おまけ⑯
放課後行きたいところがあると言う七に付き合い、例に漏れず松戸さんに送ってもらった俺たちはゲームセンターにいた。
「これがほしいんだよ!」
七が指差したのは、クレーンゲームの檻の中にいるぬいぐるみだった。ぬいぐるみと呼ぶには割と大きめで縦長のそれは、緑色でカエルを模しているのか左右の頭についた出っ張りになんとも言えない間抜けな目がついている。顔も全体的に可愛いとは言い難いカエルだった。
「こんなのほしいの?」
「ほしい!」
強く宣言すると、七はスクールバックから財布を取り出している。
ガラスの向こうでは座らされたカエルが真っ直ぐその間抜けな顔でこちらを見ていて、よく見るとなんだか哀愁があると言うか、虚無感を感じる。縦に長い胴体と合わせられた長い手足がだらんと生えるフォルムがまたなんとも脱力感を訴えかけるようで、見ているだけでやる気がなくなりそうなぬいぐるみだ。
これの何がそんなに良いのか、七は爛々とした目でぬいぐるみを視界に捉えている。
お祭りの屋台のゲームはともかく、俺はゲーセンでこういうの全然やったことないのだが、そう簡単に取れるものでもないのだろう。七もそれをわかっているのか、さっき両替していた小銭を何枚も投入しーなるほどまとめてやると一回無料になるのか、コイン投入口にそう書いてあった。
「おりゃ!」
と掛け声と共にボタンを目一杯押すと、クレーンがおぼつかない足取り…というよりは頭取りでぐらんぐらんと揺れながら横に移動する。カエルのぬいぐるみは丁度中央に座らされていて、その真上まで来ると七がすかさずボタンから手を離す。と同時に大きく揺れながらクレーンが急ストップをする。
今度は七が隣のボタンに手をかけると、自分の身体をクレーンゲームの横へスライドさせた。クレーンの縦の方向に適応するため横から覗き込むとボタンを押し、クレーンは奥へと進み始める。
「ここだ!」
その掛け声は必要だろうか…。
歴戦のギャンブラーのような手つきでボタンから手を離すと、クレーンがカエルに向かって特攻を始める。正面に立った俺からはカエルの丁度真上にクレーンが来ているように見えて、頭を狙っているのだろうか。中々良い線をいってそうだった。
クレーンはカエルの頭上から下降を始めると、カエルの頭を押しつぶしながら一気に下がり終えた。開いたアームをカエルのお尻に向かって抱きしめるように閉じるが、引っかかる場所がないままカエルの胴体を滑り上がり、しかしカエルの顔に引っ掛かった。
ぴったりと。
ちゃんと首を掴んだそれに、思わず「おお…。」と感心する。
「上手じゃん。」
と言った瞬間、上昇を始めたクレーンからスルッとカエルの頭が逃げた。カエルはそのままだらんと力なく、座っていた体は横たわってしまった。
「アーム弱…。」
と言いながらも七は既に次の回を始めようとしているが、
「今取れてたじゃん!」
俺には納得がいかなかった。
全く擦りもしないなら本人の技量の問題だと思うが、しっかり掴んでいたのに取れないのは機械に問題があるだろ。そもそも取れるようにできていないのは詐欺じゃないのか。
「ゲーセンてこんなもんだよ?」
いつもの気の短さはどこに行ったのか、ゲーセンとはこういうものなのか、七はけろっとしている。
「じゃあこんなのどうやって取るんだよ…。」
「さっきよりちょっと動いたでしょ?こうやってちょっとずつ動かしてくの。」
「ええ…。」
動いたってほんの数センチとかの話で、出口まで五十センチくらいあるのに。気が遠くなるな…。
「えい!」
七は掛け声と共に普段見せない慎重さを見せ、アームのミリ単位を図るようにカエルを凝視している。確かにちょっとずつ動いているが、やっぱり数センチだし、なんだかんだアームで押し戻したりしているから結局最初の位置からは動いてない気がする。
あっという間に最初の6回が終わってしまった。
「まだまだ…!」
やっぱり掛け声と共に普段見せない根気強さを見せ、またその中にお金を入れていた。
「諦めたら?」
「やだ!」
こちらも見もしないで拒否すると、ひたすらカエルをアームで小突いている。そんなにガラスに近づいたら顔ぶつけるぞ…。
「なんでこれそんな欲しいの?」
七が好きな漫画のキャラか何かだろうか。おすすめの漫画はよくプレゼンされているが、こんなのいたっけな…。
「抱き枕に、ちょうど、良さそう。」
「抱き枕…?」
「寝る時、これ、抱っこして寝たい。肌触り、気持ちよさそう。」
ボタンを押す合間に喋るからカタコトみたいになっている。もしかして話しかけられるのが鬱陶しいのかもしれない。公園の件以来七の方から寄ってくることが多かったから、全然こっちに見向きもしないし、なんだか急に相手にされなくなったみたいでちょっと悲しい。
けどまあ、不眠解消グッズか…。
確かにカエルから生える柔らかそうな長毛は顔を埋めて寝たくなるかもしれない。大きさも抱き枕にはちょっと小さい気もするが、七の体格ならこれくらいのものか。
でも七の不眠は夜の間氏神様に代わっているからであって、これを抱いて眠りが深くなったとしてもあんまり意味ない気がするが。…と言うのは謎の掛け声とともに格闘してる七もわかっているんだろうし野暮か。毎日禄に眠れていないのは本来相当ストレスになっていてもおかしくない。
…俺も協力しよう。
動画サイトでコツを上げている動画を見たことがある。七の後ろでしばらくその手をサイトを漁っていると…。
「…ん?」
そこに書いてあったのは、驚くべき内容だった。
未だに格闘している七を置いて、その場を離れる。少し探してから、すぐ見つかった。他のクレーンゲームの景品の位置を整えていた店員の姿だ。
「すみません。」
「はい!」
後ろのBGMに負けない元気の良い笑顔で返事してくれたお姉さんに、本当にそんなことお願いしていいものなのか、まあ断られるのも承知のダメ元で、
「あっちのクレーンゲーム取りやすくして欲しいんですけど…。」
「わかりました!どちらですか?」
…快諾してくれた。
サイトには、店員にお願いすればある程度取りやすい位置まで動かしてくれると書いてあった。
そんなシステムがあるなら、だったら最初から取りやすくした方がいいんじゃないかとも思ってしまうが、そういう矛盾があってこそ成り立っているのだろう。なんせそもそもゲームなんだからな。
丁度また六回使い切って新たに小銭を投入しようとしている七に、
「ちょっとすみませんね!」
と鍵でガラスを開けると、横たわっているカエルを大分出口側にずらしてくれた。
「この子頭よりお尻の方が重たいので、そっちを押してあげた方が動くと思います!」
去り際に笑顔でそう言うと、ささっといなくなった。
七は何が起きたのかわからない顔で去っていった店員を見送っていて、
「これで取りやすくなったんじゃない?」
「…賄賂でも渡したの?」
「カエルのために渡すか…。普通にお願いしただけだって。」
「店員さんてこんなことしてくれるんだ…。」
「店によっては代わりに取ってくれるところもあるみたいだよ。」
流石にそこまでは図々しい気がしてお願い出来なかったけれど。
「これなら絶対いける気がする!」
ありがとう!と七はまた熱い勢いでボタンを押し始めー
結局散財した後俺が取ることになった。
途中から全然動かなくなったカエルに拗ね始めた七と交代して、俺も散財とまでは言わないがそれなりの額を叩いてから。
アームから最後の一押しをお尻にされたカエルは、下半身を穴に落とすと、重力に負けて吸い寄せられるように落ちて行って、
「よっしゃ!」
これ、勝手に掛け声出ちゃうな…。
ずり落ちるように景品口に向かって滑ってきたカエルを取り出す。横で拗ねていた筈の七は現金にも落とされたカエルに表情を一変させ、両手を広げてカエルの帰還を待ち構えていた。差し出したカエルを腕の中に入れてあげようとして、
「ありがとー!」
七が先にカエルに向かって突撃した。と言うより、カエルの向こうの俺にも向かって突撃した。
その勢いはカエル越しに俺にぶつかる事で収まるが、七の広げられた腕はカエルを超えて俺の背中に回される。
「……。」
押し付けられる身体がカエルの胴体なことに残念がればいいのか安堵すべきなのか…。
七は思っていた通りの感触なのかカエルの頭に顔をすり寄せていて、気に入ったようだった。
「これで安眠できる!」
「…よかったね。」
「うん!」
頭一個分下から見上げられた顔は満面の笑みで、
「……。」
だけどカエルの頭で半分見えなかった。
…邪魔だなこいつ。やっぱり退かすべく手を伸ばしたが、
「尊ー!見てー!」
とカエルを抱えて九十度回転して走り出して行った七に、ため息をつきつつ。まあいいかとその後ろから歩き出そうとして。
固まった。
俺より先行して走り出していた七もその異様な光景に足を止めている。
「尊…、なにそれ…。」
正面からこちらに向かってきた尊は、その細い両腕に抱え切れないほどのぬいぐるみやらでっかいお菓子の箱やらを持っていた。
「取ったのか、それ…。」
カエルのぬいぐるみ一つ取るのに三十分近く時間をかけ、五千円は優に超える額を使った俺たちが唖然とする中で、
「やってみたら、た、楽しくて…。」
尊はぬいぐるみで照れるように顔を隠していた。
初めて来たゲーセンで、初めてやったクレーンゲームに、楽しいというだけでここまで結果を残す人間がそういるだろうか…。
もはや恐れをなす俺に、その才能を正面から受ける七は愕然と呟いた。
「最初から尊にお願いすればよかった…。」
「おい…。」
…身の蓋もないことを言うな。
謎の熱発で死にかけていました。百話の後書きが死亡フラグになるかと思いましたが、生きて続きが書けてよかったです。
今回はリハビリでおまけです…。
次から続きに戻るのでよろしくお願いします!




