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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第一章
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第仇話

その日の夜、練習が終わり夕食を終えた後。

私はいつも通りこっそり神楽殿に向かった。尊には休む事も大切だと言われ夕食後は練習を禁止されているが、そんな悠長な事は言っていられない。作務所にある鍵をいつも勝手に使い、神楽殿を開けて練習をしていた。


テープで流しながら一人で尊に教えてもらった動きをイメージして動く。春に喝を入れてもらったおかげで、すごく捗る。


何周も、何周もしているうちに、ここに来る前巻いた包帯が取れ始めてしまった。血は相変わらず固まったり流れたりを繰り返しているが、もう気にするのはやめだ。しかし血で滑って練習にならないので、仕方なく一度救急箱を取りに戻ろうと稽古場を出ようとした。

が、手の伸ばす前に先に扉があいた。


「…なんでいんの?」


思わず口から出た。

扉の外にいるのは尊かと思って怒られることを身構えたのに、そこにいたのは意外にも臨だったからだ。


「これ。」


と渡されたのは自分で持って来たのとは違う、見たことない救急箱だった。


「その辺で買った絆創膏貼るよりはいいと思うよ。」

「は、はあ…。…え?」


なんだ急に。

もしかしてくれるのか?

彗星でも降ってくるのかと固まっていたが、臨も救急箱を突き出したまま動かない。とりあえず受け取ればいいのかと手を伸ばすと、ヒョイと交わされてしまった。


「はあ!?」


やっぱり嫌がらせに来たのか!?

意味がわからず睨み付けるが、その視線を躱され、いつぞやみたいに今後は臨が入り口に立っている私を押し除けると稽古場にズカズカと入っていく。


「あんたのてきとうな性格じゃ、ちゃんと薬塗らないだろ。俺がやるから早くして。」


と、神楽殿の真ん中に座り救急箱を開け始める。


「…気持ち悪。」


思わず呟いてしまった。聞こえていないのか、聞こえていないフリをしたのか、無視されたけれど。

一体何の心境の変化なのか。だって急に優しくされる意味もわからない。

この一週間で悪態をつかれた事はあっても、労いの言葉をかけられた事すらないのに。

なんだ?この臨は偽物か?

ここが神社じゃなくて寺だったら、幽霊を疑っただろう。とにかく不気味な事この上ない。


「ほら早く。」

「…はい。」


急かされて正面に座って手を開くと、救急箱から塗り薬を手に取って、傷に擦り込み出す。


「痛っっ!」


悶絶した。薬が塗られたところから灼熱感が駆け、引っ込めようとした手を強引に引き戻される。


「痛っい!ちょっと!離して!痛たたた!離せって!」

「五月蝿い。」

「うるさくない!何塗ってんのこれ⁉︎痛い痛い痛い!」


本当に痛くて(多分今までで一番痛い)逃げようとするが、臨は至って冷静に、というか心底に喧しいと言った目で、


「演舞で傷ができたときに神楽所家で代々使われてる軟膏だよ。これ塗っとけば治りが良くなる。」

「本当かよ⁉︎嫌がらせで唐辛子でも塗りに来たんじゃないの⁉︎」

「うっさいなあ。」


ぺしり、と軟膏を傷に叩きつけられ更に悶絶する。


「っ!」

「はは、いい様。」


無表情で乾いた声で笑う臨に、やっぱり嫌がらせなんじゃないかと疑っていたが、


「…痛くなくなってきた。」


しばらくすると、本当に痛みが引いてきた。もしかしたら痛すぎて感覚がなくなっただけかもしれないけれど。けれど臨は、そうだろ。と、


「尊もこれを塗って練習してたんだよ。」


嬉しそうに続けた。


「…。」


数秒迷ってから、


「…シスコン。」

「……。」

「痛たたたた!」


今度はぐりぐりと薬を塗り込まれ、もう一度痛みが増した。


「黙ってろ。」


本当のことだろ、と言おうとしたけれど、もう痛いのは嫌なので言うのはやめておいた。


それっきりお互い喋らなくなり、外から聞こえるセミやら虫の声が神楽殿に響く。気が付くと臨は薬を塗り終え、包帯を巻き始めていた。確かに、薬を塗るところから丁寧で私ではこうはいかないだろう。というか、手際が良すぎてびっくりする。

きっと今まで何度もやってきたんだろう。

つい見入っていると、


「なあ。」

「なに?」


しばらく沈黙してから、


「五歳の頃のこと、覚えてるか?」


と。いきなり何のことかと思ったが、そうだ。誠さん達が言っていた私がここに来たことがあるという、あの話が確か五歳の頃とかって言っていた気がする。だけど生憎、私はなにも覚えていない。


「いや、全然…。」


正直に答えると、


「…そうだろうね。」


臨は静かに、聞く前からわかっていた様に言った。

もし、あの時の話に臨が私を睨みつけたことに理由があるのなら。今までの態度も、もしそこに起因するものだったとしたら。


もし尊が私に演舞を踊らす理由がそこにあるのだとしたら。


「ねえ、あのさ…。」

「はい、終わったよ。」


臨に遮られ、見ると手はしっかりと包帯が巻かれていた。たるみもなく、素人がやったとは思えない完璧な仕上がりだった。痛みも、もうない。


「じゃあな。」


そう言うと、臨は立ち上がって救急箱を持つ。止めようとしたが、あっという間に去っていく臨の背中を止められなかった。止めたとして、何か聞いたとして、それで今更何かがわかったとして、分かり合えたとして。

私は今更、引き返せない。

あんなお願いをした私が、今更誰とも和解なんかしなくていい。




その後、どんなに練習をしてももう包帯は取れなかった。そして、臨は次の日から毎日この時間に包帯を巻き直しに来た。

きっと、尊にやっていたように。



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