では絶対に真似できないような複雑にまとめあげられた髪型になっていた。ところどころ編み込んであったり、まとめた部分に花飾りがあしらわれていて、
「あら、いいじゃない!」
「可愛いですよ七!」
遥さんと尊は喜んでくれていたけれど。
正直動きづらい…。
色々やってもらって嬉しくないわけでも、確かに時間をかけた髪型は可愛くもあるんだけれど。この格好で人前に出ることを考えればむしろ飾り立てられれば飾り立てられるだけ、恥ずかしくなっていく。
帰りの車に乗るときに松戸さんにも、
「大変お似合いです。」
と褒めてもらって、尊だったら褒め言葉にも上手に謙遜できるだろうし、春みたいな性格だったらそのまま素直に受け入れられるんだろう。ちかちゃんも笑顔で喜ぶタイプな気がする。
捻くれ者の私は、こういうのは苦手だ。なんて返せばいいか、困る。
本家に戻った先では既に本家のものではない車がいた。でも全然知っている車だった。
なんでかはわからないけれど、その車の持ち主である灰と臨が外で話し込んでいるのがスモークガラスの中から見えた。難しそうな顔してなんの相談だろうか。
松戸さんが灰の車の隣に横付けしてくれて、車から降りた私の髪型を見て灰は、
「なんだ七、その頭は。これから成人式でも出んのか。」
ああ…!このぞんざいな感じが一番ありがたい…!
うっかり「ありがとう。」と言ってしまい、灰に怪訝な顔をされた。
「動きづらいし、私だって本当は嫌なんだよー。」
「俺だってこんな堅苦しい会やだわ。」
そういえば灰もこの間みたいにスーツを着ていて、多分出席者もある程度フォーマルな格好で来るんだろう。にしても、私の頭はそれ以上に畏まっているが。
そんな格好の大人に囲まれてなんて、やっぱりばっくれたい。
「灰の時みたいにばっくれちゃダメか…むぐぁ!」
いつだったかみたいに顔面に掌が飛んできた。
「お前、その話どっから聞いた。」
地獄から聞こえたみたいな声で灰が凄むが、残念ながらその掌で顔面を押さえつけられていて、説明どころか釈明もできない。
そういえばこの話京介さんから勝手に教えてもらったんだった。灰はこの話を極端にいつも避けるから黒歴史なのかもしれない。禁句だった。
危うくそのまま窒息死しそうになっている私に、
「こらー!灰君!」
遥さんが横から来て、灰の頭にチョップした。全然ダメージのなさそうな可愛いチョップだった。
「ダメでしょ!髪型崩れちゃったらどうするの!」
「そうですよ!女の子の顔面を掴まないでください!」
女性陣二人に締められて、ようやく開放されるが、
「死ぬかと思った…。」
「お前、その話二度とすんなよ。」
「はい…。」
怖い顔で恫喝された。
やくざのお兄さんは怒ると本当に怖いと知っているのでもう二度としない。絶対しない。
未だメンチを切っている灰からなんとか話題を逸らすべく、目についた車を指さした。
「そ、そういえば。駐車場足りなくない?」
この家の駐車場は広いが、だけど松戸さんの車と灰の車と、実は誰も乗っているのを見たことがない車が数台いつも止めてあって、もう殆ど埋まってしまっている。
「神社の駐車場を開放するから、そっちから歩いてきてもらうの。」
へえ。天下の神楽所家の車が総出で駐車場に並ぶのだから、さぞ高級車が並んで壮観だろう。車に興味はないから詳しくないけれど、松戸さんの車も灰の車も、駐車場に置きっぱなしの車もどれも高級なのはなんとなくわかる。
「相変わらず綺麗な車っすね。」
灰の注意が車に向いたみたいで、松戸さんの車に触っていた。よかった…。
「俺も結構メンテナスしてるけど、やっぱ松戸さんの車は手入れが段違いだわ。」
「灰様はメンテナスよりもう少しお車の運転に気を遣われた方が…。」
褒めた筈の松戸さんから何やら小言を言われていた。確かに灰の運転は荒いから安全運転の松戸さんを見習った方が良いと思う。
「怒られてるー。」
さっきの仕返しで後ろからヤジを飛ばすと、
「うっせぇな。俺の運転は荒いんじゃなくてテクニカルなんだよ。どんだけスピード出しても事故ったこと一回もねぇんだから。」
「スピード出してる時点で道路交通法違反してるじゃん。」
「ネズミ取り見っけるのは得意だからな。そっちでも捕まったことはねぇ。」
「なんの自慢にもならない…。」
その場にいた全員が呆れていた。
「とりあえず中に入りましょ。」と遥さんに促されて、家の中にぞろぞろと入っていく。既に大所帯な感じなのに、ここからまだ五十人近く来るって…。
よく考えたら一クラス分よりよっぽど多いのだから、ああ、考えなきゃ良かった。
玄関の靴を見るに、まだ来客は灰だけみたいだ。
「みんなは夕方に来るからまだよ。」
と遥さんが教えてくれる。
広間に向かいながら、
「灰はなんでそんな早くきたの?」
「俺はお前の警護でいるんだよ。」
こんな日まで護衛が必要なのか。
…違うか。
分家の揃う今日だからこそ、護衛が必要なのか。巫女の護衛役として、織衛組で神楽所家の人間でもある灰はいい様に使われている感があって、自分の事ながらちょっと気の毒だ。
「大変だね。」
「本当だわ。おっさん家も来るみたいだし、たまったもんじゃねぇ。」
「おっさん?」
その問いには尊が答えてくれた。
「隼おじ様のことです。」
「なんでたまったもんじゃないの?」
職場の上司だからとか、そういう意味だろうか。休日に職場の人に会いたくないとか、そういうアレ。私も大人になって時間外の飲み会とか絶対出たくない。
「隼おじ様は灰さんの伯父さんなんです。」
「へえ、親戚なんだ。」
いやまあ、神楽所の時点でみんな親戚ではあるんだけれど。
だけど近しい親族なのであれば、逆にそれでなんで会いたくないんだろう。
「隼おじ様のお父様は灰さんのお爺様なんですが、隼おじ様のお母様は灰さんのお婆様ではないんです。」
「んん?」
出た。神楽所家特有の超ややこしい話が。再従姉妹だの従兄弟だの伯父だの叔母だの分家だの、家系図で持ってきてほしくなる。複雑怪奇な内容にシナプスを働かせようとしていたら、
「そんな複雑じゃねぇよ。俺の爺さんが遊び人で、おっさんが正妻の息子で俺は愛人の孫なわけ。」
「複雑だよ!」
二重の意味で複雑だよ!そんな軽いノリで言われても!
いよいよお金持ちの家事情っぽくなってきてしまった。愛人の子とか、昼ドラでしか見たことない。きっと相続問題で揉めるに違いない。
「んん?でもさ、愛人の子供なら灰の苗字が神楽所なのおかしくない?」
日本は重婚ができないのだから、灰のお婆様が愛人ならそっちの苗字が引き継がれていくような気がするけれど。後妻になったというのであればわかるけれど、それなら愛人とは称さないだろうし。
「爺ちゃんは俺の母ちゃんを、要は愛人との子供を自分家の養子に迎え入れるようなぶっ飛んだジジイだからなぁ。」
「はあ…。」
すごいなぁ、神楽所家。ぶっ飛んでいるのはそのお爺さんもだし、その正妻の息子と謂わば妾の孫が一緒の親族会に参加しているのも、一緒に仕事をしているのも。それを平然と話している灰もだ。由緒正しい家にはそれ相応の複雑な事情があるんだろうな。うちもなかなかに、語るには面倒な家だと思うけれど。
どんな家も、色々事情があるのだと思わされる。
それにいつまでも引きずられていたらいけないのだと、思い知らされる。身につまされる。
「灰のお母さんは今日来るの?」
「俺の母ちゃんは今婆ちゃんのところ住んでるから。」
「お婆ちゃんのところ?」
「ノルウェー。」
「のるうぇー。…ノルウェー⁉︎」
だいぶ国際的な話だった。そういえば灰の頭の色を考えばきっとそのお婆さんはそっちの人なのだろう。
「あー、やだやだ。彰さん家も来るんだろ?」
「彰さんて?」
「唯の家のお父様のことです。」
「なるほど。」
それは私も嫌だ。だけどこうして親族が揃う手前、同調していいものか迷っていると、
「もう、灰君たら。今日は七ちゃんの見守りなんだから、失礼なこと言って追い出されちゃだめなんだからね!」
遥さんに怒られていた。尊にママみを足した様な遥さんに怒られているのはちょっと羨ましい。私も怒られたい。
広間に着くと、もうさっきより準備が進んでいた。まだ三時くらいだから料理まではないけれど、食器やらはもう並んでいて、あとは食事が運び入れるだけの準備が終わっていた。
「お料理は何が出るんだろう。」
いつも以上に豪華な食事が期待できるのは間違いない。きっと家政婦さんの中でも特に料理上手な近藤さんとか渡部さんとかが腕を振るっているのだと思うと楽しみでならない。
が。その幻想を打ち砕くように、
「なんだお前、食べれるつもりでいんのか?」
「え?」
なんで、主役の私が食べられないの?私のための会なんでしょ?私が食べなくて誰が食べるの?
「あほか、主役だから食べられないだよ。挨拶しててそれどころじゃねぇわ。」
「そんな…。」
こんな格好までさせられて、挨拶の羞恥プレイまで待っていて、一体何のために私はここにいるんだ…。
一気にやる気を無くした私に、遥さんが慈悲深いその心で、
「じゃあ、先にちょっと食べちゃいましょうか。」
「いいんですか⁉︎」
「ちょっと味見でもらってきてあげる、折角のお料理食べられないの可哀想だもんね。」
女神だった。慈悲深い女神。平和の女神である尊と並べば、宗教を開けそう。氏神様より私はこっちを盲信したい。
遥さんと一緒に料理を取りに行ってくれた尊を見送っていると、視界の端っこにそういえばさっきから全然喋ってない人がいた。
「臨、さっきから静かだね。」
いつもならさっきの解説役とか真っ先に買って出るのに。解説担当の臨なのに。
「…そう?」
と言う臨はやっぱりどこか大人しい。元気がないわけでもないけれど、なんというか、静かだ。
神楽所家の大人たちが来るからもう猫を被っているのか?
「どうかしたの?」
「別に、普通だよ。」
「…ふうん。」
まあ、普通だと言うのならそれ以上は聞かないけれど。
持ってきてもらったご飯に舌鼓を打ったあと、この後目の前に用意されたそれを食べないまま過ごさなければならない現実を呪いつつ。遥さんに連れられて行った先の部屋には、お婆様が待っていて、部屋の真ん中に着物が用意してあった。この間着せられた落ち着いた色の着物とは違って、今日のは明るめの淡い色を基調に花が散りばめられた着物だった。
なんか、本当に成人式みたい…。
「さあ、早く支度するよ。」
お婆様と遥さんに付きっきりで着物を着せられて、化粧までされて、演舞の時を思い出す。そういえばあの時の準備もこの部屋だった。あの時も演舞で緊張していたけれど、そうだ。あの時は尊が約束を守ると、私の気を動転させてくれていたおかげで緊張も半減していた。
今回の方がひょっとしたら緊張しているかもしれない。嫌度で言えば断然こっち。
「うん、可愛い!」
遥さんの声で、支度が終わったことを知らされた。鏡を渡されると、それは確かに別人級で飾り立てられている自分が写っている。
うん。この格好で出ることがやっぱり恥ずかしい…。
「いいかい。」
とお婆様に言われ、返事をする。
「今日の親族会は七の今後にとって、とても重要な親族会だから。」
「はい。」
「くれぐれも、粗相のない様にするんだよ。」
「……。」
自信ないので返事はできなかった。動きづらい着物に転ぶことはあっても、ブチ切れることだけは我慢しよう。流石に。これ以上呆れられたくない。…ん?一体、誰にだろうか?
お婆様は最後に、
「しっかり、見定めるんだよ。」
と言った。
…?
見定めるってなに?
新たに神楽所本家に入った私を、神楽所家の人たちに見定められるのではなく。私が、見定めるのか?
「はい…。…?」
とりあえず返事はしたけれど、意味はわからず。
時刻は十六時。
部屋の外からは賑やかな声が聞こえてきて、そろそろ親族たちが集まり始めているらしい。
この時。
お婆様の言葉の意味を理解していれば、気付いていたら、親族会から逃げ出していたのに。
私はまだ、この親族会の本当の意味を知らない。




