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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第二章
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第三話

「おい臨よ、今日はお前が部屋まで送れ。」


結局あの後、氏神様とやらにそう命令され、仕方ない部屋まで送った。誠さんたちに恨めしそうに見送られて。


「老いぼれにエスコートされてばかりでは、この身体にも申し訳ないのじゃ。」


部屋まで送っている最中にそう言ったが、どうだろうか。随分あの親戚たちに対して冷徹に思えたが、自分が部屋まで付いてこられるのが嫌なだけなのではないだろうか。

未だに七の部屋がこの渡り廊下の先なのは七の希望たっての事だが(洗面台とトイレが付いていて便利だかららしい)、けれど今はこの長い廊下が恨めしい。一刻も早く、七がちゃんと元に戻るのか確かめたかった。けれど、


「神楽所の巫女に誑かされてくれるなよ。」


と言い残し、七の身体は七の部屋に一人で入って行こうとする。一緒に入ろうとして、


「たわけ。着替えを覗くつもりか。」


と追い返された。


「心配せずとも、明日の朝になれば元に戻っておる。」


言って、扉を閉められてしまった。それからしばらく部屋の前にいたが、中で何か起きている風でもなく、諦めて部屋に戻った。布団に戻っても、一切眠れなかったけれど。

中々進まない時計を見ながら、やっと朝七時を過ぎて、部屋を出る。

食堂に行ったが、七はまだいない。朝食は七時半だ。いつもギリギリに来る七がいないのは当然だった。

だけどじっと待っていることも出来ず、渡り廊下の前まで行って足踏み状態でいると、


「な、何してんの?」


七が異様なものを見るような顔で渡り廊下の向こうから出てきた。


「七…。」


その顔にこんなに安心する事があるとは思わなかった。髪の毛は元通り黒く、見た限りいつも通りの七だ。

表情は不気味なものでも見るように、


「こんなところで何してんの?」

「…朝食を、食べに行こうと思って。」

「こっちに食堂はないでしょ?」


渡り廊下の先には、現在七がいる部屋くらいしか使っている部屋はない。食堂俺の部屋も当然、こっちにはない。


「…うるさいな。散歩だよ、散歩。」

「はあ?」


意味がわからないと言った様子で首を傾げるが、よかった。この太々しい態度でガラの悪い感じは七に間違いない。本当に元に戻っている。


「なんか、失礼なこと考えてない?」


ぶん殴るよ。と、続ける七を適当にあしらい、食堂に連れて行く。道中、


「なあ、昨日の夜のこと、覚えてる?」

「何、真面目な顔して。昨日?」


何かあったっけ?と首を傾げる。やっぱり、覚えていないのか。

七が寝ている間に神様とやらは目を覚まし、そして七が起きたら記憶は無くなっている。最近七がやたらと寝不足なのも、身体の方が勝手に夜更かしをしているからだ。七の方で記憶がなければ、ただ眠りが浅いだけに思ってしまうだろう。


「なんでもない。」

「何その気になる引っ張りかた。最後までちゃんと言いなよ。」

「…。」


そうだ、七に隠す必要はない。七だって、知らないうちに勝手に身体を使われている方が嫌だろうし、言ってあげた方が…。

とりあえず廊下で話す話でもないから食堂に入ると、


「おはよう二人とも。」


俺がいない間に来ていたであろう、尊が座っていた。

『不出来な器』

あいつが言っていた言葉が、頭を掠める。尊にだって、説明しなければならないだろう。例え知りたく無い事実だったとしても。


「おはよ。」

「おはよう、尊。」


相変わらず七は尊の横に駆けていく。仲良く話始める二人に、尊と七に、神楽所本家の娘と養子、不出来な器と巫女の器に、複雑な気持ちを抱かない筈もなく、食事は味がしなかった。



朝食後、尊は勉強のために自室に戻った。俺と七はする事もなく、なんともなくテレビのある居間にいた。この部屋もこの家の大人たちが滅多に立ち入らない部屋で、最近は尊と七とここにいることが多い。

本当であれば一緒に尊も連れてきて、昨日の話をしたかったのだが…。受験生の尊に今色々言って、動揺させるのが気が引けるのも間違いなかった。尊は完璧超人として扱われているが、そう強いわけではない。と思っている。

家庭環境に蟠りがあることをずっと気にしているし、完璧主義が故に自らを追い込みやすい気質がある。悩みを他人に打ち明けられるタイプではないし、周囲から必要以上に偶像の様に崇拝されがちな事も尊を追い詰める要因の一つだろう。俺も含めて。


「尊ってさ、」


七が、徐に呟いた。考えを読まれたかと思って心臓が止まるかと思った。


「大学、どこ行くのかな。」


全然関係ない話で安心した。

そうだ、そんなわけないのに。今目の前にいるのは、ただの七だ。


「さあ、具体的に聞いたことないけれど。地元の国公立じゃないか?頑張ればここからも通えるし。」

「ふうん。」


神楽所家の本家の娘として、当然の様にここに残ると思っていたが。確かに、どこに行きたいのだろうか。まあ尊の学力ならどこにでもいけるだろうけれど。


「他人の心配より、自分の課題終わってるのか?」

「私は子供かって。…全然終わってないけれど。」

「おい。」


俺たちの通う学校はこの辺りでは進学校だから、それなりに休み中も課題が多い。と言っても田舎にそんなに高校の数があるわけもなく、バカ校か進学校かでざっくりと分けられているだけで、偏差値で言えば結構まちまちだ。頭の出来が凄く良い奴もいれば、そこまで勉学に勤しんでいない奴もいる。

ただし神楽所として生きていく以上、七も今後それなりの学力を求められるだろう。


「そう言えば七って、期末どれくらいなの?」

「学年一位に言うのなんかやだー。」


七はそう言って、テーブルに突っ伏す。


「別に馬鹿にしたりしないよ。哀れに思うくらいで。」

「絶対言わない。」

「冗談だって。」


そこまで言うのだから、余程悪いのかと思っていたが、


「えーと、クラスで三位くらいだったかな?」

「そんなに頭いいのか?」


てっきり下から数えた方が早い順位が出てくると思っていた。


「はあ?失礼な奴だな。って言っても、学年で言えば二十番とかだよ。」

「いや、まあ、そうだろうけれど。」


思ったより勉強はできるらしい。


「結構真面目に授業受けてるんだな。」

「友達いないから、授業聞いていないと困るんだよ。」


言わせんな!と、思ってたより悲しい理由だった。七はテーブルに突っ伏したまま、


「あー、学校やだなあ。」


ぼそり、と珍しく弱々しげに言った。神楽所家頭首に殴りかかるのに、同じ学校の生徒は怖いのだろうか。そういえば、一学期最終日に何人かに囲まれていたな。それでも、


「もう色々言ってくるやつはいないと思うよ。」


もう演舞を終え、七は正式に神楽所の人間だ。それまでの過程がどうであれ、家庭がどうであれ、神楽所である以上盾つく者はいないだろう。


「そうだろうけれど…。いやそもそも、誰のせいだと…。」


俺をちらりと見てから、今度は「はあ、」と一度ため息をついて、


「まあ針の筵よりは、腫物扱いの方がましか。」


と諦めたようにまた突っ伏した。まだ高校生活も一学期しか終わってないのに、七の高校生活は随分と難儀なものの様だった。


「てか、あんたこそ。こんなところで私と暇潰してて、友達と遊ばなくていいわけ?私、あんたが夏休み中に尊以外と出かけてるの、見たことないんだけれど。」

「休みの日まで学校の奴らと会うの面倒なんだよ。」


神楽所の人間として、外での付き合いにはかなり気を使っているため、あんまり積極的に会いたいとは思っていない。学校生活が円滑に過ごせれば、それでいい。


「とか言って、本当は友達いないんじゃないのー。私と一緒で。」


にやにやと笑っているが、俺を馬鹿にしているつもりなのだろうか?自虐にしか聞こえないんだが…。可哀想だが、一緒にはされたくないので、トドメのようにスマホを開いてSNSを見せてやる。スマホを受け取った七が、


「うっわ、何これ。」


と。SNSにはクラスメイト、同学年、助っ人をした部活の部員まで様々なメンツの夏休みのお誘いメールが並んでいる。ちなみに尊はこの三倍はお誘いを受けているが、真面目な尊も基本的に学業や神社での手伝いばかりで、遊びに行くことは殆どない。


「誰に友達がいないって?」


言うと、七はイラッとした顔でスマホを押し返してくる。


「いいですねぇ、学校生活華やかで。…てか、こんなにお誘いあって尊としか出かけないって、あんたどんだけ尊のこと好きなのよ。引くわー。」


その返答に、詰まった。


『いつか此奴らみたいに、神楽所の女に口を開いて餌を待つ池の鯉のようになってしまうぞ』


「…ていうか、今年は七の挨拶回りのせいで、」


言い訳しようと見ると、七はテーブルに突っ伏したまま、寝息を立てていた。


「…ここで寝るなよ。」


尊も俺も−というよりこの家の人間が自室以外で寛ぐことはあまりない。こういう場面を見ると、そもそも育ってきた環境が違うということを再確認する。だからと言って七が特別変だと思うわけではない。むしろ普通の家庭なら、リビングで寛ぐのは当たり前のことだろう。俺たちがおかしいんだ。


けれど、七がこの家に来た時に同じ場面に遭遇したとして、同じことを思えただろうか。


七と過ごし始めて、七に対する感情が変わってきているのは否定しない。今は当たり前みたいに、自分でも驚くほどに家族として、受け入れている。


『神楽所の巫女に誑かされてくれるなよ。』


この感情は本当に俺のものだろうか。


「くそ…。」


眠る七に対するこの感情が、『神楽所の巫女』に誑かされていないという自信は、持てなかった。


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