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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第四章
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第二話

「七のお父さんとお母さん、どうなった?」


七の親は数ヶ月前、父親が母親を包丁で刺すという傷害事件を起こし、この地域を騒がせた。

けれどその事件の真相は、七の父親が自殺をしようとしたところを七の母親が庇って怪我をしたというもので、夏祭り以降事件から事故に切り替わり扱われていた。


七の両親共にその事故で怪我を負っていて、二人ともそれぞれ違う病院に入院していた。父親の方はそこまで酷い怪我ではなかったそうで、夏祭りの後くらいには退院できる状態まで回復していたと聞く。だけど退院はせず、神楽所家からの計らいで県内の精神病院に転院し現在は治療を受けているという。自殺未遂をしたわけだし、元々アルコール依存の気もあったらしく、治療は長期的なものになるとのことだった。

七は事件の後、一度も父親には会っていない。

転院の時に誠さんから面会することもできると言われていたが、

「…やめておきます。」

とだけ言っていた。

一度は尊に殺すことを頼んだ父親だ。あれが事故とわかって誤解は解けたにしろ、まだ気持ちの整理がついていないんだろう。


母親の方は、事故からもう三ヶ月経っているが未だに目を覚ましていない。命の危機という面では予断を許さない時期は過ぎているらしいが、事故時呼吸が止まっていた時間もあったらしく、脳にダメージがあった可能性もあり目を覚ますかは今後の容態次第でまだわからないと言う。これは七と清さんと尊と一緒にいる時に、病院で主治医から聞いた。

「大丈夫だよ、きっといつか目を覚ますよ。」

と七は清さんの手前もあり笑って言っていたが。大丈夫じゃないことなんか顔を見ればわかる。

こういう時に、もっとわかりやすく七が泣いてくれるような子だったなら、俺も尊も気休めにも慰めたり傍にいることができるのだが。七はこういう時、特に七の親のことになると絶対に笑う。

目を真っ黒にした笑っていない目で、笑う。その表情はどこか不気味でもあった。

母親と父親がこんな状況でも、それでも笑う七が、一体どうやって育ってきたのかを考えると。


「…そっか。」


京介さんはそれを聞いて、複雑そうな顔をしていた。

命に関わるような最悪の状態は今のところ間逃れているけれど、事件ではなく事故であったことである程度救われるところもあるけれど、やはりハッピーエンドというわけにはいかない。

聞いていても、すっきりできるような内容でないだろう。


「早く七のお母さんが目が覚めれば、七だって安心できると思うんですが…。」

「…、」


京介さんは一度黙ってから。


「まあどこの家族も色々あるからね。…、七にとっては何がいいんだろうね。」


と、この人と会ってからあまり見たことない深刻そうな顔でそう言ってから、


「そろそろ出ようか。」


とまた笑った。

京介さんが会計を済ませてくれ、それから七と尊の待つタピオカ屋に行くと、二人はいなかった。


「あれ?」


タピオカ屋の前には列はできているのだが、そこに二人の姿がない。先に買い終わって近くで待っているようでもなさそうだ。


「迷子にでもなったかな…。」

「とりあえず電話を、」


尊の電話にかけてみるが、出ない。確かに尊は一人でこんなところ来ないし、土地勘がないだろうけれど。七はどうだろうか…。

まさか…。

昼間だし、きっといつも通り近くに織衛組の護衛がいるから大丈夫だろうと思っていたが。もし、もしも。分家に襲われているなんてことがあれば…。


「出てくれよ…。」


けれど、電話には一向に出ない。


「あれ、京介さんじゃーん。」


緊迫した空気に、間の抜けた声がした。タピオカ列に並んでいた一人の子に、京介さんが声をかけられていた。俺と同じ年くらいの女の子に見えるが、派手な化粧と服装で少し年上の様にも見える。

「誰ー?」とその子と一緒に並んでいた隣の子に聞かれて、「バイト先の店長ー。」と答えていたから、もしかして七のバイト仲間なのだろうか。


「何してんのー?」

「ちか、七見てない?」


京介さんが聞くと、


「七ちゃん?あー、もしかしてさっきのすっごい可愛い子と一緒にいたのそうだったかも?」

「それ、どこ行った⁉︎」


俺が問い詰めるように言うと、その子は俺を見て真顔になってから、


「うわー、イケメンだー。」


そういうのいいから!


「あっちの方行った。なんか男の人と一緒だったよ?」

「!」


あっち、と指差した道は薄暗い路地に繋がっている。


「サンキューちか。」

「いいよー、今度タピオカ奢ってねー。」


京介さんと一緒に走り出すと、路地の方から怒声が聞こえた。間違いなく揉めている声だった。路地を曲がったところで、七が知らない男に胸ぐらを掴まれていて、


「七!」


止めに入ろうとして、


「尊に触ってんな!」


と七がその男に思い切り平手打ちしていた。

…おい。

男は殴られた耳を庇うように蹲っていて、もしかして鼓膜でも破けたのかもしれない。


「七!何して、」


声は続かなかった。七の後ろにもう一人男がいたからだ。

男は七に殴りかかろうとして、


「はいはい、そこまで。」


京介さんがその腕を止めた。


「女子高生殴っちゃダメでしょ。」

「誰だよおっさ、」


ん。と言い切る前に、京介さんはその掴んだ腕をぐるんと親指側を下にして手を外側に捻り、それだけで男は、


「イダダダダダダ!」


泣き叫ぶような声をあげ地面に倒れ込んだ。京介さんは叫ぶ男の腕を尚も捻り続けながら、


「誰がおっさんだって?」


と、どうやら地雷だったらしい。


「二人とも大丈夫?」


そのまま男を組み敷いた体勢で京介さんが聞くと、七の後ろにいた尊が、


「私は大丈夫ですが、七が…、」


七はさっき掴まれたせいなのか、シャツのボタンがいくつか取れていた。


「平気、ちょっと掴まれただけだし。」


そう言って首元を自分で押さえていたが。ちょっと掴まれただけじゃないだろ…。

七に殴られて蹲っていた男を問いただそうとして、いない。

路地裏を走って逃げようとしていた。


「待て!…、」


追いかけようとしたが、やめた。

路地裏の入り口から凄く身体付きの良い屈強な男たちが何人もこちらに向かって来ていたからだ。逃げようとしていた男はその強烈な光景に足を止め、けれどそれ以外に逃げ道もなく。その男たちに、駆けつけた織衛組の人たちに、連れて行かれた。ついでに京介さんに掴まれていた男も連行されて行った。


「遅くなって申し訳ありません。」


男を連れて行った人たちとは別の、何人かその場に残った織衛組の人が頭を下げた。


「怪我はされてませんか?」


七に向かって言うが、いつもなら織衛組にはやたらと怯える七だが、気が立ったままのようで、


「平気。」


と繰り返すだけだ。だけど、首元を握ったままの七の手はさっき殴った時に歯か顔の骨にでも当たったのか、出血していた。

…平気なわけないだろ。


「喧嘩っ早すぎるだろ!なにかあったらどうするんだよ⁉︎」


俺が言うと、七は不貞腐れるように視線を横に逸らす。


「おい…!」

「臨、それくらいで…。私が絡まれてしまって、七は守ろうとしてくれただけなんです。私のせいで…。」

「…。」


尊が絡まれてたのを助けたのか…。分家絡みじゃさそうでよかったけれど、でももうちょっとやり方ってもんが…。


「いえ、自分たちが遅くなったのがいけないんです。こんな時のための護衛なのに、本当に申し訳ない…。」


織衛組の登場が不自然なほどに遅かったのは確かだ。いつもなら尊や七に何かあれば速攻で飛んでくるのに。


「なにかあったんですか?」

「ちょっと、別件で立て込んでいまして…。」


別件…。神楽所の巫女を守るより大事な別件って…、何か起きているのか?

織衛組の人は京介さんにも、


「藤堂さんも、助けていただいてありがとうございます。みっともないところをお見せして…、」


と深く頭を下げていた。

京介さんはこの辺りの地主の家筋で、その土地の自警団を織衛組がやっているらしいから、取引相手みたいな関係なのかもしれない。


「俺はいいよ。七は手大丈夫?」


京介さんは七の首元を掴んでいる手を握って開かせた。


「傷は深くないね。もう血も止まってるし。」

「だから、平気だって。」


手を離したことで緩んでしまったシャツを見て、


「あーあー、服も台無しにしちゃって。」

「…平気だもん。」

「はいはい。」


京介さんは七の開いたシャツを手で直してやると、


「最近、ここ治安が悪くってさ。俺が二人で行かせちゃったから、悪かったよ。」

「…別に、京介さんは悪くないじゃん。」


京介さんのいつもと変わらない調子に、殺気立っていた七も落ち着いてきた様だった。


「ありがと。今日はもう帰りな、タピオカならまた今後奢ってやるから。」

「…うん。」


織衛組の人に、「お送りします。」と促され囲まれながら俺たちは松戸さんの車まで送ってもらった。

後ろで、路地裏に残った京介さんと織衛組の人たちが何か話しているのが見えた。



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