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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第六章
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最終話 中編


暗い影が俺の頭を目掛けて警棒で殴りかかっていた。


「はーい、そこまで。」


警棒をフルスイングしている腕を掴んで止めたのは、横から現れた京介さんだ。


「なっ⁉︎」


突如現れた京介さんに驚いたその人は、反射的に振り払おうとするが力で敵わず、逆にその腕を後ろ手に拘束され警棒を振り落とされた。


「やっぱりあなただったんですね、三上さん。」


暗い影からその顔を現したのは東京から来た刑事の三上さんだった。

三上さんはわかりやすく顔に動揺を浮かべて、


「何を、言ってるんだい…。僕はただ、君に声をかけようとしただけで…。」

「警棒を持ってですか?」

「……。」


三上さんは答えられない。まさに襲おうとしていた決定的な証拠から逃れる筈もない。


「GPSを持った俺を襲って、灰の居場所を知ろうとしたんですよね?」


そこでやっと自分が嵌められた事に気づいたのか、


「まさか、僕をわざと…。」


三上さんは顔から血の気を失せさせる。


「はい。家の前でわざとバイクのGPSの話をして、三上さんが俺を襲うように仕向けました。」

「そんな…、いつから気づいて…。」


神社で氏神様にお願いした時から、作戦は決行されていた。

俺はわざと三上さんが張っている家の前を通って神社でお参りして、隣にいる京介さんに言ったのだ。『灰の居場所に心当たりがある』と。当然それを聞いて灰の動向を探りたい三上さんは俺たちに付いてくる。

そうやってまず神社から目を離させた。

灰があの河川敷に来るかは正直微妙なところだったが、罠とも知らずにのこのこと着いてきた三上さんは遠くから俺たちを監視してくれていて、幸運にも氏神様に騙されて現れた灰がバイクを盗むところまでしっかり目撃してくれた。

そのGPSを持った俺が一人で彷徨くことで、襲いに来てくれると見越して。その決定的な証拠を炙り出すために。


「三上さんが犯人なのは河川敷に一人で付いてきた時点で確信してました。」

「ど、どうして…。」

「警官何人もで囲んでも逃げられる灰に、応援も呼ばずにたった一人で来るなんておかしいじゃないですか。」

「…!」


犯人の目星もついたからあの場で七と灰を制圧して連れて帰られれば、本当は犯人の証拠探しは後でも良くはあったのだが。灰に思ったより抵抗されてしまったために仕方なく、わざとバイクを奪わせてやむなく犯人の特定を先にしたのだ。

灰にあの場で直接そう言わなかったのは、京介さんの指示で『俺にそんな事言われても、あいつは罠だと思って絶対信用しない。』と。だからどれだけ仲が悪いんだって…。


「もう警察も呼んである。大人しく投降しろ。」


京介さんからずっと下がったところで尊がスマホを耳に当てながら、こちらに向かって頷く。

逃げられないことを悟ったのか、自供とともに三上は歯噛みした。


「くそ…っ!アイツの言う通りにしていれば上手くいくと思ったのに!」


『アイツ』


三上の言ったそれが気になったのは、疑問があったからだ。

どうして、三上は自分に何の関わりもない灰を身代わりに選んだのか。京子さんと灰の関係を知っていたのか。どうやって灰のネットの購入履歴を弄って、灰に京子さんが犯人だと思わせたのか。

外部の人間が氏神様の目を掻い潜って行うにはそれはあまりにも出来過ぎていた。

それは、たった二週間前に起きたあの愚連隊の起こした騒動に酷似している気がして。

だから、近づいてしまった。追求しようと、不用意にも。

相手は凶悪な殺人犯だというのに。

この国で唯一拳銃の所持を認められている警察だと言うのに。


「動くな!」


三上は京介さんに拘束されているのと逆の手で、胸ポケットから出した銃口を俺に突きつけた。


「…!」

「悪いけど、君には人質になってもらう。」


七が春ちゃんの誘拐事件の時に撃ったのと比ではない。間近にある銃口は重く、命を奪われるという恐怖を俺に植え付ける。


「臨…!」


京介さんが動こうとして、


「手を離せ!」


三上の銃口は尚も俺に近づく。額の前で脅しのように向けられる鉄の塊に、京介さんは三上の腕を離して両手を上げる。


「人質なら俺がなる。その子を離せ。」

「お前達にはそのGPSであの男のところまで案内してもらう。そこで全員殺して、あの男に罪を擦りつけて自殺した事にすれば全て丸く収まるさ。」

「もう通報しているのに、そんな事バレるに決まってるだろ!」

「臨黙れ!刺激するな!」


両手を上げたまま張り詰めた声で叫んだ京介さんに気付かされた。

京介さんはわかっているんだ。

この男は本気で人を殺す奴だということを。この銃口が脅しなんかではないということを。

京介さんもその後ろにいる尊も、俺に向かう鉛玉を恐れて動けなくなってしまった。


俺は馬鹿だ…。

折角掴んだ真相をこんな形で不意にしてしまうなんて。

このまま灰のところにみすみす案内してしまえば、ここにいる皆の身も、七の身も…。


…せめてその銃口の向けられた先が、俺だけで済むのなら。


一か八か三上の隙を突こうと窺って、その動きを注視していた。俺に向き合う三上と、その横で距離を取る京介さんの後ろの、さらに尊の後ろで、目を凝らす俺だけにそれは見えた。

一つだけ暗闇から蠢く影を見た。


もう一人いたのだ。

この作戦を知っている人が。

三上を神社から目を離させている間、尊に案内され神社に行っていたもう一人の人物が。


その人はとんでもない速さで後ろから現れると、暗い影を掻き分けるようにその姿を現す。

尊と京介さんが通り抜けたその人に反応するより先に三上の真後ろまで辿り着くと、やっとその気配に気付いた三上が拳銃を動かすよりも早く、銃を握った指先を掌で突いた。手首に繋がる骨の硬い部分で叩かれた勢いで銃は三上の指先から離れて宙を舞う。

誰もがー三上でさえ銃に目を奪われている間に、その人は俺の前に割り込むと、三上の顎に向けて大きく開けた足の踵を叩きつけた。ガチッと歯が強く噛み合った不快な音を響かせ、蹴り上られた頭が重力に従って落ちてきたところを容赦のない追撃の踵落としが降って、三上は地面に沈んだ。

俺の足元で伏せた三上は、もうぴくりとも動かなかった。


「す、すげぇ…。」


思わず声が漏れたのは、感嘆というより畏怖の感情からだったかもしれない。灰に言った時より、ずっと恐れ慄いていた。すげぇより、怖ぇだった。

だけど。

それを口に出して言うには憚られた。


「大丈夫?」


振り返ったその人が、目を見張る美人だったから。

切れ長の大きな目も、スラッとしたモデルのようなスタイルの良さも街を歩けばきっと尊と同じくらい男が振り返るような女の人だった。ゆるく巻かれた長い髪と落ち着いた色の長いワンピースが少し明るめの髪色をむしろ上品な印象に変えていて、雑誌から切り抜いたような、そんな人だった。


「え、あ、はい…。」


俺の曖昧な返事に微笑んでから乱れた洋服を払う姿は、とてもこの人が今そのスカートを翻しながら蹴りを入れたとは思えない。


「姉ちゃん、犯人死んじゃうって。」


京介さんの苦笑いに、やっと頭が追いついた。


この人が京子さんだ。


わざわざ東京から来てくれて、河川敷で三上の視線を退けている間に尊に連れられ神社に寄ってくれていた、京介さんのお姉さんであり灰の初恋相手の京子さん。この人が…。

なんだか納得できるようで、しっくりこない。

京子さんは上の歯だけを綺麗に見せたお手本みたいな笑顔で微笑むと、頬に手を添えながら「いいじゃない」と。


「私に罪を被せようとするなんて失礼な奴、これくらいお礼参りしてやらないと。」

「…元ヤンが出ちゃってるって。」

「元ヤン⁉︎」


これで⁉︎このモデルみたいなお姉さんが⁉︎

…でもなぜだろうか。

それを聞いてむしろしっくり来てしまった。この喧嘩の強さにも、京介さんや灰との関係性にも。


「いやね、元ヤンじゃないわよ。ちょっと若い頃やんちゃだっただけよ。」

「俺と灰よりも毎日暴れてたくせに、あれをやんちゃで済ますか…ぁててててっ!」


京介さんの耳を微笑みながら引っ張る京子さんに、これが怖い姉の姿か…。

尊も今後何か間違って怖い姉にシフトチェンジされたら困る。後学のためによく見ておこうとして、しかし。


「あの…。」


ずっと後ろにいた筈の尊がやって来ていて、


「ど、どうした?」


すかさず耳をガードした俺に、


「救急車も、呼んだ方がいいですか…?」


地面で倒れたままの三上を指差した。

ピクリとも動かない三上に、俺は尊に無言で頷いた。

…死んでないといいけれど。



中編があるとは、自分でもどんでん返しの展開でした…。

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