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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第六章
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第九話


七が灰に拐われてから既に二日が経っている。

殺人容疑がかけられ、神楽所家本家の娘を誘拐した灰が警察の捜査を掻い潜り一体どうやってこの二日間を過ごしているのか疑問ではあった。

いくら神楽所家が警察からの公開捜査を拒否しているとは言え。灰の優れた身体能力を持っていたとしても。身代金を要求した以上この土地から離れられるわけにもいかない灰が七というハンデを連れた状態で警察の捜索からどうやって逃げ続けられているのか。


答えは警察が持ってきた動画が物語っていた。

深夜のコンビニの防犯カメラに映っていたのは、紛れもなく七だった。

髪が金色になっていて変装はしているが、このやたらと喧嘩を売られやすいところとか、その喧嘩を秒速で叩き買いするところとか、ガラの悪さが間違いなく七だった。


俺は灰は誰かに脅され七を誘拐させられているのだと思っていたから、七は強引に連れられているのだと思っていた。灰の元で軟禁状態とか、拘束されているとか、とにかく逃げ出したくとも逃げ出せない状況下で、拐われて捕らえられている身なのだと勝手に思っていた。

だけど。


あの動画を見る限り、七は自ら灰に付いて行っているように思える。


あんな普通にコンビニに行って、何の拘束もない状況で先に外に出てたりしていて、もしも七が本当に逃げ出したければ確実に行動に起こすだろう。捕まった時の報復が怖くて逃げ出せないなんてタイプでないのは、今まで危機的状況の中何度だって七を止めようとしてその一回でも止められた試しがない俺が一番よくわかる。

…一回も止めたことないのが不甲斐ないばかりだが。

一体何があってそうなっているのかわからないが、まさか本当にストックホルム症候群なわけもないだろうし。あの日拐われた後で灰から何かを聞き、七は灰に付いて行っている。



「つまり、七は灰が犯人でないことを知っているんだよ。」


警察が帰った後、誠さんがいなくなった客間で尊と状況を整理していた。

お婆様と遥さんは警察の対応はせず灰からの連絡を待っていたが、落ち着いている家の中を見るにまだそっちは動いていないようだ。


「じゃあ…、七は無事ってことですよね?」


涙を溜めて安堵する尊に、力強く頷く。

あんな元気いっぱいに、舌まで出して負けた喧嘩相手を煽れるのだから間違いない。中指まで立てる溌剌とした様子は恐怖に怯えていない健やかな精神状態の証拠だ。そう、根がちょっとお転婆なだけだ。


「よかった…。」

「だから少し休みなよ、顔色悪いよ。」


俺に休めと言っておきながら、尊は殆ど寝ていないようで今日起きてから…、いや七が拐われてからずっと顔色が悪い。心配もあるだろうが、それがそろそろ体調にも出てきてしまっている。


「七も無事なら連絡の一つでも入れてくれればいいのに…。」


あれだけ自由な感じで動いているのであれば、連絡の一つくらい入れるのも出来そうなものだが。


「携帯の電源を入れられないから、電話番号がわからないんじゃないでしょうか。」

「でも灰は本家に電話して来てるから、番号はわかると思うんだけど…。」


灰からの身代金の要求は公衆電話から掛かって来ていて、警察にスマホのGPSで居場所を特定されることを恐れているからだろう。であれば番号がわかっている筈だ。

俺のその言葉に、尊が何か引っかかったようで、


「ちょっと待ってください。おかしくないですか?」

「何が?」

「灰さんて、なんで身代金を要求しているんですか?」

「なんでって…。そうやって犯人に脅されているからじゃない?」

「殺人の罪を被って神楽所家に一億円払わせろって言われているということですよね。」

「…そうなんじゃない?」


罪を押し付けられた上に誘拐までさせてお金を要求しろなんて酷い話もあったものだ。だけど、それの何がおかしいのか尊の引っかかっているポイントがわからない。


「なんで、そう言わないのでしょうか?」

「え?」

「あの動画を見る限り、灰さんと七は二人で行動しているように思えます。常に犯人に見張られているわけでもなさそうじゃないですか。」

「うん…?」


だからこそ七もあんな自由に動けるのだと思う。犯人に見張られていたら、流石にもう少し誘拐された子として大人しくしているだろう。


「なら誘拐して一億円を要求するフリをして、犯人の指示に従っているフリをして、本家や織衛組に本当のことを言えばいいのに、どうして助けを求めないのでしょうか。」

「……あ。」


それもそうだ。

灰はどうして七を連れた状態で、逃げ続けているのだろう。例え脅されていても、織衛組や本家に助けを求めれば犯人にバレることもなく灰を保護することくらい簡単にできる筈なのに。


だって間違いなく犯人は()()()()()なのだから。


七が協力態勢であるという事は、氏神様を起こしている筈だ。

灰が七を強引に引き連れていたのであれば、氏神様を起こすということは七をチートモードにして積極的に逃す手伝いをしてしまうことになるから絶対にしないと思っていたが。

だけど七が自ら灰に付いて行っているのであれば、氏神様を起こさない手はない。むしろ積極的に氏神様を起こしている筈だ。

だからこそこの二日を警察に捕まることなく逃げ続けられているのだろうから。なんでも視える氏神様なら、警察の捜査すら全てが視える。それを掻い潜って逃げるのなんか容易い筈だ。

であれば、犯人は氏神様が観測できる氏子でないということだ。氏子が犯人であればとっくにその力を使って犯人を捕まえているのだろう。人間のする脅しなんて、氏神様の前では無力に等しい。

なら。

灰はどうして逃げ続けるのだろう。

七を連れて、氏神様の力を使って…。


「灰さんは一体、なんのために逃げ続けているんでしょうか。」





尊との話に結論は出ず、俺は待ち合わせしている京介さんのところに向かった。昨日と同じコンビニの駐車場で、バイクの横で待っていた京介さんに防犯カメラの話をすると、


「じゃあ、七は大丈夫そうってことだね。」


そう言って胸を撫で下ろしていた。いくら灰を信頼しているとは言っても七を心配していただろうし、旧友である灰の潔白にも安心しているのかもしれない。


「どうする?七が本当に無事ならこのまま身代金を払えば帰って来ると思うけど。」


京介さんの問いに、返事は決まっている。


「待ってるだけなんて出来ません。きっとまだ何かあると思うので。」


灰が一体誰に脅されているのか、何のために逃げ続けているのか。このまま七が無事に帰って来たとしても、そこをはっきりさせないとこのまま灰が殺人犯として捕まってしまう。

それに。

七の誕生日である今日が、刻一刻と過ぎて行っている。身代金の要求なんて待たずに、今すぐにでも取り返したい。

そう言うと、京介さんは頷く代わりにニヒルに笑った。


「そうこなくっちゃね。」

「すみません、京介さんには付き合ってもらってしまって…。」


連日連れ回してしまって申し訳ないが京介さんは「そんなのいいよ。」とさらっと流して、


「それより、被害者のことって何かわかった?」

「それなんですけど…。」


昨日京介さんに警察から聞き出すように言われていたから、コンビニの防犯カメラを見せてもらった後で尊が刑事たちに聞いてくれていた。





「被害者、ですか?」


聞かれた女刑事はそう言うと戸惑うように年配の刑事に目配せをする。捜査中の話を教えていいか迷っているのだろうか。


「どうして灰さんがそんなことしたのか疑問で…。」

「確かに…。灰とは面識がなかったんですよね?」


尊の尤もらしい理由に、灰が犯人でない可能性にかけたい誠さんまで話に乗っかり、二人の刑事は唸るような顔した。それはなんと言うか、ただ機密だからバラせないというわけではないように見えた。


「言えないような人なんですか…?」


言いづらそうに、言っていいものか迷った後。年配の刑事が口を開いた。


「被害者は東京にある暴力団の関係者のようなんです。」

「え…」

「と言っても、下っ端とも言えないヤクザくずれの人間のようなんですが…。」

「一応、そう言った関わりがあるそうで…。」


それ以上の言葉を濁すのは灰のことを表立って織衛組の人間と言えないからだろう。その情報が出てこなかった理由は、捜査中の機密事項だからではなくそこにあったのかもしれない。

本来であれば暴力団同士の諍いとして片付けるものが、神楽所家の手前、灰のことを織衛組の関係者として扱う事は出来ないから。


「その被害者の人って、暴力団の人に殺された可能性とかってないんですか?」

「一応そっちも担当の課が調べていますが、なんせ灰さんの証拠が揃い過ぎているので…。」


これに乗じて色々聞き出そうとした俺に、


「どうしてそんなこと気になるのかな?」


三上さんが言った。その鋭い目は俺を見定めるように見る。


「…灰が犯人とは思えなくて。」

「君の目の前でここのご令嬢が拐われているのに?」

「……。」

「ひょっとして、灰さんから何か連絡が来ているんじゃないのかな?」


返答を間違えばきっと嘘を見抜かれるような、そんな目だった。射抜くように俺の挙動を見ていて、何か返さなければと口を開こうとすると、


「そんなわけないじゃないですか!」


声を張り上げたのは誠さんだった。


「失礼なことを言うのはやめてください!うちが嘘を付いているとでも言うんですか⁉︎」


そのあまりにも取り乱した様子に嘘を付いていると認めているようなものだったが、この地域に住む二人の刑事はそれに大慌てで、


「そんなことは…!神楽所家の方がそんなことするなんて思いません!」

「三上君!失礼なことを言うんじゃないよ!」


と誠さんを宥めていた。その話の真偽よりも神楽所家の人間を怒らせることの方がよほど怖いのだろう。必死に終話させようとする二人の横で、三上さんだけが納得のいかない顔をしていた。





それを伝えると京介さんは、


「担当の課が調べているって言ったの?」


と。


「そうですけど…、担当の課ってなんですかね?」


殺人事件の起きる探偵漫画を毎週真剣に読んでいる七だったら警察の課とかにも詳しいのだろうが、生憎俺はそこまで読んでいないのでわからない。にわかもいいところだ。


「きっとマル棒だね。」

「マル棒…?」


京介さんの発したお菓子みたいな聞き慣れない単語に繰り返すと、


「警察の中で暴力団の犯罪を専門にする課って感じかな。」

「詳しいんですね?」


京介さんも漫画好きだと七が言っていたし、やっぱり愛読者の中では一般常識なんだろうか。

だけど京介さんは首を振る。


「俺の姉貴の旦那が、警視庁でマル棒として働いてるんだよね。」

「…え。」


京介さんはもう一度、ニヒルに笑った。


「繋がってきたと思わない?」


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