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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第五章
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第四話


尊の丁寧な櫛通しが終わって、シャワーで髪を流される。

いつもは結構な水圧で勢いよく流してしまうのだが、尊の丁寧な仕事ぶりはシャワーの水圧にも出ていて、いつもの半分くらいの勢いの水で頭皮までゆっくり湿らされていく。

その間水が目に入らないように当然目を閉じているのだけれど、そのせいか尊が頭を撫でる手付きに特に意識が向いてなんだか恥ずかしい。くすぐったいわけでもないのに、口元がにやけてしまうような。

水流が止まると尊はいつも使っているシャンプーを何プッシュかして、それを泡立てていた。

最近知ったのだが、神楽所家にはお風呂が二個あるらしい。確かに生活していて、お風呂の時間が誰かと被ったことがないので妙だとは思っていたのだが。まさか家に二つお風呂がある家があるなんて。ここも大人と子供で分けているようで、来客としてくる親戚たちもそっちを使っているらしく、ここは私と尊と臨しか使ってないみたいだ。こんな広いお風呂なのに勿体ない。

尊の方にあるのか臨の方にあるのか、ひょっとしたらどちらにもこだわりがあるのかもしれないけれど、シャンプーとコンディショーはここに来た時から尊用と臨用で分かれてたいた。


「そのシャンプーいい匂いだよね。」


私は特にこだわりがないので、「私のを一緒に使っていいですよ。」と最初に言われて以来尊の恩恵を受けている。


「七がそう言うなら一生このシャンプーにします。」

「重いよ⁉︎」


シャンプーくらいもう少しライトに選んで!

それにシャンプーとコンディショナーとボディソープもいつも同じものを使っているのに、尊から出るあのいい匂いは私からはしない。尊のいい匂いはもはや身体から湧きあがっているのかもしれないから、多分シャンプーを変えてもいい匂いなのはわからないと思う。

尊の掌で泡立ったシャンプーが私の髪の毛に乗り、マッサージされながら広がっていく。


「七の髪はコシがありますね。」

「髪質はお婆ちゃんにもよく褒められるんだよね。」

「清さんも綺麗な髪ですもんね。」

「遺伝かな。でももうちょっと髪の毛の栄養が身体にいけば良かったんだけどなぁ。」


私も春も発育が悪いとまでは言わないが小さい頃から小柄で年下と間違われることがよく多かった。家が貧乏な故の事象であって、別に生まれつきスタイルが良いとかでは決してないのが悲しいところだ。

その証拠に、毎日神楽所家で美味しいご飯を三食食べて、その上で毎日帰ったらおやつまで用意されているのだから(しかもちゃんとしたケーキとかでスナック菓子ではないやつ)、今までの反動でむしろ栄養過多状態なのか最近体重が増えている。これから身長を期待するのは難しいのか、そっちはあまり伸び悩んでいて残念なばかりだ。


「七の身長くらいが一番可愛いと思いますよ。」

「尊は背が高いからそう言う余裕を言えるんだよ。」


幼少期から確実に栄養のあるものを食べてきているからか、尊も臨も背が高い。まあ多分それこそ遺伝の可能性が高いのだろうけれど。その割に細いのだから、鏡にうつる尊のくびれが憎らしい。両手でわきわきしてやりたいくらいに憎らしい。そのお臍に繋がる薄く出た縦線をなぞってやりたいくらいに憎らしい。肉らしくない体型が憎らしい。


「七も平均くらいはありますよね?」

「私はもっとほしいの!」

「理想はどれくらい?」


理想を言うのであれば。

身長だけでなく筋肉も欲しい。喧嘩を売られても絶対に負けないくらいの。周りに物理的に勝てるくらいの筋肉。裸でなくとも勝てる自信が持てるそうな肉体美。男の人を相手にしても恐れをなされるような頑強な身体。そう例えば、


「霊長類最強クラスには。」

「却下。」


即効で否定された。笑顔のまま冷え切った声を出す尊が怖い。

言ってる間にシャンプーが終わり、トリートメントをつけてもらう。普段はこのぬるぬるした感じが苦手なのであまり使わないのだが、これも櫛を通しながら丹念に髪に練りこまれ、尊に洗ってもらった後の髪の毛は生き返るようにツルツルになるからやっぱりした方が良いのだとはわかっている。だけどどうしてもあのぬめぬめ感が苦手なのだ。流した後も流せたのかはっきりしない感じが苦手。

尊にやってもらった時だけは何故かあのぬめぬめも嫌な感じがしないから大人しく塗るのを待って、そしてトリートメントというのは塗ってから数分おいた方が良いらしいから、一旦放置する。


「じゃあ交代ね。」


攻守交代し、今度は私が尊の髪の毛を洗い始める。

腰くらいまで伸びた長い漆黒な髪の毛は、触るだけで絹糸のような手触りで、うっとりする。なんかこう、顔を埋めたくなるような。


「これで枕を作ったらすごく眠れる気がする。」

「怖くないですか、髪の毛で作った枕…。」


尊の髪の毛であれば夜中に上から落ちてきても喜んで回収する自信はあるが、言うと引かれそうだから黙っておいた。

この大事な髪の毛を私なんかが洗っていいものか毎回迷う。


「七は洗うの上手ですよ。」

「そう?雑じゃない?」

「優しい感じです。きっと春ちゃんを洗ってあげてたからですね。」


確かにそう言われれば、元の家にいるときは春と一緒に入ることが多くて、小学生になるまでは髪の毛も洗ってあげていた。いつからか「春は自分で洗えるの!」とおませさんなことを言い出して、自分で洗うようになった。唐突に解任されてお姉ちゃんは寂しかったが。


「七がもしずっと前からこの家に住んでいたら、私がずっと七の髪を洗っていたかもしれないですね。」

「そしたら私も尊くらい髪の毛綺麗だったかな。」


ずっと前からここに住んでいたら、か。

そしたら尊ともっといれる時間も長かったし、成長期に栄養のあるものを食べて背も高かったかもしれない。臨のことだって、家族だと言ってくれる臨に、私も自信を持って家族だと言って返せたのかもしれない。


「もっと早く来てたら良かったのな。」


口から出たその言葉はやはり嘘ではない。私が氏神様の器であろうと、毎日危ない目にあっていようと、私は神楽所家に来る選択肢以外はやっぱりない。


シャンプーを出して、尊に倣って手で泡立ててから髪の毛に染み込ませていくと、少し間を置いてから尊が言った。


「それで、私がいない間に何があったんですか?」

「それでって?」


さっきその話は終わったような気がするけれど。あれ、そういえば終わってなかったんだっけ?


「またちかちゃんの話?」

「違います。今度は七の話です。」


泡立てている手が止まった。

あわあわの髪のまま、尊が振り返る。


「七は、何があったんですか?」

「…。」


なんでわかるのだろうか。わかってしまうのだろうか。

いつも通りにしていたつもりだったのだけれど。やっぱり尊はすごいな。


「七のことなら、全部わかりますよ。」


そう言い切れるところも、凄い。氏神様の力を借りて、ズルをして尊を見た私でさえ、尊のことを全部わかるなんて言えないのに。

尊は私に向かってそう言う。言ってくれる。

誰かに理解されているという事がどれだけ幸せなことか、教えてくれる。


そう言ってくれる尊には、やはり言わないわけにはいかないのだろう。

この一週間を。

あの日の出来事を。

どうやって私があの事件であの場に行ったのかを。

私の身に起きていたことと、起きていることを。


「もしかしたら私、氏神様と意識が入り混ざったのかもしれない。」


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