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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第三章
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第三話

週末、例によって松戸さんに車を出してもらい、私たちは同じ県内の市街地に来ていた。

電車では神社のある地域から三十分くらいで着くが、車だと山道を通って一時間くらいかかる。私たちの住む県内で一番栄えていると言っていい場所だが、それもここ最近は過疎化が進み、駅前にある大型ショッピングモール以外はシャッター街が目につく。駅の裏通りにはスナックやキャバクラなんかの歓楽街もあるけれど、ここも場末のスナックみたいな雰囲気の店が多くて街全体がなんとなく寂れた雰囲気に包まれている。それでも、私たちの住んでいる町に比べればよっぽど人も多いし栄えているけれど。


駅から数分もしない場所に古いスナックの看板が立ち並ぶ裏道があって、その中にやたらとメルヘンな看板と入り口の扉がピンクのレースで彩られた異様な雰囲気を醸す出しているお店がある。


「七、ここですか…?」

「そうだよ。」

「こんなとこ、どういう関係?」


臨と尊は普段こんなところ来ないだろう。見慣れない、品のない店通りに警戒している様だ。


「ここ?私のバイト先。」

「えっ。」


入り淀んでる二人を置いて、そのお店の扉を開ける。


「こんにちわー。」


薄暗いお店の中に声をかけると、二十代半ばくらいの男が一人、カウンターの奥にある部屋から出てきた。


「七、久しぶり!」


この店の店長で、少し長めの髪の毛を後で括っているパッと見軽薄そうなお兄さんだが、本当に軽薄なお兄さんだ。


「お久しぶりです。」

「ちょっと会わない間にいい女になったじゃないか。」


そのまま私の肩に手を回してくるので、とりあえず振り払う。


「女子高生に馴れ馴れしく触るの犯罪ですよ。」

「つれないなー。」


と、そこで私の後ろから恐る恐るも店に入ってきた二人に気づき、


「うっお、すっげ可愛い子。」

「はじめまして。」


律儀に頭を下げる尊に、店長はジロジロと上から下までしっかり見て、


「ちょっと!尊のこと舐め回すように見るのやめてくださいよ!」


すかさず尊の前にガードに行った私に、


「神楽所ん所の娘さんでしょ?噂に聞いてた通りの美少女だ。俺、京介(きょうすけ)ね。京介さんって呼んで。」


店長ー京介さんはすかさず名刺を渡していた。受け取った尊が困った顔をしている。


「は、はあ…。」

「どう?うちの店で働かない?時給高くしとくよ。」

「いえ、あの…、ここは…?」


首を傾げる尊に、京介さんは入り口に貼られているポスターを指差して、


「ここはメイド喫茶だよ。」

「メイド喫茶⁉︎」


驚いていたのは臨だった。


「七、メイド喫茶で働いてたの?」

「おいその顔やめろ。」


驚いている四割ドキ引きしている六割の顔をしていた。


「仕方なかったの!家の周りじゃ全然給料高くないし、高校生雇ってくれるところも少ないし、春の誕生日にお金が必要だったんだから!」

「変な店じゃないだろうな?」

「違うって。オカンか。ただメイド服着て接客するだけだし。あとお客さん全然来ないし。」


それを聞いて尊が、


「そういえば、今も誰もいらっしゃらないですけれど…。」


と薄暗い店内を見渡して。京介さん以外スタッフもお客さんも誰もいない店内を見て、


「今日はお休みですか?」


と。土曜日のしかも真っ昼間に営業していないのが不思議なんだろう。


「うち客が来ないから気が向いた時にしかやってないんだ。」

「ええ…。」


臨が呆れている様だった。


「え、では普段は何を…?」


気が向いた時にしか仕事をしていない職業不定のお兄さんについ興味心を抱いてしまったのか、尊が遠慮がちに聞く。自分が不審者扱いされていることに気付いていない京介さんはメイド喫茶の建物を指差して、


「ここ?夜は別の奴がスナックやるのに貸してんの。」

「…?」


返答の意図がわからず尊は首を傾げる。二人とも会話が噛み合っていなかった。


「京介さん、ここら一帯の地主の息子だからこの通りのお店全部京介さんが所有者なんだよ。」


事情を知っている私が会話の橋渡しをすると、


「えっ、…と言うことは藤堂(とうどう)さんの息子さんですか?」


尊から知らない単語が出てきた。藤堂…?


「誰?」

「俺の苗字だよ。今まで知らなかったの?」

「京介さんあったその日から俺のことは京介って呼んでって名乗らなかったじゃん。」

「そうだっけ?」


いい加減な京介さんは置いておいて。


「尊、京介さんと知り合いだったの?」

「いえ、私が知っているのは京介さんのお父様の方です。神楽所神社に商売繁盛を毎年祈願しに来てくださっていて。」

「そうなんだ。」

「そそ、親父はいつも神楽所さんにお世話になってるよね。俺は全然顔出しに行かなかったけれど、こんな可愛い子がいるなら俺も行っとけばよかったな。」

「世間て狭いんだね…。」


まさか私のバイト先の店長が神楽所家と繋がりがあるなんて。


「それで言うなら、藤堂さんのところの土地は織衛組が自警団をしてるんだよ。神楽所が仲介になって。」


と、臨がこそりと私に言った。そんなところにも繋がりがあるなんて、織衛組本当に恐ろしい…。声が聞こえたのか、京介さんが臨を見て。それから驚いた顔をした。


「うお!君、いつからいた?」


いや、今まで気づかなかったのか。不遇な扱いに慣れていないであろう神楽所家の息子である臨はショックを受けた顔をしていた。


「ごめんね、京介さん女子高生にしか興味ないから…。」


この人の男の扱いはいつもこんな感じだ。


「だから儲かりもしない…、って言うかお客さん誰も来ないいっつも赤字のこのお店やる必要なんか全然ないんだけれど、京介さんの女子高生にメイド服着せたいっていう完全趣味でここもやってるんだよ…。」

「そのために高時給あげてるだろ?女子高生はいいお給料もらえて、俺はメイドさんが見れて、ウィンウィンじゃん。」

「まあ、給料はすこぶるいいですけれど…。」


おかげで四月から入って六月の春の誕生日にプレゼントを買うことができた。面接も履歴書も不要で「高校生?じゃあ、オッケー。いつから入れる?」って感じで採用してもらえたから助かってはいたけれど。メイド服を着ることも、春の喜ぶ顔のためならどうでも良かったし。


「そうだ、衣装借りれそう?」

「ああ、そこのテーブルに置いてあるの好きなだけ持っていきな。」


後ろのテーブルの上に置かれたバッグの中身を確認すると、黒とかピンクとか青とかのメイド服が何着か入っていた。懐かしい、私が着てたやつも入っていた。


「こんなにいいんでしょうか?」


一緒に中身を確認した尊が遠慮がちに言う。


「いいよ、どうせいっぱいあるから。クラスでやるなら他の子にも持っていってあげなよ。」

「ありがとうございます。」

「あーあ、こんな可愛い子がメイド喫茶やるなら俺も文化祭行こっかな。」

「やめなよ、逮捕されるよ。」

「失礼だな、何にもしないって。」


メイド服をいくつか開いて確認した後バッグに再び詰めていると、


「本当にバイト辞めるの?」


と京介さんが私に聞いてきた。


「神楽所の養子にさせてもらっている身なんで、メイド喫茶で働くのはちょっと…。」


臨にもドン引かれたし。お婆様に知られたら二度と外出させてもらえなさそうだ。

それにお小遣いにはもう困らないので、バイトする理由もなくなった。


「残念、七のこと好きだったのに。」

「京介さんは女子高生全員大好きじゃん…。」


高校一年生から三年生までの女子は見た目性格関係なく全員大好きなのだから、ある意味見境がなかった。守備範囲が広くて羨ましい。…思ってないけれど。


「まさか七があの神楽所に入るなんてなぁ。今年の演舞もやったんなら、呼んでくれれば見に行ったのに。」

「いやですよ恥ずかしい。」

「そういえば、もう灰ってやつにはあった?」


急に出てきた意外な名前に、私たちは顔を見合わせる。尊が代表して、


「灰さんと知り合いなのですか?」


灰というのは神楽所分家の人間で、織衛組で仕事をしている怖いお兄さんだけれど、この間の春が拐われた時は助けてくれたし、あと厳格な神楽所っぽくない人だったので、勝手に親近感を持っている。あれ以来会ったことはないけれど。


「ああ、あいつと俺同級生なの。」

「ええ、世間狭…。」


京介さんが地主の息子だからだろうか。神楽所家と接点がありすぎる。それともこの地域ならどの界隈にも顔が利く神楽所家は、多かれ少なかれ誰にでもこういった接点があるものなんだろうか。神楽所家の権力を改めて実感する。


「高校生の時は一緒に連んでいることが多かったから、あいつは神楽所の家だし俺は藤堂の家だし結構有名だったんだよ。あ、今度灰にあったら京子結婚したよって言っといてくれ。」


にやにやと含み笑いをする京介さんに、そういえば夏祭りで最初に会った時そんな事言っていた様な…?


「もしかして、それ知ってるかも?」

「確か初恋のとかって…。」


臨も覚えていたのか情報を付け足しする。そうだ、そんなことを言っていた気がする。


「なんだ知ってたのか。」


京介さんが心底つまんなそうな顔をしていた。


「京子さんて誰なんですか?」

「俺の姉ちゃん。高校卒業で東京に上京して、ずっと東京にいるんだけれど。結婚式呼んでやれば良かったな。」


初恋の相手だって言っているのに、結婚式なんか呼ばれたら三日は寝込みそうだ。仲が良いのか悪いのかよくわからない。

それより、


「東京…。」


言ったのは、尊だった。


「興味ある?」


女子高生に興味がある京介さんは女子高生の一挙手一投足を見逃さなかった。


「尊ちゃんなら、東京行ったら速攻スカウトされそうだね。上京したいの?」

「あ、いえ…。」


尊は一瞬困った顔をしてから、


「そういうわけじゃないんです。それより、もう灰さんとは会ってないんですか?」


女子高生の挙動を見逃さない京介さんは尊の反応に何かを察したのか、それ以上何も聞かずに。


「色々あってさあ、俺たちが三年に上がるときに…。」


と、思い出話を始めた京介さんを遮ったのは尊の着信音だった。尊が電話に出ると、何やら少し会話をして、困った顔で私をみた。


「ごめんなさい、母からです。急に親族が来ることになったので、帰ってきてほしいそうで…。」

「全然いいよー。」


京介さんは、


「長居させちゃって悪かったね。七も尊ちゃんも、そこの君も。またおいで、いつでも飯でも奢ってやるから。」


臨の名前は覚える気がない様だった。京介さんに「また来ます。」と言って。

私たちは神楽所本家に戻ることにした。私は帰ってから尊に()()を渡そうと、こっそり心に決めて。

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