おまけ③
夏休み最終日。明日からの二学期に向けて、俺は部屋で準備をしていた。
この夏休みは色々あり過ぎたせいか、いつになくあっという間だった。それでも二学期が始まればすぐ文化祭があるし、学校に行けばそれはそれでまた慌ただしくなるだろう。尊も生徒会長の業務が忙しくなるだろうから、なるべく手伝いに行きたい。
だけど。
「学校やだなあ。」
とこの前珍しく弱気になっていた七が気になっていた。
元々友達のいない奴なので学校生活がそこまで楽しいわけではなかっただろうが。というか、あの狭い教室の中で誰とも会話せずにどうやって生きているんだろうか。今度観察してみよう。
家の事で大注目を浴びた上で今年の夏祭りをいきなり踊ったとなれば、二学期からも間違いなく学校一の注目の的だろう。
だけど学校では二学期から葛七から神楽所七になるための変更手続きが済んでいるらしいし、神楽所家の人間になったとなれば周りも直接突っ掛かってくることは無くなる筈だ。多分。少なくとも一学期末のように囲まれたりはないと思う。そういえばあれはなんであんな囲まれてたんだ?
まあ、ともあれ。
差し当たって心配なのは、通学かもしれない。今後ももちろん七の身の安全の為に学校への通学路は松戸さんの車に乗っていくことになる。俺も尊も小学生くらいから(記憶が不確かだが幼稚園からだったかもしれない)あの車で送迎されていたし、俺はいつも二学年上の尊が先導してくれていたからそこまで気にした事はなかったが。七があの車から公衆の面前で降りるのは勇気がいるのかもしれない。
一学期のたった一ヶ月の間だって、他の生徒に見られたくなくて勝手に歩いて帰ろうとしていたくらいなのだから。それ故に分家に襲われかけたのだから、どんなに目立とうとも絶対に送迎は必要なのだ。だからと言ってその為に毎日遅刻して通学時間をズラすわけにもいくまい。
夜は氏神様に身体を貸していてどうせ朝早く起きれないだろうし、(現に最近は毎日昼前まで起きてこない。)尊と一緒の時間に通学するのは無理だろうから、明日くらいは待って一緒に行ってやろうか。そう思っていると、
「臨、いる…?」
部屋の外から、七の声がした。
「どうしたの?」
廊下まで出ると、七が泣きそうな顔を立っていた。
「ど、どうした⁉︎」
学校が泣く程嫌なのか⁉︎と思ったが、七はそのまま流れる様な動作で、
土下座をした。これ程までにない、床に頭を擦りつけた完璧な土下座だった。
「課題移させてください…。」
「は?」
「課題、移させてください…。」
七はぼそぼそともう一度言った。これがこの地域の神様の器とは思えない、なんとも情けない姿だった。
「やってなかったの?」
「…この間みんなでやったじゃん。それで、終わった気になってた…。」
「…。ちょっと待って。あの時確かにやってたけれど、明け方前に途中でやめてたよね。」
「…はい。」
「そこから、やってないの?」
「…はい。」
「…。」
ということは、課題の1/3も終わってないんじゃないのか…?
「今日、夏休み最終日だよ。」
「移させてくださいっ!」
七の土下座は止まるところを知らなかった。
別に移させてあげてもいいんだが。
俺が勉強会(本当は氏神様を起こさせないという別の意図があったものだけれど)に誘った時には散々拒否して、尊の名前を出してようやく捕まえたのに、こんな時だけ頼ってくるのはなんだか釈然としない。
「そういえば不良になるんじゃなかったんだっけ?」
「うっ…。」
「だから、もう課題はやらなくていいって言ってなかったっけ?」
「勘弁してください…。」
「どうしようかなー。」
「お願いします…。ぼっちは課題やってなくて目立つとか一番困るんです…。」
多分どうにかした方がいいのは課題じゃなくてぼっちの方だと思うんだが。
とりあえずこんなに下手に出る七は面白かった。三日はこれで弄れるレベルに。
「わかったよ。移させてあげる。」
ぱあ、と明るい顔をあげた七は、けれど俺の顔を見て顔を引きつらせる。
「な、何が目的でしょうか…?」
タダでは見せてもらえないということを悟ったのだろう。
もちろんその通りだ。俺は七を見下ろしたままに、
「七、明日から学校での七の苗字は何になるの?」
「…か、神楽所でございます…。」
「そうだよね。明日からは七は神楽所の一員として学校に行くんだよね?」
「…仰る通りでございます。」
「なら、明日から喧嘩は禁止。」
「私、喧嘩なんかできないよ?」
真顔でそう言われた。椅子で窓ガラス割ったりする女がどの口で言うのか。
「ぼっちは喧嘩なんかしないんだよ?」
相手がいないから、と続ける。
いや、そういう事じゃなくて。何だその悲しすぎる理由は。
「そういう事じゃなくて、神楽所の人間として、品位ある行動を取れって言ってるんだよ。」
「それは臨や尊みたいになれってこと?無理じゃない?」
それは無理だと思うけれど、と自分でも失礼だと思う前置きをして。
「そこまでは言わないけれど、無駄に喧嘩腰になったりしないで、トラブルを起こさない様になるべく穏便に済ませって言ってるんだよ。」
俺はガキ大将のお母さんか、と自分でツッコミを入れたくなるような説教内容だった。それか凶暴な猛獣に躾している気分。
「私、もともとこんなに温厚なのに…。」
「課題いらないの?」
「う、嘘です。沸点が低くてすみません、明日から気をつけます。」
「ほら、じゃあ貸してあげるから入りなよ。」
「ありがとうございます!」
ははー、とわざとらしく頭を下げる七に、本当にわかっているか心配にはなりつつも。
「だけど、この量移しているだけでも明日になっちゃうって。俺も手伝ってあげるから、尊も呼ぼう。」
「それはダメ!」
いきなり七が大きな声を出した。
「な、なんで…。」
「だって、だって…。」
七は今日一番の涙目で、
「尊に呆れられたくないんだもん!まだ課題終わってないって言ったら、あの優しい顔で「七、課題はきちんと終わらせないとダメでしょう?」って怒られるもん!」
今のはまさか尊の真似だろうか?全く似ていなさ過ぎて二度とやらないでほしい。
「…わかった。じゃあ内緒にしといてあげるから。」
「ほ、ほんと?」
「本当。とりあえずお茶入れてくるから先にやってな。」
「うう、ありがとう…。」
一人課題を始めた七を置いて、部屋を出る。
二人でやったら夕方には終わるだろうが、夏休み最終日をこんなくだらないことに費やすのはごめんなので、さっさと終わらせよう。俺は尊の部屋に向かった。
次回から3章始めます。
とりあえずワンピースは最高でした。




