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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第二章
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第八話

猛スピードで走る車の中、松戸さんの運転する車では絶対にありえない景色が車内から見える。見えると言うか、速すぎて殆ど残像みたいに流れている。


「ねえ、どこ向かってるの?」

「とりあえず、事務所から離れねぇと。あと神社。本家にバレたら、そっちから追われちまう。」


言わんとしていることは尤もなんだが。

田舎の道路でそこまで車が走っていないとは言え、法定速度をとっくに超えた速度で、強引に信号を超えたり、先を走る車をスレスレに追い抜かしたり、目立って仕方ない。たった数分の間に何度クラクションを鳴らされたことか。それに運転手の髪色のせいで阿呆みたいに目立つ。隠密が向いてなさ過ぎだった。


「分家の家に行ってみれば?」


七が言うが、


「阿呆。分家でそのまま拉致ってるわけねぇだろ。」


それに、と続ける。


「分家だってこの地域にどんだけいると思ってんだ。どいつの指示で拉致ってるかわかんねぇのに、どの家に行くんだ。」

「犯人はわかってないの?」

「わかってたら織衛組が乗り込んでるわ。」

「じゃあなんで、分家が拐ったってわかるの?」


灰は相変わらず荒い運転をしながら、


「ああ?拐ったのに出てきたのが、萬場組(まんばぐみ)のやつだったからだよ。」

「萬場組?」


七は首を傾げているが、俺は知っている。準おじ様から聞いたことがある。

織衛組の敵対勢力で、この地域で最も権力のある神楽所本家と深い繋がりがある織衛組より優位になることが出来ないため、二番手に甘んじている弱小組だとか。


「本家嫌いな分家と、気が合いそうだろ。」

「じゃあ分家は、萬場組と手を組んで…。」

「ああ。巫女様を、本家を引き摺り下ろして神楽所を乗っ取った暁には、さぞいい思いができるんだろうよ。」

「最低だな。」

「じゃあ、その萬場組に行けば…!」

「馬鹿がよ。それこそあいつらの思うツボだろうが。」


さっきから阿保とか馬鹿とか言われて、七がキレかけている。


「もうじゃあどこに行けばいいの⁉︎」

「とりあえず、めぼしい場所を回るしかねぇだろうな。」

「…。」


そんな悠長なことを言ってられる状況ではない。こうしている間にも春ちゃんの無事はどんどん危うくなっていく。

七は両手で顔を覆い、顔を項垂れさせる。祈るように。


もし、七が氏神様になれば。


そんな考えが過ぎる。

お婆様は言っていた。過激派のそれすらも、信仰心だと。氏神様は言っていた。信じ祈るという行為はー信仰は心を捧げることだと。ならきっと氏神様なら全てわかるだろう。春ちゃんの居場所もわかり、春ちゃんを助けられる。

だけど、それには七に全てを伝えないといけない。それに、七を神化させたらそれこそ分家の奴らの思うツボなんじゃないか?そうやって七が出てくるのを、奴らは待っているのだから。


考えているうちに着いたのは、町から離れた山奥だった。

奥に古びたプレハブ小屋があって、灰がその扉を強引に開けて、中に押し入る。

けれど、


「ハズレだ。」


中には誰もいない。何となくわかっていた。

多分、こんなことをしてもキリがないことを。こうしているだけじゃダメなことを。


「じゃあ、早く次の場所に…。」

「七、」


車に乗ろうとする七の腕を掴む。


「何?早く次の場所に行かないと…。」

「…。」


焦る七に、言い淀む。

言っていいのだろうか。

神化させれば七を余計に危険に晒すことになるかもしれない。いや、違う。俺が嫌なんだ。巫女の力を当てにしているのは七を蔑ろにしているようで。あの神様に頭を垂れる分家の連中と同じように、七を器として見ているようで。七を氏神様から引き離したかったはずなのに、結局その力に頼るのが、自分で許せなくて。

だけど、言わなければ春ちゃんが…。

目の前の七が自分の危険と春ちゃんの危険のどっちを優先するかなんか、わかり切っている。今の七の顔を見れば。

言おうとして口を開きかけて、思わぬところから横槍が飛んできた。


「巫女様の神託とやらでどうにか何ねぇの?」

「は、」

はあ⁈


灰が言ってしまった。


「お前が言うのかよ⁉︎」

「あ?だめだった?」

「当たり前だろ!」

「いやでも、俺もう色々言っちゃてるし。巫女様も解放しちゃってるし、もういいだろ。」


いっそ面倒くさそうですらあった。いい加減過ぎる。


「それとこれとじゃ話の次元が違うって…。お婆様に消されるぞ。」


まあ俺も言おうとしていたんけれど。例えお婆様の言いつけを破り、神楽所に居られなくなったとしても。灰にその覚悟はなかったようで、


「まじかよ…。やば、忘れてくれ。」


と言って引き下がる七ではなく。


「なんの話?」


灰に詰め寄る。


「春を助ける方法があるの?」

「いや…、それは…。」

「ねえ、あるの?」

「……。」


数秒沈黙してから、ちらりと俺の方を見て。


「言ってもいいかな?」

「…。」


俺は呆れて何も言えなかった。


「もう、なに!春を助けられるなら言って!」


痺れを切らした七が怒鳴るような声で灰の襟を掴む。目にいっぱい涙を貯めて、声は震えている。

そうだ。考えるような余地はなかった。七にこんな顔をさせたいわけじゃない。

灰を掴む手を離させ、七を自分に向かせる。


「七が神楽所神社の神様だって言ったら信じられる?」


我ながら、唐突過ぎて伝わるわけがないと思った。

神楽所に来たばかりの七が、というか普通の人間がそんな事を言われても、こんな時に冗談を言うなと怒られて当然だった。だけど、


「うん、信じる。」


…え?


「し、信じる?」

「うん。信じる。」


七は躊躇いもなく強く頷いた。


「臨がこんな時に嘘をつくとは思えないし、」


それに、と続ける。


「それに。私、夏祭りの時に…。」


それきり、七は黙ってしまった。何か考え込んでいる様な、何かを思い出そうとしている様な。


「おい。」


横にいる灰が、俺にこそりと耳打ちしてきた。


「お前言ってよかったのかよ。」

「仕方ないだろ、春ちゃんを助けるためなんだから。」

「春ちゃんねぇ。俺には巫女様のために見えたけど。」

「は?春ちゃんのためも七のためも変わらないだろ。」

「…そうかい。婆様にバレても、俺のせいにはするなよ。」

「何言ってんだ。もうとっくに連帯責任だろ、巫女様を連れ出した誘拐犯。」

「やっぱそういう事になっちまうよなぁ。ほんと勘弁してくれよ…。」

「ねえ、あのさ…。」


思考の彼方から帰ってきた七が、思い詰めたように言う。


「私が神様だとして、それで、どうしたらいいの?」


しばらくの沈黙、


「…え?」


声を上げたのは灰だ。


「俺知らないけど…、臨わかる?」

「いや、俺も詳しくは…。お婆様も教えてくれなかったし…。七は何かわかんないの?」


七はしばらく考えた後、


「…演舞。」


と呟いた。


「おいおい、今から神社に行くのは無理だぞ。」

「演舞の時に、何かあったの?」

「うん…。」


七は何かを思い出そうと頭を抱えるが、


「でも、あんまりちゃんと覚えていなくって…。」

「…その後の事は?」

「その後って?」


やっぱり七は寝ている間に氏神様になっている記憶はない。つまり意識がないうちに神様が起きているのは間違い筈なんだ。けれど昼寝をしていた間には起きなかったり、不確定要素が多いが…。


もしかしたらだけど。と前置きをして、


「眠っていれば神様と交代できるんじゃないかな…。」


とりあえずそれしか心当たりがない。やってみるしかない。


「で、でも。今寝ろって言われてっも…。」

「確かに…。」


今眠れと言われたって、どう考えたってそんな心理状況じゃないだろう。


「寝ないにしろ、一時的に意識を飛ばすとか…。」


とりあえずは言ってみたが、そんなこと簡単にできるはずもなかった。人間が意識を飛ばすのは、結構大変なことだ。漫画みたいに、高頸部を叩いて失神させるみたいに簡単にはできない。


「ああ、なら、」


そう言いながら、灰が車のダッシュボードから何かを取り出した。流れるような動きで手元が見えないまま、間髪入れずに七にその何かを押し付け、


「んぎゃっ」


猫が潰れた時の様な声を上げてから、七が一度身体を跳ねさせて、その場に卒倒した。


「な、七⁉︎何してんだよ⁉︎」

「え?気絶したかったんだろ?」


灰が手に持っていたそれは、バリバリと聞いた事のない音をさせながら、謎の発光を見せている。見るからに非合法な何かだった。


「な、何だよそれ⁉︎」

「スタンガン。ちょっと改造してる強めのやつ。」

「なんでそんなもん持ち歩いてんだよ⁉︎」

「おっかない組のお兄さんだからな、これくらいは当然よ。」


何故かしたり顔をされたが、こいつは自分がしたことをわかっているのだろうか。神楽所の巫女に暴行を働いたなど、誘拐どころの騒ぎではない。除名処分で済むか、本当に灰の方が本家に消されないか心配だった。

というより、


「七!」


卒倒したまま地面に伏せっていた七を起こそうとして、それより先に、目の前をとんでもない速さで身体が起き上がっていった。そのまま俺を通り過ぎて、目の前の灰を目掛けて跳んでいった。


「うおあっ!」


灰は慌ててガードしたが、その勢いでよろける。傘立てを後ろから投げつけられても、傘で後頭部を殴られても、一撃も当てられなかった灰に。少ししてから、七が灰に飛び蹴りを喰らわしたと理解が追いつく。いや。


これは七じゃない。


灰に跳び蹴りを飛ばして、そのままバランスを崩すことなくその場に立ってみせた目の前の女は、髪色を真っ白にさせていた。


「おい、この身体はワシの身体でもあるのだぞ。あまり手荒な真似はしてくれるなよ。」


氏神様が、目を覚ましていた。


「ま、まじかよ…。」


真っ白な頭をした七を灰は凝視する。

無理もないだろう、神を降ろした七は、髪の色を差し引いても常人のそれではない。肌に触れる圧が違う。多分、神楽所の人間にはそれが顕著にわかるのだと思う。俺が、そうなように。


「む?お前、神楽所の男か。」


灰を見て、七の身体は眉を潜める。


「神楽所の人間がよくもまあ、ワシの身体に。」


詰め寄る氏神様に、灰も俺も冷や汗を流す。

神楽所の神様に粗相をしたなど、どんな罰が下るのか想像すら恐ろしい。

しかし、怒りだすと思っていた氏神様は意外にも笑い出した。


「ふはは、気に入った。長らく生きているが、スタンガンを当てられたのは初めてじゃ。お主、やるではないか。」

「ど、どうも…。」


背中をバシバシと叩く氏神様に、灰は顔を引きつらせている。

困惑が勝っているようだ。当然だけれど、目の前の人間が神様といわれてそうそう対応できるもんでもない。

それにこの間見た七は高級な着物に扇子の小道具まで持って、いかにも神様として君臨しているようだったが、今のラフなTシャツとデニムの姿に白髪だと違和感が半端ではない。


「し、しかし、いい蹴りでしたけど…、神様ってのは格闘技でもやってるんですか?」

「んん?ああ、ワシは別に武道は嗜んではいないよ。嗜んでいるのはお前達じゃろう。」

「?」


なにを言っているのか分からず、首を傾げる俺たちに、氏神様こそ首を傾げる。


「そうか、知らんのか。」


氏神様は呆れたような顔をして、


「神楽所の人間は、相変わらずよのう。」


と肩を竦める。


「まあ、その話は後じゃ。とりあえず、向かうぞ。」

「ど、どこに?」

「たわけが。お前達は何のためにワシを起こしたんじゃ。この身体の妹のところに決まっておる。」

「じゃあ、わかるんですか?」

「前に言ったろう。ワシは、なんでもわかると。」


それを聞いて、安心した。七もスタンガンを押し付けられた甲斐もあっただろう。これで春ちゃんを助けられる。

氏神様が指定したのは、ここからすぐ近くの場所だった。


「ワシは神楽所の信仰者の全てが見える。

「全てが見えるという事はその全てを知っていて、理解しているということじゃ。それは習得しているという事と同意義じゃ。

「今のワシには、この地域にいる全ての人間と同じだけ同じことができるというわけじゃ。それは例えば喧嘩の技も、勉強も、料理の腕も、どんな仕事もワシになら何でもできる。

「どうじゃ、すごい力じゃろう?まあじゃからと言って、この身体のスペックが上がるわけではないのじゃから、やれる事に制限はあるがのう。

「だから神楽所の人間は、この力を欲する。欲して、利用しとうてたまらない。かつて神楽所はこの力を利用し、他者を利用しこの地域で絶対的な権力を手に入れた。つまりは、この力さえあれば全てを覆せる。この力さえあれば、本家も分家もひっくり返せる。

「全てを理解し、全てを習得するこの力は、そういう力なんじゃよ。」


灰が運転する車の中で、氏神様はそう言った。つまり今の七にはー氏神様には全てが見えている。春ちゃんを誘拐した奴らも、その目的も、その場所も。


ちなみに氏神様は自ら後部座席に乗り、そのシートを目一杯使って横になっている。なので俺は助手席に移動した。膝枕を要求されたが、丁重にお断りさせていただいた。


「はは、すっげーなその力。テストとか完璧じゃん。」


灰は七の説明を聞いて、間の抜けた事を言った。


「小学生かよ、そんな規模の話じゃないだろ。この地域の全部がわかるってことは…。」

「そう、ワシの力は利用しようとすれば使い道にキリはない。じゃからこそ神楽所はこの力をなるべく隠そうとし、守ろうとしとる。」


誠さんやお婆様達が俺に隠そうとする理由がよくわかった。


「でもよ、それ俺たちにそんなベラベラ喋っちゃっていいのか?」


灰は最初こそ敬語で話していたが、途中から飽きたのか普通に話しだす。お婆様の前でもそういう奴なのだ。今更神様の前だろうと変われる筈もなかったが。


「おい、失礼だろ。」

「構わんよ、言葉など何でも良い。灰がワシに忠義を尽くしてくれる奴という事もわかっておる。」


男というのは、言葉にするのが苦手な生き物だからのう。と楽しそうに笑う。

そして、ワシには全てわかるから、と続け、


「わかるからこそ、隠す必要がない。隠しても、隠さなくてもどちらでも構わんのじゃから。誰かがどんな情報を得てどんな策略を巡らした所で、ワシを出し抜く事はできんのじゃから。ワシはワシの気の思うままに行動するだけよ。」


なるほど、強者の考え方だ。絶対的な力の前には、何の衒いも憂いもいらない。


「それにお前達は信頼に値する。言ったろう?ワシにはお前たちの信仰心がわかると。お前達の信仰心はざっと53万じゃな。」

「スカウターかよ⁉︎」


なんで神様がドラゴン○ールなんか知ってるんだよ⁉︎

いや、全てわかるというのだから、知っていて当然なのか。氏子の信仰心も趣味も嗜好も、いや思考その物が全て筒抜け…。


「そう考えると男としては恥ずかしいな。性癖までバレバレかよ。」

「安心せい、ワシはそういう事を口外する程不粋な神ではない。それに、男の趣味など何百年も見て来て知り尽くしておる。今更灰がそんな趣味でも驚いたりせんよ。」

「やめてくんない、俺の性癖を特殊扱いすんの⁉︎」


灰の趣向が余程特殊だったのかはさておき(俺は知りたくない)、車は氏神様が指定した場所についた。山の中にポツリと忘れられたように建てられた、廃ビルだった。三人で車を降りて、


「今更だけどよ、神様も一緒に連れてって大丈夫か?」

「…。」


確かに。それは俺も懸念していた。もし氏神様を逆に人質に取られれば…。

それに万が一氏神様に何かあれば、それは七の身体も無事では済まないだろう。たとえ格闘術を心得えていたとしても、ただの女子高生の身体には違いない。


「案ずるな。」


氏神様は言った。七ではない表情で、俺たちを安心させるように。


「お前達の信ずる神として、お前達のことは必ずワシが守ってやる。」


えっへん。と、効果音が聞こえてくるほど、胸を張って。


「いや…、俺たちより神様の方が心配なんだけど…。」

「たわけが。信者を大事にしない神などおらぬ。」


その割にはあの夜の分家の事は結構雑に扱っていたような気がするけれど…。


「心配せんでも、この身体に傷一つ付けるような真似もさせん。信者の教育など、ワシにかかれば赤子の手を捻るより容易いわ。」

「ほんとに頼んますよ…?」


俺の命がかかってるんで、と続ける灰に、


「ワシに任せよ。必ず全員守ってやるわ。」


神に誓ってのう。と神ジョークを入れ、七の身体はー氏神様は俺たちを引き連れ、大胆にも観音開きのビルの扉を両手で勢いよく開けようとして、


ガン、


と突っ掛かった。

鍵がかかっていた。当然だった。


「…。」

「…。」

「…。」


凄いデジャブだった。

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