プロローグ
神楽所尊というのは、片田舎にある神楽所神社の1人娘だ。
片田舎の神社と言っても、この地域では唯一無二の由緒正しいそれはそれは大きな神社で、「神楽所」の名はこの地域一帯では絶対的な力を持つ。というのも、この地域では神楽所信仰が昔から根強いというだけでなく、神楽所の家系筋は県のお偉いさんから裏社会にまで幅広く顔が利くというのが専らの噂だ。
実際県議会員の中には何人か神楽所の名を持った人がいると聞くし(私は社会科は苦手だからよく知らないけれど)、裏社会というのがどこまで定かかはわからないにしろ、大人達―特にこの地域の年配の人達は口々に言うのだ、「神楽所の人間を敵に回したらこの地域では生きていけない」と。
そんな神楽所の本家の一人娘が、神楽所尊だ。
まだ高校生の身でありながら、神楽所神社が夏に執り行う通称「神座祭り」では巫女として奉納演舞を踊り、これには多くの参拝客だけでなく県のテレビにまで毎年取り上げられている。
その見目麗しい見た目だけでなく、品行方正、成績優秀で文武両道、おまけに学校の生徒会長という完璧超人は、二つ下の学年で周囲との交友関係薄弱な私なんかでも知らない噂がない程有名人だった。
神楽所尊は、この地域で最も有名な女子高生だった。だった。
数日前までの話である。
この数日間で、この地域で最も有名な女子高生の名を意図せず欲しいままにしてしまった私は、今、その「元」最も有名な神楽所尊の前にいた。
場所は神楽所総本社。
そして彼女はこう言うのだった。
「あなたには、今年の奉納演舞を踊っていただきます。」
「あなたが神楽所の血筋だからです。」