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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第四章
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第四話

尊が東京に発った次の日。

三限の数学の授業が始まって、すぐのことだ。廊下から人影が見えて、授業中の扉が控えめに開いた。いたのは担任の教師だった。


「すみません、堺先生。」


担任は教卓に立っていた数学の教師を呼び出すと、一旦二人で廊下に捌けた。授業中の急な担任の乱入に、何かあったのかと教室が少し騒つく。

二人はすぐに戻ってくると、


「神楽所、すまないがちょっと来てくれ。」


と担任が言った。


「はい。」


立ち上がったのは俺だったが、


「あ、いや、君じゃなくて…。」


担任が曖昧に否定をした。ということはつまり、


「…私?」


と七が自分を指差す。クラスに同じ苗字がいるとわかりづらいな。

七は担任に連れられて教室を出ていった。

入れ替わりで数学教師が教卓に戻り授業を再開し始めたが、どうしたんだろう。まさか何かやらかして呼び出されてるんじゃ…。

尊が出発して早々連絡する羽目になりそうだと考えていたが、教室の扉がもう一度開いて七が顔を出した。俺に向かってちょいちょいと手招きをする。

数学教師はそれを見て俺も教室を出る様に促す。クラスはざわついていたが、とりあえず机の合間を縫って廊下まで出ると、担任と七が難しい顔をしていた。


「どうした?」

「なんか、緊急で家に帰って来いって言われてるみたいなんだけれど…。」

「家に?」

「なんか私が呼ばれているみたいで…。臨、何か聞いてない?」

「いや…。」


朝も別に誠さんやお婆様から何か言われているわけではないし、わざわざ学校の最中に呼び出されるなんてことも今までなかった。


「すまんな。電話を取った先生から神楽所七の方って聞いたと思ったんだが、もしかして学級委員長の方と間違えたのかとも思って。」


と担任が頭を掻いた。


「用件はわからないんですか?」

「取り敢えず急ぎでってことしか仰らなかったみたいでな。今お迎えの車が学校に向かっているらしいから、もう帰りの支度をして出てもらわないとなんだが…。」

「じゃあ俺も一応帰るよ。」


七もそれに頷いた。

担任は一度迷っては見せたが、


「緊急なことだといけないし、そうしてくれるか?」


と、同意してくれた。

それにしても、急な用って何なのだろうか…。

二人で鞄を持って学校を出ると、既に校舎前には松戸さんの車が止まっていた。俺たちが来たのに気づいたのか松戸さんは車から降りて扉を開けてくれたが、


「臨様もお呼び出しされておりましたか…?」


と。本当に俺は呼ばれてないようだった。

七が「あ、いや…、」と言いかけていたが、


「はい、先生に二人とも帰るように言われて。」


と俺がそれをかき消した。


「…そうでございましたか。失礼致しました。お乗りくださいませ。」


と松戸さんが開けてくれた扉に二人で乗り込む。

七が俺に小さい声で、


「教室戻らなくていいの?」


呼ばれてないみたいだよ。と言うが、


「いいんだよ。戻るの面倒だし。」

「サボりだー。」

「うるさい。しょっちゅうサボってる七に言われたくない。」


運転席に松戸さんが乗って、車が発進する。


「家で何かあったんですか?」

「申し訳ございません。私は七様…、お二人をお迎えにあがるよう仰せつかっただけでして、詳しいことは…。」

「そうですか…。」


やはり、急用というのが気になる。

七を一人で呼び出すということで、心当たりはある。多分、氏神様関連なのだろう。だけどこんな風に、学校を早退させてまで急を要すことなんて今までなかったから、嫌な予感がしていた。


車はすぐに家に着くと、玄関で誠さんが待っていた。


「ああ!よく帰ってくれてたね、」


七の顔を見るなりそう言ってから、今度は俺の顔を見てぎょっとして、


「臨、なんで…。」

「俺も先生に帰るように言われて。」


七が隣で「いけないんだー」って顔をしているが、やかましい。

誠さんはなるべく冷静を装いながら、


「そ、そうか…。とりあえず、二人とも後で呼びに行くから部屋で待っていてくれるかな?」

「急な用ってなんなんですか?」

「…いや、まあそれはまた後で言うよ。」


と、誠さんはそそくさと家の中に引っ込んで行ってしまった。

…なんで隠すのだろうか。

俺も七も氏神様については既に知ってしまっている。俺はともかく、七本人は絶対に知られてはならないとお婆様にも言われていたのに、春ちゃんの誘拐事件の際に灰が喋ってしまった。(まあ俺も言おうとしていたんだが。)

事件の後、家に帰ってきてお婆様と誠さんは七が知ってしまったと聞いて驚いてはいたが、だからと言ってそれについて七と話すわけでもなかった。七も自分の家族を見捨てる様なことがあればその権利を強引にでも剥奪してやると怒っていただけで、それ以上氏神様についてお婆様や誠さんに聞かなかったから、その話は暗黙の了解の様にされないままきてはいたのだが。

だけど俺たちが氏神様について知ってしまっていることは、誠さんも知っているのだから、別に氏神様を起こすだけならそう言えばいいのに。他に何か隠す必要があるのだろうか…。


「臨、部屋戻る?」

「…いや、一緒に待ってた方がいいんじゃない?」


多分呼ばれているのは七だけだから、本当は俺がいるのは都合が悪いのだろうけれど。何があるのかは俺も知っておきたい。

俺たちはそのままいつもの居間で待っていることにした。

家の中は普段と変わり無さそうにも見えるが、けれど誠さんの様子を見れば何かあるということは一目瞭然だ。


「どうしたのかな?」


七はどこまで事情を察しているのか、襖の隙間から廊下を覗いて家の様子を伺っている。氏神様のことかもしれないと言おうか迷っていたが、


「やっぱ、氏神様のことかな?」


流石に気付いているか。


「…そうだろうね。」

「緊急ってことは、分家と何かあったとかかな?」

「どうかな。今日の感じだと緊急的に保護されたって感じでもないし…。」


学校にはいつも織衛組が張っているのだし、七の身を保護するのであれば松戸さんの車には乗らず前みたいに灰とかが直接保護に来るだろう。


「でも、私氏神様に交代できるのかな?夜じゃないし、眠れって言われても今寝れないんだけど。」

「…。」


俺たちは結局氏神様を起こす条件をよく知らない。

知っている状況は七が夜寝ている時、スタンガンで気絶させた時のそれだけだ。だけど必ずしも意識を飛ばせば氏神様が目を覚ますわけではないようだし、それに。氏神様が言っていたことも気になる。テニスの試合の時、氏神様に試合で起きてくれる様頼んだ時に言われた言葉を。

きっとお婆様や誠さんはそれを知っていて、七をいつでも氏神様と交代させられるのだろう。


襖の隙間をずっと覗いて七が、


「…あ!」

「どうした?」


七は返事の代わりに立ち上がって襖を開けた。その先にいた人物に、


「灰じゃん!どうした…の、…。」


見知った顔に楽しそうに話しかけた七だったが、途中で驚いたように固まっていた。俺も同じだった。

灰はいつものラフな私服と違ってスーツを着ていた。

いやそこじゃない。

その周りに、灰と同じようにかっちりとしたスーツを身に纏っている男たちがいた。そこには隼おじ様もいて、彼もいつもの着物ではなくスーツを着ていて、その珍しい姿に張り詰めた空気を感じた。

それに、灰と隼おじ様の前を歩くのは、顔を合わせたことはほとんどないが知っている。

織衛組会長の織衛大和(おりえやまと)。とても団塊世代とは思えない筋肉質な身体付きに顔についた大きな傷が特徴的で、だけどその見た目よりもその人から出ている威圧的な空気の方がよほど怖い。織衛会長も同じようにスーツを着て、多分灰の後ろのスーツを着ている何人かも織衛組の人なのだろう。護衛で見たことある顔ぶれもいた。

神楽所本家でこんな風に見かけるのは初めての光景だった。

突然部屋から現れた七に、灰も、織衛組が全員驚いていた。話しかけられた灰は、


「…おう。」


いつもの様子じゃなく、仕事中のためか厳格な様子で、…いやそうじゃない。そもそも灰はそんなことを気にするタイプじゃない。周りに会長がいるからとかそういう感じではなくて、気まずそうに、後めたそうに、七から目を逸らした。


「…?」


七もそんな居心地の悪い対応をさせることに首を傾げていたが、


「お嬢ちゃんが神楽所七さんかい?」


会長はその長身を屈ませて七と目線を合わす。どう見ても堅気ではない、鋭い眼光の織衛組の会長に話しかけられ、


「は、はい…。」


たじろいでいた。借りてきた猫どころか、蛇に睨まれた蛙みたいになっている七は珍しい。


「織衛組の会長だよ。」


横から小声で教えてあげると、


「…。」


七は一度考えてから。ひえ、と声を出して俺の後ろに隠れた。

まあ、誘拐事件の時に壺を割ったり会長の拳銃を盗み出したりと色々不祥事を起こした相手だから当然の反応だけど。俺を盾にするな。


「はっはっはっ、」


とそんな七を見て豪快に笑ってから、


「そんなに怯えなくても取って食ったりしねぇから安心しな。」


と織衛組の会長は言った。

屈めていた身体を戻し、七から視線を逸らした後、


「参ったな、…本当に普通の嬢ちゃんじゃないかい。」


会長もまた灰と同じ様に、気まずそうな顔をして小さな声で呟いた。


「…。」


それ、どういう意味だよ…。


「おじさん達君たちのお婆様に用があるから、またな。」


と七に言って、会長は織衛組を引き連れて歩いていった。

一瞬、灰と目が合った。

灰は何か言おうとして、やはりやめたようだった。口を噤んで、俺たちを置いてその後ろに着いて行ってしまった。


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