第二話
6月末日。
事件があってから数日。元々狭いものだった学校での居場所を完全に無くしてしまった私は、昼休みの教室に居場所があるはずもなく、やっとの思いで探した誰も来ない校舎裏で祖母の作ったお弁当を一人食べていた。
元々薄弱な人間関係のため、この状況に全く傷ついていないと言えば嘘にはなるが、逆に清々したと言っても強がりにしか聞こえないだろうか。元々1人が好きな性分のため、こうして1人きりでラノベでも読みながら誰にも気を使わず過ごす時間は悪いものではない。
「おい。」
ひっくり返るかと思った。
突然かかった声に、ではなく声をかけて来た人物に驚いた。
細身の長身に、いかにも女子受けしそうな整った顔つき。小さい顔に大きめの目が神楽所尊を思わせる。似ていて当然だ。
神楽所臨―神楽所尊の従姉弟。
神楽所分家の御子息で、神楽所本家―つまり神楽所尊と同じ家に住んでいると前にクラスの女子が騒いでいた。神楽所尊に負けず劣らずの目鼻立ちの整った顔立ちに、一学期の中間試験で学年一位だったとか。
家柄も含めて完璧とも言える神楽所家系は、もはやクラスだけでなく学校全体からアイドルとか、もっと言えばアニメのキャラか何かのように持て囃されている。
ともあれその神楽所臨と私は同じクラスだが、今日に至るまで会話という会話をした事もなく、名家神楽所の御子息が家庭内傷害事件の加害者(被害者でもあるけど)家族に話しかけるという、センセーショナルな現場が校舎裏で繰り広げられてしまった。
これが少女漫画であれば、ひっそりと健気にも校舎裏で1人身を潜めて昼食を取るヒロインに優しく声をかける所だろうが、
「聞いてんの?」
いきなり喧嘩腰にそう言われた。片眉を上げて、いかにも不快と言った表情で。
別にそんな少女漫画展開を期待はしていたわけではなかったが、喧嘩を売られる筋合いもないので、
「なんか用?」
と凄み返してしまう。ついこういう所でいらない喧嘩を買い叩いてしまう所に、育ちの悪さが出てしまっていると思う。我ながらガラが悪い。
とは言え、まさか本当にデートのお誘いとは思えないし。どうせ、神楽所臨が学級長をやっているから伝達事項か何かだろうと思っていた。せいぜいタイマンのお誘いがあっていいところだろう。
「放課後、ちょっと付き合ってもらうから。」
「は?」
お誘いとかでもなく、決定事項だった。天下の神楽所家は下々の人間にお伺いをたてる事などしないという意思表示のつもりだろうか。神か何かなのだろうか。
とはいえ仮にタイマンだったとしても、まさか本当に誘われるとは思っておらず固まった私に、断る間も与えずに神楽所臨は踵を返して戻って行ってしまった。
「…なんなの。」
一人残された後に呟くが、返事をしてくれる人もおらず。
まあ、ばっくれてしまえばいいか…。
そう思って、引き留めようと出しかけた手を引っ込めた。
が、放課後。
誰よりも早く教室を出て昇降口を通過した私を、黒塗りの車が待ち構えていた。ミニチュアダックスフンドかよとツッコミを入れたくなる長い車体に目を取られていると、
「葛七様ですね」
車から出てきた初老の男性に声をかけられた。
得体の知れない高級車から出てきた品の良さそうなおじさんが自分の名前を知っているという恐怖は、人生で中々経験できる恐怖ではないと思う。身売りされると思い咄嗟に、
「違います」
と嘘をついた私に、
「嘘つくなよ」
「うわぁ」
後ろから追いかけてきたのであろう神楽所臨に呆れた顔でバラされた。
「乗って」
有無を言わさず(その上顎で指示してきやがった)神楽所臨に、すかさず初老の男性はその長い車体の扉を恭しく開けた。
「いや、乗らないって…」
断ろうした時、昇降口の方から笑い声が聞こえてきた。
帰りに早さに定評のある我が校期待の帰宅部組(私はそのホープと言っても過言ではない)が、その早さを競うかのように下校をしようとしているのだ。その子達が校舎を出て、学校に不釣り合いなこの高級車に目を向きかけ、
「…!」
思わず車に乗り込んでしまった。
だって、ただでさえ目立っている私が更に神楽所の人間と学校前で揉めているところなど目撃されれば、村八分どころの騒ぎでは済まないだろう。私はともかく、妹と祖母の身を案じれば絶対に避けなければならない事態だ。
ともあれ。
私を乗せてしまった車は気付いたら神楽所臨を助手席に乗せ、発進してしまっていた。私だって行き先のわからない黒塗りの高級車などには乗りたくなかったが、仕方ない。
行き先はどうせ、あそこだろう。
私の通う学校は山の上にあるのだが、その麓にある、歩いたってものの10分で着いてしまう大きな大きな神社―神楽所神社。