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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第四章
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最終話


その後すぐに織衛組の応援が駆けつけてきて、床に横たわっていた男たちは何処かに連れていかれた。織衛組の手を散々焼かせた上に、氏神様まで見てしまった彼らがこの後どうなるのかは考えるのも恐ろしい。

ちかも病院に連れて行ってもらい、俺もそれに同行しようとしたが、


「お前は事情を聞く方が先。」


と灰の車に乗せられ、眠ったままのちかにお礼も謝罪も言えないまま別れてしまった。


帰路に着く車の中で、


「疲れた。」


と氏神様は俺の膝を枕にして横になった。目を閉じてはいるが、髪の毛が白いままなので眠ったわけではないようだ。


「戻ったら色々聞かせてもらうから、臨も休んでていいぞ。」


運転席の灰から声をかけられたが、


「大丈夫。それより…、」


後部座席で足を曲げて小さく丸まっている氏神様がパジャマ姿なのが今更気になった。


「七はどうやってここまで…。」


まさかこの格好で俺の同じように電車を乗って来たわけではあるまい。


「自分でタクシー呼んだんだとよ。」

「灰に連絡してたのか?」

「いや、俺は事務所にいたんだけど。家にいるはずの七のGPSが急に移動し始めたから電話かけたら、臨が死んじゃうって偉い剣幕で電話に出て、」

「…。」

「パニクってて支離滅裂だし、よくわかんないから俺が行くまで動くなって言ったんだけどアイツ電話切やがって。」


それで一人で突入してしまうのだから七らしい。

だけど、俺はてっきりあの愚連隊を探っていた織衛組が監禁された俺に気付いてくれて、それを知った七が突入して来たと思っていた。七が先に動いていたということは、七が俺の危険に一人でに気付いたということになるのだが。


「七は何で俺に気付いたんだ?」

「さあな。俺はてっきり神様の差し金だと思ってたけど、違うのか?」


ミラー越しにこちらを見た灰の問いに、俺の膝の上で目を閉じ続けている氏神様はしばらく沈黙してから、


「どうじゃろうな。」


と呟いた。




一時間かけて灰の車が家に着くと、話を聞くからと氏神様と一緒に神楽殿に連れて行かれた。暗くなった神社に着くと、神楽殿の外で誠さんが待っていた。俺を見るなり横にいる氏神様に声をかけるより先に、


「臨!無事でよかった…!」


と肩を抱いて迎え入れられた。

てっきり怒られると思っていたから、純粋に安否を心配されていたことに罪悪感を感じて、だけど。俺を心配しているその手で普段七に何をしているのかを考えてしまって、素直に謝ることはできなかった。

誠さんが神楽殿の扉を開けると織衛組の会長や隼おじ様達が揃って座っていた。俺より先に中に入った氏神様に、皆が頭を下げる。いつもの場所に座って脇息に凭れた氏神様は、


「臨、ここにおいで。」


と俺を横に座らせた。織衛組の重鎮たちと向き合う形で氏神様の隣に座らされて、


「話を聞かせてもらってもいいかい?」


会長に促され、俺は今日のことを話した。

京介さんから話を聞いて俺が自ら赴いてしまったことを言えば京介さんに迷惑がかかるかもしれないので、友達と遊んでいたらあいつらに声をかけられて薬を売られたこと、なぜかあいつらのボスが俺の事や神楽所と織衛組の親交を知っていたということ。連れて行かれた先で監禁されていたことを、都合の悪い部位は伏せてあくまでたまたま巻き込まれたという体でざっくり話した。


「氏神様はいかがですか?」


聞かれて、隣で目を閉じて俺の話を聞いていた氏神様が、


「もう彼奴らのことは視えておる。」


とゆっくりと目を開けた。


「ワシに救いを乞うほどたっぷりと恐怖心を植えつけてやったからのう。」


凄惨な顔で笑う氏神様にその場にいる誰もが背筋を凍らせた。それほどまでに恐ろしい力を持つ氏神様は、だけど、


「彼奴らが此度の犯人で間違いない。あの場にいた者であの街で悪さをしていた愚連隊の全てじゃ。

「じゃがそのボスの正体とやらだけは、

「…わからぬ。わからないのじゃ。

「彼奴らもそのボスとは携帯での連絡手段しかなかったみたいで記憶を辿っても殆ど情報がない。

「そのボスとやらはあの愚連隊をここに連れて来ておいて、自らはこの街には来てすらいないのじゃろう。

「それでもあの街のことがなんでもわかるというのは、随分におかしな話じゃがな…。」


氏神様にわからないことがあるのは、何でもわかる氏神様と思っていた俺にはやはり信じられないようなことだったけれど。

氏神様にとって、外部の人間というのはそれだけ脅威になり得るんだろう。

そういえばすべて見えているのだからさっきの俺の嘘も気付いているのだろうけれど、それは黙っていてくれるみたいだった。氏神様に貸しを作るのは後々怖い気もするが…。


「そのボスについて、情報は全くないんですか?」


氏神様の脅威という存在を聞いても冷静な会長の問いに、


「連絡先も恐らくは、とばしじゃろうな…。唯一あるとすれば、一人直接顔を合わせた人物がおるようじゃが…、」

「…?」


氏神様が氏子の全てを見られるなら、その記憶は随分大きな情報に思えるが…。


「どんな奴なんですか?」

「黒いフードをかぶった、おそらく男…。」


と氏神様らしくないとても曖昧な言い方をした。


「一瞬会っただけで、言葉も発さずに本当にただ顔を合わせただけのようじゃ。フードを目深に被っておって、長身で男に見えるが、細身じゃから女が服装でご誤魔化していると言えばそうにも見えおる。」


味方である愚連隊に会った時にそこまで正体を隠すような姿をしているなんて、随分用心深い奴のようだ…。


「そもそも愚連隊の連中を信頼してなくて、面倒な時にすぐに足切りするつもりだったんでしょうか?」

「もちろんそのつもりで顔を出さなかった可能性もあるが…。しかしそれであれば、大した用件でもなかったのじゃからそもそも会う必要もなかったのじゃ。わざわざ表に出て来た意図がわからぬ…。」


そして氏神様はぼそりと、


「もしかすれば、彼奴らは最初から囮で、その記憶からワシを挑発したかったのかもしれぬな。」


…それは。

その正体もわからない余所者が、あの街のことを何でも知っているというそいつが、氏神様の存在すら知っているということで…。

その場にいる全員が、その恐ろしい可能性に誰も声を出せない程に空気が張り詰めた。

氏神様はそんな俺たちを見て、


「案ずるでない。あくまで可能性の話じゃ。」


張り詰めた空気を和らげるように、


「街で問題を起こしていた愚連隊自体は捕らえたのじゃから、これで平穏も戻るじゃろう。お前たちが尽力したおかげで奴らの被害者も最小限に済んだ。」


と目を細めて笑った。織衛組への労いの言葉に、また織衛組の重鎮たちは頭を深く下げる。

この人たちは、特に会長はお婆様と同じくらいの世代だから、もしかしたらお婆様が氏神様の器であった時から氏神様と交流があったりするのだろうか。

氏神様と織衛組の会長には、俺と話す時とは違う、旧知の仲を感じるようなそんな空気感があった。

氏神様は織衛組の重鎮たちに頭を上げるのを許してから、


「じゃが、油断ならない相手なのは確かじゃ。これからまた其奴が何か仕掛けて来ないとも限らぬ。気を引き締めろよ。」


と今回の件に一旦幕を下ろした。






今回の件が幕引きできても、俺はまだこの話を終わらせるわけにはいかなかった。





連日の氏神様との交代から解放された七は、だけどその代償の身体的疲労で翌日一日たっぷり眠り続け、起きて来たのは夕方だった。

取り敢えず起きたままいつもの居間に来たようだったが、


「今日が何日の何曜日かわからない。」


と時差ボケみたいなことを言っていた。

日付と曜日におまけして時間を教えると、


「四時って朝の?夕方の?」

「夕方だよ。」

「そっか…。」


まだ眠いのかぼんやりとした顔で夕焼け色の窓の外を見ていた。氏神様がした昨日の大立ち回りの負担がかなり身体にきているのか、身体を動かす度に「いたた…。」と言っていた。



七に言わなければならない。きっと知りたくもない現実なのだろうけれど。

だけどあの事実を知ってしまって、一晩考えてみても、やはり知らない振りはできなかった。黙ったままでは、毎晩命の危険に晒されている七の顔を、これから先真っ直ぐ見ることも出来なくなってしまいそうで…。


「七、あのさ…、」

「ん?」


窓際に座る七に、躊躇いながら、何度もつっかえながら、そのどうしようもない事実を。氏神様を起こす方法を伝えた。


「ふーん、そうなんだ。」


と、それを聞いた七がした返事は随分あっさりとしたものだった。

怖がったり動揺するわけでもなく、かと言って受け入れられるわけでもなく。それどころか受け流されてしまった。


「まさか、知ってたのか…?」


七はううん、と首を振ってから、


「ちょっとそうかなって思ってたくらい。でもそっかー、自分じゃダメなのか…。自分で起こせた方が便利なのに、」


残念、とそう言った。


「そうかなって…。自分が毎晩氏神様と代わってるのわかってるだろ…?」


毎晩自分がそのために何をされているのか、考えたことは、恐怖を感じたりしたことはないのかよ。関係ない俺が聞いても身を震わすような話を、どうして張本人の七がそんな平然としていられるんだ。


「まあ、それも検討ついてるし。でも別に怪我しているわけでもないし、平気だよ。」

「平気って…。」


そんなわけないだろ。なんで、それをわかってて毎晩普通に眠れるんだよ。今まで平気な顔して生活して来れたんだよ。

七はいつもの調子で、


「私は別にいいから。臨もあんま気にしないで。」


臨に気とか遣われるのキモい、と笑った。




「俺は嫌だ。」



気付いたら口を衝いていた。


「俺は七が危ない目に遭うのは嫌だよ。」

「…。」


七は笑っていた顔を硬らせてから、


「…そんなこと言ったって。」


口籠るように唇を動かして。だけどもう一度笑って言った。


「私は別に平気だし。」


そんな風に笑う七に耐えかねて。

違う、俺が見たくなかったから。

拒絶でもするみたいに、それ以上踏み込まれたくないとばかりに笑う顔が嫌だっから。自己中心的なそんな理由で、俺は七に言ってはいけないことを、言ってしまった。



「元の家に帰りたくないから、そうやって我慢してるんだろ?」



その言葉に、七の瞳が大きく動いた。


「…。」


表情から笑顔が消えて、俺の視線から逃げるように視線を彷徨わせて、結局下を向いて誤魔化すように、


「…何言ってんの?」


と。その態度は紛れもなく、その悲しい事実を認めていた。


「七が我慢してるなら、そう言わないとわからないだろ。心配しなくてもそれで帰れなんて言われないよ。」


むしろ今更どんなに逃げようとしても、神楽所家から、巫女の役目から逃れることができないのは俺にだってわかる。だけどそうやって平気そうにしていたらどんどん無茶を押し付けられてしまいそうで。

これから先、七が我慢したまま神楽所の大人たちに振り回され続けてしまうのは見ていられない。


「…。」


返事を待っても七は下を向いたまま黙っていて、


「嫌なことは嫌って言いなよ。七は神様の器っていう他の誰にもできない立場があるんだから、我がままくらい言ったって…。」


そんな風に我慢するのは、七らしくない。


「…私らしいって何?」


やっと口を開いた七は、そう言って顔を上げた七は、神楽所に来た時みたいに、俺たちが関わるようになる前に学校で見かけていた時みたいに、酷く攻撃的な目をしていた。


「臨は私のことなんか知らないじゃん。」


と強い口調で言った。


「危ないのなんか、今までだって変わんないよ。」


早口で、捲し立てるように、


「臨にはわかんないよ。私は元々、ずっと危ない目にあってきたんだから。」

「何を言って、」

「父親に殴られて、夜眠るのも怖い思いしながらずっと生きてきたんだよ!今更、そんなの全然平気だって言ってんの!」


一瞬、頭が真っ赤に染まったのは。

後で思えば、七の父親に対する殺意にも近い怒りだったのかもしれない。


「そ…、そんなの、比べる方がおかしいだろ!両方怖いで、そう言ってくれれば…、」


俺が言葉を繋げば繋ぐほどに七は大きな声を出して、怒りを露わにする。


「だから!言ってどうすんのって言ってんの!それで、誰か助けてくれるの⁉︎そんなのが無理なのは、私が一番よくわかってるよ!家のことなんか、誰も助けてくれないんだから!」

「…助けてくれないってことは、助けてほしいって思ってるんだろ。」

「…!」


七は一度言葉を詰まらせてから、だけどまた荒い声で、


「そんなこと平気で言えるから、臨は何もわかってないんだよ!」


わからなかった。

七が何でそこまで弱みを出したがらないのか。大きな声で威嚇するみたいに、そこまで虚勢を張るのか。だって、怒っている筈の七は今にも泣きそうで、


「だから!…私は、ちゃんとわかってるのに…!」


強くなっていた口調は震えていき、


「お願いだから…!」


吊り上げていた目尻には涙が溜まっていた。


「お願いだから…、そうやって優しくしないで…。」

「七…、」


七は消えそうな声で、


「臨に優しくされると、困るんだよ…。」


再び下を向いた顔からは、涙が落ちていった。

そのまま逃げるように部屋から去って行った七を、追いかけることはできなかった。





「…。」


残された部屋で呆然としていたところに、


「あれ、さっき七ちゃんの声がしたと思ったけど。」


居間に入って来たのは誠さんだった。


「七なら、…部屋に戻ったと思います。」

「そうか、早く伝えたかったんだけどなぁ。」


何故か誠さんは嬉しそうで、


「…どうかしたんですか?」


誠さんはよく聞いてくれたとばかりに俺の肩を叩いて言った。


「さっき連絡があって、七ちゃんの養子の手続きが終わったらしいんだ。これで晴れて、七ちゃんはうちの子になったんだよ!」

「……。」


…それを聞くには最悪のタイミングだった。

だけど俺の内情を知らない誠さんは追い討ちをかけるように、本当の地獄はまだこれからだと言わんばかりに、


「これで七ちゃんを正式にみんなに顔見せできるからね。久しぶりに大勢呼んで、親族会を開こうじゃないか!」





テニスをやったこともなければクラブに行ったこともありません。

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