表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第三章
51/249

おまけ⑥

「だから、ここはXを持ってくるからYは後回しにすればいいの。グラフはその後。」

「えー、でもさっきは逆だったじゃん。」


夜九時過ぎ。いつもの居間で臨に勉強を教えてもらっていた。一学期の途中までは授業をちゃんと聞いていた甲斐があって、何となくは追いつけているが。やはり三ヶ月分の授業を一気に詰め込むのは難しいものがある。あと臨がスパルタでつらい。

お腹空いたなぁ…。

元々この家の夕食時がより少し早めに設定されているのもあって、この時間になってくると頭を使っているから余計にお腹が空いてくる。

部屋に戻ったらカップラーメンでも食べようかな。

思考が飛んでいた私に臨はジロリと睨んで、


「ちょっと。ちゃんと聞いてんの?」

「すみません…。」


…怒られた。

言われた通りにXの値を求めていると、家の外に光が差した。私たちがいる居間からは広い庭と駐車場が見えるのだが、そこに車が入ってくるライトの明かりだった。


「こんな時間に誰だ?」


臨が不審そうに窓の外を覗く。暗いからよく見えないが、パッと見た感じ松戸さんの車ではない。そもそもこの家の人は仕事場がすぐそこの神社なのもあってあまり夜に出歩いたりしないし、こんな夜に来客というのも珍しい。

臨と一緒に窓の外を覗いていると、車から人が降りてきた。


「あ、」


降りてきた人物に、二人で今度は部屋の反対側の廊下へと顔を出すと。ちょうど、家に入ってきた灰が見えた。


「灰じゃん。」


臨が声をかけると、向こうも気付いて廊下を進んできた。


「おう、」

「何してんの?」


よく分家の親族が本家に来ることはあるが、灰がいるのは珍しい。


「仕事。ちょっとお使いで用事頼まれてな。」

「泊まってくの?」

「いや、すぐ帰るけど。お前達は何してんの?」

「勉強。」

「テスト前なんだよー。」

「そりゃ大変だな。頑張れよ。」


と、適当にあしらわれ、灰は私たちを置いて廊下を進んで行った。前に誠さんと遥さんに挨拶した時に行った、大人達がいる方の部屋に行くのだと思う。遅くまで仕事なんて大人は大変だなぁ。

後ろ姿を見送っていると臨が、


「じゃ、続きやろっか。」

「はい…。」


高校生も結構大変なんだなぁ…。





それから三十分くらい経ったろうか。

夕食後から続く勉強にそろそろ集中力も切れてきて、


「もう無理…。お腹空いたー。」

「そうだな、ちょっと休憩しようか。」


臨の許可も出て、畳に寝そべる。

もういっそ早く試験が来てほしい…。それかいっそ世界が滅んでほしい…。


「世界まで滅ぼさなくても…。大分進んだし、この調子ならテスト間に合うよ。」

「…じゃあ、テストまで頑張る。」

「とりあえず、家政婦さんに夜食でも作ってもらおうか。」

「賛成ー。」


食堂に行こうと起き上がろうとしたら、先に襖が開いて、灰が入ってきた。

畳に寝転んだ私を見て、


「何だサボってんのか。」

「ちーがう。休憩中なの。」

「灰は用事済んだの?」

「まあな。お、懐かしいなその教科書。」


灰はテーブルに置いてある教科書を拾ってパラパラと捲る。灰だってこの辺りが地元なのだから、ひょっとして高校が同じなのだろうか?


「灰ってどこの学校だったの?」

「俺?唯と同じところ。」


思わぬ返答に、ちょっと驚いた。唯が通う高校は、この辺では珍しい私立高校で(と言っても電車で三十分は離れるからこの辺という括りにしていいかは微妙だが)、進学校で偏差値が結構高かった筈だ。


「頭良いんだね。」

「まあな。」


と自慢げに笑った灰に、


「おい、嘘つくな。」


と臨が言った。


「え、嘘なの?」

「あそこって灰が通ってた頃は有名な不良高校だったろ。」

「…。」


灰が露骨に目を逸らした。どうやら本当らしい。


「唯が入る何年か前の代に改築して名前も変えて、一新したんだよ。それを機に進学校に変わったけれど。灰がいた時はそんな偏差値高くなかったでしょ。」

「よく知ってるね。」


私は全然知らなかった。臨は神楽所としての自覚からなのか、それともこの家にいると自然と耳に入ってくるのか、この地域についてやたらと情報通な節がある。


「俺が小学生の頃、灰が毎日喧嘩して問題起こしてるってよく誠さんが嘆いてたから…。」

「あはは、灰っぽい。」

「あと、灰が高校三年に上がる時の親族会で、」

「あー、俺そろそろ帰らねぇと。」


灰があからさまに話を終了させた。


「えー、何なに?聞きたい。」

「うるせぇ、いいから勉強しとけ。」


言われて、臨が思い出したように、


「そうだ、ご飯作ってもらうように言わないと。」


そうだった。お腹空いていたんだった。

ご飯を食べるまでは絶対に続きはできない。それまでは絶対に休憩だ。誰が何と言おうと休憩だ。


「何、メシまだなの?」

「ううん、お腹空いたから夜食食べたくて。」


すると灰は、


「なら、ラーメンでも食べ行くか?」

「え、いいの⁉︎」


なんだ神様か⁉︎


「俺メシまだだし、ついでに連れてってやるよ。」

「やったー!尊もいい?」

「おお、連れてこい連れてこい。」


灰の快諾に、気が変わってしまう前に私は尊の部屋に走った。





「ラーメン…。」


受験勉強をしている尊の部屋に誘いに行くと、尊は衝撃を受けた顔をして呟いた。


「嫌いだった?」

「いえ、あの…、」


何故か恥ずかしそうに視線を彷徨わせてから、


「食べたことなくて…。」


と。もじもじと言った。


「ええええ⁉︎」


今月一の衝撃だった。


「あ、給食ではあるんですが、お店で食べたことが…。」

「神楽所家やば…。」


庶民のお店とか行かない、漫画のお金持ちみたいだ。もしかしてM字のハンバーガー屋とかのジャンクフードも食べたことないのかもしれない。


「ど、どうする?やめとく?」


確かに、尊がラーメン屋のカウンターに座っているのは違和感があり過ぎる…。尊の綺麗なものだけで出来ている身体にアブラマシマシなんて悪魔みたいな物を入れたら、ダークサイドに落ちてしまうかもしれない。


「いえ、行きます。」


尊は一大決心したように、


「東京で一人で生活するんですから、そういうお店も行けるようにならないと。」


ラーメン屋に行くだけなのに凄い覚悟だった。


「じゃあ、私がラーメン屋さんの作法教えてあげるね。」

「お願いします!」


冗談のつもりだったのだが、真面目に頷かれてしまった…。可愛い。こんな純粋無垢な感じで、悪く言えば世間知らずな状態で一人で東京に行って大丈夫か少し心配になってきた。悪い奴もいるだろうし、大学って呑みサーなる悪い集団がいると聞いたことがある…。尊にもしもお酒で何か悪いことをしようとするのであれば、氏神様の力で武力行使してでも息の根を止めないといけない。なんなら私も東京に着いて行きたい。あれ、東京で一緒に暮らせばいいいんじゃないか?そ、それって同棲って言うのかな?

…まあ、私の願望は置いておいて。

尊を連れて駐車場に行くと、灰と臨が既に車に乗っていた。車内は何故か無言で、灰は別にいつも通りなのだが、臨が何故か怒っているような、考え込んでいるような顔をしている。これは…、


「…もしかして、臨もラーメン初めて?」


ぎくり、と臨がわかりやすく肩を揺らした。


「まじ?」


灰が横で信じられない物を見るような目で臨を見ている。


「神楽所家すげぇな。漫画の金持ちかよ。」

「いやいや、灰も神楽所でしょ。」

「俺は分家だしな。母ちゃんが奔放なタイプだったから、育ちは普通の人と変わんねぇの。」


灰は車を発進させながら、


「んで、臨はそれで緊張して黙ってたのか?」

「ちが…!」


否定しようとしていたけれど、誰がどう見ても図星をつかれているようにしか見えなかった。


「べ、別に、ラーメン自体は食べたことないわけじゃないし。お店で食べたって同じだろ?」

「全然違うって!お店の食べたらハマっちゃうと思うよ?ねえ?」

「そうだな、男子高校生なんか毎日ラーメン食いたいもんだろ普通。」


私と灰の追撃に、臨は逆に意固地になってしまった。「ふん、」と腕を組んで、


「俺はそういうのハマったりしないから。」







「うっま…。」


一口食べた臨が言った。即落ちだった。なんか後ろに宇宙とか広がってそうな、衝撃的な顔をしている。


「…!」


尊もレンゲから啜ったスープに、目を見開いている。これがグルメ漫画とかだったら、二人とも口からレーザーが出てきたり、服が脱げてたりしたかもしれない。

でも確かに、


「うまー…。」


私もつい声が漏れてしまう。夜食べるラーメンというのは何でこんなに美味しいのだろうか。この濃い味と太めの麺が堪まらない。油とニンニクの背徳感を感じるスープが、夜だとさらに身体に染みて美味しく感じる。

箸の止まらない三人に、


「奢り甲斐あるなぁ。まあ、また連れて来てやるよ。」


と、灰は軽いノリで言ったのだが。

尊と臨はあまりにも衝撃の美味しさだったらしく、


「俺毎日これ食べたい…。」

「わ、私も…。」


翌日から、二人はやたらと灰にラーメン屋へ連れて行くよう強請るようになった。

めちゃくちゃラーメン食べた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ