第十話
京介さんのお姉さんの旦那が警視庁の刑事。
それも暴力団専門の…。
「京介さんのお姉さんって、」
灰の初恋相手とかって言う…。
「確か、京子さんでしたっけ?」
「そっ。東京に上京して結婚したって前に話したよね。」
その話は以前七と尊と一緒にお好み焼き屋に連れて行ってもらった時に聞いた。高校卒業と同時に親の反対を押し切って家出同然で東京に上京したという大胆なお姉さんの話を。灰がそれを止めに行って止められなかったという切ない青春話と共に。
「京子さんって、灰と今も会ってるんですか?」
「さあ、俺も灰と会ってるわけじゃないから知らないけど。多分会ってないと思うよ。」
「お姉さんから灰の話は聞いたことないですか?」
「んー、まあ…。」
京介さんが何故か少しだけ苦い顔をした。
「…お姉さんと仲良くないんですか?」
「ああ、違う違う。俺は仲良いよ。」
じゃあ、今の顔の意味はなんだろう。
俺の深入りするような視線に気付いたのか、
「青春を掘り返されるのが苦手な奴もいるってこと。」
と意味深なことを言って、今度は苦笑いしていた。
京介さんは高校時代の話を普通に、むしろ楽しそうに話してくれるから自分のことを言っているわけではないと思う。それは灰のことなのだろうか、それとも京子さんの方だろうか。
「それに姉貴は家出したまま帰ってきてないから、この辺でバッタリ出会すこともないだろうし。」
「卒業してからずっとですか?」
京介さんのお姉さんなら年齢的に卒業して十年近く経っているのに一度も帰ってきていないなんて…。
「親父が勝手に家出した姉貴のことをずっと許さなくてさ。結婚するってなって一応もう和解はしたけど、式も東京でやったし、両家の挨拶とかも…、まあその辺も揉めたりしたんだけど、結局一回も帰ってきてないね。」
流石に単身東京に乗り出すだけのお姉さんだから、覚悟が違うんだろうが。あの灰の初恋相手というのも、この京介さんのお姉さんというのも含めて、一体どんな人なのかちょっと気になる。
「その結婚した旦那さんが、警察の人なんですよね。どんな人なんですか?」
「凄い良い人だよ。まあ警察だから、多少人相は悪いけど。」
最近よく会う三人の刑事を思い出しても、確かに特有の鋭い目付きをしている。そんな人が身内にいるなんて結構気苦労しそうだが、それで言えば神楽所家もそれと同等か、それ以上に怖い人が多い気がするから人のことは言うまい。
「その旦那さんが担当している課が、事件の被害者と繋がったってことですよね。」
「ああ。灰の事件を旧友の旦那が捜査しているなら、そこに何か因果関係がありそうじゃない?」
確かに、偶然ではないような気がする。
犯人は灰と京子さんの仲を知っている人なのだろうか。だけど、氏神様が視えないということは犯人は必然他所の人間ということになるから、東京にいる京子さんの知り合いとか、もしくは旦那の関係者とか…。
思考を巡らせていると、京介さんが呟いた。
「灰が脅されるって聞いた時から、そこかなとは思ってたけど…。」
「そこって?」
「あいつの弱点なんか昔から京子くらいのもんだからさ。東京で起きた事件って言ってたし。」
「……。」
…なんだろう、この違和感。
「だけどまさか本当に繋がるとは驚きだよね。」
「じゃあ灰が脅されている内容っていうのも…、」
「多分京子のことだろうね。」
やっぱり、引っ掛かる。
京介さんの話がしっくりこなかった。いや違う。あり得ないくらいにしっくり来過ぎていた。
…話が出来過ぎている。
今回たまたま俺が助けを求めた京介さんのお姉さんが、この事件に関わってくるなんて。関わってくるなんてものじゃない、灰の脅されている内容そのものだなんて。
「…どうして、京介さんってここにいるんでしたっけ?」
俺の唐突な質問に、京介さんが当然答える。
「え?七と灰を探すために君が呼んだんだろ?」
そうだ、俺が呼んだんだ。
高校時代の話を聞いて。
だってそれは、灰がその常人離れした身体能力で警察を一晩かけて巻いて見せたからであって。目撃した刑事達がその話を俺たちにしたからであって。それは俺も目撃していて。
あれ、でも…。
灰は氏神様と協力している筈なんだから、警察に見つかるのはおかしくないか?氏神様の助言があっただろうから、昨日は警察にも見つからなかったのに。…まあたまたま売られた喧嘩からコンビニでの防犯カメラには映ってしまっていたわけだが。
だけどどうして、最初の晩だけあんなに目撃されていたんだ?
まるで、わざと見せつけたみたいに…。
「………。」
あれがもし、わざと警察では手に負えない姿を見せつけていたのだとして。
灰の高校時代の話で名前の挙がった京介さんは、灰を止める役として、名前を挙げられるように仕向けられていたのだとしたら。
俺が京介さんを呼ぶように仕向けられているのだとしたら。
京子さんの弟だから京介さんを呼ぶように仕向けられているのだとしたら。
そんなことができるのは、氏神様しかいない。
なら京介さんはどうしてこんな回りくどい手を使ってこの場に引き摺り出されたのか。
犯人から京子さんを人質に脅されているだけであれば、むしろすぐにでも灰は神楽所家や織衛組に助けを求めればいいのだから。京子さんを助けたいのなら、尚更すぐにでも。
犯人は氏神様の観測外にある他所の人間で、灰の弱みを知っている人間で。
未だに逃げ続けている灰は神楽所家に助けを呼べないんじゃなくて、呼ばないのだとしたら。
それはもしかして…。
「…京子さんの安否を確認した方が良いですよね。」
京子さんが人質になっていたら大変ですよね。と付け足すと、京介さんは頷く。
「ああ、ちょっと電話してみるよ。灰と事件のことも何か知らないか聞いてみる。」
「それ…、京子さんから話を聞くの、ここに連れてきてもらうのって出来ますか?」
「え、ここに?」
驚くのも尤もだろう。東京からここまでは優に三時間はかかるし、それでなくとも仕事とかもあるだろうからすぐには難しいだろうが。
だけど。
「はい、お願いします。」
「…うーん。来れるかわからないけど、とりあえず聞いてみるか。」
そう言って電話を出してくれた京介さんに、俺は続けて、
「それと、もう一個お願いしたいんですけど…」




