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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第六章
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最終回 後編


尊が呼んだ警察と救急車が間も無く到着し、三上は救急車で運ばれて行った。

…ちゃんと生きてはいたようだ。

警察から状況を聞き取りされていると、たった今事件現場となった細道と交差する大通りにバイクが止まった。京介さんの盗まれたバイクだ。


降りて来たのは、七と灰だった。


氏神様に交代した後で神社で参拝した京子さんが犯人でないことを確認して、と俺たちが真犯人を捕まえたのを知り、やっと戻って来たんだろう。

二人はヘルメットを外すと、だけど近づいて来ない。道の向こうで後ろめたそうに、どっちから出ていくか揉めているようで肘で突きあっていた。…なんか仲良さそうだな。


「七!」


尊が一番最初に掛け寄っていく。

向かってきた尊におろおろとしている七を押し倒すんじゃないかって勢いで肩を掴むと、


「怪我はないですか⁉︎」


気まずさを吹っ飛ばすようなあまりの剣幕に七の方は驚いていて、


「だ、大丈夫…。」

「何もされてないですか⁉︎」

「おい、それは俺のこと言ってんのか。」


横で口を滑らした灰に、尊は見たことない怖い顔で睨みつけた。あまりに怖い顔に灰はぎくりと一歩下がる。それを目の前で見ている七も震えながら、


「わ、私大丈夫だよ…?」

「大丈夫じゃないでしょう!どれだけ心配したと思ってるんですか!」

「は、はい…。」


ごめんなさい…。と小さくなった。

下を向いて上目でちらちらと尊の表情を窺っているが、余程怖いらしい。どんどん小さくなる七に、尊の怒りは収まらない。


「連絡の一つも寄越さないで!」

「…すみません…。」

「もう…!こんなに髪も痛めて!」


七の髪を労わるように撫でて、金色の髪は尊の手についていくように舞う。暗闇の中でその色素の抜けた金髪はすごく目立っている。


「何でこんなに染めたんですか⁉︎」

「それはその…。灰と一緒に行動するのに変装しようって、なって…。」


だからってそこまで大胆に染める必要はなかった気がするな。多分何度かブリーチしないとここまで抜けないはずだし、逃走中というのにその手間をかけるのはむしろ悪ノリが感じられる。


「伸ばすって言ってたのに、こんなに痛めてどうするんですか!今日から毎日私とお風呂に入ってケアしますからね!」

「ま、毎日…⁉︎」


七が嬉しそうだった。それだとご褒美になっちゃってる。


「もう!七っ!」

「ひゃいっ…。」

「本当に…!」


尊の大きな目いっぱいに涙がたまって、気丈に上げていた眉は下を向いていく。


「心配したんですから…。」


震える声と共に、次第に下睫毛に乗り切らなくなった涙は瞬きに押し出されて頬に溢れた。


「無事でよかった…。」


堪えられくなった尊は七を抱きしめる。

泣き始めた尊に狼狽えていた七だけど、尊の腕の中に収められて、ふと糸が切れたように。顔を歪めると、尊の胸に顔を埋めた。


「ごめんなさい…。」


釣られるように、啜り泣き始める。

やっと帰って来て安心したんだろう。

どんな生活をしてたか知らないけれど、あっちはあっちで壮絶な三日間だったろうし。七もきっと必死だったのだと思ってしまうのは贔屓目が過ぎるかもしれないけれど。


抱きしめ合って啜り泣く二人に、やっと事件が解決した気がした。




「よかったな、二人とも。」


抱っこちゃん人形みたいに引っ付いたままの二人に、京介さんと後ろから追いついた。

声をかけた京介さんに向くと七は小さく鼻を啜りながら頭を下げる。


「京介さんも探してくれてありがとう…。」

「礼ならこっちにいいな。」


と、横にいた俺の背中を押した。


「臨が頑張ったから、解決したんだよ。」

「そんなこと…。」


そんなことない。

京介さんがいなきゃ俺では解決しなかった。

俺の話をまともに聞いてくれて、京子さんを呼んでくれたり全面的に協力してくれた京介さんのおかげで七も灰も帰ってきたのだ。京介さんの方がよほど感謝されるべきだが、だけど京介さんは俺に「いいから行け」と顎で示す。


促されるまま七と目を合わす。


たった三日間の出来事だった筈なのに、こうして帰って来るまでにすごく時間がかかったように感じる。一ヶ月くらいぶりに思えるのは一体なぜだ…。

急に、照れ臭くなった。

連れ戻そうとしていた七が目の前に帰ってきて、必死だった分余計に、気恥ずかしい。

目を合わせられない俺に、七は俺の袖口を小さく摘むと、


「…ごめんなさい」


だから、怒ってるわけではないんだが。

公園の件で俺が怒ると見放されると思ってるのか、


「許して。」


と掴んだ袖を遠慮がちに引いてみせる。

泣いた後の顔で見上げられれば余計に、何を言えばいいのかわからなくなってしまう。

無視されてると思ったのか頭を萎らせる七に、ああくそ。こんなつもりじゃないのに。


「臨…」


七はそれでもまだめげずに一歩前に出ると、垂れ下がった頭を俺の肩に預けた。


「…ただいま。」


ぐりぐりと頭を押し付けるのは、返事をしろという圧のつもりか。金髪の細い毛が首に当たってくすぐったい。だけど顔が見えなくなったおかげで、やっと素直に言えそうだった。

尊がしていたのに倣って、俺は目の前の小さい身体に腕を回した。


「おかえり。」





「久しぶり。」


まだ話は終わらなかった。

聞こえた声に、七のつむじを眺めていた視線は俺たちを後ろで見ていた灰の方に向けられて、なんといつの間にか灰の横に立っていた京子さんの台詞だった。


「「「!」」」


その場にいた全員が三日ぶりの再会も忘れて神経を耳に集中させるーいや七が帰って来たことも十分大事なんだけれど。野次馬する気満々だった。

なんと言っても十年来の初恋相手に再会する瞬間である。

腕の中にいる七がちらちら後ろを気にするように振り返っていて、おい馬鹿見過ぎだ。バレるだろ。

俺たちは全然気にしない風を、あくまでこっちは七との再会で忙しいですという体を装わなければならない。それがマナーだからだ。決して見ているのがバレると続きが見れなくなるとかそんな理由じゃない。


「久しぶりだな…。」


灰は俺たちのそんな素振りも気にせず、いや気づいていないのかもしれない。その苦笑は何を意味するのか、京子さんのことだけを見ている。


「変わったな、京子ちゃん。」


元ヤンだという京子さんの見た目は確かにそれを感じさせない都会の洗練された大人の女性だ。元々美人だったのは違いないと思うが。だけど、そういう話じゃない気がする。


京子さんはそれを聞いて揶揄うように、首を傾けて灰の顔を横から覗き込んだ。


「なあに?おばさんになっててがっかりした?」


悪戯げに言う京子さんに「まさか」と肩を竦める。

十年ぶりの初恋相手に向かって、自分の知らない誰かに変わったその人に、灰はこう返した。


「綺麗になったな。」


それに、京子さんは笑った。

お手本みたいなのなんかじゃなくて、いっと歯を見せた無邪気な笑顔はきっと灰が高校時代に見ていたものだ。風で靡いた髪を耳にかける手には薬指についた指輪が光っていて、眩しいはずもないそれに灰は目を細めていた。




それから京子さんは旦那が待っているからと、東京に戻るために警察に駅まで送られていった。

その場に残った俺たちは、誰も傷心の灰に声をかけることができない。

灰からしたら初恋相手をダシに事件に巻き込まれ、その相手の結婚した姿を見せつけられて散々だろう。色々文句を言いたいところではあったのだが、もうそんなこと言うのも憚れるような空気だ。

灰もこの後警察から色々と話を聞かれるだろうしこのまま解散かと、そう思った。


しかし、その灰に近く人がいた。


「おい。」


と声をかけたのは京介さんで、灰がそれに顔をあげた瞬間。

ゴッ

と鈍い音と共に京介さんの拳が灰の頬に直撃した。

あまりに唐突な行動に俺たちは固唾を飲む。

灰は後ろによろけると血の滲んだ口元を押さえて、


「いってぇな、何を…。」

「尊ちゃんを心配させた分だ。」


今にも殴り返そうとしていた灰は京介さんの言葉に一度舌打ちをして、だけど殴り返す気を無くしたように見えた。血を拭って、苛ついているのを隠そうともせず頭を掻いている。


「とか言って、さっき俺に負けた腹いせじゃねぇの。」


その挑発は、逆に負け惜しみにも聞こえたが。


「は?俺がいつ負けたよ。」


京介さんは眉をピクリと動かした。


「俺達に逃げられただろうが。止めれなかったんだからお前の負けだろ。」

「はあ?俺は後ろにいたあの刑事を警戒しながらやってたんだぞ。ハンデ背負ってたのに互角に戦えてんだから俺のが勝ちだろ。」

「あぁ?お前がいつ俺に勝ったよ。今までお前が俺に勝ったこと一回でもあったか?」

「まんまとバイク盗んで踊らされてたくせによく言うよ。」

「んだとゴラァ、今決着つけてやってもいいんだぞ。」

「上等だ。傷心中だからって手加減してもらえると思うなよ。」


上着を脱ぎ始めた二人に、


「やめろってこんなところで!」


急いで間に入る。まだ後ろに現場検証中の警察もいるのに、折角晴らせた冤罪が傷害罪か決闘罪とかで上書きされてしまう。


「うるせぇ、殴られたくなかったらすっこんでろ。」


灰に言われて、つい止めに入ったが俺が二人を止められるかと言われればもちろん無理だった。この二人の喧嘩に巻き込まれるなんて車に轢かれる方がまだ生存率が高い気がする。

だけど。

京介さんの方は拳を収めた。


「そうだな。灰を殴るのは俺じゃないな。」

「え?」

「臨の分がまだだったろ。」

「え⁉︎」


京介さんは確かに言っていた。『自分で殴れ。』と。

だからって本当に俺に灰とやりあえというのは、無理に決まっているだろ⁈今度こそ灰が殺人犯になってしまう。

京介さんは拒否する俺を無視して、俺を灰に向かわせるとセコンドの様に肩を支える。


「いや、無理ですって…!」


強制的にラウンドに上げられた俺を、灰は挑戦者をみるスーパー王者のような視線で睨みつける。

いや怖…!

野生の狼みたいな目に、殴る以前に戦意すら湧いてこない。遭遇したが最後デッドオアデッドだ。

逃げ腰の俺に、


「一発だけなら、…やり返さないでやる。」


何故か灰はその鋭い目を閉まった。


「えっ?」


腕まで下げてノーガードになった灰の行動の意味がわからなかった。それきりただ黙って待っているだけの灰に、代わりに後ろから京介さんが、


「七のこと連れまわして悪かったってさ。」


それを肯定しているのか、「いいから早くしろ」と言わんばかりに殴りやすいようにわざわざ左の頬を差し出す。

…たしかに。

言いたいことはたくさんあった。何の相談もなく一人で罪を被ろうとして。七をいきなり攫いやがって。…なんかちょっと仲良くなってる気がするし。尊まで泣かせやがって。

そういうのを全部ひっくるめて、たしかに。

鬱憤の代わりに拳を握った。

京介さんに教えてもらった通りに、身体を軸に拳を引く。灰の頬に目掛けて体重を乗せた一撃を放った。







「それで、どうして殴らんかったのじゃ?」


その日の深夜二時。色々片が付いた後。

寸でのところで拳を止めたー結局殴らなかった俺に、神楽所神社の神楽殿で向かいに座る氏神様が聞いた。相変わらず人間離れした真白い髪は、七が金髪にしても変わるものでもないらしい。


「別に、暴力はよくないと思っただけですよ。」

「嘘を言うでない。」


氏神様は氏子の全てが視えるのだから、今言った嘘も見透かされてしまって当然だ。だったら口に出す必要もないと思うんだが。

だからこそ敢えて言わせようとする氏神様はそういうところがいい性格をしている。


「…怒ってないわけじゃなかったですよ。色々。」


だけど、純粋にすごいとも思っていた。

惚れた相手のために罪を被って、罪を犯してもその人を受け入れられることが。

俺には、できるかわからなかった。

したいとは思っている。だけどその実、その状況に陥って本当に俺が受け入れてあげられるかなんか、わからない。

実際にそれをやってみせた灰を見て、できるなんて軽々しく言えなかった。


「だから…。殴らなかったんじゃなくて、殴れなかっただけです。」

「臨はいい子じゃな。」


氏神様の幼い子供でも褒めるみたいに、今にも頭でも撫でられそうで慌てて話を変える。


「それより『アイツ』っていうのは誰かわかったんですか?」


俺が聞きたかったのは、三上が言っていた『アイツの言う通りにしていれば』と言う「アイツ」についてだ。京子さんを騙って灰を騙し、氏神様の目を掻い潜って今回の事件を裏で操っていたらしいその人物について聞きたくて、疲れた身体を引き摺ってきたというのに。


「さあの。ワシは今回、あの刑事を氏子にしたわけではないからの。視ることはできんのじゃ。」

「取調べした地元の警察の心を読むことはできるじゃないですか。はぐらかさないでください。」

「それは臨の方じゃろうに。」


氏神様は意地悪く、あるいはニヤニヤと笑う。


「…なんのことですか。」

「どうして、あの刑事をワシの氏子にしなかったのかという話じゃ。」

「……。」


その話まで持ち出すなんて本当に、性格が悪い。


「京子を神社に招いた時点で、わざわざあの刑事を罠に嵌める必要などなかったじゃろう。京子が犯人でないとワシが視れば、灰も小娘も帰ってくる。ワシが帰ってくる。であれば、あの刑事を愚連隊の時にやったのと同じ様に氏子にしてしまえば、罠に嵌めずとも証拠などいくらでも用意できるじゃろう。」


それを俺に聞くのは、わかっているからだ。

どうして俺がそうしなかったのか、知っているからこそ俺に言わせたいだけなのだ。

それを認めたくない俺に、言わせたいのだ。


「……嫌だったから。氏神様はうちの…、俺たちの神様だから。あんな奴が、氏神様の氏子になるのが。」


嫉妬、に近いのかもしれない。

神様を信じないと嘲笑したあの男を、灰を騙して七を巻き込んだような奴を、氏神様の氏子にしたくなかった。氏神様を、アイツの神様にしたくなかった。


氏神様は俺の言葉を聞いて、満足そうに口角を上げた。


「臨、こっちへおいで。」


言われるまま隣に座ると、


「約束の、()()()()を叶えてもらおうかの。」


…やっぱやるのかそれ。

出来れば明日七と顔を合わせて罪悪感を抱かない程度のことにしてほしいが。この前のあれとか流石にちょっとしばらく目を見れなかったし。

氏神様はそんな俺の内情を知ってか知らずかーいや絶対知っている筈なんだが、俺の後頭部に徐に手を回した。


「えっ⁉︎いや…!」


何をしようとしているのか気付いてしまった。

回された手に力が入り、顔に向かって引き寄せられる。氏神様は既に目を閉じていて、


「それは…」


抵抗も虚しく。そう、なんでもやると言った以上俺は逆らうことは叶わないのだ。

だから仕方なく、目の前にいる氏神様に倣って俺も閉じて。


顔の前を通り過ぎた。


……あれ?

頭は氏神様に引かれるまま斜め下に、体勢を横に崩しながら、頭の行き着いた場所は氏神様の太腿だった。七の太腿だった。

着物越しに伝わる生暖かい枕は、思っていたより柔らかくて…いやそうじゃなくて。


「……えっと、これは?」

「今回の件で頑張ったことへの褒美と、灰を殴らないでいてくれた礼じゃ。あれで灰も結構追い詰められていたからの。あんまりいじめてやるのは可哀想じゃ。」


頭を連れて来た手は、そのまま俺の頭を撫でている。


「今回はこれで勘弁してやろう。」


氏神様は穏やかに言った。

横目で見上げる俺に、微笑み返すのは。やっぱりこの人は神様なんだと思うような、俺たちの全てを受け入れてくれているーそんな笑みだった。


「もう逃げないから、安心して寝るといい。」


そんな言葉に俺も安心したのか、これも氏神様の成せる力なのか。

急に眠気に襲われた俺の意識はそのうち途切れて、こうして長い長い三日間がようやく幕を閉じた。


6章最後まで見ていただきありがとうございました。

書いてて知恵熱が出来るくらい厄介な話になりましたが、完走できて安心しました。次回は多分脳みそ使わない話が始まります。笑

閲覧してくださり、評価下さり本当にありがとうございます。また次回もよければお付き合いください。


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