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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第二章
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第一話

俺たちの家に正式に新しい家人が来て、早くも一週間が経とうとしている。

新しく入った家人を紹介するために、ここ一週間毎日神楽所の人間が何人も家に出入りしていた。七が練習中は分家の人間を家にあげないとは言っていたが、そもそもこんなに本家に人間が出入りすることが珍しい。親族達は挨拶の後にそのまま本家に泊まって行くのだが、そんなに七の本家入りは大々的なものなのだろうか。

受験生の尊に差し支えがなければいいのだが。まさか本家の娘が神楽所の親戚へ挨拶に出て行かないわけにもいかず、尊と俺もその度に時間を割かれていた。夏休みも半ばに差し掛かろうというのに、あの祭り以後、夏休みを謳歌した記憶がない。


「あ、臨。おはよう。」


後ろから声をかけてきたのは、まさにその元凶だった。


「眠そうだな。」


目を擦りながら、あくびをしている。神楽所本家の養子になるのだから、もう少ししゃんとしてほしいところだ。


「んー、まあね。」


まあ、知らない家での生活が続いている上に、毎日代わる代わる知らない大人達と顔を合わせて挨拶回りをさせられていれば疲れも出るだろう。

日に日に疲れが見える七を、責める気にはならなかった。


「夜眠れてないのか?」

「そんなことないんだけど、なんか祭りの後から全然寝た気がしなくって…。演舞の練習してた時みたい体が疲れてないから、ぐっすり寝れてないのかな。」

「そんなに練習が気に入ったなら、来年に向けて今からしててもいいんだよ。」


軽口に対して背中に平手打ちが飛んできた。地味に痛い。


「冗談だよ。今日は誰も来ないらしいし、ゆっくりしてろよ。」

「そうしようかな。」


そう言いながら食事処を開けると、既にきちんと支度を済ませた尊が参考書を読みながら座っていた。同じ神楽所本家の娘の筈なのに、隣の女とえらい違いだった。


「おはよう、二人とも。」

「おはよう、尊!」


急に元気になった七が、尊の隣に駆けていき、


「勉強どう?」

「うーん。それなりに、と行った所でしょうか。」

「尊がそれなりなら、私なんか何なのって感じだよ。夏休みの課題全然終わってないし。」

「後で一緒に手伝ってあげますよ。」

「え、本当?でも、尊の勉強の邪魔しちゃ悪いし…。」

「いいんです。七のためですから。」


この調子である。神座祭りの演舞の後、何故か俺を病院まで自転車で走らせた後に神社に戻らせるという奇行を起こした後に。神社の山奥に入って行ったかと思うと、しばらくして目を泣き腫らした七と尊が一緒に降りて来た。それ以来、ずっとこんな感じだ。急に仲良くなっていて気持ち悪い。


「私も尊の手伝いしてあげたいけれど、私なんかの学力じゃ何にもならないしなぁ。何かして欲しい事ない?」

「七がそう言ってくれるだけで、すごく嬉しいですよ。」


お前達は恋人か。女子というのは総じて友達との距離が近いものだが、その域を超えている。姉妹というのはこんな感じなのだろうか。いやそれにしても近い。


「おい、尊にあんまくっつくな。勉強の邪魔になるだろ。」


言うと、七はにんやりと笑って、


「尊、臨が尊取られて嫉妬してる。」

「うるさい。」


決してそう言うわけではない。決して。こいつは何かにつけて俺をシスコン呼ばわりしてくるのが、腹立たしい。今の七も、十二分にシスコンだ。

七と言い争っていると、


「相変わらず賑やかだね。」


と誠さんがやってきた。いつもはここで食事は取らないのに、どうしたんだろうか。


「すみません、騒がしくて。」


七が謝ると、


「いいじゃないか、仲が良くて。」


最近、誠さんは機嫌がいい。元々穏やかな人だが、そうではなく、なんだかずっと嬉しそうだ。


「それより、すまないんだが、今日も来客が来ることになってしまって。」


誠さんは笑顔のまま、


「悪いだけれど、家に居てくれるかな。」


そして今日も、夏休みが潰れることが確定してしまった。流石に七の顔が引きつっていた。




別に理由があったわけじゃない。

その日結局何度目かわからない親戚への挨拶を済ませ、例によって親戚達が泊まっていくという話は聞いたが、しかしいつも通り大人とは別々に夕食を取り、床についてすぐに寝た。

それからふと目が覚めてしまい、水でも飲もうかと食堂に向かっただけだった。

薄暗い廊下に、冷たい木目の床が長く続くこの廊下が子供の頃は怖かったが、今は何とも思わなくなった。もうここに住んで何年目になっただろうか。

けれど、その見慣れた廊下の中から違和感があった。廊下から小さく見える神社の神楽殿の電気が、漏れていた。

祭り前に七が使っていたならともかく、こんな夜中に神楽殿を使う者がいるはずがない。消し忘れか?まさか、朝の冗談を間に受けて本当に練習しているわけでもあるまい。いや、七ならありえるのか…?

念のため確認しようと玄関から出ようとすると、昼間は沢山並んでいた親戚たちの靴がなかった。


「帰ったのか…?」


自分で言って、そんなわけあるかと。寝る前に廊下ですれ違ったし、なんでこんな夜中に帰るんだ。

どうにも嫌な胸騒ぎの様な、得体の知れない不気味なものを感じて、神楽殿に急いだ。階段下までいくと、扉の外に何足も靴が脱いであった。親戚たちは、ここにいるんだ。中には神主が履く下駄もあり、誠さんを含めた何人もがここにいる様だった。


いやでも、こんな夜中にこんなところで何をしてるんだ?


こんな神聖な場所で宴会を開いてるわけないし、長年住んでいて、こんな光景は初めてだった。とりあえず扉を開けようとして。何故かわからないが、見つかったら怒られる様な気がして、こっそりと、扉の隙間から中を覗き込んだ。



中には大人達が座っていて、昼間に挨拶した親族が座っていて、皆上座に向かって頭を下げていた。その奥に称えられるように、君臨する様に、上座に座っている人間がいた。まるで王様、いや、神様に乞うようなその光景は、あまりにも異様で。



奥に座る人間は、上等な着物に、扇子を持ち、高そうな座布団の上で脇息に肘をついている。長い髪の毛が、真っ白だった。身体は気怠げに脇息に身を預ける様にしていて、その顔も、自分に頭を下げる大人達を見て、心底退屈そうな顔をしていた。


その顔に、その女に見覚えがあることに気づくのに、時間はそうかからなかった。

何の冗談だろうか。


「な、七…?」


そこにいたのは、間違いなく七だった。


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