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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第二章
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プロローグ

神楽所七というのは、俺の住む神楽所本家の養子だ。

神楽所神社が夏に執り行う「神座祭り」で、たった一ヶ月の練習期間で奉納演舞を踊ってみせ、つい最近養子入りを決めたばかりではあるが。

七が神楽所家に来たのは七の家の傷害事件ーいや、事故がきっかけではあったが、そもそも俺たちが初めてあったのは五歳の頃だった。

神楽所家は親戚も多く、従兄弟だの再従兄弟だの叔父だの叔母だのに会う事も多かったから俺は何とも思わなかったけれど、尊は違った。神楽所家は女が生まれにくい家系で、年が近い女の親戚が珍しかったのか、随分その子の事を気に入った様だった。

その日一日でその子と仲良くなり、そして尊は、家の事を話してしまう。結果として、大きく傷ついてしまうことになるのだが。

「可哀想」と言われた尊が、演舞を踊りたいと両親に懇願したり、それまで以上に勉強や習い事に勤しんで、まるで自分を痛めつけているみたいに努力し始めた。

尊をそんな風に変えた七の事は毛嫌いしていて、高校になって同じクラスになった時には絶対に近寄らないと決めていた。まあ、友達いないみたいだから、元々俺以外も誰も近づいていなかったけれど…。


友達がいないのも納得な程、その性格は筆舌に尽くしがたい。やることが極端で、この地域で喧嘩を売れば生きていけないと言われる神楽所家の本家の娘の胸ぐらを掴んだり、教室の窓ガラスを椅子で割ったり、神楽所で最も権力を持つ神楽所薫頭首に殴りかかったこともあるらしい。

小柄な体躯の中に住んでいるのは猛獣か何かか。もしかしたら爆弾とかランチャーの方が近いかもしれなかった。


けれど、その凶暴さも、威嚇も、身を守る虚勢なのだったと今になっては思う。

「お兄ちゃんはここのおうちに住んでるの?」

きっかけは、七が神楽所に来て一週間経った頃だ。七の妹が神楽殿に来て、帰りに俺が送って行った時。神楽殿を出てすぐ、七の妹は俺に話しかけてきた。返事をすると、

「お姉ちゃんのこと、お願いします!」

まだ小学生なのにちゃんとしていて、粗暴な姉とは大違いだなと思った。

「お姉ちゃん、まだ一回も泣いてないんです。」

意図がわからず首を傾げると、

「お姉ちゃん。あの、あの日…、見ちゃったのに。家の中で、えっと、私よりずっと傷ついてるはずなのに。…えっと、えっと…」

話しながら泣き出すばかりか、呼吸を浅くする姿に慌てて落ち着かせてから、

「お、お姉ちゃん、お母さんが刺された所、見ちゃったんです。あと、お父さんが、…。でも、春が…。春が泣いてばっかりで、お婆ちゃんも泣いてたのに、お姉ちゃんだけが、ずっと、大丈夫だよっていうばっかりで…。」

正直、返事に困った。

「お姉ちゃん、春が頼ってばっかりだから、きっと泣けないんだと思うんです。だから、ここなら、お姉ちゃん、泣けると思うんです。でもここにはお婆ちゃんも春もいないから、お姉ちゃん、きっと一人で。…だから、お姉ちゃんが泣いたら、傍にいてあげてください。」

こんな小さい子がしゃくり上げなら話す姿は痛々しく、この子も、七も、十分に『可哀想』だったから。傷ついて、それでも演舞を踊ろうと自分を痛めつけるする姿が、尊に被るものがあったから。

それ以来俺は、七を神楽所の家族として、神楽所七として受け入れていた。




けれど、この時七を受け入れずに、演舞からー神楽所から遠ざけていれば良かったと、後になって思う。神楽所七という女が、これからいかに神楽所家を、俺たちを、そして自分自身を掻き乱す事になるのか。それを知っていれば。


夏祭りの一週間後。

場所は、神楽所神社の神楽殿。

大人達に囲まれ、神様の様に崇められ、七はそこにいた。

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