第三話
裸の付き合いという言葉があるように。
人類の文明とも呼べる衣類を脱ぎ捨て、身を守るものを脱ぎ捨てることによって、お互いのその身体を見せ合うという行為は、お互いの内側を見せるという行為は、やはり心を曝け出すために打ってつけなのだ。
という話を脱衣所で尊が力説していた。
そこまで理由付けをせずとも、別に尊を疑ったりしないし、唐突な入浴シーンにテコ入れを疑っているわけでもないから安心していいのに。
既に尊とは一緒にお風呂に入ったことが二回ある。初回こそ尊とお風呂に入るという入浴イベントに緊張していたけれど、二回目からもう慣れてしまった。出来の違いはあれどお互い女同士の身体だし、そもそも私は裸になることにあまり抵抗がない。というとあらぬ誤解されかねないが、小学生の時も中学生の時も修学旅行で入浴時間に照れて必要以上に身体を隠している子とかよく見たが、私はそこについては全然気にしないタイプだったので開けっぴろげもいいところだった。だって、女同士だし。
それによく考えてほしい。例えば相手が服を着ていて私が裸であれば躊躇もするだろうが、お互い裸なのだから。お互いが何も身に纏っていないということは、お互いがノー装備ということだ。であれば、万が一に戦うことになっても迷わず手を出せる私の方が強いはずだ。ピーキーさでは誰にも負ける気がしない。むしろ衣類を着ている時の方がよほど武器を隠す余地があって警戒せざるを得ない。お互いが裸同士であれば私が勝てる。という余裕から、裸になることで私は一種のトランス状態になることができるのだ。
「七は警戒心の強さがたまに変な方向に向かってますよね。」
尊が身体を流しながら、お風呂場特有の響いた声で言う。
まあ尊相手に戦うことはないのだけれど。尊と一緒にいる時に戦うのは己の理性くらい。
尊の肌に弾かれるお湯が窓から入ってくる太陽の光に反射して一段と眩しい。こうしてみると日中にお風呂というのも贅沢でいいかもしれない。
神楽所家が森に囲まれるようにあるため、周囲に建物がなく、特に高い位置にあるお風呂場の窓は空と伸びた木々しか映してなくて、一応カーテンが付いているがあまり使われることはない。
今も窓から直接的に入る日光を浴びながらの入浴は、なんだか背徳感を感じながらも健康的な気分になれる気がする。
私も身体を流してから、一緒に湯船に浸かった。
「幸せー。」
つい間抜けた声が出てしまう程、温かい温泉のお湯に包まれるのは至福だった。
大きめの湯船から二人の体積分お湯が溢れ出し、洗い場に水たまりができるとすぐに流れていく。いくら広い神楽所家のお風呂といえど、大人(と言えるかは微妙だけれど、子供ではない身体)が一緒に二人入ることは想定して作られていないため、そうは言っても狭い。動く度に身体が接触するくらいには狭い。積極的に動きたくなる程度には狭い。
尊の白い肌と時折密着しながら、湯船の中でくつろいでいると、
「それで、私がいない間何があったんですか?」
「何って?」
質問の意図がわからないうちは、わかるまで質問で返すことにしている。鋭い尊はついうっかり言ったことがそのまま情報を与えてしまうことと同じだからだ。
「あの女の子は臨の友達ですか?」
そっちか。
「うーん、私も詳しくは知らないんだけれど。一昨日知り合ったみたいだよ。」
私がちかちゃんと臨について知っているのはあの事件で一緒に巻き込まれていたと言うことだけで、どういう経緯で二人が知り合ったのか、ちかちゃんがどうやって巻き込まれたのかは知らない。というか、もしかしたら以前から二人が知り合いだった可能性もある。
「臨が身内の女の子以外を呼び捨てにするのは珍しいんですよね。」
「やっぱりそうだよね。」
クラスメイトの女の子達は臨のことを臨君と呼んでいるけれど、逆に臨が女の子を名前で読んでいるのは見たことがない。聞いたことがあるのは、尊と唯くらいだ。
「七は気にならないんですか?」
「気になるって?」
「臨とその、ちかちゃんさんの関係が。」
ちゃん付けの上に更にさん付けをする呼び方が尊らしくて可愛い。ちかちゃんが聞いたら笑ってくれそう。まああの子なら何て呼ばれても喜んでくれそうな気がするけれど。いい子だし。
「んー、まあちょっとは…。」
「ちょっとって?」
知り合いと知り合いが仲良いのってちょっとそわそわするよねっていう感じのちょっとだ。そもそも内輪が狭い私の交友関係の中で、知り合いと知り合いがそういう感じというのが初めてなせいかなんか余計にそわそわする。友達の友達と三人でいたら気まずいよね、みたいなそんな感じが近いのかもしれない。まず友達がいないからわからないけれど。
尊に言うと、
「ちょっと…ね。」
と含んだ言い方をした。
「尊はちかちゃんが気になるの?」
「そりゃあ大事な弟ですから。知らない女の子と仲良くしてたら気になりますよ。」
そうか。家族ならそういう心配して当然か。確かに春が急に彼氏を連れてきたら私も彼氏について探りを入れるだろうし、心配もすると思う。というか春が彼氏を連れてきたらショックだしなぁ。ずっと大事にしていた妹を取られるのは想像するだけでも心にくる。
ひょっとしたら今もそういう感じなのかもしれない。
「でも、大丈夫だよ。ちかちゃん、私にも声かけてくれる優しい子だし、巨乳だし。臨も優しいし、気が合うんじゃない。」
「いい子なんですね。でも、ちかちゃんさんがいい子なのと、私が寂しいのは全然違う話ですよ。」
「…。」
おお…。流石尊だ。言うことが深い。
そう言われれば、相手が良い子であればそれだけむしろ、寂しく思うのかもしれない。安心するのと同じくらい、何故か寂しい。
「七は違うんですか?」
「寂しい…、うーん」
尊が言っていることはわかるし、私も尊と三人で過ごせる残り少ない期間に臨がいないのは確かに寂しいのかもしれないけれど。
だけど臨は少しそうやって私以外の子に意識を向けた方がいいと思う。なんていうのは、これこそ誤解を産む言い回しかもしれないが。
もう少し私への同情心から解放された方がいい、と言うのが正しい。
この家にいるというだけで、神楽所臨というだけで、氏神様の器である私へ必要以上に負い目を感じている気がしてならない。私は私自身のためにここにいるのに、そんなこと考える必要なんかないのに。
臨が心配してくれるのも、怒ってくれるのも、家族と言ってくれるのも決して嫌なわけではないのに。だけど、その引目のある態度は逆に私が氏神様の器でなくなれば…。
……あれ?
「どうしました?」
尊の声に引き戻される。
「急に黙り込んで…、のぼせちゃいましたか?」
「…そうかも。」
そろそろ身体も温まってきたので、髪を洗うことになった。
一緒に入る時はお互いに洗いっこすることが決まりになっていて(確か最初に言い出したのは尊だったはず)、最初に尊が私の髪を洗ってくれることになって、お風呂の椅子に座った。尊は自分の髪をいつも綺麗に管理していて、私の髪も同じように丁重に扱ってくれる。
用意してあった櫛で髪を梳かされながら、
「うちに来てから、だいぶ髪が伸びましたね。」
「そうかな?」
それを言うなら正面の鏡に映る尊の、胸を覆う程の髪の毛の方がよほど長い。
「私は元から長かったですから、あんまり変わってないですよ。」
「切らないの?」
「演舞のためにずっと切らずにいたので。でも確かに、もう切ってみてもいいんですよね。」
そう言う尊は新しい髪型への挑戦に楽し気で、だけど少し寂しそうにも見えた。今まで尊が演舞のためにどれだけのものを自分に課してきたのかを考えれば、その表情は当然で。
多分東京に行くのを手放しで喜べない程には、思い残すこともあるのだろう。尊がそうやって頑張ってきたのは家族に認められるためで、果たしてそれに決着が着けられたかと言えば、それは私にはわからない。
家族の問題が一朝一夕で解決できないということだけはよくわかる。何年も何年も積み重ねて、積み上げたままにしてしまった問題は、ドラマみたいにある時を境に全て丸く収まるなんてことはない。
せめて尊が大事にしてきたものを私が引き継いでいきたいと思っている。尊にはまだまだ遠く及ばないけれど。
「…私は伸ばそうかな。」
「来年の夏祭りまでには私と同じくらいになりそうですね。」
来年か…。
来年の夏祭りはどうなってるんだろうか。尊はいなくて、臨だってきっとずっと一緒というわけにはいかないんだろう。
終わらない夏休みがないように、楽しい時間があっという間なように。
幸せな時間は続かない。
「夏休みには帰ってきますから、去年みたいにまたみんなでお祭り回りましょうね。」
尊の言葉に、来年の楽しい夏祭りを想像する。
けれど、私はそれを知っているから、わかっているから。
だからやっぱり期待するのは怖い。幸せを期待するのがとても怖い。




