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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第二章
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第五話

昼過ぎまで寝ていた七が起きてから、結局その日も夕方に分家の親戚達が来た。

一度事実を知ってしまうと、親戚たちの七を見る目のーその好奇な目に、気が気ではなかった。

例によって連れ回され終わって、そして夕食後、俺たちは集まっていた。


「…本当にやるの?」

「ああ。するよ、」


嫌そうな七を座らせる。その横に座り、嫌がる七に無理やり広げさせた。


「勉強。」


机の上に、溜まった課題を。


「嫌だー。私期末の後から演舞の練習で授業何にも聞いてなかったし、もう何もわかんないんだって。」

「よかったな、ここに学年一位が二人いて。」


尊も向かいの席に座っている。

七はぼそぼそと、


「…もう、私は不良として生きていくから。課題はやらなくていいんだ…。」

「留年するつもりか。」

「…えーん。」

「嘘泣きするな。」


キャラが崩壊している。どんだけ勉強嫌なんだよ。


「七、私も教えてあげるからまとめてやってしまいましょう?」

「…尊が言うなら。」


尊も連れて来て正解だった。…誤解を解くのが大変だったが。

俺だけだったらさっさと逃げられて部屋に帰りかねない。


「今日は課題が終わるまで寝れないと思いなよ。」


つまり、今夜はここで三人でいることで七を寝かせない、神様を起こさせない作戦だ。昼間は何故神様が起きなかったのかはわからないが、多分睡眠自体は神様を起こす事に関係している様に思う。もしかすれば夜に眠る事がいけないのかもしれないと言うのが今のところ俺の考えだ。

七をなるべく神様として覚醒させず、巫女の力を使わせない。そうすればとりあえずはこの力が周囲に露見することも、及ぼす影響も減らすことは出来るだろう。あくまで対処療法でしかないが、そうすれば七に及ぶ危険も減ると思う。希望的観測ではあるが。

課題を理由に終わるまで帰さなければ、今日一日は夜寝かさず済むだろう。こんな方法では二日も保たないだろうが、とりあえずの手段だ。いざとなれば強行してでも神楽所から引き離し、清さんの家に帰すつもりでいる。


「とりあえず、何が残ってんの?」

「えー、現国の問題集、数学のワーク集、英文小説の読解とその感想文、化学のプリント、あと芸術の提出用の絵一枚。」

「よくわかったよ。何もやってないんだな。」


よし、これなら一晩持ちそうだ。というか、少しはやっておけ。


「とりあえず自分でやりなよ。わかんない所あったら、教えてあげるから。」

「わかったよ…。」


渋々七が課題に取りかかり始めたのを見て、とりあえず俺も自分の課題を進める。七と違って計画的に進めていたので、もう殆ど終わっているが。尊も自分の受験勉強をしていて、七を神化させないための方法だったが、意外と生産性のある時間になっていた。

七も嫌々だったが、始めれば黙々と進めているし。


あっという間に三時間くらい経って、十二時近くなっていた。


「ちょっと休憩するか?」

「うーん、あとちょっと…。」


意外だ。絶対休憩したがると思ったのに。そういえば演舞の時も自分から根をあげることはなかったし、意外と集中力のある奴なのかもしれなかった。


「わかった。俺ちょっと珈琲でも入れてくるよ。」

「私も行きましょうか?」

「大丈夫。」


七を一人にして眠られると困るので、尊には見張り番をしてもらった方が良い。それに、家の中の様子を見たかったのもあった。一人で部屋を出て、いつもの食堂の隣のキッチンへ向かう。親戚たちがどこで寝泊りしているのかはわからないが、静まり返った家の中は特に普段と変わりない。七がいないことで誠さんや親戚たちが騒ぎになっているかもしれないと思ったが、大丈夫そうだ。

珈琲を入れて部屋の帰り道、


「!」


廊下から見えた神楽殿に、また明かりが灯っているのが見えた。行きの時は点いていなかった。

…まさか。

急いで居間に行くと、中から騒ぎ声が聞こえて来た。

まさか、神化したのか?


「七!」


襖を開けると、


「な、何…?」

「どうしたんですか、そんなに慌てて。」


驚いた顔の七と尊がいた。さっきと変わらぬ状態で、いつもの七だ。


「いや…、なんか、騒がしかったから。何かあったのかと思って。」

「煩かったですか?」

「ごめん、盛り上がっちゃった…。」


ただ二人が話していただけだったらしい。驚かせるなよ。

女子が集まると大体クラスでも大きな声で盛り上がっているが、尊のそんな所見たこともなくて、想像もできないから、何事かと思ってしまった。それでいうと、教室にいる七もこんな風に楽しそうに盛り上がっているのは見たことがない。そもそも友達と話しているのも見たことない。


「なんの話してたの?」

「あのねー、」

「な、七。内緒って言ったでしょう?」


こんな風に慌てる尊も珍しい。七と尊は再従姉妹というか、姉妹みたいだ。普通の家族みたいな。

…そうだ、尊だって七だって。巫女なんか関係なく、こんな風に仲良くなっている。俺だってそうだった筈だ。巫女とか、氏神様とか関係なく。俺自身で、七が家族だと思った。それでいい筈だ。


未だに仲良さそうに話している二人に、俺も話に混ざろうとして、座ろうとして、大きな足音が聞こえて来た。襖を大きな音をさせて開けて、


「七ちゃんはいるかい⁉︎」


誠さんが入って来た。


「お父様、どうされたんですか…?」


その剣幕に尊が吃驚した声を出し、七も驚いている。

やっぱり来たか…。

誠さんは七を見つけ、「いた。」と、一瞬安心した顔をした後、


「こんなところで何してるんだい!」


責め立てる様な声に、七は困惑しながら、


「勉強を教えてもらってて…。」

「そ、そうか…。」


驚いている七と尊を見て、少し冷静になったようだった。それでも、


「子供は夜更かしせずに、もう寝なさい。」


解散させようとしている誠さんに、


「折角の夏休みなんだから、もう少しやっていきます。」

「臨…。」


誠さんは俺の存在に気付いて、それから俺の思惑に気づいたのだろう、歯噛みする。


「勉強は、昼間やればいいだろう。」

「昼間は親族の挨拶で忙しいじゃないですか。」

「そ、そうだが…。何も今やらなくても…。」

「何言ってるんですか、神楽所家の一員として、空き時間に勉学に励むのは当然のことじゃないですか。」


笑顔で押し通すと、


「…。」


誠さんは押し黙った。


「ふ、二人とも…?」


不穏な空気を察したのか、困惑した尊が仲裁しようとして、


「…そうだな。いやあ、こんな時間まで勉強なんて立派だ。三人とも、頑張りなさい。」


と、捲し立てて。誠さんは逃げるように去っていった。尊はその後姿を困った顔で見ながら、


「ど、どうしたんですか?」

「なんでもないよ。勉強続けよう。」


わけもわからないだろう尊を宥め、座り直す。隣の七は俺にこそりと、


「遅めの反抗期か?」


と、生暖かい目で見られた。

ぶっ飛ばしたかった。





結局日付が変わって明け方まで続き、最後はみんな集中力もなくなって、なんとなく駄弁っているうちに朝が来た。起き続きでお腹も空いたのでそのまま朝食をとって、各自部屋に戻って寝た。部屋に戻る前に、親戚達が諦めて帰ったのを確認して。


起きたのは、十二時過ぎだった。


とりあえず七の様子を見に行こうかと渡り廊下の方へ向かうと、ちょうど七が起きて来ていた。


「おはよ。」

「んー。」


ちゃんと黒髪でいつも七だ。どうやら、今日の作戦は成功したようだ。

相変わらず眠そうだが、今日のは俺のせいなので、


「もう少し寝てれば?」

「うーん、ちょっと行きたいところがあって。」

「行きたいところ?」


清さんのところだろうか。七は眠そうな目を擦りながら、


「ううん、本屋。」





いかんせん俺たちが住むのは田舎のため、町に本屋はそう多くない。家からも遠く、歩いたら一時間はかかってしまうので、松戸さんに車を出してもらって俺たちは本屋にいた。


「っていうか、なんで臨まで…。」

「いいだろ、丁度買いたい本があったんだよ。」


七が器として狙われている身である以上、一人で行かせるわけにもいかず、一緒に着いてきた。思ったが、もしかしてこれから先ずっとこうしていかないといけないのだろうか。確かに尊の近くにはずっといたが、小さい頃から当たり前のように一緒だったから意識したこともなかったが、人が変わればそれも別の話だろう。

とんでもない大役を押し付けられたことに気づいて途方にくれる俺に、


「ったく、学校の子に見られたらどうすんの。」


と七はぶつぶつと文句を言っている。人の気も知らないで。


「いいだろ別に。家族なんだから。」

「…。」


不貞腐れたのか、急に黙ってしまった。お父さんと一緒に買い物に来た思春期の娘みたいな奴だな。という冗談は、七には言わない方が良いだろうが。

そのまま一人でずいずいと進んでしまい、後を付いていく。


「何探してんの?」

「…つ、着いてくんな。」


だから、一人にするわけにいかないんだからしょうがないじゃないか。

言ってやりたかったが、そういうわけにもいかず。とりあえず無視して付いてくと、七が立ち寄ったのは意外にも参考書が並ぶコーナーだった。てっきり、漫画でも買うのかと思っていたが。昨日の勉強会で勉学に目覚めたんだろうか。

七はしばらくその辺りをうろうろしてから、赤本のある本棚の前で止まった。


「それ、東京の学校だよ?」


七が手に取ろうとした本は、東京の有名な私立大だった。


「わ、まだいたの⁉︎」


あっち行っててと強引に追い出され、仕方なく遠目で見ていると、さっき見ていた本棚から数冊手にとって、レジに向かって行った。あと途中でしっかり漫画も買っていった。

俺も参考書と小説を何冊か買って、


「赤本なんか何で買ったの?」

「教えない。」


駐車場に止まっている松戸さんの車に向かおうと二人で本屋を出た。

すると、俺のスマホが鳴った。画面には、遥さんからの着信が表示されている。


「はい。」


出ると、


「臨!そこに七ちゃんはいる⁉︎」

「七なら、隣に…。」


なんだろうか。珍しい遥さんが荒げる声に、嫌な予感がした。

私?と首を傾げる七にスマホを渡すと、遥さんの荒らげた声が、七越しに俺にも聞こえて来た。


「七ちゃん、落ち着いて聞いて。春ちゃんが、拐われたの!」

「え、」


あまりの衝撃に固まった俺とは対照的に、七は松戸さんの車に向かって走り出していた。

俺も急いで追いかけようとして。けれど、


「七!」

「!」


駐車場の中に、七を目掛けて、一台の車が突っ込んできた。

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