第八話
「お前、よく俺を呼びつけられたな。」
クソガキ、と凄まじくドスの効いた声で。
神楽所本家まで灰を呼んでもらい、玄関前に止まった車まで出迎えに行くと、何故か超不機嫌だった。
「なんで怒ってんの?」
「何でじゃねぇだろ!お前のせいでこの間俺がどんだけ酷い目にあったと思ってんだ!」
はて、何かしたっけな?
心当たりがないので首を傾げていると、灰の掌が顔面に飛んできて、顔を掴まれてそのまま持ち上げられた。足が宙を浮いていた。
「痛たたたたた!」
「何きょとんとしてんだ!覚えてねぇとは言わせねぇぞ!」
宙ぶらりん状態のまま、ブランコみたいにぐらぐらと揺らされて、
「この間の誘拐事件、全部お前の責任でやったことにするって言ってただろうが!なのにお前あの後早々に本家に帰りやがって!おかげでこちとら全責任負わされたんぞ!」
「わかった!わかったから揺すらないで!頭モゲル!」
「お前が拳銃持ち出したり壺まで割りやがったせいで会長にもどやされて減給されてんだぞ!内臓売って責任取りやがれ!」
脅しがヤクザのそれだった。いやこの人ヤクザなんだけれど。
とりあえずこのまま揺らされていると首から下がさよならしそうなので、
「謝る!謝るから降ろして!」
叫んだらなんとか離してくれた。
ふう、地面に足が着くだけでこんなに安心するとは。
「ごめんごめん、で、スタンガン貸して。」
「投げやりに謝ってんじゃねぇよ!」
「ごめんなさいってー、お願いしますからー。」
「やめろやめろ土下座すんな。」
本家のやつに見られたら俺がどやされるんだよ!と、私の必殺土下座をやめさせれた。
「女子高生が外で土下座しようとすんな。制服汚れるとか言って外で座ったりしねぇもんだろ普通。」
「私、その辺のプライドはないんだ。」
「じゃあ価値ねえな、その土下座。」
私の土下座は通じなかったが。灰はとりあえず話を聞いてくれる気にはなったみたいで車に寄りかかりながら、
「んで?スタンガンなんか、何に使うんだよ。暴力沙汰に加担するつもりはねぇぞ。」
「物騒な、灰じゃないんだから。」
「俺も拳銃ぶっ放すお前にだけは言われなくない。」
私たちが喋っていると一向に話が進まないと判断した、後ろに控えていたこの中で最もまとも臨が、
「氏神様を起こしたいんだよ。」
流石学級委員長だった。ちなみにこの間私は臨が学級委員長であることを知らなかったと言ったが、あれは嘘だ。一章の二話で自分で言っていた。うっかりうっかり。
灰はそれを聞いて、
「はあ?」
「学校の文化祭でテニス勝負するのに使うんだー。」
「何言ってんのお前?こいつ何言ってんの?」
多分私に言っても無駄だと思われたのか臨に聞き直すけれど、
「どうしても勝たないといけないんだよ…。」
と言われ、どっちも話にならないと頭を抱えていた。
「それ鬼ばば…頭首様知ってるわけねぇよな?」
「うん、内緒に決まってんじゃん。」
「おい灰、今鬼婆って。」
臨に咎められていたが、気持ちはわからないでもない。お婆様にあだ名をつけるなら絶対鬼か妖怪が付く。消されそうだから言わないけれど。
「スタンガンでこの間氏神様起こせたでしょ?それ以外で起こす方法がわからないから、お願い!」
「んなもん、俺以外から借りろ。これ以上俺に片棒を担がせるな。俺になんか恨みでもあんのか?」
「あんな危険な物灰しか持っている人知らないんだって!」
「つーかお前らはさっきから灰灰って、俺がお前らよりいくつ年上だと思ってんだ!さんを付けて敬語で喋れ!」
「えー、だって。」
臨もそれで呼んでいるし。なんていうか、灰は灰って感じなんだもん。さんとか付けるのが似合わない。
「ねえ?」と臨に振ると、「そうだよな。」と頷いていた。
「俺帰るわ。」
「待て待て待て。」
「灰様ごめんなさい!お願いしますから!」
車に戻ろうとする灰を二人がかりで抑えるが、あっさり振り払われる。
「ガキのお遊びに俺を巻き込むな。大人は忙しいんだよ。」
と車に乗り込んでしまった。発進させようとしている車の前に立ち塞がって、
「しょうがないじゃん!負けたら全裸で演舞踊らないと行けないんだから!」
「はああ⁉︎」
車が私のギリギリ前で止まった。危ない、後ちょっとで轢かれるところだった。
とりあえずセンセーショナルなワードに聞く耳を持ってくれる気になった灰を本家の大人が来ない別間に案内して。臨が入れてきたお茶を啜りながら、
「なるほどな。唯か…。」
あいつ本当尊のことになるとなぁ、と灰は頭を掻いていた。
「そういや、尊も昔テニスやってたな。」
「ああ、遥さんが好きだったから。」
そうなんだ。臨も灰も尊も親族同士きっと昔から知っているから、色々と思い出話があるんだろう。尊は自分の話をあまりするタイプではないから、聞けるのが嬉しい。
「上手かったんでしょ?」
「勿論。小学生時の県大会で優勝してた。」
「すご!あれ?え、でも、」
尊は今テニス部に入っていないし、テニスの活動をしているのも聞いたことがない。
「尊はその大会の後テニス辞めちゃったんだよ。いっぱいやっていた習い事の一つだっただけで、尊自身がテニスを好きでやってたわけじゃないし。」
「それで唯が死ぬほど怒ってな、勝ち逃げしやがったって。しかも尊の方はテニス始めてちょっとしか経ってなかったから…。」
始めてちょっとで優勝とか、センスの塊すぎじゃないか。でも多分そんなの片鱗に過ぎないというか、他の習い事とかでもきっとそんな感じなんだろう。流石尊だ。
「ジュニアからずっとやってた唯がその尊に負けて、その年の親族会は大変だったよ。」
「アイツん家の親も面倒な奴らだからなぁ。」
「そういえば、唯が神楽所新殿がどうのって…。分家の中で偉い人たちなの?」
教養がないと言われて腹は立ったが、本当のことなので何も言えなかった。これを機に神楽所についてもう少し興味を持とうかと思ったのだが、臨と灰はそれを聞いてまた深いため息をついた。
「それはあの家が勝手に言ってるだけだ。」
「本家がずっと女系だとしたら、あの分家は男系なんだよ。勿論女系の本家からの枝分かれだから大元を辿れば違うんだけれど。だけど昔って、長男の方が偉いのが普通だろ?でも神楽所本家は女系を重んじるから、それに納得がいかない昔本家の長男だった人が途中であの神社を作って、それ以来勝手に新殿を名乗ってるんだよ。だからあっちでは長男が神社を継いでて、唯には弟がいるからきっとその人が継ぐんだと思うよ。」
「んん?もう一回言って?ややこしくて意味わかんない。」
神楽所本家から枝分かれしているけれど、男系の分家で?大元は女系の本家で?唯は女だけれど、神楽所神社新殿では男系が継ぐから唯は継がなくて?
「難しいことはいいよ。とりあえず、あの家は本家が嫌いな方の分家ってこと。」
「新殿も勝手に名乗っているだけだから、誰も呼んじゃいねぇんだよ。神楽所内で言えば通じるかもしれねぇが、外で言ったってわかんねぇって。ただの分社だよ。」
「そうなんだ?」
じゃあ唯に教養のないとか言われる筋合いないじゃないか。アイツめ、絶対泣かす。
「その超面倒くさい分家を本家の婿養子にするなんて勝手に決めたら頭首様に殺されるぞ?」
「うっ…。」
それは恐ろし過ぎる。知らなかったとはいえ、自分で付けた条件にどんどん首を絞められていくみたいだ。分家問題の闇が深すぎるんだよな…。
「っていうか、その家は本家が嫌いってことはこの間の誘拐野郎と仲間だったりするのかな?」
そうであれば、この間のお礼参りも含めて唯をボコボコにする理由が増えた。なんなら今から分社に行って全員ぶん殴りたいところだ。
けれど、
「あー、それはねぇだろうな。」
と灰が断言した。
「そうなの?」
「本家が一筋縄じゃないように分家も一筋縄じゃねぇんだよ。この間のアイツはかなり端の分家だが、唯ん家は分社を持ってる、本家に近い分家だ。分家の中でも序列があって、プライドの高い唯ん家は下っ端の分家とは連まねぇの。むしろ見下してるな。」
「ふうん…?」
本当にややこしい家だ。何を聞いても、更に情報が増えて謎が深まっていくばかりというか。
「どこからあの下っ端の分家が巫女様の情報を手に入れたかは知らねぇが、もし唯ん家みたいな権力持った分家が本当に本家を狙ってくるとしたら、あんな杜撰な手段はとらねぇだろうな。」
つまり、あんなに騒ぎになったあの事件は実は大した事件ではなくて。本当にまずい事態というのは、これからもっと起こり得るということなのか…。
「悪いこと言わねぇから、あの家と争うのはやめとけ。」
珍しく灰がまともなことを…。と、臨が前置きをしてから、
「でもそうだよ、今ならまだやめられるよ?」
「それは嫌!」
絶対、アイツには謝らせる。本家とか分家とか難しいことはまだよくわかっていないし、今回の試合でまた何かの引き金になってしまうのかもしれないということはわかったが。だけど、ここで引き下がるのは絶対に嫌だ。ここで私が折れるのは、家族への侮辱を許容したのと同じだ。私は絶対そんなの認めない。
「だから絶対勝たないといけないの!お願い、スタンガン貸して!」
すかさず必殺土下座をすると、灰は少し考えてから、
「今回限りだぞ。」
とあの時と同じ顔をして。
「じゃあ!」
「貸してやる。ただし、条件がある。」
「何?」
何故かキメ顔をしたので、絶対勝てよとかカッコイイことを言ってるくれるのかと思ったが、
「お前が神楽所の中で偉くなったら、俺を出世させると約束しろ。」
「は?」
声を出したのは臨だった。
「本家の一声があれば、俺だって重鎮になって働かずに金が入るだろ。七が本家でその権限を得たら、必ず俺を出世すると約束しろ。」
「のった!」
私が差し出した手を灰が握り、熱く握手を交わす。
汚い大人の契約を交わした瞬間だった。
「ええ…。」
臨だけは呆れた声を出していた。
「よっしゃあ。巫女様なら本家で出世間違いなし。次期頭首ポジだろ?俺の出世も夢じゃなくなってきたな。」
「…。」
「ん?どした?」
やっぱり本当にそうなのか…?
私は神楽所に来てまだ日が浅くて、尊がテニスで県大会一位だったことも、唯の昔話も、神楽所新殿のことも何も知らなくて。氏神様の価値も、その重みも、本家も分家もよくわかっていなくて。だから自分が次期頭首なんてまだやっぱりあり得ないと思っているけれど。神楽所内にいれば、それは当然のことなのだろうか。
「そうなのかな?氏神様の器は、次期頭首なの?」
「ああ?そうなんじゃねぇの、俺だって詳しくは知らねえけど。だってもうお前しか巫女の継承できないんだし。」
「…。」
…尊と話がしたい。謝ったって、許してもらえるような話ではないのはわかっているけれど。でもせめて東京に行くのを勧めたのは追い出すとかそんなつもりはなかったって、ちゃんと伝えないと。立場とかそんなの関係なく、私は今でも尊の傍にいたいとちゃんと伝えて、尊の気持ちもちゃんと聞きたい。尊が私を嫌いでも、それでも尊の思っていることを全部聞きたい。それが家族だと思うから。
「何、どしたの?」
「なんかその辺りのことで尊と喧嘩したらしくって。」
「はあん、なるほどね。」
「二人とも頑固だから。尊もあれで結構口下手だし…。」
「まあ、あの尊と喧嘩できるなんて七くらいのもんだろ。いいじゃんいいじゃん、青春っぽくて。」
二人がこそこそ話していたが、それは無視して。
今日の夜、尊に謝りに行くと決めた。




