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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第二章
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第六話

駐車場を走っている七を目掛けて、一台の車が突っ込んできた。


「七!」

「!」


先を走っている七に手は届かず。

『巫女の力を奪えなくとも、強引に剥奪させて本家を引き摺り下ろそうという過激派もたくさんいる。』

お婆様の言葉が脳裏を過ぎった。


轢かれる。


と思ったが、車は七の目の前で急ブレーキで止まった。

車を避けようとして、つんのめっていた七に駆け寄る。


「だ、大丈夫か⁉︎」

「…平気、」


多分春ちゃんの事で心ここにあらずの状態の七は、あまり状況を理解していないまま、ふらふらと立ち上がる。


「危ないだろ!」


運転手に文句の一つでも言おうとして、しかし車から降りて来た人物に驚いた。見知った人間ー神楽所家の分家で、鈍い銀灰色の髪をしている男だった。


「灰、」


神楽所灰。神楽所家が懇意にしている織衛組で隼おじ様の手伝いをしている、神楽所分家の男だ。


まさか、七の命を狙って来たのか…?


普段は軽口の多い男だが、高校時代にはここら一帯では名を馳せた札付きのやばい奴だったとか、かなり腕の立つ武道派とか、神楽所の中で色々噂を聞いた事がある。

いや、それ以前に。灰がもし本家の敵なのだとしたら、そうなれば、織衛組も、準おじ様も…?そんな相手に、対抗できるだけの力なんか…。


七の前に出るが、到底歯が立つ気がしない。

せめて七だけでも逃さないと。七に逃げろ、と言おうとして。


「二人とも早く乗れ。」


と、灰は珍しく神妙な顔で言った。


「ど、どういう事だよ…。」

「いいから、話は後だ。あっちは狙われるかもしんねぇから、早く乗れ。」


あっち、と松戸さんの車を指す。

じゃあ灰は七を連れ去りにきたわけではなく、


「頭首様に言われて保護しに来た。」


…良かった。

しかし、灰がお婆様に言われてここに来たという事は、きっと春ちゃんは分家に…。


「七、乗ろう。」

「それより、春を助けに行かないと!」


この件が神楽所の中で起きている話であれば、このまま灰に付いて行った方が良い。七の身も、きっと守ってくれる。けれど、それを説明するには、色々と言わなければならないことが多過ぎる。

俺が言い淀んでいると、


「わかってる。それも大丈夫だ。」

「ほ、本当?」

「ああ。」


灰に言われ、七は安心した顔をした。詳しく聞かずとも神楽所家とその後ろ盾の組が動いているとなれば、心強いのだろう。後部座を開けられ、七と一緒に車に乗り込む。

灰も運転席に乗り、車が発進した。迷いなく進んでいく車に七が、


「どこに向かってるの…?」

「とりあえず、うちの事務所に向かう。」

「な、何で?今すぐ探しに行ってよ!」

「…色々、説明することがあるんだよ。大丈夫だから、大人しく乗ってろ。」

「…。」


七は納得しきってはいない様だったが。それでも、乗った車の方向を変えることはできない。とりあえず、渋々了承したようだった。


それにしても、なんか変だ。非常時とは言え、灰がこんなにも神妙な感じは。いつもはもっと、お婆様のいる親族会でもふざけた事を言うような奴だし、いつも飄々として、こんなに身に詰まった感じは初めて見た。

それほど、春ちゃんは危険な状態なのだろうか…。


法定速度ギリギリ(いや、アウトな気がする)スピードで、車は町の中を走る。十分程度車を走らせた後、ある建物の前で車は止まった。古びたビルが何個か立ち並ぶ町の外れだ。

灰に連れられ建物の3階まで暗い階段を上がると、広い事務室が出てきた。中には誰もいない。窓側に幾つかの事務机が並んでいて、反対側には高そうなソファとローテーブルが置いてある。


「その辺座っとけ。」


灰に言われるまま、七と俺はソファに座る。所々に高級そうなツボとか掛け軸とか置いてあって、なんていうか、テレビでよく見るヤクザの事務所だ。


ガチャン

ガチャン

ガチャン


と。扉から、幾重にも渡り鍵を閉められる音がした。


「か、灰…?」


部屋の内側から鍵を閉めたのは灰で。


「あー、分家の奴らに嗅ぎつけられると困るだろ。」


と。それはわからなくもないが。やっぱり、何か変だ。

七はしかしそれどころではないようで、


「ねえ、早く説明でも何でもして、春を助けに行ってよ!」


灰はようやく鍵から手を離して、俺たちに向き直り、


「悪い。」


と言った。


「何が…、」

「お前達は、もう外には出さない。」


と。


「な、何言ってんの⁉︎」


七が立ち上がり、灰に近づいていく。


「こんな所にいる場合じゃないんだよ!早く春を助けにいかないと…!」

「無理だ。」

「じゃあ、勝手に行く!」

「それもダメだ。」


七は今までで一番怒った顔をして、頭一つ分高い灰の胸ぐらを掴んだ。


「ふざけんな!」


しかし灰がその手を掴んだ、と思ったと同時に、七は床に膝をつかされていた。


「えっ…、」


何が起きたかわからないのは七も同じで、ペタンと床に座り込んだまま、困惑している様だ。


「っとに、噂通りの女だな。」


灰は言いながら座り込んだ七の横を通り過ぎ、部屋の端にあった簡易キッチンに向かい呑気にもお湯を沸かし始める。


「お、おい…。どういうことだよ。」


後ろ姿に投げかけるが、灰は答えない。


「灰。お前、」


まさか、俺たち騙されたのか?


「まさか…。」


春ちゃんも、灰が…。


「わかったよ。あんたが、春を拐ったんだね。」


言ったのは、七だった。

灰は、それでも何も言わない。


「その沈黙は、肯定として受け取るよ。」

「…。」


七は立ち上がって、丁度手元に置いてあった、傘立てを持ち上げた。中に入っていた数本の傘が、床にまき散る。そして後ろ姿の灰に、キッチンで火を使っている灰に向かって。

それをぶん投げた。


ステンレス出来た傘立ては大きさはあるがそう重くなく、七の力でも凄い勢いで灰を目掛けて飛んで行った。


「危な」


い。と言おうとして、けれど、灰は後ろ向いたまま。飛んできた傘立てを素手で受け止めた。


「ちっ。」


七はそれを見て舌打ちした。

当たりどころが悪ければ死んでいるかもしれないのに、恐ろしい奴だった。

灰もその認識は同じみたいで、


「っとに、神楽所の女は本当におっかねぇな。」


と、受け取った傘立てをその辺に転がす。

その間に七は動き出していて、落ちた傘を持って、灰の後頭部にフルスイングを決め、しかしやっぱり片手で止められた。七の方を見ないままに。


「くそっ…!」


傘を握られてしまい、それを取り返そうとしているが、力の差は歴然だった。七の方が、傘ごと持ち上げられてしまうのではないかと思うほど、軽々と傘を奪われてしまった。

力の差だけじゃない。喧嘩の技術としても、多分噂以上にこの男が強いのだ。

七も灰に直接攻撃しても歯が立たないことに気づいたのだろう、灰から離れた。


それから窓側の事務机に近づいて、窓を開けようとして。


「ば、馬鹿!三階から飛び降りる気か⁉︎」


俺が止めようとしたが、


「鍵がない…。」


窓には鍵がなく、開け口がなかった。

とりあえず七が飛び降りる心配はなくなって一安心したが、それで止まる女ではなかった。七は近くの事務机の椅子を持ち上げ、


「ちょっと待…。」


俺が止める前に、その椅子を窓ガラスに叩きつけた。


ガンッ


と激しい音を鳴らし、けれど。


「何で⁉︎」


窓ガラスは割れなかった。


「ここは暴力団の事務所だぞー。防弾ガラスに決まってんだろ。」


どこの国の常識だそれは。

けれど七は諦めず、もう一度窓に叩きつけ、やはり窓ガラスには傷ひとつとして付かない。

それでも、今度は閉められた扉に向かって椅子を叩きつけるが、それもびくともしない。幾重にも閉められた施錠ですら、何度打付けても壊れることもない。


完全に袋小路だった。


「くそっ…!」


それでも七は諦めず、椅子を叩きつけている。


「往生際の悪い姉ちゃんだな。」


それをいつの間にお湯が沸いたのか、茶飲みを啜りながら灰が眺めていた。


「俺たちを、どうするつもりだよ…。」

「聞いたって、お前たちにはどうにも出来ねぇよ。」

「お前も、七の力を狙ってんのかよ。」

「…。」


やれやれとでも言いたげに、肩をすくめる。


「見損なったよ。お前はふざけた奴だけれど、もう少しまともだと思ってた。」

「おー、好きに身損なえや。」


怒りが湧いているのは、七だけじゃなくて、俺も一緒だった。


「お前!お婆様の前で同じ事言えん、のか…。」


声を荒げながら、気づいた。


「臨!」


七も気付いたようで、俺は急いでポケットからスマホを出して、七に投げた。受け取り、七が電話をかける。絶対に灰にスマホを奪わせないように、灰に向き直る。が、


「かけたって無駄だぞー。」


と。灰は七を止める気はないようだった。

七は電話に耳をつけているが、全く話し始める気配がない。


「どういう事だよ…。」

「本家の奴らなら、誰も電話に出ないぞ。」

「…まさか本家にも、」


もうそこまで手が伸びているのか…⁉︎


「尊に、」


七が怒気を込めた声を出した。腹の底から、地獄の入り口から聞こえてきたみたいな声で、


「尊にまで何かしてたら、ぶっ殺す。」


錯覚だろうか。窓ガラスが揺れた気がした。

それほどまでに。もしかしたら、氏神様を前にした時より、気圧された。


灰はその七に、何を思ったのか。

徐に降参のポーズをした。


「わかったわかった。言うって。違ぇんだよ。頭首様のご命令だ。」


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