第七話
「七いる?」
本家に現れたのは京介さんだった。
「ど、どうしてここに?」
「この間飲めてなかったから、お土産買ってきたんだけど。」
そう言って、京介さんは袋を渡してきた。中には透明なカップが三つあって、どれも色のついた甘そうな飲み物の中に黒い粒が入っている。これタピオカか。
「七なら、…、ちょっと風邪を引いていて…。」
「へえ、大丈夫なの?」
「…まあ。」
「そっか、」
残念、と京介さんは用が済んだとばかりに玄関を出て行こうとしていて、
「そ、そのためにわざわざ?」
京介さんの地元からバイクで来たならここまで一時間くらいかかる筈だが…。
「違うよ、七のお土産はついで。」
「ついで?」
「ちょっと織衛組と今色々やりとりしててさ。そっちの事務所に呼ばれてて。」
「織衛組と…。」
「神楽所さんにも迷惑かけてるって聞いたから、ご挨拶でもしようかと思ったんだけど。出てくれた家政婦さん引っ込んでっちゃったままだし、忙しそうだからまたにするよ。」
お婆様や誠さんは多分日中神社のほうにいるから、家政婦さんが呼びに行ったのなら時間がかかってるんだろうけれど、それよりも。
織衛組とやりとりしていて、うちにも…?それって…。
「一緒に七と尊ちゃんに会っていこうと思ったんだけれど、そういえば尊ちゃんも今週東京って言ってたよね。」
「そう、ですね。」
「どっちの顔も見れないなんて残念だなあ。まあ仕方ないか。」
七によろしく言っておいて、と再び去ろうとする京介さんに、
「も、もう用件は終わったんですか?」
強引に足を引き止めさせた。
この話が今回の件に絡んでいる気がして、だとしたら何か聞き出せるかもしれないと。
「これからだけど。」
「そうなんですね、」
だけど、話のきっかけが思いつかない。直接訊こうとしても、教えてくれないだろうし。
とにかく何か言わないと、と思っていたら、京介さんの方から、
「そういえば、さっき神社の方で織衛組の人見かけたんだけど、神楽所家ってこんなに織衛組の人が出入りしてんの?」
…これだ。一か八かだったけれど、
「普段はこんなことないんですけれど…。京介さんとの件で、うちとも色々相談しているんで。」
と、さも状況を知っているかのようなブラフをかけてみた。
京介さんは「ああ、」と、一度頷いてから、
「この間は巻き込んじゃったし、悪かったね。」
「…。」
何を言ってるんだ?この間?
顔には出さないように、とりあえず「いえ、」とだけ言って話の続きを促すと、
「最近うちの街やたら治安が悪いとは思ってたけどさ、」
「…この間も、そう言ってましたよね。」
そうだ、七と尊が絡まれた時にそう言っていた。だけど、それが何の関係が…。
「まさか他所から愚連隊が来てるなんて。」
愚連隊…。確か不良集団のことだったか。織衛組みたいな大人の組織と違って、愚連隊は不良少年とか不良青年とか比較的若い集団のことを言うのだった気がする。
「子供に変な薬ばら撒いたりとかそれを餌に若い子拐ったりしてるらしいけれど、この間七と尊ちゃんに絡んで来た奴らがその仲間だったって言うんだから…。いくら知らないとは言え神楽所家の娘に手を出すのはまずいよねぇ。」
「…そうなんですか?」
「あれ、それを聞いたんじゃないの?」
「いや…、はい。」
そんなこと初めて聞いたが。
だけど、少しわかってきたような気がする。
京介さんの土地は織衛組が自警団をやっているから、そこに他所からそんな奴らが来たら揉めるのも必然だ。
「それで、自警団をしている織衛組がその人たちを追い払ってるんですよね。」
なんとか結びついてきた情報で話を繋いでいるが、心臓がバクバクしている。
話の方向は、本当にこれで合ってるんだろうか?
「そうなんだけど、結構難航してるみたいだからさ…。いつもはなんかあってもすぐ解決するんだけど、いきなり入ってきたよそ者で情報も少ないから、動きづらいらしいね。それで神楽所さんにも協力してもらうって言ってたけど。」
「…。」
それだ…。この地域のことならなんでもわかる氏神様は一見チートにも見えるが、信者ー自分の氏子しか見ることができない。だからきっと余所者相手に事件の解決に時間がかかっていて…。
これって、氏神様にとってすごい弱点なんじゃないのか…?
氏神様の言う「厄介」は、だからそれが原因なんだ。
「それで、京介さんは今日は何を…?」
「俺の面倒見てる子たちの中にも何人か薬誘われた子がいたみたいで、その辺の情報提供で協力に。」
「そうなんですか…。」
「奴ら結構頭が良いみたいで大人相手だと警戒して尻尾出さないらしいから。捕まえた奴も下っ端ばっかりで足切りされるみたいだし。その点俺はあの辺の子供と顔見知りが多いから、色々聞く話も多くてね。」
「女子高生好きも役に立つことがあるんですね…。」
冗談を言って誤魔化したが。
俺はその話にかなり気を揺さぶられていた。大人相手に警戒して尻尾を掴ませなくても、子供を相手に商売をしていると言うのなら。…子供の俺なら情報を集められる。
「本当にやばい集団らしいから、君もしばらくこっちの方には来ないようにした方がいいよ。織衛組でも怪我人とか出てるらしいし。」
「はい…。」
間違いない。だから、織衛組がこの間うちに総出で来ていたんだ。
京介さんの土地の自警団をしている織衛組として、その揉め事の収拾を、氏神様に協力を仰ぐために。いつものように氏神様ー器である七を守りに来たのではなく、氏子としてお願いに来ていたのだとしたら、あのスーツ姿も肯ける。
バイクに跨った京介さんに咄嗟に、
「あ、あの!」
「ん?」
「一応そいつらの情報、俺も聞いてもいいですか?」
「なんで?」
「その、万が一の時のために、近づかないように…。」
言い訳としたら苦しかっただろうか…。
けれど、まさか俺が知ったところで乗り込むとは思わない京介さんは、
「ああ…。でも多分大丈夫だと思うけどね。クラブとかに出入りしてるって聞いたし。」
「クラブ?」
「そうそう。そこで若い女の子とか金持ってる奴見つけてカモにしてるらしいから、そういうところ行かなきゃ大丈夫だよ。」
「…。」
クラブか…。こんな田舎にもそんな場所あるなんて初めて知ったが、それなりに栄えているあの街なら一個くらいあってもおかしくないか。とりあえず…、
「臨君さ、」
思考で意識が飛びかけていたところに話しかけられて、
「は、はい?」
「…大丈夫?」
京介さんの言葉が何を聞いているのかがわからなかった。
情報を聞き出そうとしていたのがばれたのか…?
クラブに潜入しようとしているのがばれている…?
「…何がですか?」
「家でなんかあったの?」
思いがけない答えに、やはり質問の意図がわからず、
「ど、どうしてですか?」
「そういう顔してるから。」
「…。」
鋭いな。
…もしかしたら、京介さんなら。
織衛組とも親交があって神楽所にも顔が利く京介さんなら、色んな事情を抱えた子を見てきた京介さんなら。この仄暗い状況について相談すれば有益なアドバイスをくれるような期待はあった。
だけど。七のことも、現状についても、何を話そうとしても制限がありすぎる。氏神様のことは、例えこの人でも話すわけにはいかない。
言い淀んでいると、
「まあ、無理には聞かないけどさ、」
と京介さんは自分のスマホを俺に向けた。
「なんかあったら連絡しな。七の家族ってことで、女子高生じゃなくても特別に話くらいなら聞いてあげるからさ。」
「…ありがとうございます。」
連絡先を交換してから、京介さんはバイクを走らせて行った。
家族…。そう言ってもらえて、やっぱり安心している自分がいた。家族と思っているのが俺だけじゃなくて、ましてや他人からそう思われていることが。
…七のことは考えてもわからないけれど。
わからなくても、自分の家の、神楽所家の人柱になっている子をせめて心配する気持ちくらいは嘘じゃないはずだ。七のことは、七に会って、それから考えたって遅くはない。
七に早く会うために。
せめて情報くらい掴めれば、それで解決を急ぐことができるかもしれないというのであれば…。
急いで着替えて、家を出た。
松戸さんの車には乗らずに止めてあった自転車で移動して、駅に着く。電車なら三十分程度で到着でき、八時前には街の駅に降り立っていた。
俺たちの住んでいる場所の最寄り駅とは違い、駅の中にショッピングモールも併設してあって、人足は減っているとは言ってもまだまだ栄えている。
この時間なら田舎じゃ既に外を歩いている人はまばらになるけれど、ここの駅周りは人が多く歩いていて、居酒屋に入っていくサラリーマンとかキャッチをしている男の人とか、客引きしている女の人とか、あとは中高生くらいの子も沢山いた。別に不良っぽい子ばかりではなく、制服を着ている普通の学生みたいな子もいて、これくらいの時間に出歩くのが普通なのか…。
お店のやっている数も全然違うから、そもそも街自体が明るい。繁華街も近いからか無駄に煌びやかな電光に照らされて、同じ県内とは思えなかった。
電車の中で調べたが、この街にはクラブが二つあるようで、イベントの情報とか色々書いてあったけれど、どっちも見ても結局よくわからなかった。クラブのサイトっていうのはあんなにわかりにくいのが定説なのだろうか…。
とにかく向かってみることにして道を歩いているが、京介さんの言っていた通り、治安が悪い。
街自体が汚いのもあるが、酔っ払いがその辺で寝転んでいたり、ガラの悪そうな男が何人も集まって道を塞いでいたり、それで若い女の子に声をかけていたりと、昼間いた時とも全然空気が違う。
歩きづらい街中を進み、
「ここか…。」
うわぁ…。
たどり着いた先は、地下の階段の先にあって、とても初見で入るなんてできるような場所じゃなかった。入り口までの蛍光灯は途切れ途切れに点いたり消えたりを繰り返していて、階段の壁に何やら不吉なポスターが貼ってあったりスプレーで落書きしてあったり。
何より入り口の扉の重厚感のある作りが、その入り辛さを後押ししている。
…流石に入るか迷った。
入り口で様子を見ている間にも入っていくのは物騒な見た目をした大人ばかりだし、扉を開けた時に聞こえる凄い音量の音楽と漏れ出る光にも足を進ませる気にはならなかったが…。
どうしても、七の、氏神様のあのやつれた顔が頭から離れてくれない。
意を決して階段を降りていき、重い扉に手をかけた。すると、扉の前にスーツをきた大男が現れた。男は鋭い目つきで俺を一瞥してから、
「…身分証は。」
「…持ってない。」
「未成年は紹介がないと入れないから。」
あっさり追い出されてしまった。
紹介ってなんだよ…。ホームページにそんなこと書いてなかったじゃないか…。
覚悟を決めたつもりだったが、結果の不甲斐なさに脱力する。
紹介と言われても、友達に聞いてみてもこんなところに出入りしている奴はいないだろうし。あるいは他のクラスの不良っぽいグループの奴に聞いてみれば一人くらいは…。ダメ元で電話をかけてみようとした時、
「あれー、あの時のイケメンくんだー。」
間の抜けたような声に聞き覚えがあった。
この間ここにきた時に、京介さんに声をかけていた女の子だ。
今日も派手な格好とメイクをしていて、明るい髪色も併せて、昼間会った時よりこの街の雰囲気に馴染んでいるような気がした。
確か…、
「ちかちゃん、だっけ?」
「うわー、イケメンに名前覚えられてるとかアツイんだがー。」
とケラケラと笑われた。
調子狂うな…。
「…こんな時間に何してるの?」
「ちかは夜からが活動時間なんだよー。」
「そうなんだ…。」
「イケメン君は何してんのー?」
「俺は…、ここの中に入りたかったんだけど、断られちゃって。」
とクラブを指差すと、
「あー、ここ未成年は紹介ないと入れないもんねー。」
有名なことなんだろうか…。自分は割と社会性があるような気がして生きていたが、神楽所で守られている世界のことしか知らないと最近痛感する。
思わずため息をつくと、目の前の女の子は。俺よりもこの街に馴染んでいるその女の子は言った。
「ちかが入れてあげよっか?」
「…え?」
「ちか、ここ紹介してあげられるよ。」




