最終話 前編
「怪我、大丈夫ですか?」
京介さんは灰との乱闘でかなり負傷していた。それは顔とか手の目に見える場所だけじゃなく、どうやら服で隠れている場所とかにも相当攻撃を入れられたらしく時折痛そうに押さえている。
「平気平気、俺も同じだけアイツに入れてやったから。」
と俺の手は借りずに歩くのは強がっているのかもしれない。
灰を同じだけ殴ったとしても、京介さんが殴られた分が痛いのは変わらないし。
バイクを灰に取られたためさっきの河川敷から一時間近くかかる道のりを徒歩で帰り、やっとの思いで神社まで辿り着くと、家の敷地の前で尊が心配そうな顔をして立って待っていた。
尊は俺たちの顔を見るなり走って向かってきて、
「どうでしたか⁉︎灰さんと七に会えました⁉︎」
と張り詰めた声をあげる。
「会えたけど、逃げられちゃって…。」
「そんな…。七は?無事そうでしたか?」
「元気そうだったよ。」
全力疾走で俺から逃げられるくらいには明朗快活な様子だった。
「よかった…。」
尊は七の無事を聞いて、深く息をついて目尻に涙を浮かべる。
「それに、灰の居場所が分かったんだ。」
「え?」
「俺のバイクを盗まれちゃったんだけど、バイクに盗難用のGPS付けててさ。」
京介さんはポケットからスマホを開くと地図を開いた。そこには、俺たちが使っている位置情報共有アプリのようにアイコンが光っていて、ここから少し離れた廃ビルの上で光っていた。
灰と七を乗せて行ったバイクは今ここにあることを指し示している。
「なら、今すぐにでも助けに…!」
尊が駆け出しそうになるのを京介さんは「まあ落ち着いて」と宥める。
「夜になって灰たちが寝てからの方が捕まえやすいと思うから、ちょっと待とう。」
「確かに…、そうですね。」
「とりあえず夜中に出発できるように一回準備しようか。」
「俺、コンビニ行って腹ごなしできるものと眠気覚まし用の珈琲でも買って来ます。京介さんと尊は家で待ってて。」
「ああ、じゃあこれ。」
と京介さんがスマホを俺に突き出した。
「俺のスマホ決済使っていいから、これで払いな。」
「ありがとうございます。」
有り難く受け取って、預かったスマホを上着のポケットに入れる。
「もう暗いので気をつけてくださいね。コンビニまで人通りも少ないですから。」
「気をつける。」
コンビニまでは歩いて十分くらいで、チャリを出さずに家から歩いて離れる。確かに辺りはもう暗くなっていて、神社の周囲は木々で囲われていて外灯も少なく、星明かりだけでは心許ない。
普段は松戸さんに送ってもらっているからあまり思わなかったけれど、この辺りってこんな暗いんだな…。お婆様に言って神社の周りに電灯をもっとつけてもらった方がいいかもしれない。
薄暗い細道を通っている時、ガザっと後ろから物音がした気がした。
「!」
人の気配がした気がして振り返るが、誰もいない。
「気のせいか…。」
前に向き直ってまた歩を進めた時、やっぱり後ろに人影を感じた。
振り返ると。
暗い影が、俺の頭を目掛けて警棒で殴りかかってきていた。
時は、今朝京介さんと待ち合わせたコンビニの駐車場まで遡る。
「京子、夕方にはこっち到着するって。」
京子さんを呼んでほしいとお願いした後すぐに京子さんに電話してくれた京介さんは、そう言って電話を切った。
「来てくれるんですか!」
まさか当日に来てくれるとは。
来てくれない可能性の方が高いと思っていたから、嬉しくはあるが意外だった。
「あのさ、一個聞きたいんだけど」
そんな俺に京介さんはそう前置きをしてから、
「ひょっとして、京子のこと疑ってる?」
と直球にも聞いた。
「えっ、いやそういうわけじゃ…。」
口ではそう慌てて取り繕ったが、俺は既に犯人の目星を京子さんにつけていた。
灰が神楽所家や織衛組に助けを求めないのは、脅されているのではなく誰かのために罪を自ら被っているからであるとすれば。
七を拐ったのは犯人に指示されているからではなく、氏子である灰の冤罪を見抜いてしまう氏神様に、この件について沈黙をお願いするために自ら拐ったのだとしたら。
灰を脅す見えてこない犯人像にも、七を拐い身代金を要求したきり取りに来ようともしない灰の不可解な行動にも説明がつく。
なにより。
わざわざ氏神様が京子さんをここに連れて来て視たい理由に納得がいく。
人質になっているからじゃなくて、容疑者だからであれば。その証拠を氏神様が集めようとしているのであれば。十八歳でこの土地を離れ一度も帰って来ていない、神楽所神社への信仰心が薄くなっている京子さんを視たい理由に納得がいく。
「協力してるんだから、嘘は良くないなー。」
京介さんは軽い調子で俺に詰める。が、身内を疑われているのに怒っているわけでもないようで、
「七のこと助けるためなんだから、ちゃんと言ってくれない?」
「……。」
そう言われれば、これ以上協力をお願いする身なのに嘘で誤魔化す事はできない。京子さんを疑っていることよりも、それをわかった上でこうして京子さんを呼んで力を貸してくれる京介さんに嘘をついていることの方がよっぽど失礼にあたる。
「…はい。灰がずっと逃げ回る理由がわからなくて、ひょっとしたら脅されているからじゃなくて誰かを庇っているからなんじゃないかって。それで京子さんを視たくて…、あ、いや直接話しをしたいから京介さんが京子さんを呼ぶように、俺に仕向けたんじゃないかと思うんです。」
そんなまどろっこしいことをする意味もわからなくもないが。
氏神様の話を言えないから、どうも話の整合性が取れていない気もしなくもない。
「確かに灰なら、誰かに脅されるより京子を庇っているの方があり得るか。」
と、だけど京介さんは動機の方で納得してくれたみたいだった。
「すみません…。協力してもらっておいて、お姉さんを疑うようなことして…。」
「それはいいよ。状況証拠的にはわからなくもないし。それに灰がこんなまどろっこしいことする理由ならわかるから。」
「え、わかるんですか?」
俺の予想では、氏神様がこんなまどろっこしいことをしてまで京子さんを連れて来ようとしているのは、灰にバレないように京子さんを呼ぼうとしているからだと思っていた。
灰は京子さんの罪を被って氏神様に黙っていてもらおうとする一方で、氏神様は灰を守ろうとして京子さんが犯人である証拠を掴もうとしているのだと。お互いが全く逆の方向を向いて行動しているから、だからこんなややこしい話になっているのだと思っていたが。
他に理由があるのだろうか。
「単純に、自分で俺に頼めなかっただけだよ。」
「…え?」
「京子のことを聞きたかったら、そんなの知ってるのアイツの知り合いの中で俺くらいだからさ。でも俺に直接聞くのが嫌だから、わざわざ君に俺を呼ばせたんだと思うよ。多分、俺にそんなお願いするくらいなら黙って冤罪で捕まる方を選ぶよ、アイツは。」
「なんでそんなに仲悪いんですか?」
高校時代ーと言っても京子さんの卒業式までか、それまでは仲が良かったようなのに、一体何があればそこまで会うのを拒絶するほど仲が悪くなってしまうのだろう。
「まあ、色々合ってさ。」
京介さんは苦笑いしながら肩を竦めて、理由までは言う気はないらしかった。言いたくないような理由なのか…?
「あ、でも京子は多分やってないよ。」
とその話からは逃れるように軽い調子に戻って言った。
「身内だから庇ってるとかじゃなくてね。」
「殺人なんかするタイプじゃないってことですか…?」
「いやあ、昔の京子なら本気で怒ったら殺ると思うけどね。」
それじゃあ灰の時と言ってることが同じだ。ますます京子さんがどんな人かわからなくなる。
「そんな、怖い人なんですか…?」
「怖いよー。俺なんか今でも逆らえないもん。」
たった一人で東京に出て行くほどの行動力のあるお姉さんなわけだし、姉と言っても尊みたいなタイプじゃないのかもしれない。そういえば七も春ちゃんにはやたらと甘いし、唯もあれでいて弟には激甘だったりする。周りにいないからか、怖い姉像というのは想像がつかない。
「でも結婚して、っていうか今の旦那に会って変わったからさ。まあ、ずっと会ってない灰じゃそれはわかんないだろうけどね。」
「変わった…。」
それはなんだか、残酷な話に聞こえた。
初恋の子が地元を離れて、自分の知らない人と結婚して自分の知っているその子じゃなくなっているなんて、自分の身に置き換えなくとも胸が詰まるような話だ。
ちょっと灰が可哀想に思えてくる。
「…でもじゃあ、京子さんは犯人じゃないんですかね…。」
折角つけた目星が的外れではやるせない。
やっと京介さんの話もあって色々繋がったと思ったのに、もうそろそろ俺の頭も限界だ。シナプスが途切れていってる。
「いや、その話自体は俺もそうだと思うよ。」
と京介さんはけろりと今自分でした話をひっくり返した。
「え⁉︎でも、京子さんは犯人じゃないんですよね?」
「俺が言いたいのは、灰に犯人は京子だと思い込ませた真犯人がいるんじゃないのかなってこと。」
「……あ。」
そうか、それならわかる。
話の筋が通る。多分俺がした推理よりずっと通っている。
氏神様が京子さんを視たい理由は、犯人としての証拠を集めたいからなんじゃなくて、本当に犯人か疑う余地があるからなんだ。京子さんが犯人じゃない可能性を信じて、氏神様が視るまで時間稼ぎで逃げ回っているとするなら、それなら、灰も協力して動いていてもおかしくはない。
…となると。こんなややこしい手を使うのが本当にただ京介さんに会いたくないからという事になってしまうが、逮捕されるより嫌ってどういうことだよ。
「でも真犯人なんて…。」
振り出しに戻ってしまったことはどっちにしろ代わりない。
東京で起きた事件だし、氏神様が視えない外部の人間が犯人であるとすれば俺にはもう真犯人を当てる手立てはない。
せめて京子さんを犯人でないと証明はできても、真犯人がいなければ証拠の揃い過ぎた灰が容疑者から外れることはないだろう。神楽所家や織衛組に守ってもらったとしても、警察を強引に黙らせたとしても、冤罪の容疑をかけられ続ければ今までみたいな生活はできなくなってしまうかもしれない。
「わからないけどさ、もしそんな人間がいるとしたら、灰の動向が気になって仕方ないと思うんだよね。」
「そう、ですね…?」
…確かに。
灰が京子さんを犯人だと思い込んで、ちゃんと罪を被って殺人の容疑者になってくれているか常に見張っていたいだろう。もし灰が京子さんの冤罪に気付いて自分が犯人でないと主張されれば、それは自分の身に捜査の目が降りかかる可能性が生まれるということなのだから。
「周りでいない?灰のこと気にしているやつ。こんな事件が起きて身内なら気にして当然だろうから、絞るのは難しいと思うけど。」
「……あ、」
いた。
灰の動向を気にする人間。
氏神様の目を掻い潜る外部の人間で、だけどこの地域にいて不自然じゃない人間が。その立場を活かして灰が神楽所家と接触していないかを何度も気にしていて、誰よりも灰の動きを探っていた。
もしあの人が犯人なら。
今も家の周りを彷徨いているであろうあの人が犯人だとしたら、神社に京子さんを呼べばそれに気付かれてしまう。東京にいる筈の京子さんが突然何故ここに来たのかを考えれば、京子さんが犯人でないことを灰が気付き、灰がその罪を被らないー引いては自分の疑いの目が自分に掛かることを恐れ、京子さんに危害を加えかねない。
それに。
なにより、あの人が犯人だと証拠があるわけでもない。
全て憶測の話だ。
京子さんが来ている間神社から犯人の目を離れさせて、その上で何か犯人の証拠を掴めるようなそんな手があれば…。
思考を巡らせて。視線を巡らせて。
俺が目についたのは、後ろにそびえ立つ神社と、京介さんのバイクだった。
「一人心当たりがある人がいます。それと、もう一個お願いしたいんですけど…。」
そして、話は現在に引き戻る。
前後編スタイルは、そうです。あのアニメを意識しました。




