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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第五章
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第一話


「七ちゃんの養子手続きが終わったそうだよ!」


誠さんがわざわざ渡り廊下を超えた私の部屋までやってきてそう言った。その後何やら親族会のこととか言っていたのだけれど。頭にはあんまり入って来なかった。

養子の手続きが終わったという朗報への、安堵の方が圧倒的に強かったから。


よかった…。

これでもう、元の家には戻らなくていいんだ。


部屋で一人でそう思って、それから

『元の家に帰りたくないから、そうやって我慢してるんだろ?』

臨の言葉が過った。


臨の言う通り、私はもう元の家になんか絶対に戻りたくなかった。絶対にもう一緒に暮らしたくなんかなかった。自分や春や母親を暴力で従わせようとする父親とも、その不幸に頑張って耐えるだけの母親とも。

夏祭りで演舞を踊ったあの日。

氏神様に見せてもらった家族の記憶で、私は家族の知らない顔を知って、その想いを知った。それまで殺したい程に父親を憎んでいて、実際尊に演舞の対価に父親の殺害を依頼していた私は、あの日見た記憶に感化されて臨を巻き込んで病院まで走ったことは記憶にまだ新しい。

だから今はもう殺したいわけでもなければ、死んでほしいわけでもない。不幸になってほしいわけでもない。


けれど神楽所七になった今、私は両親のことを許してはいない。

私にとって彼らを評価するのに「許せない」以外の言葉は出てこない。


私たちに暴力を振るっていた父親だけでなく、その不幸に甘んじるということ選び、それを子供である私と春にまで同じように享受させてきた母親のことも、私は多分この先も許すことはできない。あの夏祭りの日見たことも、ちゃんと理解した上で。それでもやっぱり私は両親を許すことはできなくて。

だから、母親が目を覚さないことにどこか安心していた。

嘘だ。

このまま目を覚さないでほしいとすら思っていた。

目を覚ませば、私は連れ戻されてしまうのではないかと。早く養子の手続きが終わって、もうあの家に戻ることが出来ないようにしてほしいと、ずっとそう願ってきた。

だから手続きが終わったと聞いて、心底嬉しかった。


私はそういう人間だ。


実の家族をそんな風に思えてしまうような醜い人間だ。

だから、演舞を踊るのが大変でも、気付いたら神様の器として人柱にされていても、分家の人間に狙われても、挙句に私が寝ている間に毎日命の危機に瀕しているとしても、私は全然平気だった。

それは嘘じゃないし、強がっているわけでもない。

本当に嘘じゃない。

なんならその不幸に私は胡座をかいているくらいだった。

神楽所の家に来て、毎日安全に暮らせて、尊と臨がいて楽しくて、春とお婆ちゃんの生活が確保されていて。父親は精神病院に入れられて会うことはなく、母親は目を覚さない、私に都合の良いだけの生活を。こんな奇跡みたいな状況を受け入れるために。

私は漫画の主人公ではないのだから都合の良い所だけ掻い摘んで、幸福だけを享受したいなんていうのは問屋が卸りてこない。それこそ。神様が許してはくれないだろう。

私が器として身体を差し出して、代償を支払って、命の危険に瀕して、それでトントン。

なんならそれだって今の生活とその不幸を天秤で測ったしたら。どちらに傾いているかと言われれば、間違いなく今の生活の方がよっぽど重たいだろう。それくらい私の身体一つでできる対価に見合わないくらい今の生活は幸福で。

だから本当に強がっているのではなくて。


ならどうして、臨に言われて泣いたのかと言われれば…。


「ああああああああ!」


朝。布団の中で。


「うわああああああ!」


手足をばたつかせても。髪をかき乱しても。枕を叩いても。


「ああああもう!」


恥ずかしい!めちゃくちゃ恥ずかしい!なに泣いてんだ私は!

臨があんなこと言うから、つい私も頭に血が上ってしまった。

本音を言えば泣いた理由とかより泣いたこと自体が恥ずかしい。別に臨の前で泣いたのが初めてというわけでもないし、むしろちょくちょく泣いている気もするけれど。

それでもやっぱり恥ずかしい。言い合いの末泣いたことが。


なんか負けたみたいで…!


臨は私のことを何を仕出かすかわからないみたいに言うけれど、こっちからしたら臨の方がよっぽど何を言い出すかわからない爆弾発言野郎だ。だから今まで言い合いになった時には、いつもなるべく早くこっちが折れるようにしてたのに。昨日だって途中まではその話を早く終わりにしようとしていたのに。そうしないと、予想外のことを言われて困るのが私の方だってわかっているから。

臨のせいで…。そう、全部臨のせいだ!

そういう時私には怒るかブチギレるくらいの感情コマンドしかついてないのに、そのどちらも封じた上で反応に困るようなことを言ってくるから!昨日みたいに結局泣いて逆切れするしか出来なくなるんじゃないか!


「…………。」


恥ずかしくて今泣きたくなってきた…。

だけど。

もう時間は朝食の時間で、そろそろ食堂に行かないといけない。昨日も夕方言い合いしてからあのまま部屋に篭りきりだったし、あんまり逃げ続けているのもやっぱり負けた気がするし。あとお腹空いたし。けれど食堂には当然臨もいるだろうし…。

普通に、普通にしていれば大丈夫。大丈夫だ。

昨日のことは無かったことにしよう。そうだ、そのスタンスで行こう。

部屋を出て食堂に着くよりちょっと前の廊下で咳払いをしてから、食堂の扉を開けた。中には既に臨が座っていた。私を見て何か言おうとした臨より先に、


「おはよ。」


よし、普通に言えた。


「お、おはよう。」


昨日の出来事の後でいつも通りの私に戸惑っているのか、挨拶は普通に返してくれたものの臨はやっぱり何か言いたげで。だけど先手を取らせるつもりはない。

いつも通り、そう、平常心。


「今日尊帰って来るね。」


私の振った話題に「え…?」と聞き直してから、


「ああ…、そうだな。」

「さっきお昼過ぎくらいにこっち着くってメール来てた。」

「…俺のところにもさっき連絡来てた。」

「…そっか。」


気っまず。

ダメだ。何話して良いかわからない。

いつも何話してるんだっけ?どんな感じで話してるんだっけ?

早く何か言わないと。

臨に喋らせたくないけれど、こういう時に限って話題とは思いつかないもので。

お互い何も言わないまましばらく沈黙の後、臨が口を開いた。


「あのさ、」

「……。」


………。


「親族会の話、聞いた?」


ああ、そっちか。びっくりした。


「…聞いた。親族会ってちょくちょく話で聞いてたけれど、やっぱり神楽所家の親族会とかだと凄いの?」

「別に親族会自体はそんな大層なものじゃ…。七の家って親戚で集まったりしなかったの?」

「うち親戚少ないから。」


母親には兄弟がいないし、父親の親戚は迷惑をかける禄でもない父親のことをうちの家族ごと早々に見捨てて殆ど連絡を取ったことはない。

臨はそれを聞いて目を伏せるように、


「…ごめん。」


……あ、謝るなよ!

気まずさが増しちゃうでしょうが!

実際お互いの空気が三割増しで凍り付いて、ああもう早く尊帰ってきて…。

しかもこんな時に限って朝食が来ない。土日は起きてくる時間にばらつきがあるし、学校もないからゆっくり出てくることが多いんだけれど、今日は本当に勘弁してください…。

テーブルに準備してあるお茶だけが必要以上に消費されていき、


「…その…、普段の親族会は何人くらいで集まるの?」

「えっと…、その時によって変わるけれど。今回は大勢呼ぶって言ってたから、かなり多いと思うよ。」

「そうなんだ。多い時って二十人とか?」


私の元の家で知っている親戚を数えても片手くらいな気がする。いくら神楽所とは言え、親族会で集まるのに二十人は多く見積もりすぎたかもしない。


「五十人くらい。」

「ごじゅ⁉︎」


飲んでいたお茶を危うく吹き出すところだった。


「そんなに来るの⁉︎」

「流石にみんながずっといるわけではないけれど、顔を見せに来るだけの人とかいるから。それくらいかもう少し多いくらいは来るんじゃないかな、今回は特に…、」


臨が言いかけて、やめた。何のための親族会を言いかけて気を遣われたんだのだろうけれど。

だから、その感じやめろよ!

いい加減私もスルースキルが見についてきて、


「まじか、多いなぁ。」


気付かなかったことにした。

というか、私そんなに挨拶しないといけないのか。割と本当に嫌だな。


「今まで挨拶来てた人が半分くらいはいると思うから、全員と初対面じゃないと思うよ。」

「それにしても…。神楽所家多すぎじゃない?」

「それでも親族会に呼ばれるのは神楽所家の限られた人達だから、本当に端の分家まで数えたらもっと全然多いくらいだよ。」


さ、流石神楽所家…。権力だけじゃなくて数の力でも圧倒的。

話を聞いているだけで疲れてくるような内容で、既に親族会とやらが億劫になってきている。だけどこの話題なら間が持ちそうだと安心していると、


「あ、」


臨が廊下を見て声を出した。私は廊下を背にしているからその声に振り返って廊下を見ると、その歩いている人物に、


「「灰!」」


臨もこの空間に耐えられていなかったのか、同時にハモってしまった。

廊下を歩いていた灰は食堂から呼ばれた大声に気づいたみたいで、


「…何事だ?」


引き返してきて食堂の扉を開けた。

いい意味でも悪い意味でも空気をぶち壊してくれそうな灰に、私も臨も期待の眼差しだった。


「何してんの?こんな朝早くに。」

「親族会やるから打ち合わせに来いって昨日連絡が来てよ。ったく、仕事前だってのに朝っぱらから勘弁してほしいぜ。」


今日は日曜日だと言うのに。大人は大変だなぁ…。

だけど私たちも折角捕まえた獲物を帰さまいと必死で、


「そうなんだ!朝ごはん食べた⁉︎」

「は?食べてないけど。」

「じゃあ一緒に食べよ!ね!」

「いや、俺行かないとだから。」

「だめだ!一緒に食べてけよ!」


…必死過ぎだった。


「何なのお前ら、気持ち悪いんだけど。」


二人からの積極的なアプローチに気味悪がっている灰を強引に食堂に引っ張り込み、椅子に座らせる。


「俺行かないと怒られるんだけど。」

「じゃあ私が誠さんに灰のこと借りるって言ってくる!」


ちょうど良い言い訳ができ、無事にその場からの逃亡に成功した。

だけど尊が帰って来るまで後数時間、なんとか持ち堪えなければ…。

…既に胃が痛かった。


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