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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第五章
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第二話


誠さんに灰を借りると伝えに行った後、食堂の前まで戻ると中から声が聞こえて来た。


「あのなぁ、そんなの追いかけなくてどうすんだよ。時間経ったら余計話しづらくなるに決まってんだろうが。」

「そうだけど…。」


何故か臨が説教されている。テーブルには三人分朝食が既に置いてあって、私がいない間にきたみたいだ。二人とも手をつけておらず食べるのを待ってくれている。折角の朝食が冷めないようにさっさと食堂に入って、


「どうしたの?」


と聞くと、


「なんでもない。」


臨が慌てて話を終わらせようとした。が、灰が横から、


「七、お前も。男は打たれ弱いんだから、もうちょいわかりやすく、」

「おいっ!」


ばちん、と臨の掌が灰の顔面に正面から入った。

い、痛そう…。


「お前!ほんと黙ってろよ!」


臨が珍しく声を荒げていて、まあ、なんとなくなんの話かは察した。


「いってぇな。なんだよ人が折角、」

「どこがだよ!」


臨が怒鳴っていたが、そりゃあ気まずい当人同士を捕まえて一緒に説教はしないでしょう普通は。悪い意味で空気をぶち壊してどうする。本当に大人かこの人…。


「灰、流石にデリカシーない。そんなんじゃモテないよ。」


私も応戦すると、


「何言ってんだ、俺は天下の神楽所家だぞ。モテるに決まってんだろ。」

「嘘だあ。」

「嘘だあってなんだよ⁉︎」

「じゃあ彼女とかいるの?」

「……。」


やっぱいないんじゃん。

あとモテる理由にいの一番で家柄を挙げるのはどうかと思う。


「なんで朝っぱらからガキ共にモテないとか言われなきゃならねぇんだよ。」


と朝食を食べ始めたので私達もやっと朝食を食べることが出来たが。朝食食べるだけなのに大分時間かかったなぁ…。

灰はさっさと食べ終わると、


「仕事行く。」


と言い残して帰って行った。まだ食べ始めて間もない私たちは取り残されて、


「全く、灰は…。」

「本当に神楽所の人なのかたまに怪しいよね。」


そういえば普通に臨と会話していて、まあ、ちょっと気まずくはなくなった。もしかして、わざとやってくれていたのかもしれない。



朝食を食べ終え、いつもなら居間に行くところだけれど。

流石に臨とずっと二人でいるのはまだ気まずい。しかも食べ終わった後に私も臨も「ど、どうする?部屋戻る?」みたいな謎の間ができてしまい、とりあえず部屋に逃げるように戻ってきたというわけで。

いつもなら尊と臨と何をするわけでもなくあの空間で一緒にいるのが楽しくて、今や暇があれば自室よりあの部屋にいる方が多いのだから、人生何が起こるかわからない。数ヶ月前の自分に言っても、多分信じてはもらえないだろう。

今日は一人ですることもなく暇を持て余しているうちに時間が経って、尊が駅に着いたと連絡が来た。松戸さんが駅まで迎えに行っているらしい。

別に部屋で待っていればいいのに、だけどじっとしていられなくてつい玄関まで向かう。まだ帰ってきてないみたいで尊が帰って来るまで玄関で座っていると、


「何してんの?」


臨も考えることは同じだったらしく、玄関に現れた。


「尊早く帰って来ないかなって。臨もでしょ?」

「…まあ。」

「照れなくても、臨のシスコンぷりは知ってるから大丈夫だよ。」

「煩い。」


うん、まあまあいつも通り。

本当はこのまま昨日の話もなかったことにしてしまいたいが、尊が来る前に言っておかなければならないことがある。


「ねえ、」

「ん?」

「あのこと、臨からは尊に言わないで。」

「…。」

「…私からちゃんと言うから。」


臨は少し黙ってから、


「…わかった。」


と頷いた。

本当は尊に言うかは迷っているけれど。尊が後夜祭で言っていた短刀はドンピシャで私の身体から氏神様を起こすために使っているものなのだろう。私の身を心配していた尊がそれを聞いて東京に行きづらくなってしまうのは嫌で、だけどもう尊に隠し事をしたくない気持ちもある。

どちらにせよ私が悩むことであって、臨の口から尊に言わせるのが一番ずるいことだというのはわかっている。

少しの沈黙の後、臨は私の隣に座った。


「七、昨日の…、」


臨の声を遮るように、駐車場の砂利道に車が入り込んでくる音が聞こえた。きっと尊を乗せた松戸さんの車だろう。臨の言葉は聞こえなかったフリをして、


「帰って来た!行こ!」


靴を履いて玄関から逃げるように出た私に、臨もそれ以上何も言わずに尊を出迎えた。停車した車から松戸さんが出て来て後部座席の扉を開けると、荷物をわんさか持った遥さんと尊が降りて来る。久しぶりの尊に、


「尊!」


車まで駆け寄ると、私に気付いた尊は持っていた荷物を全部地面に落とした。


「七!」


と目一杯両腕を広げられた尊の身体に迷わず駆け寄って抱きつくと、尊の抱擁に包まれる。たった一週間しか経っていないのに、感動の再会だった。何故だか知らないけれど凄く久しぶりな気がして、具体的には一章ぶりくらいな気がする。


「おかえり!会いたかったよ尊!」

「ただいま!私もです!」

「あー、はいはい。」


後ろで臨の呆れ声が聞こえた。


「東京楽しかった?」

「はい、お土産もいっぱい買って来ましたよ!」


そのお土産は全部地面に落ちてしまっているけれど。

荷物を臨と一緒に拾って尊の部屋まで運んだ後、尊が選定したお土産用の紙袋をまた持っていつもの居間に行く。凄い量のお土産だった。

知ってるバナナのスポンジ菓子から知らないお洒落な洋菓子とか、服とか靴とか色々あって、そのお土産を広げながら、


「オープンキャンパスどうだった?」

「凄く良かったです。学校が広くて驚いちゃいました。」

「人いっぱいいた?」

「いましたよ!どこに行ってもうちの夏祭りより混んでて、特に渋谷のスクランブル交差点が凄くて。」

「テレビで見たことあるやつだ!」

「そうです!本当に取材もしてました。」

「じゃあ尊テレビに映ってる⁉︎」


「っていうか、近い。」


向かいに座っている臨が私たちを見ながら言った。


「え?」


私が聞き返すと、


「二人とも近すぎ。」

「そうですか?」


確かに尊と腕を組んだままぴったりくっついてはいるけれど。でも女の子同士なんだし何の問題もなくない?普通じゃない?


「普通じゃない。」

「なに臨、やきもち妬いてるなら尊の反対側空いてるから自分も来れば良いじゃん。」

「そういう事を言ってるんじゃない。」

「じゃあ七の反対側がいいんですか?そっちは貸してあげませんよ。」

「もっと違う!」


もっとってなんだ。失礼だろ。


……やっぱり尊効果が強い。

そこにいるだけでその圧倒的な存在感に他の諍いなんか全て忘れてしまうようで。さながら平和の女神に私も臨もあっという間にいつも通りな感じで、このまま昨日のことは忘れられそうだった。


こうなってくると、なんだか尊が東京に行くのが不安になってくる。


やっぱり行かないでほしいなんて口が裂けても言えないけれど、東京に行ったら何ヶ月も会えないのが普通で、こうして三人でいられなくなってしまうなんて…。やっぱり…。


「七?どうしました?」


尊に覗き込まれ、


「風邪がまだ治ってないんじゃ…。」


そういえば、そういうことになっているんだった。

私はこの一週間氏神様と変わるために殆どずっと眠り続けていて、定期的に来る尊からの連絡に返信ができなくなっていた。だけど尊に本当のことを言えば帰って来ると言い出しかねないし、風邪をひいたことにするとお婆様と決めて結果的に嘘をついてしまったままだった。

それにその話を蒸し返すと、また目の前の臨が微妙な顔をしていて…。


「か、風邪は全然大丈夫!それより、尊の方が疲れてない?」


強引に話を変えると、尊は「本当ですか?」と念押ししてから、


「私も今日は移動しかしていないので全然です。二人といる方が元気出ますし。」

「じゃあさ、この後三人で、」


私の遊びの誘いも虚しく、「失礼します。」と襖の外から声がして話が中断される。尊が返事をすると、家政婦さんが部屋に入ってきた。尊も帰って来たし、お昼ご飯の準備が出来たのだろうかと思ったが、


「どうかされましたか?」


尊の問いに家政婦さんはちょっと困った顔で、


「臨様にお友達?の方がいらっしゃっていて…。」

「俺に?」


心当たりがないのか臨が首を傾げている。神楽所本家に友達が来るなんて珍しい。私はともかく、臨も尊もここに友達を連れてきているのは見たことがない。

「誰だろ。」と言いつつ、臨が玄関に向かおうと立ち上がって、


「りーんーくーん、あーそーぼっ!」


玄関から陽気な女の子の声が聞こえてきた。あれ、この声…。

私と臨が顔を見合わせて、尊は会ったことないその子の声にきょとんとしている。

三人で玄関まで行くと、


「あ、臨くーん。」


やっぱり。

臨に手を振りながら神楽所本家の玄関にいたのは私のバイト先の女の子だった。明るい髪と露出の多い服装が、和式の玄関となんともミスマッチだ。

私が「ちかちゃん」と声をかけるより先に、横にいた臨が、


「ちか。」


……ん?

強烈な違和感を感じて臨を見ると、尊も同じ事を思ったのか臨を凝視している。

臨はそれには気づかずにちかちゃんに向かって、


「身体、大丈夫なの?」

「うん、全然平気ー。」


多分心配しているのは、ちかちゃんが一昨日の事件に巻き込まれたことだと思う。私もちょっと聞いただけだけれど、ちかちゃんが臨と一緒にあの場に拉致されていたらしい。私はすぐに氏神様に交代しちゃったしその時は気付かなかったけれど。


「どうしたの、いきなり。」

「デートの約束守ってもらおうかと思ってー。」

「連絡してくれれば…って、そっか。連絡先交換してなかったっけ。」

「直接来ちゃった。」


えへへ、と笑うちかちゃんに臨はため息を付きつつもなんだか嬉しそうな気がする。ちかちゃんは一歩前に出て一段高いところにいる臨の腕に、


「今から行ーこう。」


とするりと手を回した。必然、臨はちかちゃんに引かれて二人が密着する。

うわわわわわわわ。


「い、今から?」

「忙しかった?」


ちかちゃんのその魅惑の誘いに。

臨はちょっと迷った顔をしてから、尊と私を見て。それから少し考えて、


「いや、大丈夫。」

「やったー。」


ちかちゃんはその屈託ない笑顔をこちらにも向けて、


「七ちゃんとお姉さんも一緒にどうですかー?」


思わぬ誘いに「え⁉︎」とひっくり返った声が出てしまった。


「い、いや。邪魔しちゃ悪いし…。」

「七が行かないなら、私も…。」


戸惑う私たちにちかちゃんは眉を下げると、


「そっかぁ、残念。」


なんだか悪い事をしてしまった気がするが、私達が行く方がおかしい気がするし…。


「お、お気になさらず…。」

「じゃあ臨君いこー。」

「ああ、準備するから待ってて。」


急いで臨が部屋に戻って上着を着て来ると、「ちょっと行ってくる。」と言ってそのまま二人で出て行った。

………。

しばらく閉じた玄関を見ていたが、


「…尊、見た?」


私の鬼気迫る声に、


「え⁉︎ええ…。いえ、でも、その、きっと臨もそういうつもりなわけでは…。」


私の横で尊がおろおろしていた。

だけど、そんな声にもなるだろう。だって、


「えっろ!ムギュって!おっぱいめっちゃ当たってた!」


当てられた時も凄かったけれど、視覚的に見てもめちゃくちゃ凄い…!女の私が見ていても破壊力満点だった!


「あ、あれ?そっち?」

「他に何が?」

「……。」


尊が何故か呆れていた。流石に胸の話は尊からしたら低能過ぎだったかな。中二男子みたいな事言って、嫌われたらどうしよう。


「臨行っちゃいましたよ?」

「うん、そうだね?」


そりゃあ今し方出て行ったのを見ていたから知っているけれど。

それが何なのだろうか。


「七、」


尊は私に向かって凄く真剣な顔をしてから、私の両肩を掴んだ。そして、


「一緒にお風呂に入りましょう。」

「…え?」



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