第十一話
下校時刻と同時に校舎を出ると、いつも松戸さんが待っている場所に車がなかった。車を待っていたら、きっと校舎から帰宅する生徒たちが来て鉢合わせてしまうだろう。
なに、この学校から神社までの通学路は一本しかないのだからもし途中で会えたらそれから乗ればいい。何よりここで待っている時間が惜しい。そうだ、練習するための時間がない。今は一瞬一秒でも練習に費やさないといけないのだから。
自分で自分を納得させ、私は松戸さんの車を待たずに歩き始めた。山の上にある学校だが、学校までの道なりはきちんと補正された車道だ。周りは住宅街だが、田舎の日中に人なんか歩いてない。
ものの十分、さっさと帰ってしまおう。
…松戸さんに知られたら怒られるか、或いはとびきり悲しい顔をされるか。絶対罪悪感に訴え的そう…。いやでも、こんな短い通学路で怪我なんかするわけない。うんうん、と納得しつつも久しぶりの通学路を歩いていると、曲がり角の向こう側から、車の音が聞こえた。
ちょうど曲がり道に差し掛かった所で、家の影になって車の姿は見えなかった。一瞬、松戸さんの車かと身構えたが、いつも松戸さんの運転は品性を感じさせるような安全運転で、そもそも車の排気音がこんなに騒がしくはない。
すぐに曲がり角から見えてきた車の姿は知らない黒い大きなバンで、良かった怒られずに済んだと安心したー筈だった。
その大きなバンは勢いよく私がいる道へ曲がり角を曲がり、私の横を通り過ぎたと思うと、急ブレーキをかけた。この道の真ん中で、家の前でもなんでもない目的地のわからないその場所で、いきなり止まったのだ。
そりゃあ道がわからなくなったとか、その曲がり角の家が目的地で行き過ぎたから止まったとか、色々理由はあり得るかも知れないけれど。
でも。
道に迷っていたならあんなに迷いなく曲がり角を曲がって来ないとか、目的地が近かかったらあんなに猛スピードで走ってこないだろうとか。
ともかく嫌な予感がした。すぐ後ろで止まった車から、目を離せなかった。
そして、車が開いて助手席から一人、左右の後部座席から一人ずつ、スーツの男が降りてくるのが見えて。
私は走り出した。
今し方車が来た曲がり角を曲がり、坂道を駆け降りた。見たくもなかったのだが、そんなわけないと、思いたかったのだが、振り返ってしまった。
先ほど車から降りてきた男が3人、そのまま今しがた車で来た道を走って戻ってきていたのが見える。
つまり、追いかけられているのだ。私が。
余裕なんかなくて顔は見えなかったが、やけに高そうなスーツが目について、なんだかわからないがそれが余計に恐怖心を煽った。
やばい、やばい、やばい…!
神社までは後5分は全力疾走しないといけないだろう。
その間に追いつかれないのか?
誰かの家に駆け込むか?
いや、駆け込んだ家に人がいるとは限らないし、出てくるまでに捕まったら?
というか、これ、捕まったらどうなるんだ?
逃げる必要あるのか?
でも、こんな追いかけてくんのおかしいでしょ!
くそ、なんで誰も歩いてないんだよ!これだから田舎は嫌なんだ!
まとまらない思考の中、とにかく走る。足がもつれたり、バランスを崩しても、とにかく。走る。
走りながら周りを見渡しても、学校が終わって私が一目散に校舎を後にしたし、まだ帰宅する生徒も見えない。けれど、幸い学校から神社までの道のりがあまりにも短かいから、いくら体力のない私でも神社まで全力疾走は出来そうだった。それまでに追いつかれなければ。
けれど。
これ、神社に帰っていいのか…?
だって神社で保護してもらえる保証がどこにある?
生きてきて十六年、いくらなんでもこんな経験はない。原因なんか、神楽所以外に考えられない。
もし、逃げ込んだところで結果が同じだったら…。
なら私逃げ場はどこだ?
私の身の安全を保証してくれる、帰れる場所はどこだろうか。
「ふっ」
慣れない全力疾走で息を付いたわけではなく、走りながら、笑えてきてしまった。
今更、本当に今更だ。
今までだって、私に帰る場所なんかなかったのだから。
いやいや、なんて、センチになっている場合でもなく。
とりあえずなんとかしてこの場を切り抜けなければ、どうしようもない。
もう怖くて振り返れないが、足音は徐々に近づいて来ており、確実に距離を縮められている。何よりここ最近の演舞の練習でボロボロの身体がこれ以上は走れないと悲鳴を上げている。体感では二十分は走っている気持ちだがまだ神社は見えて来ない。息ももう、吸っているんだか吐いているんだか定かですら無くなってきた。
どうしたらいいんだ、もう足音がそこまで迫っている。それに気を取られてしまい、足をもつれさせ、徐行してしまった。
そして。
制服の後ろ襟を男に捕まれかけて。
パパーッと。
車のクラクションが聞こえた。
目の前の曲がり角、神社からの道から現れたのは、松戸さんの車だった。




