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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第一章
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第十話

さて、それからは随分練習が捗るようになった。

夏祭りまで残り一週間ちょっと。練習は、既に細かい動作を確認するところまで来ていた。臨の手当てのおかげもあって、傷の治りがかなり良くなったのも大きいと思う。


「あと一週間あれば、問題なく踊れると思います。」


尊に言われた事だが、自分でも今はそう思えている。

夏休みももう間近に控えて、本当は学校なんか休んで練習したいところだったが、


「学業を怠るのはダメです。」


と、尊に怒られてしまい仕方なく通っている。

夜中まで練習しているため朝起きられず、毎日遅刻状態だけれど。そして授業中もずっと寝ているけれど。

だけどあの事件以来教師達も私に対しては腫れ物扱いのため、誰にも咎められないし、入学して早々こんなトラブルを起こす生徒に関わりたくもないようだ。その私が夏祭りに演舞を踊り、いきなり神楽所に養子になったとなれば、いよいよ来学期から私の扱いに大いに困る事だろう。

尊はいつも生徒会の仕事で朝早く学校に行くため、私が遅刻している事は知らない。臨が話してなければ。あと松戸さんにチクられてなければ。

神楽所に住み始めて以来松戸さんに毎日送迎されていて最初は断ったのだが、


「演舞の前にお怪我をしないようにと、誠様より仰せつかっております。」


と。いやでもその誠さんに「演舞を踊るまでは神楽所との事は口外しないと約束してほしい」と言われているのに。演舞が踊れることが神楽所に入る大前提だと臨も言っていたし、それまで口外するなと言うのも納得の上だった。だから神楽所の送迎車に乗ったら誰かに見られてしまうと断ろうとしたが、


「七様に何かあれば、私が誠様から大目玉をくらってしまいます。この老いぼれを助けると思って。」


なんて言われたら、断るに断れなかった。それをわかってて言っているのだから、松戸さんはかなりの人誑しに違いない。

無意味に、ノートに「人誑し」と書いて笑ってしまう。言葉で狂わすなんて凄い漢字だ。なんとなくこの漢字に中二心を惹かれる。

教卓では数学の先生が何か話しているが、さっき起きたばかりで何を言っているかさっぱりだし、もう聞くのは諦めた。入学当初は友達もいないからテストで頼る相手もいないので真面目に授業を受けていて(ぼっちあるあるだと思う)、一学期の試験も悪くはなかったが、今はどうでもいい。二学期のテストの範囲は、二学期のテストの時に考えよう。


気がついたら授業が終わって、お昼になっていた。本当はここで寝ていたいけれど、しかしクラスメイトの視線が痛いため鞄を持って教室を後にする。いつも通り人気のない校舎裏でさっさと食べて、保健室のベッドを借りて寝よう。

そう決めて階段を降りていると、「七、」と声がかかった。

誰であろう、臨である。

おい、校内で話しかけるなよ。目立っちゃうだろ。

周りから目立たないように端によってなるべく小さい声を出す。


「…何?」

「どこ行くの。」

「校舎裏。」

「授業中は寝てるのに、お昼だけちゃんと起きるんだね。」

「ぼっちは教室にいると目立つから、お昼タイムには居場所がないのよ。」


なんだそれ。と笑い(笑い事じゃないんだが)、


「俺もお茶買いにいく所だから。」

「あ、そう…。」


そういうと私を越して階段を降りていく。

なんで声かけたんだ…。最近こうしてちょいちょい学校で話しかけてくるが、優しさなら出来ればやめてほしい。目立ってしょうがない。

私が向かう校舎裏に行くルートに自販機があり、方向が一緒になってしまうためなるべく距離を取って後ろを歩く。

それにしなくても、本当に目立つなぁ。廊下を歩いているだけで他所のクラス所か学年を越えた女の子がすれ違い様に振り向いたり黄色い声を上げている。ちなみに尊が歩くと、男子も女子も騒つくため、もっと凄いことになっている。廊下を歩いているだけなのに…。

この二人と一緒に住んでるなどと、絶対にバレてはいけない。


改めてそう思い自販機で立ち止まった臨を通り過ぎた。


「おい。」

「さっきから何っ…っと、」


臨の声に振り返ると、臨が何かをこちらに放ってきた。

放物線を書いて手の中に収まったものを見てみると、紙パックのお茶だった。すぐに臨に視線を戻すが、臨は既に背を向けて教室に戻っていった。


「なんだあいつ。」


この間からやたら親切で気持ち悪い。不気味だ。あと誰かに見られたらどうするんだ。




お昼を食べて保健室で仮眠を取り、起こされたのは授業一個分終わったチャイムだった。慌てて教室に戻ると、次の授業の移動のため教室の中は人がまばらで、話が盛り上がっている何グループかの子達が教室で残り駄弁っているようだ。

私が教室に入ろうが誰も気にしないので、授業に必要な教科書をさっさと取って教室を出ようとした。が、


「神楽所の送迎車に、知らない生徒が乗っているらしいよ。」


と。後ろから聞こえた声に、冷や汗が出た。


「それ知ってる。部活で先輩が話してた。」

「まじなのかなぁ?」

「って言うか誰よ。」


私です。

と、まさか言い出せるわけもなくぎこちない動きでゆっくりと教室を出る。

教室の外でこっそり聞き耳を立てていると、


「ねえ、その話本当なのかな?」


と、隣のグループまでその話を始め出し、どうももう噂になってからもう大分時間が経っているようだった。流石に本人に聞く勇気はないようで、臨がいないこのタイミングで話している様だ。

まあ聞いたところで臨も尊も答えないと思うけれど。


けれど、こうなれば全生徒の目は過敏になるだろう。

いくらスモークガラスが貼られていて、学校に毎日遅刻したり、いの一番に下校して時間をずらしているとしても、それは神楽所の送迎車を凝視するなんて失礼だという黙認があったからこそ私の存在が公になって来なかったのだ。今後神楽所の車が全生徒の視線の的になれば、絶対に誤魔化し切れない。

幸いと言うのなら、あと数日で夏休みに入るという所だろうか。演舞さえ踊ってしまえば、もうそれ以降は悪目立ちも仕方ない。神楽所に入る、ということでまた人の視線を集めるということは覚悟の上だ。


だけど今は、演舞に集中したい。


学校で誰にも話しかけられず、誰のことも慮らずにいられるというのは割と演舞に集中できるいい環境であったのだ。それに誠さんとの約束を反故にしたと思われて、演舞を踊る事自体をなかったことにされたら堪らない。


後で思い返せば、この時の私は事件のせいで人目にやや過敏になり過ぎていたのかもしれない。恐怖心と言ってもいい程に。

だからこの日、私は神楽所の車に乗らなかった。


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