第十話
取り囲まれてあっという間に拘束されてしまった俺達は廃工場に連れてこられ、拉致されてしまっていた。
薄暗く埃臭い建物に両手足を縛られた状態で座らされ、スマホも取りあげられて、
「ボスの指示があるまで大人しくしてろ。」
と端の方で放置されていた。
愚連隊の連中は指示を待っているのか、少し離れた場所で集まっている。
「ごめん、巻き込んで…。」
隣で一緒に捕まってしまったちかに謝ると、
「臨君って神楽所神社の人だったの?」
「それも、黙っててごめん。」
「えー、友達になった男の子が実は貴族とか漫画みたいなんだがー。」
と笑っていた。
いや、うちは貴族ではないんだけれど…。
だけど俺と同じように前で縛られている手が震えているのが見えていた。怖くないはずがないというのも、この状況でまだ俺に気を使ってくれているというのも、痛いほど伝わってきて、
「本当にごめん…。」
「じゃあさ、帰ったらデートしてくれたら許したげるー。」
「…そんなの、どこでも連れてくよ。」
「やったー。」
「…。」
ちかに態度にかなり救われていた。
この危機敵状況もそうだが、この愚連隊のボスについても考えるほど理解の範疇を超えているし、まともに思考ができないくらい頭の中がぐちゃぐちゃになっていて…。
こんなことならクラブを出た時点で連絡しておけば…。
先に立たない後悔を繰り返しては自己嫌悪して、だけど逃げる方法ももう思いつかない。
止められるのがわかっていたから誰にも言って来なかったし、俺がここにいることを知るものがいないのだから助けが来ることもない。
せめてちかだけでも逃してあげたいが、もう後はコイツらの制裁に身を任せるしかないのだから、絶望的だった。
追い討ちをかけるように、
「来たぞ。」
と男の一人がスマホを見ながら、
「男の方は処分、女は好きにしていいってさ。」
…まずいだろ。
このままじゃどうなるかわかっているつもりだったが、現実を突きつけられて冷や汗が背中を伝う。心臓が破裂しそうな程に煩くて、まずい、まずいまずい…。
「誰がやる?」
「暴力団関係者でしょ?報復とかあったら怖くね?」
「大丈夫だろ、ボスがいれば。」
「ならお前やれよー。」
色々は言いながらも、男達は俺たちに近づいていた。
「臨君…!やばいって!」
ちかが縛られた手で俺の結束機を外そうとして、
「女の方はどうする?」
「後だ後。煩いから眠らせとけ。」
男の一人がちかに近づいて、持っていたハンカチのような布でちかの口元を押さえつけた。
「や、離して!」
「おい、やめろ!ちか!」
いくら叫んだところで止められるわけもなく、ちかはそのまま気を失ってしまった。目の前で倒れたちかに、
「…。」
もう声すら出せなかった。
「さっさとこっちは終わらせようぜ。」
男達は俺に向き直った。
…なんとか…。なんとかしないと…。だけど、何ができるって言うんだよ。
手足も拘束されて、逃げられるわけもなくて。
コイツらのボスの正体がありえない奴ということくらいしかわからなくて…。何のために俺はこんなところまで来て…。
「賛成ー。」
「早く女の方行きたーい。」
その手に持っているナイフが俺に向けられた時。
…あった。最後にできることが。
「待って、」
絞り出した俺の言葉に、親切にも男が一旦ナイフを下ろした。
「命乞いか?」
「冥土の土産でいいからさ、アンタらのボスのこと教えてよ。」
「…はあ?」
コイツらにはわからないだろうが。
俺は知っている。この場で俺だけが知っている。氏神様という存在を、その能力を。
氏神様が氏子の全てを見れるというのであれば、ここで聞いた情報を拾いとってくれるはずだ。…例え俺がここでどうなったとしても。
氏神様の目を掻い潜る危険因子の情報は少しでも多い方がいい。
そうすればせめて、七のことだけは…。
「ふっ…。」
気付いて、思わず声に出して笑ってしまった。
こんな時に、こんな状況でこんなこと考えて、『誑かされてる』とか、そんな言葉で誤魔化せないだろ。
…最後に顔くらい見に行っておけば良かった。
諦めたような俺に、男は俺の願いを聞き入れてくれたのか、
「俺たちのボスは…、…。」
…。
男が言いかけてやめたのは、別に俺に嫌がらせをしたとかではなくって。
廃工場の閉じられていた扉がゆっくりと開き始めたからだった。
薄暗い豆電球の灯りしかない工場に、徐々に入ってくる月明かりが扉を開けた人物の影を落としていた。パジャマ姿に上着を羽織っただけのその人物に、絶対にここにいるはずのない人物に、目を疑った。
「な、なんでここに…。」
「臨…!」
その人影は俺を目視してから、周りにいる男達のことなど気にも留めずに、ただ真っ直ぐ俺のところに向かって走ってきた。
また薬を飲まされているのか、ふらふらとした足取りで何度か躓いて、俺の前で大きく躓いてよろめいた。受け止めようとしたが拘束されて腕を伸ばせず、そのまま目の前で転んでしまった。手を着いたので大きく転倒することはなかったが、起き上がってこちらを向いた顔はやはり数日ぶりに見る顔で…、
「七…?」
幻覚か…?
久しぶりに見た七の顔は氏神様を見た時と同様にやつれていて、青白い顔が月の光に反射して夢か何かと疑いたくなるような光景だった。
「…なんでここに。」
七は俺の言葉に返事もせずに、手を伸ばして来た。何故か俺の胸腹部を確かめるようにペタペタと触っていて、その手の感触に。
これ幻覚じゃないのかとか呑気にも思っていると、どうも本物らしい七は震える声で、
「生きてる…。」
と呟いた。
「…何の話をして、」
いや今はそれどころじゃない。
なんでここにいるのかとかどうやって来たのかとかそんな事はどうでもいい。この七が夢でないのであれば、一刻も早くここから離れて逃げてもらわないと困る。
周りを見ると、男達は突然現れたパジャマ姿の女の子に戸惑っているようで、
「…誰?」
「さ、さあ…?」
と出方を伺っているようだった。
「いいから早く、」
逃げろ、と俺が言うより先に、
「よかった…。」
七は目に涙を溜めて、俺に向かって両手を伸ばした。力の入りきっていないような腕が俺を抱きしめて、俺の肩に七が顔を埋めた。
………。
って、いや、だから…、それどころじゃ…。
七は泣いているのか、小さく鼻を啜るような声が聞こえて来て、
「な、七…えっと…、どうしたの…?」
色々動揺してひっくり返った声に。
七は回していた手を俺の胸元に這わすように持ってきてから、
「どうしたのはこっちの台詞だろうが!」
…胸ぐらを掴まれた。
「こんなところで捕まって何してんの⁉︎」
目に涙こそ溜まっていたが、両目尻を吊り上げていて滅茶苦茶に怒っている。
…も、もう少しさっきのしおらしい感じのままが良かった…。
「それは…。いや、それより七がなんでここに…。」
聞きながら、ふと床に落ちている光に目が行った。さっきまで手に持っていたのか七のスマホが落ちていて、画面には位置情報共有アプリが開いていた。七の自分のアイコンと俺のアイコンが同じ位置にいて、まさかこれを見て来たのか…。
「お前誰だよ。」
低い声に意識を戻されると、いつの間にか七の真後ろに男が立っていて、
「暴力団の関係者とかじゃないよな?」
と七を見下ろしてジロジロと観察している。
言われて気付いたが、そうか、七一人で来ているわけがない。どうせ七が暴走して一人で突入したけれど一緒に織衛組がいるとかで…。
だけど工場の入り口を見ても一向に誰も入ってくる気配はない。
……?
「七?織衛組はどこに…。」
「……。」
その質問から逃れるように、七は気まずそうに視線を外した。
「まさか、本当に一人で来たのか⁉︎」
「しょうがないじゃん!急いで来たんだから!」
「馬鹿か!捕まりに来たのかよ⁉︎」
「心配して来たのに怒んないでよ!大体捕まってたのそっちじゃん!」
いやいやだから、言い合いとかしている場合じゃなくて!
突然七がぐん、と後ろに下がったかと思うと、男が七の首根っこを掴んでいた。七が抵抗するより先に強引に引き上げられて、首が締まった七が呻き声をあげた。
「おい、やめ…!」
「なんなんだよこのガキ。」
男は七の顎を掴んで、
「コイツの知り合いならお前も一緒に…、」
だけど男の言葉は続かなかった。
「触んな!」
と、七はさっきまでのひ弱な感じは彼方に飛んでいったらしく、機敏な動きで手に持っていた何かを後ろの男に押し付けた。バリバリと聞き覚えのある激しい電流音がして、男は短い悲鳴をあげてから床に伸びた。
「それ…。」
手に持っていたのは、テニスの試合の時に灰から借りたスタンガンだった。返し忘れたまま七が触らないように部屋に隠しておいた筈なのだが、
「…臨の部屋から借りちゃった。」
えへ、と七は間違いなく俺の部屋を漁ったという事実を誤魔化すように笑ってから、
「一人でも大丈夫でしょ。」
スタンガンという武装をした七に警戒した男達を前にして。けれど七は、分家の男を拳銃で打った時みたいに、唯にテニス勝負を挑んだ時みたいに、強気に言った。
「あるでしょ、コイツらぶっ殺す方法が。」
スタンガンのボタンを押して空打ちの状態にして見せた七に、男達は更に警戒して、一歩下がるとその辺に転がっていた廃材の鉄パイプを握り始める。
まさかここで氏神様を起こすつもりなのか…。
この人数を相手に流石に無理じゃないかとか、こんな連中の眼前で氏神様に交代するのはまずいんじゃないかとかより、
『スタンガンは小娘に使わせるな。臨が使え。
『良いか、小娘にはふいをついていきなり使うんじゃ。
『べ、別に嫌がらせで言っているわけではない!
『いいから言う通りにしておけば良い。
『でなければワシは交代してやらんからのう。
テニスの試合に出てもらう時、氏神様に言われたことを思い出していた。
どうして自分で当ててはいけないのかは結局教えてもらえなかったが。だけどあの言葉通りなら、それが今も適応されるなら、七が自分で使っちゃダメなんじゃないのか?
「七、待て!」
だけどこの目の前の女が俺の制止なんか聞くわけもなく、七は青い電光を放つスタンガンを自らに押し当てた。「っう」と短い呻き声をあげて、七は崩れるように地面に倒れる。
「七…!おい、七!」
完全に意識を失っているようで、ぐったりとしたまま返答がない。
今にも戦闘を始めようとしていた愚連隊の奴らは当然七が何をしたいのか知る由もなく、
「な、なんで自分で気絶したんだ?」
「さあ、頭おかしいんじゃね?」
いきなり来て自滅した七に笑い出した。
「こんなの暴力団と関係あるわけねぇだろ。」
「驚いて損したわ。」
様子を見に床に転がった七に近づいてくるが、
「おい!七!起きろ、七!」
いくら声をかけても、案の定、七はー氏神様は目を覚さなかった。




