第十話
文化祭当日。
うちの学校の文化祭は二日間に渡って開催される。
初日の朝一で開会式が行われ、それ以降は各生徒それぞれクラスや部活動での役割を果たす以外は自由にしていていい様だった。私の試合は二日目の午後に行われるため、部活も所属していない私はそれまで完全にフリーになっていた。クラスの役割でいればクラスメイト全員が今日はほぼ同じ状況で、明日は試合前から出店の準備や出店番と観客の整理などがあるらしいが、それまでは殆ど仕事がないため、部活の役割を果たしているのか文化祭を楽しんでいるのか教室からは全員出払っていた。ちなみに臨だけは明日の準備の最終確認とか尊の手伝いで生徒会に顔を出しているらしく、ずっと朝から走り回っていたが。
他のクラスは展示やらお化け屋敷やら喫茶店やら教室を改造して賑わっているのに、うちのクラスはいつも通り机と椅子がきっかり並んだ状態で教室に誰もいないので、逆に快適だった。
とはいえ、昨日までは出店準備とか色々みんなもやっていたのでクラスメイトが何もしていないわけではない。私は当日のプレイヤーが仕事なので、それ以外の仕事は割り振られることなくいつもさっさと帰っていたけれど。昨日丸一日文化祭準備の日だったのだが、それも何もやっていないけれど。クラスメイト達が文化祭を通して仲良くなるのを尻目に悲しく一人帰っていたけれど。
時の人になったところで、友達ができるのはまた意味が全然違うのだ。現実って残酷。
そんなこんなで文化祭と言えども、いつも通り一人でいるというわけなのだが。
学校のスピーカーから流れてくる流行りの音楽と、学校中から聞こえてくる賑やかな声は聞いていて悪い気分がするものじゃなかった。三階の教室(うちの学校は一年生が一番階段を登らなければならない仕様になっている)から見える中庭では小さめのステージが作られていて、文化祭委員主催であろう早食い競争とかカラオケ大会とかのイベントは上から見ていてもちょっと楽しい。後で出店に赴いてご飯くらいは買いに行ってもいいかもしれない。お弁当今日は持たされていないし。
本当は尊のクラスに行きたかったのだけれど…。
それはやめておくことにした。
尊は折角最後の文化祭なのだから、嫌な思いはしてほしくない。まあ、文化祭前に私と言い合いした上で唯との試合の話が嫌でも耳に入るだろうから嫌な思いさせまくっているかもしれないが。今更かもしれないが。
…本当に馬鹿なことをしてしまった。謝りに行ったのに逆上して尊を引っ叩くなんて、自分の短気さに呆れる。
だけど。馬鹿でも浅はかでも、やっぱり絶対に許せなくて、でも引っ叩いたのはやりすぎだった。あれ以来また何週間も会ってもいないし会話もしていないけれど、頬とか腫れなかったかな…。
今日開会式でやっと顔を見れた時は、もういつも通り、完璧な神楽所尊の姿だった。そうやっていつも、自分の気持ちを押し殺して来たんじゃないのかって、心配になる程。
絶対に試合に勝って、尊と話をしたい。
色々考えれば考える程、この結論にしかならないのだから。早く試合になってほしいような、だけど流石に少し緊張しているような。そんな感じだった。時計の針は11時を差していて、教室でうだうだしていても気が滅入りそうだったので、ちょっと気晴らしに校内でも歩いてみる気になった。
うちのクラスは一組だから一番端の教室で、隣のクラスは今日までに準備したバルーンアートの展示会場になっていた。その隣はダンボールで作った立体模型の展示とか、脱出ゲーム、プラネタリウム、トリックアート展が並んでいた。一年生は展示系が多いみたいだ。というか、このラインナップに並ぶとうちのクラス頭おかしいな。異色を放ち過ぎている。
とりあえずどのクラスにも入らずぶらぶらしているが、生徒や来場客で校内はごった返していて、一人でも全然目立たなかった。中学の時は来場客も少なく、校内は友達同士で固まって歩く生徒ばかりで一人が悪目立ちしていたのだが…。思い出すと悲しくなってきた。やめよう。
一階まで降りると、昇降口の外で部活ごとの飲食系の出店が立ち並んでいた。たこ焼きとかクレープとか焼きそばとか、ちょうどいいし何か買って教室に戻ろうとしたが。
視界の端っこですごく目立った人がいた。
両手に焼きそばとたこ焼きとクレープととりあえず目についた屋台のものを全部持っていて、おまけにその髪色が既視感しかなかった。
「何やってんだあの人…。」
灰だった。田舎では滅多にいない目立った髪色に、ヤンキーがかち込みして来たのかと周囲から明らかに距離を取られていた。
近づいていくと向こうも気づいたみたいで、
「お、七じゃん。」
「何やってんの…。」
「いや、お前の護衛で来てたんだけどさ、お前ずっと教室から動かないから。」
「見てたの⁉︎」
灰は心底可哀想なものを見る目で、
「お前、もうちょい友達とか作ったほうがいいぞ。」
「ううううううっさいわ!」
悲しい程余計なお世話だった。というか、来てたなら声かけろよ!
「まあまあ、とりあえずこれ持て。」
と半分渡された食べ物を持たされた。分けてくれるみたいだった。座って食べる場所を求めて一緒に私の教室へ向かう。
「買い過ぎじゃない?」
「んな事ない。祭りは楽しんだもん勝ちだろうが。」
「さいですか…。」
大の大人が高校生の文化祭で勝っても失うものしかない気がする。
「さっき尊の教室にも行ってきた。」
「尊メイド服着てた⁉︎」
「食いつくのはそこかよ…。着てた着てた。超似合ってた。」
「いいなぁ…。」
私も見に行きたかった。網膜という一眼レフに納めて脳内に永久保存しておきたかった。多分社会に出て嫌なことあっても五十年くらいは頑張れそう。
「七も見に行けばいいじゃん。まだ喧嘩してんのか?」
「…うん。」
なんならこの間より悪化しているのだから、救いようがない。
「しれっと教室行ってみたらどうだ?祭りの勢いでどうにかなるだろ。」
うんうん、と自分で言って頷いている。この人お祭りを過信し過ぎなんだが。臨もだけど神楽所の男はみんな祭り好きなのだろうか。
ちょうど教室に着いて中に入ると、やっぱり誰もいなくて適当な席に灰が座った。
「うわ、懐かしいな。」
久しぶりに座る教室の机と椅子に感動していた。
「何年ぶり?」
「あー、7、いや8か?年取るわけだわ。」
「へえ。」
聞いといてなんだが、年齢を計算するほど興味はなかったので聞き流した。灰が買った屋台のものを食べながら、
「いつから居たの?」
「朝から。」
「それって、今日が文化祭だからだよね?」
まさか毎日学校を張られているのだろうか。いや、そんなまさか…。
「いや毎日だけど?」
「ええ⁉︎」
「別にいつも俺じゃねぇけど。織衛組で交代で、朝から放課後までだな。七が部活入ってたり友達がいたら放課後まで付き合わねぇといけなかったけど、そうじゃなくて良かったわ。」
「ううううるっさいよ!」
人には直接言っていいことと悪いことがあるのを知っていてほしい。うっかり飛び降りそうになっちゃから。と、言おうとして。教室の前の廊下を見知った人が通った。
「あ、京介さん。」
あの人も本当に来た…。
携帯を見ていてこっちに気付いていないようだったので、声をかけようとした時、勢いよく教室の窓が開く音がした。
「え?」
何事かと振り返ると。
灰が窓から飛び降りていた。
「ええええ⁉︎」
ここ三階だよ⁉︎
既に視界に入った時には身体は窓枠の外で、急いで下を覗き込むと、普通に着地してそのまま走ってどっかに消えていった。
「どういうことなの…。」
中庭でイベントをやっていた生徒たちがいきなり飛び降りてきてそのまま消えていった人影に呆然としていた。そりゃそうだ。というか、あの人私の護衛来たんじゃないのか?さっきから持ち場を離れ過ぎてて全然仕事してない…。
「お、七いた。」
私に気づいた京介さんが廊下から教室に声をかけてきた。私の同じく呆然としている顔を見て、
「どうかした?」
と聞かれたが。今三階から人が飛び降りて、と言っても通じないだろうし「…なんでもない。」と返しておいた。
「っていうか、京介さん本当に来たんだね。」
「いいじゃん、俺もメイド服の分で貸しがあるんだし。楽しませてよ。」
大の大人が高校生に貸しがあるのはどうなのだろうか。まあ借りたの私なんだけれど。
「尊ちゃんのメイド服見れたし。」
「くっ…!」
どいつもこいつも私の見れない尊のメイド服姿を見やがって…!悔しい!どうしてこうなった⁉︎一ヶ月の前の自分をぶん殴ってやりたい!
「七は何してんの?」
京介さんはうちの何も準備されていない教室を見渡す。
「うちのクラスはテニス…、いや出し物を明日するから今日は何もないの。」
「なるほどね。」
と、教室をもう一度見渡して。机の上で広げられた食べ物を見て、それから神妙な顔で私を見た。
「な、何?」
「七、友達いないの?」
「うううううるっさい!」
本当にどいつもこいつも!もうちょっと気遣ってオブラートに包め!私も本当に飛び降りるぞ⁉︎
「仕方ないから一緒に回ってあげるよ。」
「…。」
なんだろう。なんか保護者と一緒に回るみたいな気恥ずかしさがあった。この人ただのバイト先の店長なのに。
結局京介さんという保護者に見守れながら文化祭をしばらく回ることになり、私は友達を作ろうと決心した。京介さんが帰るのを見送ったあとで、そうだな、教室で待って戻って来たクラスメイトに話しかけてみようかな、と思っていると。
前を歩く生徒達が、
「今日ってもう点呼とかないから帰ってもばれないらしいよー。先輩が言ってた。」
「そうなの?でも文化祭抜けて帰る人とかいないよねー。」
「だよねー。」
それを聞いて。
私はそのまま松戸さんを呼んで帰宅した。家に帰ってたくさん寝れた。
翌日。文化祭二日目。
流石に今日は大事な試合なので、クラスメイトも朝から忙しなかった。昨日たっぷり遊んだ分、今日は朝から出店の準備やコートの整備に費やしている。
私も午後一からスクールジャージに着替えて、テニスコートに入ってウォーミングアップをしていた。
クラス内での仕事は振られていなかったが、なにも私も今までただぼっちで帰っていただけではない。ここ数週間、体力づくりに勤しんでいたのだ。
これは臨からの案で、氏神様は信者の能力と同じだけのことが出来ても、私の身体の元スペックを弄れるわけではないらしい。勝手に弄られて改造とかされてても困るからいいんだけれど。だから試合でなるべく体力が持つように走り込みや筋トレに勤しんでいたので、今の私は人生で一番体力のある状態と言っても過言ではなかった。神楽所に来てから演舞といい、私は神楽所に養子になったんじゃなくて運動部に入ったのか?とツッコミを入れたくなるくらい運動ばかりしている気がする。
「唯はもうすぐ来るって。」
臨の携帯に連絡が入ったらしい。試合は十四時からで、あと一時間を切っている。
「あれ、持って来た?」
「ああ。」
あれ、というのは勿論スタンガンのことだ。灰の車内にいつも搭載してあるため、この間神楽所本家に呼び出した時に借りられたのだが、私が持っていると悪用するからと臨に没収されていた。私のことを理性のない猛獣か何かだと思われている気がする。
「あれ、使い方わかるの?」
今日実際に使うのも臨の予定だ。
「灰に教えてもらった。」
そういう臨は、どこか浮かない表情をしている。
「私が自分でやろっか?」
いくら試合のためとはいえ、スタンガンを人に押し付けるのはいい気がしないのかもしれない。自分でやれればそっちの方が良いと思い声をかけたが、
「いや、大丈夫。」
と臨は首を振ったが。臨の表情は浮かないままだ。
「?」
「それより、もう準備の方は出来てるのか?」
「ううん、そっちはこれから。」
とりあえず氏神様と交代するにあたり、髪の毛の問題があるのでウィッグを被ってどうにかするということで臨も納得した。それ用に今日持って来てはいるが、結構重いのでまだ付けていない。
「この後会場に観客を入れ始めるし、唯が来るとまた面倒だから、今つけて来なよ。」
「そうだね。」
言われた通り、準備をしに部活動用の外トイレに向かう。ここはそんなに綺麗じゃないし、校舎内のトイレがすぐそこにあるから誰も来ないと臨が言っていた。鏡の前で自分の髪をネットにしまって、その上からウィッグを被るのだが、ウィッグとバレないように髪の毛を自然にしまうのが結構難しいのだ。家で練習したから十分はかかっていないくらいで出来た。
よし、と戻ろうとした時に、女子トイレのドアが開いた。
「え、臨⁉︎」
ここ女子トイレなんだが⁉︎
臨は驚く私に構わずずかずかとトイレに入ってきて、私の前に立った。
「な、何してんの…?」
けれど臨は返事をしないまま下を向いていた。ストレスでご乱心か?
「臨?どうした」
の、と言いかけて。臨の右手が私に向かって飛んできて。
黒い何かが身体に押しつけられた。
「へ、」
「ごめん。」
「ちょっ!待、」
って。それは、まだあとの筈じゃ…。
それが口から出るより先に、激痛が走って。ああ、そうだ。あの時もこんな感じで…、視界が暗くなって…、意識、が…。
「…、なな、七!」
誰かに呼ばれている気がして、あれ、何してたんだっけ?暗い視界から目を開けると、眩しくてびっくりする。
「んん…。」
外なのだろうか。太陽光が眩しくて一度目を萎めて、もう一度ゆっくり開けると、
「七!」
臨がいた。
「…どういう状況?」
辺りを見渡すと、テニスコートのど真ん中で、臨に抱き起こされていた。
あれ、さっきまで女子トイレで…。
「大丈夫か?」
「…、あ、あれ⁉︎試合どうなった⁉︎」
テニスコートの周りはとんでもない数の観客に囲まれていた。コートの反対側には、唯が驚いた顔をして立っている。状況から察するに、試合はもう始まっていて氏神様がちゃんと試合をしてくれた、のか…?
「もしかして、本当に七か…⁉︎」
臨の驚きように、
「いや、それ以外に誰が…。」
ああ、氏神様か。髪色を隠しているから、見分けがつかないのかもしれない。と一度自分の中で納得して。だけど、どうしてそんなことに驚くのだろうか。
試合が終わったから戻ったんじゃ、ない…のか?もしかして。
「ま、まさか…。」
私の最悪の予感を裏付けるように、臨が青い顔で頷いた。
「…試合、まだ途中なんだ…。」
サーっと、血の気が引いた。
「ま、まじ…?」




