第一話
「それで、尊ちゃんが出て試合勝ったんだ。」
「そうなの!尊ってば、めちゃくちゃテニス上手で凄かったんだよ!」
「…っていうか、七もテニス出来たの?よく強豪選手相手に一試合取れたね。」
京介さんに言われ、七が「まずった」という顔をしていた。馬鹿…。
文化祭が終わり、十月初旬の中間試験を終え、俺たちは七のバイト先である京介さんのところに来ていた。借りていた服を返しに来ただけだったが、京介さんに「お腹空いてない?」と聞かれ、七のバイト先から歩いてすぐのお好み焼き屋に連れて来てもらっていた。
「学生は粉もんとか好きでしょ。」
と言われたが。
真ん中に鉄板が設置してある不可解なテーブルと、店員が持って来た料理として不完全な粉と液体だけの食べ物に、固まる。
「臨もしかして、お好み焼き屋さんも来たことないの?」
「まじで?」
七の言葉に京介さんが驚いているが、心外だ。
確かに来たことはなかったが、それは俺だけじゃないのだから。俺には強い味方がいる。
「それを言うなら尊だって…。」
と尊を見ると。
ボールに入っていた具材をテーブルの真ん中で炒め始めている尊がいた。
「私、クラスの打ち上げでお好み焼き屋さんは来たことあるんです。」
と、手早い手付きで液体を鉄板に流し込み、形を整えると半球体の蓋をしてタイマーをかけていた。
「お見事。」
七が横で拍手をしている。
「流石尊。一回やれば何でも出来ちゃうね。」
「そんな、これくらい誰でも出来ますよ。」
尊の謙遜が、俺に刺さって悔しい。まさか尊に裏切られるとは思ってなかった。
…ああやって作るのか、お好み焼きって。
「この二人ついこの間までラーメン屋さんも行ったことなかったんだよ。」
「まじで?流石神楽所本家は格が違うね。」
「おい、最近それ持ちネタにし過ぎだろ。」
七の鉄板ネタみたいになっていた。それ自体は別にいいんだが、七がその度に俺に対してなんか保護者のような生温かい目を向けてくるのが腹が立つ。
「今日から臨はお好み焼き屋さんも行ったことないが追加されたよ。」
「やめろ。」
「灰にも教えてあげよー。」
「絶対やめろ。」
絶対揶揄ってくるに決まっている。七と灰は人間性というか、そういう感覚が似ているようで、二人が揃うとタッグを組まれて厄介だということが最近わかった。ガラが悪いところとか確かによく似ているし。この二人はなるべく一緒にしたくない。
なんとかして七からこの話を忘れさせようと別の話題を考えていると、
「灰と会ってんの?」
と聞いたのは京介さんだ。話を逸らしてくれて助かった。
京介さんは灰と同級生らしく、学生時代は仲が良かったらしい。七のバイト先の店長と、七の養子先の親戚が同級生というのは、なんとも田舎らしい世間の狭い話だ。
「うん、最近よく会う。」
「アイツ今織衛組にいるんだっけ?ちゃんと仕事してる?」
「うーん、どうだろか…。」
「どうでしょう…、」
「…。」
七も尊も俺も腕を組んで唸ってしまうのだから、灰の仕事ぷりが伺えてしまう。いや別に仕事していないわけではないと思うけれど、あの普段の感じから真面目に仕事しているところが想像つかない。
「京介さんはもう会ってないの?」
「俺はずっと疎遠なんだよね。」
「なんで?」
「京子ー俺の姉ちゃんが東京にいるって話、この間したろ?」
「うん、聞いた。」
たしか灰の初恋の相手とかっていう。
「そうそう。」と、京介さんは頷いて、
「京子は高校卒業と同時に東京に行ったんだけど、別に進学で行ったとかじゃなくて殆ど家出みたいなもんでさ、」
「な、なんで家出?」
「京子はずっと上京したがってたのに、親父がめちゃくちゃ反対しててね。それでも京子は絶対に行くって親父に黙って東京に出てったんだよ。」
「へえ…、」
七も尊も、その会ったこともない京子さんの行動力に唖然としている。俺も驚きだ。特に尊からしたら当時の京子さんと歳も変わらないし、このまま東京に放り出されるような状況だから余計に信じられないのかもしれない。
京介さんは俺たちの反応に「すげぇ姉ちゃんでしょ、」と笑った。
「んで、卒業式の日にそのまま夜行バスに乗って東京行くってなったんだけど、その日灰が進路を決めるための親族会があって、」
あ、ああ!
「灰が途中で抜け出したやつ!」
思いも寄らない共通した思い出に、声が大きくなってしまった。
七が「何それ?」と首を傾げているが、尊も当時のことは覚えているようで、
「灰さんが高校三年に上がる前に進路決めのための親族会があって。と言っても織衛組に入ることが決まっていて、どちらかというと顔合わせみたいな感じだったらしいんですが…。」
そうだった。喧嘩番長の灰の腕を買われて織衛組に入ると決まった時の誠さんの安心した顔と言ったらなかった。いや暴力団に入って安心もおかしな話だが。それくらい高校生の灰は毎日喧嘩の噂が絶えなかった。
「俺たちは小学生だったしその親族会に出てなかったんだけれど、途中で広間が大騒ぎになっているから何事かと思ったら、」
「灰さんが途中で親族会からいなくなったって…、」
神楽所の大人たちが大騒ぎしていたのを今でも覚えている。なんて言ったって、お婆様だけじゃなく織衛組の会長までいるらしい結構厳格な会だったから、それを逃げ出したとなれば大目玉では済まされなかった筈だ。
じゃあ灰がその大事な親族会を抜けたのって…、
「京子のこと止めるために行ったんだよ。」
と京介さんが言った。
「わー!まじ⁉︎」
「すごい…。」
女子二人が楽しそうだった。女子って好きだよな、この手の話。二人はきゃあきゃあ言いながら手を握り合って盛り上がっている。
「まあ、結局止められなかったんだけれど。」
それを聞いて、二人とも元気のなくなった向日葵みたいに頭を垂れ下げて、しゅんと萎れた。
「いや、京子さんは東京で結婚しているらしいから結果はわかってたじゃん…。」
「もう、臨は何もわかってない。」
「そうですよ、臨ももう少し女の子の気持ちを勉強してください。」
二人が俺を責めるように見る。…俺が悪いのか?
京介さんはそんな俺たちに笑いながら、
「んで、まあ色々あってその後俺と灰で殴り合いの大喧嘩して、それ以来口利いてないんだ。学校出てからも疎遠ってわけ。」
なんか急に話が飛んだ気がするが…。
七と尊はさっきの話が楽しかったようで、そこには気にせずに二人で盛り上がっている。最近二人が特に仲が良過ぎて疎外感を感じるようになってきた。俺も女子だったらこの話題に混ざれたのだろうか…、いや、別に灰の恋愛話とか全然混ざりたくなかった。
「でもさぁ、」と七が急にまた元気を無くしながら呟いた。
「やっぱ離れちゃうと中々会えないもんなのかな…。」
力無さそうに言う。尊のことを言ってるんだろう。
尊はそれに応えるように、
「私は東京に行っても、ちゃんと七に会うために戻って来ますよ。」
「尊…、」
そこ、いちゃつくな。
俺が言おうとしたより先に京介さんが、
「尊ちゃん、東京行き決めたの?」
「そうなの!」
七が誰よりも嬉しそうにしている。
尊と離れるのは嫌だけれど、東京に行きたい気持ちは誰よりも応援しているようで、ずっとちぐはぐな感じだが、俺も気持ちはわかる。
文化祭後、いや後夜祭後か。
文化祭前から喧嘩をしていた二人は、後夜祭で仲直りしたらしく、その後二人で俺のところにも来た。尊の口から、東京の学校に進学するつもりだという話を聞いて驚いた。
正直俺も心配したし反対する気持ちもないわけじゃなかったけれど。尊の顔を見えば、そんなこと言えなかった。尊なら大丈夫だという気持ちもあったから。…あと斜め後ろで七が、「反対したらぶっ殺す。」って顔をしていたのもあるが。
そしてその日の夜に尊は誠さんと遥さんに話をしに行って、結構長い時間話をして、その間俺と七は廊下で待っていた。それから部屋にお婆様も呼んでいるのを見て、七と気が気ではない状態で待っていたのだが。
少しして、誠さん達の部屋から出て来た尊が指で丸を作った時は、七も尊もちょっと泣いているくらい喜んでいた。
「来週オープンキャンパス行くんだもんね!」
「へえ、もう志望校も決まってるの?」
「いえ…、いくつか見に行くのと、今まで東京に行く準備を何もしていなかったので、一週間かけて見て来るんです。お母様と一緒なんですが、お母様の方が東京行くのを楽しみにしていて、」
と、こんなに自分の話に口が回る尊は珍しい。それほどに楽しみなんだろう。
七も京介さんも、俺も、その尊に微笑ましくなってしまう。
「そっか。東京、楽しんでおいでね。」
「はい、ありがとうございます!」
それからもんじゃ焼きなるものも初めて食べ、おおよそお腹も膨れたところではあったのだが。尊と七はメニューを見て、
「デザート食べたい。」
「これとかどうですか?」
と別腹らしく、二人で選んでいる。
「デザートなら、そこにタピオカ屋が出来てるからそっちにしたら?」
でもちょっと古いか、と笑った京介さんに、
「「タ、タピオカ⁉︎」」
七と尊が食いついた。
「た、食べたことない!」
「私もです!」
この尊は本当に俺の知っている尊だろうか…。タピオカに目を輝かせる神楽所尊は、俺が十数年一緒に育って来た尊とは違う人みたいだ。七の影響を受け過ぎな気がする…。
ちなみに俺もあの黒いカエルのタマゴみたいな食べ物は食べたことがない。SNSの普及でかなり都会との流行のズレが減って来てはいるが、まだまだうちの田舎は一年から二年くらいの時差がある気がする。
「なら、食べ行こう。いつも列出来てるから二人で先並んでおいて。俺たち会計してから行くから。」
京介さんの提案に、
「わかった!ありがとう京介さん!いこ、尊。」
「ご馳走様です。」
と二人は仲良く店から駆けて行った。ひょっとして今まで尊と一緒に育ったのって俺じゃなくて七だったのかもしれない。そう疑わずにはいられないくらい、二人は姉妹みたいだった。
「…。」
というか、まさか一緒に残ることになるとは思っていなかったから、京介さんー七のバイト先の店長と二人でいても何を話していいのかがわからない。
けれど俺の気まずい空気を意にも介さず、京介さんは尊と七の後ろ姿を見送ってから、
「いやあ、やっぱ女子高生は眩しくていいね。」
と、そうだ。この人こういう人だった。
「七も楽しそうで安心したよ。あんなふにゃふにゃの顔しちゃって。」
「そうですね、尊のことかなり好きみたいなんで…。」
確かに、最近いつも楽しそうなのは尊だけじゃなくて七もそうだ。…最近はそれが度を越しつつある気がするけれど。俺が止めておかないと二人ともおかしな方へ進んで行ってしまいそうだ。特に七が。この間一緒にお風呂入ってたし。
だけど京介さんは、「それもあるけどさ、」と苦笑いしてから、
「七がバイトの面接来た時なんか、こんなおっかない顔してたんだよ。」
こんな、と両方の目尻を指で吊り上げて見せた。
「誰も信用してないって顔に書いてあった。今よっぽど安心して生活してるんだろうな。」
「…。」
そうなのだろうか。
七が随分丸くなったのは俺もわかる。だけど。俺がそこについて、七が本当に楽しいのか疑ってしまうのは、安心して生活していると肯けないのは、氏神様の器のことがあるからなのだろうか…。それとも、京介さんだけがわかるような特別な変化なのだろうか…。
「その、…京介さんは、七のことよく見てるんですね…?」
…なんか、変な聞き方になってしまったか?
俺の言葉に、京介さんはさっきの尊を見るような目で俺を見て、
「違う違う、そういうんじゃないよ。俺はね、七みたいな子たちの面倒よく見てるから。」
「七みたいな子…?」
あんなとんでもない性格の子そうそういないと思うんだが…。
「七みたいに、家庭環境で色々ある子。虐待だったり、親が再婚して家に居場所がないとか、親に面倒みてもらえないとか、そういう子は顔見ればわかるからさ。そういう子バイトで雇うようにしてんの。」
「…、」
そうだったのか。七は女子高生なら誰でも受かったみたいなこと言ってたけれど、本当はそうじゃなくて…。
「みんなそういう子は金に困ってるからね。変なおじさんについていったり未成年が変な稼ぎ方しないように、高給出していれば、ある程度防げるから。」
「俺、金と土地だけは腐るほど持ってるから。」と茶化すように笑ったが。
成人している男の人相手に、こんな言い方は逆に失礼なのかもしれないが、関心してしまった。俺が知っている大人の中で、多分、一番尊敬できる大人かもしれない。
じゃあもしかして、女子高生好きと言うのもそのための設定で…?
「いや、それは本当。メイドも俺の趣味。」
断言された…。尊敬していいのかわからなくなる趣味はやめてほしい…。
それから京介さんは、「そういえばさ、」とわざとらしく前置きをして、もしかしたらその事を最初から聞きたかったのかもしれない。俺に言った。
「七の家って、今どうなってんの?」
「どうって、?」
「七の実家の方。七のお父さんとお母さん、どうなった?」




