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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第二章
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最終話

その日の夜。俺は誠さんに連れられて、神楽殿に来ていた。

この前と同じ様に、分家達に囲まれた真白い頭をした七がー氏神様が、そこにはいた。「二人きりで話がしたい」と言った氏神様の命令で、誠さんや分家の人たちは今はここにはいない。


「この爆弾小娘が。やはり撃ちおったか。」

「七が拳銃を持っていたの、知ってたんですか。」

「当然じゃ。これはワシの身体でもあるのじゃぞ。」

「というか、アイツいつの間にあんなものを…。」

「灰の事務所で、壺の下に隠してあるのを見つけたんじゃよ。」


七が割った、織衛組の会長のお気に入りとかいうあの壺だろうか。


「じゃあ、七が壺を倒したのって、」

「ああ。壺を割るためではのうて、拳銃を回収するためじゃな。」


普通そんなもの見つけて触ろうと、ましてや盗み出そうとか思わないだろ。相変わらず手段を選ばない奴だ。


「なるべく穏便に済まそうとしていたワシの計らいを台無しにしおって。本当に、こんな荒ぶった巫女の器は前代未聞じゃ。」

「すみません…。」


いや待て、どうして俺が謝らなければならないのだ。

氏神様は大きくため息をついてから、


「まあ、撃たれた彼奴も無事みたいじゃから、今回は不問にしてやる。」

「あの分家、無事だったんですか?」

「ああ。あの後織衛組に保護されて、命に別状はない。」

「よかった…。」


七が人殺しにならなくて。まあそうなったら神楽所なら全力で揉み消すだろうけれど。それでも、やっぱりいくら犯人とはいえ、死ぬのは後味が悪い。


「彼奴の今後の処分もワシが下しておいた。悪い様にはせんよ。」

「春ちゃんを、誘拐した奴なのにですか…?」


俺が安心したのはあくまで七が殺していなかったという点だけだ。例え七に撃たれたとしても、春ちゃんを誘拐した罪が免罪符になるわけではない。


「彼奴もワシの大事な氏子ー子供みたいなものじゃ。許してやってくれ。」

「許す…。」


はっきり言って無理だ。誘拐というだけでも、十分悪行なのに。春ちゃんや七に危害を加えようとしたという身内贔屓を引いても、到底許される行為ではない。


「見方が変われば、立場が変われば善悪など簡単に逆転するものじゃよ。全て見えているワシは、全ての氏子の味方でいなければならないのじゃ。」

「…。」


灰が言っていた言葉が頭を過る。

『博愛主義なこって。そういうの欺瞞って言うんだぜ。』

氏神様が言おうとしていることは、理屈はわかる。けれどやはり俺にもそれは、欺瞞にすら思えた。だったら過激でも、自分にとって害のあるものを徹底的に排除しようとする七の方が、よほど人間らしくて納得できる。巫女の器と氏神様では、同じ身体を共有しているのに随分と対照的な二人だ。


「臨にもいずれ、わかる日が来るよ。」


諭す様に、七がしない表情で、氏神様は俺の頭を撫でた。


「…。」


七の身体に子供扱いされているのがなんだか癪だった。


「まあ、後はワシに任せておれば大丈夫じゃ。」

「だけど、またもしあの分家が七や春ちゃんを狙ったら…。」

「だからワシには全てが見えていると、何度言わせるのじゃ。ワシがいる限り、もうそんな事にはさせんさ。絶対に未然に防いでやる。」

「…。」


納得しかけて、


「ん?だけど、今回は拐われたじゃないですか。」


未然に防げると言うのであれば、今回だって同じく防げた筈じゃないか。尤もな意見を言ったつもりだったが、氏神様は眉を顰めた。


「たわけが。誰のせいだと思っておるのじゃ。」

「え?」

「誘拐された前の晩、ワシを起こさない様に妨害したのはどこの誰じゃ。ワシが起きられなかったせいで、見ることができず、止められなかったんじゃぞ。」






「本当に、ごめん!」

「いや、いいって…。」


頭を下げた俺を見下ろす七が、困った顔をする。

氏神様と話した翌日。七は昨日の疲れと、さらにその晩に氏神様に身体を貸した疲れで、夕方まで起きてこなかった。夕食前にやっと起きてきた七を連れて、俺たちは神社に来ていた。夕刻で参拝客はおらず、境内のベンチに座っている。


「俺のせいで、春ちゃんと七を危険な目に合わせた。」


七の身を守るために神化させない様に動いたつもりが、そのせいで氏神様の目覚めを妨げ神託を聞けず、七と春ちゃんの身を危険に晒してしまったというのだから、自分でも目も当てられない。


「本当にごめん。」

「そ、そんなに謝られても。その…、私のためにやってくれたんでしょ?」

「でも、俺が余計なことをしたせいで…。」

「うーん…。そ、それで言えば、私も氏神様とやらの計らいに余計なことしちゃって犯人に怪我させたんだし!」


七がフォローする様に言うが、


「あと私もめちゃくちゃ怒られたし…。」


自分で言い出して自分で落ち込んでいた。結局あの事件の後、七が銃発をしたことが隼おじ様にバレてこってりと絞られていた。それを思い出しているのか、身を震わせている。余程隼おじ様が怖かった様だ。怒られている時に半泣きになっていた程度には。


「いやあ、本当は顎から頭ぶち抜いてやろうと思ってたんだけれどさ。臨と春の目の前で、流石にまずいかなって思って。やらなくてよかったあ。」


笑いながら言っているが、言っている内容がとんでもなかった。氏神様が爆弾小娘と評す意味もわからなくない。いやだけど、そもそもその状況を招いたのは俺自身で…。


「はあ…。」

「そ、そんなに落ち込まないでよ。あんたにあんまり謝られると気持ち悪いわ。」

「…ごめん。」

「ええ…。」


落ち込むなと言われても、到底無理な話だった。七が隣で困った顔をしている。謝っている身分なのに気も使われて申し訳ないが…。


「でもその氏神様にこれからも身体を貸していれば、もう危険な目には合わないんでしょ?」

「それは…。」


七の言葉に詰まった。それは結局、七は器としてこれからも利用されるということで、七を巫女としてー神楽所の人柱として扱っているようで。


「騙されたこと、怒ってないのか?」

「…春を見捨てようとしたことは、怒ってるけれどね。でも、もうしないって約束してくれたし。」


事件の後に帰宅した俺たちを誠さんとお婆様に迎えられ、勝手に灰と組んで春ちゃんを助けに行った件で怒られた。けれどそこは七も納得がいかなかった様で、「次に家族を見捨てる様な真似をすれば、その場で自ら巫女の権利を剥奪する。」と啖呵を切って、強引に約束をさせていた。


「そうやっている限りは春もお婆ちゃんも危険な目には合わないでしょ?」

「そうだけれど…、怖くないのか?」


七に氏神様の器であることを伝えた以上、俺が知っていることは全て七に話した。

『自分の命が知らない大人たちに狙われている恐怖に耐えられない。』

お婆様が言っていたことだ。俺自身もそう思う。七のこれからの安寧を奪った事に変わりないのに、


「んん、私がまだあんまりよくわかってないからかもしれないけれど、そこまでじゃないかな。そもそも、私が今こうやって神楽所にいられることが凄い有難いことだし、ノーリスクでそんなうまい話ないって言うか、」


七はけろりとした態度で続ける。


「それに氏神様は氏子を守る神様なんでしょ?それで助かる人がいるなら、悪いことではないじゃない?」

「七がそれでいいなら、いいんだけれど…。」


七に諭される日が来るとは思わなかった。けれど、七の方がずっと大人だ。与えられた環境を受け入れて、だからと言って決して諦めている様にも見えない。

なんだかずっと俺一人が空回っていた様で、恥ずかしくなって来た…。


「それに、」


と七が続けたが、それきり急に黙ってしまった。

続きを促そうと横を見ると、そっぽを向いていて表情は見えなかったが、その横顔は夕陽に照らされて赤くなっていた。


「…。」

「七?」

「そ、それに…私たち、…。」


耳たぶを触ったり、前髪を直したり、そわそわと指を動かしながら、


「か、家族…なんだし…。その、迷惑くらいかけらても、平気…、っていうか…。」

「…。」


一瞬言おうか迷って、


「…ひょっとして、照れてる?」

「ううう煩いわ!」


そう言ってこっちを向いた七の顔が、夕陽に照らされただけじゃない程真っ赤で、思わず俺は笑ってしまった。



神楽所七という女は本当に筆舌に尽くしがたい。ヤクザの事務所から拳銃を盗んできたり、あまつさえそれを発砲したり。たった一ヶ月で踊った演舞で、神楽所の命運を握る様な氏神様の依代になってしまったり。実の家族があんな事になって、今後は依代として自分の身を危険に晒されて。けれど、七はもう『可哀想』な子なんかじゃなかった。家族を殺すために一人で闘っていたあの可哀想な女の子はもういない。変わったんだ。

きっと、演舞を踊ったあの日から。



演舞か…。そう言えば、まだ言ってなかったな。


「七、」

「ん?」


何て言おうか考えているうちに、


「なに?」


続きを催促してこちらを向いた七に向かって、



「ーーーーーーー。」



それを聞いて、一度驚いてから。

「ありがと。」と。

そう笑った七の顔を、俺は一生忘れないと思った。



二章までお付き合いいただきありがとうございました。

読んでいただいている方、評価くださる方本当にありがとうございます。

三章9月辺りに開始予定です。明日からしばらくはおまけを書いて遊ぶ予定なので良ければお付き合いください。


おまけ期間中にワンピースの映画見に行きます。楽しみです。笑


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