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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第二章
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第四話

そういえば昨晩は俺も寝ていないので、気づいたら七と一緒にテーブルに突っ伏して寝てしまっていた。


「臨、」


誰かに起こされて、目を覚ました先にいた人物に目を疑った。


「おば、お婆様⁉︎」


目の前に突然と現れた神楽所家頭首に腰を抜かすと、


「失礼な子だね、人を幽霊みたいに。」

「申し訳ありません…。」


けれど、お婆様を見てこの態度をしてしまうのは仕方のないことだ。なんせ同じ家に住んでいても会うことは年に一度か二度程度で、こんななんでもない日に、しかもこんな、家のその辺にいる様な人ではないのだから。


「少し話しがしたい。ついて来なさい。」

「はい。」


お婆様の言うことに、返答を考える余地はない。二つ返事をしてから、横にいる七に気づいた。やはり疲れが溜まっているのか、さっきの俺の声にも起きずまだ寝ている。


「心配せんでも、今は氏神様は降りてこない。」


言われて、気づいた。寝ている間に神様が目を覚ましていると思っていたが、そういえば今は神様が起きて来ない。寝ている事が必ずしも発生条件ではないのだろうか?そうか、お婆様は元神楽所の巫女なのだ。神様とやらについて、きっと詳しく知っているはずだ。

それに、昨日その神様が言っていた事も、確かめなければならなかった。


『薫の本当の子供はのう、誠なんじゃよ。』

『尊は本物の巫女のふりをさせられて来たんじゃよ。』


お婆様なら、全てを知っている。




連れてかれたのは、神楽殿だった。前までなら尊と演舞を練習した場所、昨日までなら七が演舞を練習していた場所として、追想にふける様な場所だったが。そういえば、あの後色々あったせいで七に演舞の感想も言えていなかった。けれど上書きされてしまったみたいに、今は昨日のことしか思い出せない。

昨日ちょうど七の身体が座っていた場所にお婆様が座り、その向かいに座らされた。


「誠から聞いた。昨日、ここで見たんだね。」

「はい。」


そのことで色々と聞きたい事も言いたい事もあり、何から言おうかと息巻いていたが、


「ならお前はこれから、七を守りなさい。」


先手を打たれる様に言われた。


「…どういう意味ですか?」

「神楽所の巫女の力は知っただろう。これから先、七はずっとその器として目をつけられる。」

「神楽所の分家に、ですか?」


お婆様は、「違う。」と首を振る。


「この地域の、全ての人間からだ。」

「…。」

「今はごく少数の人間しかこの事は知らないけんどね、万が一にも外に情報が漏れるような事があれば、神楽所七はこの地域で本当に神様として扱われちまうんだよ。良い意味でも、悪い意味でも。」


ついこの間まで、一介の高校生だった七が神様になるなんて、馬鹿げた冗談のようだった。


「本当に…、神様が降りてくるなんて、ありえるんですか?」

「臨も、その目で見たんだろう。そこに疑いようがあったか?」

「…。」


否定はできなかった。疑いようなど、微塵もなかった。


「氏神、と言うのは何なんですか?…誰なんですか?」

「氏神というのは、氏名の神。元々は神楽所家の神様だった。だけんど、その力で神楽所の権力が大きくなり、神社が大きくなった頃からこの地域に影響を与え始め、今ではこの地域の神様として崇められて来ている。」


その氏神を、七は身に宿しているのか。


「巫女の力は、どんな善行にも使えるし、どんな悪行にも使える。言い出したらキリがない。それはわかるね?」

「はい。」


それは、氏神様とやらも言っていた。全てを知っていて、全てをわかっていれば、それがどういう意味か。


「あの力があったから、神楽所はこの地域でここまでの権力を得れた。裏でも表でも、あの力があったからこそ。」

「…だから、偽ってまで誠さんと遥さんを入れ替えたんですか。」


言われて、お婆様は怒ると思ったが、意外にも笑った。獰猛に。


「そのおかげで、神楽所は今も続いているだろう。」


背筋が凍った。その愚行を、愚行と思ってもいない事もだが。

神楽所薫という人間そのものに恐怖を感じた。


「巫女の器を欲す人間は山ほどいるという事だ。七が一度不審者に襲われた話は知っているね。」


七が演舞を踊る前にそういう事があったのは知っているが、その時は単に変質者の類だと思っていた。


「まさかそれも…。」

「だから、臨が目を張っていなさい。」


七の力は、そこまで七自身を危険に晒すものなのか。そこまで、その力はこの地域で影響を及ぼすのか。


「そう深く考えるな。尊にしていたことを、七にすれば良いのだから。」


俺は小さい頃、ずっと誠さんや遥さんから尊の傍にいるように言われて来た。それは、両親と一緒に居れることが少ない尊に寂しい思いをさせないような心遣いなのだと思っていたが…。俺すらも、お婆様の嘘にずっと巻き込まれていたというのか。

そうだ、この人は。神楽所薫という人間は、危険に晒される必要のない尊までを、自分の孫を、今までずっと危険に晒して来た。


「尊も七のことも、そんな目に合わせてまで、巫女にしなければならないのですか…?」

「そうだ。」


即答され、迷いもなく言われて、流石に頭に血が上った。


「そんなに…、そんなに神様にこだわるなら、お婆様がずっと巫女の器をしていたら良かったじゃないですか!」


けれどお婆様はその熱量に取り合わず、淡々と、応える。


「なれないのさ。私の身には、もう神様は降りない。」

「どうして…。」

「氏神様が降りるには、神楽所家の女系の、手入らずでなければならない。」

「手入らず?」


聞き慣れない言葉に聞き返すと、


「生娘、という意味だ。」

「きむ…⁉︎」


思ってもみない単語に思わず反復しそうになり、寸でで止まる。


「だから神楽所の巫女は結婚と同時にその権利を剥奪され、それと同時に女系を継承し続けることを強要されて来た。」


氏神様は言っていた。

『何百年経っても進歩がない』と。

つまりそんな事が、ずっとこの家で引き継がれ続けて来たのか。そんな途方もない継承を。

尚更、七が勝手に背負わされた重みに反吐が出る。


「どうして、それを七に言わないんですか!それを知っていれば七は演舞は踊らなかったかもしれないのに!」

「七は、それでも踊ったろうに。」


あの子は、そういう子だろう。と、


「だから、私はあの子の演舞を認めたのさ。」


確かに、七がこの話を仮に先に聞いたとしても。尊の嘘に乗って、七ならもしかして踊ったかもしれない。

けれど説明責任も果たしていないのに、そんな言い訳があってたまるか。


「俺は、七に言いますよ。」

「ならない。」

「どうして隠そうとするのですか⁉︎」

「巫女の動揺は余計な混乱を招く。巫女であるうちは、器であるうちは、何も知らせん。今までずっとそうだったように。」

「…。」


納得できなかった。俺は止められてでも言うつもりだった。だがお婆様はそれを見越して、


「これは七の身を案じて言っている。言えば必ず、七の精神に負担をかけることになる。」


卑怯な手だ。そこを人質に取るのは。

けれど、七なら。


「七なら、きっとそれでも…。」

「自分の命が知らない大人たちに常に狙われてもいてもか。」

「…何を、」

「神楽所の分家には、巫女の力を奪えなくとも、強引に剥奪させて本家を引き摺り下ろそうという過激派もたくさんいる。」

「そ、んな…。」

「ただの子供に、その恐怖は耐えられんよ。」


神楽所の中に、そんな危険な奴らがいるなんて。巫女を崇めて、神託を聞ければ、それで良いんじゃないのかよ。罰当たりにも、神社の家系が神様を貶めようなんて。


「それすらも、信仰心なのさ。」


そんなの、おかしいだろ。

七はこれからそんな環境に身を置かなければならないのか。尊は、ずっとその環境に身を置いていたのか。


「七はもう十六だ。このまま神楽所家にいればほんの数年で見合い話がくる。その間だけだ。」

「時間の問題じゃないでしょう…。」


けれど今までそうやって、何百年も。神楽所の巫女たちは危険な目に遭いながらも、神様を繋いできて。そして、俺たちの生活はその上で成り立っている。それが一番吐き気がした。お婆様を否定すればする程、自分自身を否定しているようで。

この事実だけは絶対にひっくり返せない。


「…わかりました。七には、言いません。だけど、もう少し教えてください。氏神様について、巫女の器について。」

「…これ以上、何も言うことはできない。」

「…。」


ふざけている。何も言えず、何も言わず、だけど享受しろなんて。受け入れろなんて。

なら、だったら。


「…わかりました。」


お婆様とこれ以上話していても、もう何も教えてくれないのはわかった。

なら俺も、勝手にするだけだ。七はもう、巫女の器として完成してしまっている。ならば神様からなるべく引き離す。俺にできる手で。

神楽殿を出ようとして、


「最後に一つ、いいですか。」


扉を開ける前に。お婆様に背を向けたまま、


「尊のこと、どう思ってるんですか。」


巫女の器として、危険な目に合わせ続けて来た尊に対して。自分の孫に対して。お婆様は一度黙ってから、


「…申し訳なく思っている。産まれてからずっと、顔向けもできないほどに。」


それを聞いて、何も言えず、拳の収めどころもわからず。


「失礼します。」


それだけ言って、神楽殿を出た。






さっきの部屋に戻ると、未だに眠っている七と、その隣に尊が座って参考書を読んでいた。入って来た俺に、シーッと指を口に当てるジェスチャーをして、


「七、寝ちゃってるんです。」


七は尊が掛けたであろうタオルケットを羽織っていた。二人の顔を見て、罪悪感が過る。

尊はそんな俺には気づかず、七の顔を見て、ふふっと笑う。


「珍しいですね。」

「…ああ。あんまりうちで、居間で寝る人いないからね。」

「そうではなくて。七って警戒心が強いので、こうやって人前で寝るのは珍しいなって。」

「ああ…。」


言われてみれば確かに、喧嘩っ早いくせにそういう所は無駄に神経質な気がする。本当に凶暴な野生動物みたいな奴だ。

…事実を知れば、きっと今よりも、七は周囲に気を許す事が出来なくなるだろう。


「…そのまま、もう少し寝かせておいてあげて。」


俺が言うと、尊が驚いた顔で、


「臨がそんなに素直なんて、珍しいですね。」


俺は、お婆様にー神楽所家に対抗する手段を考えていた。今まで危険な目に遭ってきた巫女を、今更どうすることもできない。だけど、目の前の七ならまだ救える。まだ、守れる。

七を神様から引き離すために。




「ああ、今夜は寝かせないから。」




「………、はい?」


目を瞬かせ固まる尊に、


…しまった。ワードチョイスを間違えた。



とりあえず、すかさず眠る七をガードしようとする尊の誤解を解く羽目になった。

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