最終話
まだ眠っている春に、行ってくるね。と声をかけて、私は部屋を出た。
尊に言われた通りに、風呂場で身体を清め、渡された巫女服に着替えて。それから言われていた部屋に入ると、奥には薫さんと遥さんが待っていた。
「やっぱり、七ちゃんも神楽所の子なのね。よく似合っているわ。」
「髪を結ってあげるから、こっちに来なさい。」
言われて、二人の前に座る。
遥さんには髪を結われ、髪飾りを乗せてもらい、薫さんには化粧をしてもらう。
「見違えた。」
全ての準備が終わり、薫さんが私を見て言う。
「若い頃の清にそっくりだ。」
「お婆ちゃんに…。」
言って、お婆ちゃんのことを思い、春のことを思い。
「私が本当に、踊っていいんでしょうか…?」
私なんかが。
この演舞に、どんなに最低な対価を要求したかわからない。
この大事な演舞で、私に期待をしてくれて、踊らせてくれて。なのに、私はこんなで…。踊らない方が、良かったのではないのか。
「逃げるな。」
言ったのは、薫さんだ。
逃げるな、と言うのは演舞からだろうか。神楽所からだろうか。
けれど、「違う。」と薫さんは首を振る。
「自分で選んだ道から、逃げるな。」
…そうだ。私は、決めたじゃないか。尊から演舞という道を示された時に、戦うと。だから、私はここにいるんだ。今更逃げるなんて、許されない。
例えそれがどんな結末でも。
私の目を見て、薫さんは何を感じ取ったのだろうか、神棚に行って手を伸ばした。その手には、神楽鈴を持っていた。今までの練習用とは違う、本番にふさわしい、金の鈴があしらわれた神楽鈴。今まで尊が使ってたものだ。
「この神楽鈴は、神社の特別な木から作られた特別なものだ。」
受け取り、重みを感じる。
「これで、神様を起こして来なさい。」
そして、考える間も与えてくれないまま、時間はいよいよ十九時になった。
裏口から作務所に入ると、境内の中が人で賑わっているのが音だけで伝わってくる。
突然、わっ、と一際音が大きくなった。神楽殿の中で控えていた誠さんが、神楽殿を開放したのだろう。神楽殿の中には既に演舞の演奏者が控えている筈で、後は巫女が入って踊るだけだ。
作務所には私と、出る合図をしてくれる遥さんが控えていた。
「緊張している?」
遥さんに聞かれて、
「だ、大丈夫です。」
声がひっくり返ってしまった。全然大丈夫じゃなかった。
途中でとちったら、転んだりなんかしたら、頭が真っ白になって踊れなかったら、…あれ?最初の動きってなんだっけ?
そもそも、私が出て行って、場が白けてしまったらどうしよう。みんな、尊を見に来ているのに。
色々考えてしまい、手も足も震え、けれど演舞の心配をしているうちは、他のことを考えなくて済んだ。今、この裏で何が行われているかを。
「さあ七ちゃん、時間よ。」
「はい。」
作務所を出る瞬間、遥さんが「七ちゃん、」と声をかけた。
「演舞はね、神様を降ろす儀式なの。」
「はい。」
薫さんも言っていた話だ。まさか本当に神様が降りてくるわけではあるまい。けれどそれだけ、この演舞が神聖で、特別なものという事だろう。
「七ちゃんはきっと、神様を降ろすことができるから。だからね、神様の目で全部見てきてね。」
遥さんの伝えたい事はあまりよくわからないけれど、精一杯踊れと、そういうことだろう。
「はい。」
頷くと、背中を押される。
「さあ、ここから先は一人で行くのよ。七ちゃんはこれから神様を身体に宿すからね。道の正中を歩いて、そのまま神楽殿に上がって。」
遥さんに一礼し、作務所を出た。境内を埋め尽くす程の人だが、作務所から神楽殿までの道だけが開けてあり、私が出た瞬間にみんなが一斉にこちらに振り返る。
ザワザワとしていた祭囃子が、一瞬で静まり返った。
躊躇うな。
思って、一歩、踏み出す。
静まった空気の中、参拝客達が巫女が尊でないことにざわめき始める。
「尊ちゃんじゃないよね?」
「いつもの巫女さんじゃないの?」
「誰?」
そんな声が聞こえ、けれど、足は止めない。一歩、一歩と踏み込んでいく。ざわめきが広がる空気を、肌に感じて。それでも、躊躇わない。止まらない。一歩、一歩、と進んで、神楽殿の前にきた。
一段一段、階段を上り、神楽殿に入った。
神楽殿に入った瞬間。緊張が、止まった。それだけ私にとってここが、毎日練習していたここが、安心できる場所になっていたのかもしれなかった。
正面に座り、決められた通り、一礼する。
頭を下げて、けれど、困惑した境内の中は静まり返っていた。当然だろう、知らない女がいきなり演舞を踊り始めるのだから。けれど、覚悟の上だ。誰からも拍手がなくても、誰に批判されても、絶対に最後まで踊ると決めて私はここまで来たのだ。
頭を上げようとして。パラパラと、拍手が聞こえた。聞こえ始めた。顔を上げると、前野さんを始めとするお祭りの関係者や松戸さん、誠さん、遥さんや薫さんだったり、臨だったり。お婆ちゃんと、春だった。
それに釣られる様に、次第に拍手が広がる。
ありがとう、と言うには早い。
踊らなければ。持っていた神楽鈴を構え、しゃん、と鈴がなると同時に、演奏者が音を鳴らし始めた。後は、身体が自然と動いていた。
よかった。最初の動きは忘れてなかった。
そのまま、次から次へと身体は動き、勝手に動いている様で、けれど指先まで神経が行き渡っている様な不思議な感覚だった。
そう、不思議な感覚だった。
踊れば踊るほど、演舞が進むにつれて、よく見える。誰も彼も。観客の一人一人の顔、表情、向こうの向こうまで。こんなに私、視力良かったっけ?
神楽鈴を一振りする度に、一回りする度に、身体を動かす度に、あまりにも見え過ぎて、目の前がチカチカしてきた。見えるのは、観客の顔だけではない。まるで観客の視界を私が見ている様に、私が踊っている映像が、頭に流れてくる。
「いつもの演舞だ。」「新しい巫女さんなのかな。」「尊ちゃんはどうしたんだろう。」「あれ、葛七じゃないの?」「あの事件の娘じゃないのか?」「お姉ちゃん、頑張って。」
みんなの心の声が、思考までが、私の頭に入ってくる様な。私の頭がパンク寸前な程、ありとあらゆる情報が、入ってくる。そして、何度目かの鈴を鳴らした時、神楽殿の上からー私を上から捉えた映像が頭の中に流れてきた。
上から誰かに見られている、と思った瞬間。
それと同時に、視界が真っ暗になった。
あれ、なんだろう。
何してたんだっけ。
そうだ、演舞だ。踊らないと。
いや、体は動いてる。なのに、頭だけは別のところにいるみたいな…。
真っ暗な世界の中に、映画のフィルムの様な、場面場面がコマ送りになった様な、そんな映像が流れ始める。
それは、この地域に生まれてた女性の人生。
それは、この地域に生まれた男性の人生。
それは、この地域に生まれたばかりの赤ん坊の人生。
それは、この地域に祀られた神社の家に産まれた女の子の人生。
それは、この地域に生まれ、結婚して子供を持ったが、夫に暴力を振られ、それでも家族のためを信じて耐えた母の人生。
それは、この地域に生まれ、結婚して子供を持ったが、弱い自分に負けた父の人生。
それは、この地域に生まれ、家庭不和に耐えながら、家族を信じ続ける妹の人生。
それは、この地域に生まれ、家庭不和に耐えきれず、自分が不幸だと嘆きながら家族を恨んだ私の人生。
知らなかった。
私が生まれた時、こんなにも両親は、嬉しそうな顔をしていたのか。父の怒鳴った顔と、母の泣き顔しか知らなかった。こんなの、知るはずもなかった。
いや、春は知っている。こんなにも優しそうな、幸せそうな家族の顔を。
私が、見てこなかったのだ。知ろうとしなかった。
母が、弱い父のことも守りたくて、ずっと耐えていたことを。
父が、弱い自分に追い詰められ、自死しようとしていたことを。
自分を刺そうとした父を庇って、母が刺されてしまったということを。
私の誤った証言に、父が自ら、それを認めたということを。
気付いたら、演舞が終わっていた。
慌てて一礼する。合わせて鳴る拍手が、踊りきったことを証明していた。
よかった。ちゃんと、踊れた。
けれど、私はまだ、やることがある。
拍手が鳴り響く中階段を降りて来た道を戻り、作務所に入る前に、拍手をくれる観客へもう一度頭を下げて。それから作務所に入った。
中には、誠さんと薫さんがいた。
「よう踊りきった。」
「よかったよ!お疲れ様。」
この後、誠さんと挨拶に回る予定だった。けれど。
「すみません!私、行かないと!」
行って、止めなければ。
「え、行くって…。」
困惑する誠さんに、薫さんは、
「見たんか。」
と。
「はい。」
それだけの会話だったけれど、
「なら行きなさい。」
「お、お義母様…。けれど、」
「行きなさい。」
薫さんは私を送り出してくれた。
「ありがとうございます!」
それを聞いて、急いで作務所を出る。
いきなりもう一度飛び出て来た巫女に参拝客がどよめくが、気にしている暇もなく、駐車場へ向かう。早く行かなければ、間に合わなくなってしまう。もしかしたら、もう遅いかもしれない…。
「お、おい?どこに行くんだよ。」
と後ろから臨に止められた。臨は私を見て、ギョッとした顔をして、
「ど、どうした?」
「松戸さんに車を出してもらいたいの!」
「松戸さんなら、演舞を見てただろうからその辺にいるだろうけれど。こんな中で車なんか出せないよ。」
「…。」
それもそうだった。演舞に合わせて参拝客は混雑を極め、毎年この周囲一帯大渋滞が出来る。車を走らせるどころか、車を出すことすらままならないだろう。
「チャリで良ければ、俺が出すけれど…。」
「お、お願い!」
「それより、大丈夫か?」
臨が指差した先は、私の顔だった。何かついているのかと思い、触ると、濡れていた。
「はは…、」
それが涙とわかり、思わず笑ってしまった。
臨が家から自転車を準備している間に、持っていた神楽鈴を置いて髪飾りだけでも外してから道路に出ると、
「乗って!」
と、丁度臨が自転車を走らせて来た。
「ありがとう!」
後ろに飛び乗り、そのまま自転車は坂道を下り走り出す。
「で、どこに行けばいいの⁉︎」
「病院!」
「はあ⁉︎」
「いいから!早く!」
「わかったよ!」
坂道を猛加速で走り抜け、向かい風に押し返されながらも、自転車は走り続ける。
さっきの感覚はまだ続いている。神社から出て来た巫女が、自転車を二人乗りして走っている異様な光景に、参拝客も、道路で渋滞待ちをしている車も、道路を歩いている人も、みんなの顔も、表情も、声も全て聞こえて来る。今の私には、全てがわかるみたいだった。何もかも、誰も彼も。全てが、わかる。
けれど、私がどうしたいかだけがわからなくて。
行って、どうしたいのか。本当に止めたいのかすら、わからない。事実を知ったところで、全てを許したわけじゃない。絶対に、許せないと思う。もしかしたらまだ私は父親には死んで欲しいと思っているかもしれない。
でも、違うんだ。この演舞の対価としては。まだ、ちゃんと話していないうちは。まだ、本当のことを聞いていうちは。自分がこんな風に泣けることすら、知らなかったうちは。
こんなのは、きっと間違っている。
「着くぞ!」
言われて、我に返る。見るともう病院のすぐそこまで来ていた。直前で信号に止められ、臨が、
「裏口とかでいいのか?」
「うん!お願い!」
「ったく、どうしたんだよ…。尊も演舞の前にどっか行っちゃうし。」
【尊】
と言われて。
「!、止まって!」
叫んだ声に驚いて、青になって再び走り出そうとしていた臨が急ブレーキをかける。
「ど、どうした⁉︎」
「違う…。」
そうだ、違う。間違えていた。
父の病院には行かなくていい。
家族のことばかりに気を取られていたから、気づかなかったけれど。今の私には、全部わかる。家族のことも、尊のことも。
「ごめん、違ったの!神社に戻らないと!」
「は、はあ⁉︎」
臨の怒りも尤もだろう。ここまで走らされて、目的もわからないまま戻れなんて。汗だくになっている臨をこれ以上振り回すのは申し訳ない。走って戻ろうとした時に、グンッと、自転車が急回転した。
「うわっ!」
振り落とされそうになっている私に、
「馬鹿!しっかり掴まっとけ!」
「も、戻ってくれるの…?」
「当たり前だろ!」
息を切らしながら、振り返る間もなく、再び自転車は走り出す。
「…ありがとう。」
聞こえていないのか、聞こえていても返さないのか、自転車は来た道を走り続けた。
神社に戻って来た時には、下った坂道を今度は登らされた臨は、もう体力の限界で着いたと同時に自転車がよろめいた。横転すると思ったが、臨の片足が地面を受け止め転ばずにすんだ。
「ありがとう!ここからは大丈夫!」
「早く行け。」
自転車にもたれかかりぐったりとしている臨を置いて、走り出す。神社の中ではなく、その奥の山の中に。
重い巫女服に何度も足を取られ、木々にぶつかりながら、奥へ奥へと走り、木々に覆われてた暗い森の中で、木漏れ日のように、月明かりに照らされた場所が見えて来た。そこに、いた。今にも消えてしまいそうな、儚げな、女の子が。
「尊っ!」
叫ぶと、近づいて来た私に驚いたように、
「どうしてここに…。」
私はそんな尊にずんずんと近づいていき、目の前で止まる。切える息を整えながら、
「尊と、話しをしに来ました。」
言うと、私の様子に察したであろう尊は自嘲気味に笑った。
「もうバレてしまいましたか。」
父親への病院へは行かなくていい。何故なら。
「約束、守れるなんて嘘をついてごめんなさい。」
あの約束における全てが、尊の嘘だったからだ。
「…。」
「私に、そんなことをできる権力はないんです。七がそれで演舞を踊ってくれるならと、騙してしまいました。」
「なら、どうして…。どうして、約束を守るなんて演舞の直前に言ったんですか。」
尊は目を逸らす。あの時と逆だ。私が見て、尊が目を逸らす。
「…そういえば、七が演舞を踊りきってくれると思って。」
「嘘ですよね。」
私が断言すると、尊が顔を上げる。その表情に、いつもの目から感じる意思の強さも微笑む唇もない。怯えるような、いつもの尊らしくない顔だった。
「それは、どういう意味でしょうか。」
震える声は、自信がなさそうで。
「尊。あなたは私に、演舞を失敗させたかったんですよね?」
「…。」
その沈黙は紛れもなく肯定だった。
「だからわざと、動揺させるようなことを言った。分家に私の話を流したのも、学校で噂を流したのも、尊だったんですね。」
一歩、尊に詰め寄る。
「…どうして、演舞をお願いした私が、そんなことをする必要があるんですか?」
そう言い返しながらも、尊は詰められた距離を空けるように一歩森に下がる。そこに、神楽所家次期頭首としての、威厳はなく。私はそんな、弱い小動物のような尊にとどめを刺すように。
「五歳の時、会ったせいですよね。」
「!」
尊の大きな瞳に、強い動揺が浮かぶ。今にも泣き出しそうな、そんな顔だ。
「さ、最初からわかってたんですか…?」
「いえ、私もさっき教えてもらいました。」
「…臨ですか。」
諦めたように、力なく笑う尊は、酷く危うげに見えた。
「違います。」
「…。」
尊をこんな風に追い詰めたのは、私だ。けれど、よかった。
「神楽所の神様に、教えてもらいました。」
演舞を踊ったから、知ることができた。
私の罪を。
尊は一度ぽかんと目を瞬かせる。それから、大声で笑い出した。
「ふふっ、…あははははははっ」
「信じませんか?」
「いいえ、」と尊は首を振る。
「信じます。そうですか、やっぱりあなたは…。」
目に涙をため、それでも尊は笑う。力なく、その顔は憑物が落ちたようですらあった。
「私はね、神様を降ろせなかったんです。何度踊っても、どんなに練習しても、決して私に神様が降りてくれることはなかったんです。なのに、あなたはたった一回の演舞で…。」
心が痛んだ。謝ったって、尊を傷つけるだけとわかっていて。けれど、
「ごめんなさい。」
これをしないと、いけないのだ。
「どうして、謝るんですか?みんな喜びます。神楽所家はずっと、それを望んできたのだから。」
「…。」
「私では神様を降ろせないと、両親と、お婆様が話しているのを聞いてしまったんです。だから、私が七を踊らすことに誰も反対しなかった。」
そして、
「私は最初から、いらなかった。」
はっきりと、そう言った。言ってから、尊はその顔から笑みを消した。
「やっぱり、私は踊らなければよかった。」
「そんなこと、ないです。」
「あなたのせいです!あなたが、あんな事言うから…。」
五歳の頃、神社に遊びに来た時から、全ては始まっていた。
お婆ちゃんに連れられて、神楽所神社に行った私は尊と臨と会った。大人達が話している間に、私たちは初めて会う親戚に舞い上がり、仲良くなった。
そして、私は尊の事情を知る。
尊と尊の両親や薫さんとの間にある溝。両親と一緒にご飯を食べない関係、同じ家に暮らしているのに滅多に会えない祖母との関係。神楽所家が、普通の家のようなただの家族でない事。
尊から聞いた五歳の私は、それを知った五歳の私は。結局、今の私と同じ評価を下したのだ。
『可哀想だね』と。
それが、尊をどれだけ傷つけたかわからない。いや今の私にはわかる。尊はその時、初めて知ったのだ。自分が普通でない事を。神楽所家の中で暮らし、神楽所であるばかりに、他者に指摘されたこともなく。
尊が、自分が可哀想だと言うことを。初めて、知ってしまった。
だから7歳だった尊は、踊らなくて良かった演舞をー薫さんの代で終わりにしようとしていた演舞を、踊ることを自ら望み。けれどそれは家族に認めてほしいが故であったのに、叶わず、歪な家族のまま、そのままここまで来てしまった。
「私は、可哀想だったんです。」
「…。」
「でもあなたも、七も可哀想な子でした。家庭状況を聞いた時は、安堵しました。この子も可哀想な子なんだと。私に現実を気づかせたあなたを恨みつつ、私はどこかであなたを心の拠り所にしていました。きっと私たちは可哀想な子同士わかりあえると。」
だけど、と尊は続ける。
「だけど、高校に入ってきたあなたは、そんな片鱗をカケラも見せなかった。父親が家でどんなに暴力を振るって暴れても、いつも通り学校にきて普通に授業を受けて、友達も作らず、たった一人で、凛としていて。」
友達は作らなかった訳ではなく、作れなかっただけだけれど…。けれど、尊がどれだけ私という存在を拠り所にしていたかがわかる。ただのぼっちの私がそんな風に見えてしまう程、ずっと尊は私に焦がれていた。可哀想な、仲間として。わかり合えると信じて。痛みを、分けあえると信じて。
「そして、事件が起きて尚、あなたはちっとも悲しんでない。私は可哀想なあなたを神楽所に呼ぶことで、手を差し伸べたつもりだったのに…。」
だから、尊は私に演舞を踊らせようとした。神楽所に入れようとした。
「なのに、対価を要求してきて、それが父親を殺してほしいだなんて…。あなたはちっとも可哀想なんかじゃなかった。理不尽な環境に怒って、歯向かって、戦って。」
違うんだ。私は、そんな大層な人間ではない。ただ、弱い自分を認められなくて。だから、虚勢を張って、必要以上に周りに威嚇して、自分は負けていないと、そう思わずにはいられなくて。
「臨や、お婆様を味方につけて。演舞も私より早く踊れるようになって。私は、それも受け入れられなくて…。」
だから、分家や学校で噂を流して、妨害になるようなことをした。尊の名誉のために言えば、分家に情報を流すことで、私があそこまで危険な目に遭うとは思っていなかった。反対勢力が出てくる程度と思っていたのだ。
「ごめんなさい。」
言ったのは、私だ。
どんなに危険な目に合わされても、それでも、謝るのは私の方だ。
いや謝る資格すらないだろう。私自身で、その時のことを思い出した訳ではない。ズルをして、神様の力で尊のことを知り、それも尊から立場を奪うような形で。けれど、謝りたい。
「本当に、ごめん。」
謝って、許してくれなくても。こんな悲しそうな、私なんかよりずっと強くて、だからこそ誰にも寄り添うこともせず、寄り添うこともされず、一人でずっと傷ついてそれでも頑張って来た尊に、そばに居る資格が欲しい。私たちは、再従姉妹なのだから。家族なのだから。
そう言うと尊は、ぼろぼろと子供のように声を上げて泣いた。膝から崩れて、蹲み込んで。いつだったかの春みたいに、その小さな肩に乗っていた重圧を、持ちきれなくなったみたいに。
神楽所尊というのは、片田舎にある神楽所神社の一人娘だ。
けれど、彼女は神楽所家の次期頭首なんかではない。見目麗しい見た目で、品行方正で成績優秀で文武両道で生徒会長で、だけど、完璧なんかじゃない。ただの、家族に認めてほしい女の子だった。
私達は、お祭りで一緒に笑い合ったみたいに、一緒に泣いた。
可哀想な私たちは、それを嘆くように。けれどそれを受け入れて、戦えるように。今だけは、大声を上げて。そのうちに恥かしくなってきて、二人でまた笑い出すまで、それまで、泣いていた。
お祭りが終わって数日後。
春と私は病院に来ていた。父のではなく、母の病院だ。
「お母さん、早く目を覚ましてね。」
事件からいまだ目を覚さない母に話しかける春は、心配はしているけれど、きっと目を覚ますことを信じているようなそんな表情だ。お祭り以来、春は随分前向きになり事件前のように戻ってきた。私が演舞を踊ったことも、その要因の一つのように思う。もう一つの理由の方が、大きいだろうけれど。
「待ってるからね。ね、お姉ちゃん。」
「そうだね。」
お祭りの後、母が父を庇った末の事件であることを警察に連絡した。衝撃的な光景で混乱していた記憶を思い出したと伝えて。今朝ちょうど警察から連絡が来て、父が私の言った証言を認め、また矛盾もないということで、事件から事故に切り替えて再度仕切り直すことになったらしい。
それを聞いた春の顔を見て。父のことも、母のことも、まだ完全に整理がついた訳ではないけれど。それでも、こっちの選択肢を選んで良かったとそう思えた。
警察がこうも私の証言を全面的に受け入れてくれたのは、ひとえに神楽所のおかげだ。お祭りの後、私は神楽所に養子になることが決定した。今、手続きの最中だ。
「花瓶借りてきたよ。」
ナースステーションに花瓶を借りてきたお婆ちゃんが戻ってきた。花瓶の中には、お婆ちゃんの家で育てた花が生けてある。病室の空いた窓から涼しい風が入ってきて、花を揺らす。
夏休みはまだ始まったばかりで、これからまだまだ暑い日が続く。これから私は神楽所で生活し、しばらくは神楽所の挨拶周りで忙しくなる予定だ。
窓の外には、山の中に大きな神社が見える。その奥には、私の帰る家が待っている。
私の、3つ目の家が。
お読みいただいた方、評価してくださった方、ありがとうございました。嬉しいです。
このまま二章に続くので、良ければまたお付き合いください。




