第六話
さて、親族会。
臨は普通に親族の集まりのようなことを言っていたけれど、私はそういうのを経験したことが少ない。小学生の低学年の頃には父方の集まりに参加したことが何度かあった気はするが、あんまり覚えていない。年の近い従兄弟とかと遊んだ記憶が朧げにある程度で、途中から見限られて呼ばれなくなった。母方の親族は会ったことがない。母の兄弟がいないとは言え、そうは言っても誰か一人くらい親戚がいてもおかしくなかったのだが、祖母が養子であることを知っている今ならなんとなく何故なのかが理解できる。
そもそも、ただ親族が集まるだけのことを仰々しく「親族会」と呼んでいること自体が、ただの親族の集まりとは思えない。テレビで見るような、お家柄特有の親族同士によるギスついたマウントの取り合いとか繰り広げられているのではないかと、邪推してしまう。
尊と臨なら何を取っても自慢の子供だろうからさぞ誠さんも遥さんもお婆様も鼻が高いだろうが、私はそうもいかないので、しかもその私が今回の主役と言うのだから胃が痛くなるばかりだ。
誕生日会の主役にすらなったことがあるか怪しい私が、五十人近い知らない人間に囲まれてお前のために集まったと言われても、一体どんな隠し芸を披露しなければならないのか想像がつかない。円周率百桁言えるのでは盛り上がりに欠けてしまうだろうか。
そんな親族会。
誠さんから来週の土曜日に行うとのことで、事前連絡が入った。尊が東京から帰ってきた次の日の話である。いくら私の戸籍の手続きが終わったからと言えど、あまりにも急ピッチな予定に驚いた。そんな何十人も集まると言うのに、神楽所の人間はみんな暇なのかな。
「みんな七ちゃんに早く挨拶したいからね。二つ返事だったよ。」
と誠さんは嬉しそうだった。
本家に夕方から集まって、夕食会をするそうだ。食事は家政婦さんたちが用意してくれるみたいで、その準備からか、その日からいつも以上に家政婦さんたちがずっとバタバタしている。
「七ちゃんは当日着物を用意してるからね。」
と言われた。
「…着ないとダメですか?」
当然お断りしたかった。この間お婆様に着付けられた時もそうだったけれど、高級な着物は重くて動きづらいし、あと私だけそんな粧し込まれるのは嫌だ。すごく恥ずかしい。
「何を言ってるんだい。七ちゃんの披露会なんだから、それくらいしないと。」
と拒否を拒否で返されて、受け入れざるを得なかったけれど。やれと言われればやるけれど。
だけどこうも持て囃されると、いよいよ親族会が嫌になってきていた。担ぎ上げられているみたいで、そういうのは本当に苦手だ。
「みんなの前で一言挨拶をしてもらうから、何をいうか考えておいてね。」
なんて言われた日には。もうばっくれたいところだった。
そういえば、いたな。大事な親族会をばっくれたらしい人。その時は普通に聞いていたけれど、今考えると主役がばっくれられるの凄いな。しかもそれが初恋相手のためとか、流石の私でも真似出来ない芸当だ。
でも。
私も逃げられるものなら逃げたい。今回ばかりは逃げたい。
「はあ。」
大きいため息も出てしまうというものだ。朝からもう何度ため息をついているかわからない。
「どうしたの?」
誠さんから無茶振りを言われた翌日の帰り道。
隣に座った臨に聞かれ、
「親族会、憂鬱…、」
「ああ。」
「挨拶、無理…。」
「カタコトになってる…。」
嫌すぎて日本語忘れたいくらいだった。なまじ知り合いがいる場だから余計に恥ずかしい。尊と臨に生暖かい目で見られるのとか絶対に無理。
「挨拶なら、尊に聞いてみたら?いつもやってるから何て言ったらいいか教えてくれるよ。」
「尊っていつもこんなことまでしてたの?」
本家でずっと育ってきただけあって踏んでいる場数が違う。もちろん完璧にこなして来たのだろうし、つくづく恐れ入る。氏神様の器でなくとも、必要以上によく出来た本家の娘なはずなのに、どうして大人たちはそこまで氏神様に拘るのだろうか。…能力を鑑みれば仕方ない事なのかもしれないけれど、納得はいかない。
「人前が苦手なのに、よく文化祭で唯と戦うとか言ったよね。」
「頭に血が昇っちゃえば平気なんだよね。」
「じゃあ挨拶の時も怒ってたらいいんじゃない?」
「そしたら多分挨拶じゃなくてご挨拶になっちゃうと思うよ。」
「ダメだな。」
「ダメだね。」
臨とはこんな調子で、もう別にお互い普通だった。ちかちゃんと遊びに行っていたあの日、結局私は臨に特に何も言うこともせず。だけど臨の方も、その事はもうどうでもよくなったのかはわからないけれど何も言って来ない。よほどちかちゃんとのデートが楽しかったのかもしれない。
尊もあの後すぐに食堂に来て、お風呂でちかちゃんについて気になっていると言っていたのにあの場では臨に何も聞いていなかった。そういうところは踏み込まない主義なのか、逆に何も聞かないことがなんか怖かった。
「そういえば、唯の家も来るらしいよ。」
「え?まじ?」
うわあ、もっと嫌になってきた。面倒臭い家(臨と灰曰く)らしいし。テニスの試合以来会ってないが、その事について結局本家にクレームが来たりもなかったけれど。顔を合わせればまた言い争う気しかしない。どうせまた尊にも喧嘩を売ってくるのだろうし。
「でも、唯の家って本家嫌いなんじゃないの?」
折角の親族会なのに、わざわざどうして仲の悪い人を呼ぶのだろうか。
「そうだけれど、だからって本家派だけを呼んだら角が立つし、唯の家は親族の中でも神社を持っている有権者だから。呼ばないわけにはいかないんだよ。それに、嫌いってだけで揉めてるわけじゃないから。」
「へえ…。」
相変わらずややこしいな、神楽所家。
だけど、角が立つ…か。
大人が体裁を取り繕わなければならないのはわかるし、嫌なことを言われても、嫌いな相手でも我慢して表面上だけでもお互いに上手くやっている風を装わなければならないんだろう。
私も、さすがに親族会で唯の時みたいにキレるのは避けたいところだ。
「まあいいんじゃない。怒りたかったら怒れば。」
「え。」
臨らしくないことを言われて驚いた。
「危ないことしないなら、俺はいいと思うよ。」
「…そ、そう。」
いつもなら、本家としての自覚を持ってなんちゃらとか言って怒るのに。臨は神楽所家だからとか、そういう建前をいつも気にしてちゃんとしているのに。しろと言うのに。その神楽所家の集まりで、本家の養子として紹介される会で、怒りたかったら怒ってもいい…?
目の前の臨は本物の臨だろうか…。
もしかして。
臨の言う事聞かない私に怒ってばっかりだったから、ついに見放されたのかな。
「……。」
まあ、別にそれでいいんだけれど。
…そっちの方がいい筈なんだけれど。
当日。
朝から家政婦さんたちが慌ただしくしていた。いつも交代勤務で入れ替わる家政婦さん達だが、今日は総出でキッチンと広間を行ったり来たりしていて、廊下を歩くのも邪魔で申し訳ないくらいだ。
広い神楽所本家はまだ足を踏み入れてない領地が多くて、今回使う広間もその一つだった。
朝から解放していて自由に行き来できるので、尊と臨に教えてもらって来たのだが。
「ひろー。」
ここは旅館の宴会場か?
和室を二部屋分解放して繋げて使っているとは言え、その広さは確かに五十人くらい余裕で入りそうだった。二部屋の両端にそれぞれ床の間があって、全く同じ掛け軸と高そうな壺が置いてあったから、こうして繋げて使うことをそもそも想定して作っている部屋なのかもしれない。
「昔はもっと集まることが多かったらしいからね。」
昔、と言うのは神楽所家の全盛期のことだろうか。氏神様の器が不在が続いたついこの間まで、神楽所家は衰退期だったらしい。地域での立ち位置を考えれば、これで?と聞きたくなる話だが。
それは氏神様不在を隠し続け、その力なしで神楽所家を統一し権力を維持し続けたお婆様の手腕によるものなんだと思う。本当に恐ろしい、神楽所薫。今日会うのも実はちょっと怖い。粗相でもしようものなら消されそうで。
「うぇー、緊張してきた。」
「大丈夫ですよ。練習したじゃないですか。」
挨拶は結局尊に考えてもらった。それをそのままカンペで用意したかったけれど、完璧主義の尊がそれは許してくれず、連日一緒に練習してくれたから空で言えるようになった。
だけど、やっぱり不安だ…。
「尊、挨拶の時隣にいて手握ってて。」
「いいですよ。」
「いいわけないだろ。」
鋭いツッコミをする臨だった。
せめて隣にはいてほしいけれど、多分席も決まってるんだろうな。
広間には長いテーブルを三つ程繋げて、中央に隙間なく並んでいる。周囲を等間隔で座布団が敷いてあるのだが、この誕生日席に置いてある座布団だけが気がかりで、まさか私の席あそこじゃないだろうな…。
「あ、いたいた。七ちゃん!」
明るい声をかけてきた主は、遥さんだった。私の顔を見て、
「どうしたの、緊張してるの?」
「はい…。」
「大丈夫よ、七ちゃんは主役なんだから。どーんと構えていれば。」
と、うふふと笑う。その柔らかな笑顔にちょっと緊張が解れた。
尊も美人だけれど、遥さんも高校生の娘がいる母とは思えない程に年齢不詳の美人で、その上お母さん特有の穏やかさがあるからか、いてくれるだけで安心感がある。その安心感のある笑顔で遥さんは、
「じゃあ七ちゃん、美容院行きましょうか。」
「え?」
美容院?あの髪を切る美容院?
なんで?
「何言ってるの。これからたくさん見てもらうんだから、綺麗にしてなきゃ。」
え、そ、そこまでするの⁉︎
みんな成人式か何かと勘違いしてるわけじゃなかろうか…。
「え、いや、大丈夫です。」
すかさず後退を始めた私に、
「だーめ。松戸さんお待たせしてるから、行くわよー!」
となんだか楽しそうな遥さんに即座に捕まってしまい。
時刻は十三時。
親族会はまだ始まってもいないのに、もう既に逃げ出したかった。




