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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第一章
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第十三話

私の演舞を神楽所家の頭首が認めた。

それがどれ程の影響力を持つのかはわからないが、娘婿であり神楽所神社の神主である誠さんがそう認めたのだから、あの言葉は許可に他ならなかったのだろう。多分。

一見喜ばしい事の様に思えるのだが(実際私は少し嬉しい)、けれどそれを聞かされた尊が鞄を落としたまま家に戻ってしまった事や、それ以降の誠さんの余所余所しい姿を見ていると、両手放しに喜べる事でもないのだろうか。それとも…。



結局あの後、勝手に開けた神楽殿を片付けたり、もう一度傷の手当てをしてもらっている間に夕食の時間になってしまったため夕方の練習は出来なかった。ダイニングに行く途中の廊下で遥さんとすれ違い、


「お母様から聞いたわ、おめでとう。頑張ってね。」


と笑顔で言われて、それに少しだけ安心した。

ダイニングに着くと既に臨と、尊がいた。私を見て、


「七、怪我は大丈夫ですか?」


と。さっきの様子が嘘のようにいつも通り尊に、少し違和感を覚えた。


「あー、…はい。膝を擦りむいただけなんで…。」

「本当に大丈夫なのか?」

「うん、平気…。」

「ったく、こんな時期に不審者なんて。」

「…。」


臨も尊も、その件についてはどこまで知らされているのだろうか。どこまで、知っているのだろうか。私の沈黙をどう受け取ったのか、


「安心しなよ。今、(はやて)おじ様が犯人探しているらしいから、無事じゃ済まないだろうよ。」


臨が言う。


「準おじ様…?」


初めて聞く名前だ。神楽所家の親族だろうか?

犯人を探すと言うことは、警察関係者とかかな?


「ああ、準おじ様は、この辺を仕切っている織衛組(おりえぐみ)の幹部だよ。」

「お、織衛組…?」


幹部…?なんか、聞いちゃいけない話を聞いたような…。

私の顔が引きつったのに、尊が慌てて、


「だ、大丈夫ですよ。織衛組は神楽所と昔から親交があって、準おじ様は、こういう時に神楽所を守ってくださってるために織衛組にいるんです。」

「…そ、そうなんですか。」


じ、次元が違いすぎるぞ神楽所家…。

大丈夫です、と言われてももはや何が大丈夫かわからない。

というか、やっぱり本当に裏社会と太いパイプを持ってるんだ。神楽所家も神楽所薫も、本当に敵に回してはいけない存在だった。今更だが私、今までよく生きてたなぁ…。

尊の襟を掴んだり、薫さんをぶん殴ろうとしたり、ああ、そうだ。お婆ちゃんも薫さんからの話を何度も断ったりしているんだっけ。おまけに私、あんなお願いまでして…。……。


「…とりあえず!ご飯、食べましょっか!」


色々思うところはあったが、考えた方が怖いので、忘れることにした。




夕食後、いつも通り神楽殿で練習を開始する。尊と臨もいつも通り練習に付き合ってくれ、一緒に神楽殿に来た。


「ん?なんか、やけに風通し良くない?」


部屋に入った途端に、臨が言った。

それもそうだろう、一年に一回しか開かない扉を全開した後なのだから。


「え⁉︎」


まさか、知らないのか?私が勝手に神楽殿を開けた事…。

言えば絶対にとんでもなく怒りだすに決まっているので、黙っている事にした。


「さ、さあ?今日風強いからじゃない?」

「そうか?風強かったっけ?」


尊は神楽殿が開いているのを見ているので知っているけれど、


「…そ、そうだったような気がします。」


と話を合わせてくれた。臨が怒ると面倒くさそうなのは、共通認識の様だった。


「さ、さあ!練習しよう!」


さっさと話を切り替え、テープに合わせて踊り始める。

今日人前で踊ったおかげもあるのか、少し自信も付いてきた。これなら、本番でも緊張せずに踊れるかもしれない。

…なんて、フラグになる様な事を考えたせいだろうか。


「腰が入っていない!」


と、いきなり怒号が聞こえた。驚いて踊っていたポーズのまま固まり、首だけ動かすと、


「お、お婆様⁉︎」


尊が叫ぶ。

入り口には、神楽所家頭首ー薫さんがいた。

裏社会と深いパイプも持つ、私がさっきぶん殴ろうとした、あの薫さんだ。

尊と臨が驚いている。もちろん私も。ダッシュで逃げ出したかった。


「ど、どうしてこちらに…。」


声をかけたのは臨だ。


「どうもこうも、そんな不格好な踊りじゃ神前に出せないよ。」


言いながら、さっき見かけた時の高そうな着物とは違う、もんぺのみたいな動きやすそうな和服を腕まくりする。相変わらずの気迫を背負いながら近づいてくるものだから、私は冷や汗が止まらない。


「ぼさっとしない!臨、演舞を流しなさい。」

「は、はい…!」


臨が慌てて演舞のテープを流す。私も急いで音楽に合わせて動き始めるが、当然うまく踊れず、ぎこちない動きになる。いや動けただけ褒めてほしいくらいだ。けれど、


「もっと腰を落とす!」


「指先ぃ!もっと意識せんか!」


ひ、ひえっ…。と、思わず悲鳴を上げてしまいそうな気迫っぷりで、薫さんは指導(というより調教)をし始める。


「わかったら返事ぃ!」


「は、はいっ!」


本当に、泣かなかっただけ褒めてほしいくらいだった。




二時間程練習をして、薫さんは「また明日もこの時間に来る」と言い残して去っていった。

薫さんが神楽殿から出た瞬間、


「はあ…!はあっ…!」


その場に倒れ込んだ。いつもより五倍は汗をかいている。ここここ、怖かった…!ミスしたら殺されるかと思った…。


「七、よく踊れたな…。」


座っていただけの臨まで、汗を流している。


「見てるこっちが肝を冷やしたよ。」

「…。」


尊も顔色を悪くしていた。


「いやいや、私はともかく…。二人は一緒に住んでるんだから、そこまで怯え無くても…。」


確かに怖い人だけれど、誰でも彼でも権力を行使するようなタイプには思えない。身内なら、むしろ心強い味方に思える。


「いえ、お婆様は滅多に私達の前にも出て来られないんです。」

「そうなんですか?」

「ああ、ご飯を一緒に取ったことも、大きな親族会の数えるくらいだよ。こんなに一緒にいたの初めてだよ。」


珍しくも行儀悪く、ぐったりと臨が膝を崩して胡座をかいた。

そういえば、この家は大人と子供が一緒に食事を取らないんだった。それは今の話を聞くともしかして子供の頃から。


「でも尊は、演舞を教えてもらったんじゃないんですか?」

「…いえ。私は…、お母様に。」


なんで、身体が弱くて踊らなかったという遥さんに教わるんだろうか。薫さんが教えればいいのに。けれど、尊の少し困ったように笑う顔にそれ以上は聞けなかった。


どうして、同じ家族なのに、お金もあって、暴力を振るう人間もいないのに。

私なんかの、あの崩壊に崩壊を重ねた家族ならまだしも、皆まともな大人と子供が揃っても。尊のような優秀な孫でも。それでも、関わり合わないのだろうか。ただそこにいてくれればいいと思える家族では、居られないのだろうか。

分不相応にも私は、尊を、この家族を、可哀想だと。そう思った。


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