第4話 逃走と追跡
「ああもうクソがっ!」
大麻による精神障害を起こしながら、佐々木優斗は道を帰路を歩いていた。
彼は大麻を買うための金が底を尽き、それでも抑えきれない欲求を満たすためにどうにか貰えないかと交渉に行ったのだ。
だが彼の態度から読み取れるだろう。
当然そんな都合のいいようにはいかず、追い返された。
彼が大麻を使い始めた理由は、軽い出来心であった。
偶然街中で見かけてしまった売り場、吸い込まれるように入っていってしまった彼はつい購入してしまった。
それからというもの、彼は大麻を定期的に購入し続け、気がつけば抜け出すことのできない依存症に陥ってしまった、よくある話だ。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」
そうぶつぶつと呟きながら、彼は街中を歩く。
気がつくと、彼の前には自分の家があった。
「もう着いたのか」と呟きながら、家の中に入る。
心の中で、親の金でも盗んでみようかと、考えていた時だった。
「優斗っ!」
リビングの方で母親の怒鳴り声が鳴り響いてきた。
「ああ⁉︎ なんだよ母さん!」
それに対し、優斗も怒鳴る。
すると、リビングの扉から母親が悲しみと怒りでぐちゃぐちゃになった顔を晒しながら出てきた。
その後ろから春翔と葵も出てくる。
「はっ? なんだよそいつら」
困惑している優斗に、葵はジップロックに入った加工された大麻を見せる。
「これは貴方の部屋から見つかった大麻よ。この量、結構使っているのね」
それを見た瞬間、優斗の背筋が凍りつく。
「は、はあ? な、なんで俺の部屋に入れてんだよ?」
戸締りしたはずの部屋が開けられていれば、そんな反応もするだろう。
そんな優斗に、母親は力を込めて平手打ちをする。
「貴方、何をしたのか分かっているの? 違法だと知りながら、なんで手を出したの? なんで……」
泣きながら、母親は優斗の肩を掴む。
数秒程頭を下げながら固ったのち、母親は決心する。
「……警察に行きましょう。そこで罪を償って」
その時だった。
なんと優斗はその母親の手を振り解き、家を出て逃走しだした。
「ゆ、優斗⁉︎」
無理やり振り解かれたので、母親は体制を崩して倒れ込む。
しかしそんなことには構いもせず、優斗は逃走する。
「佐々木さん!」と、すぐ後ろにいた葵は母親を支える。
「春翔くん、追って!」
「力尽くでも構わないな?」
「ええ、どんな手段を使ってもいいわ。とにかく捕まえて」
「了解だ」
そして春翔はすぐに靴を履き、優斗を追った。
☆☆☆
数分程経っただろうか。
春翔が優斗を追い出してからそれくらいの時間が経った頃、彼らはあまり人気のない道に出た。
そろそろ奴も体力の限界だろう、と春翔は予想していた。
案の定、その読みは的中する。
優斗は「はあ、はあ」と息を切らしたかと思うと、走る速度がどんどん落ちていった。
すると、優斗は急に立ち止まり、ポケットからカッターナイフを取り出す。
そして刃をジリリとだし、走る春翔に切り掛かってくる。
「チッ」
春翔は舌打ちをすると先日の反省を生かし、余裕を持ってかわす。
そして手に握られたカッターナイフを片手で叩き落としながら足を蹴り転ばせる。
「グワッ」
さらにすかさず優斗の腕を後ろで組む。
「ぐあ、イデ!」
これなら動くことはできないだろう、春翔はそう確信する。
「無駄な抵抗はするな。腕が折れるぞ」
「そ、そんな脅し、聞くかよ」
優斗は無理やり動こうとする。
しかし春翔はそれを許さない。
腕の締め付けを強くし、優斗の関節に痛みを与える。
すると優斗は「グアアッ!」と叫び、涙目になりながら春翔睨むが、当然春翔はそれに動じず、冷たい眼差しを向け続ける。
数分後、葵が通報したと思われる警官が駆けつけ、優斗はその身柄を確保された。
☆☆☆
あれから3日が経過した。
その昼休み、春翔と葵はもはやいつも通りの場所と言える屋上で昼食を取っていた。
2人は特に話すことも無く、淡々と弁当の中の物を食べ続ける。
「……」
しかしそんな中、葵は春翔の弁当の中身を少し不気味そうに見ていた。
「……そういえば」
春翔はそれに気がつかないのか、普通に葵に声を掛ける。
すると葵は「ッ!」と反応して弁当から目線を逸らす。
「どうした?」
「いえ、なんでも」
紛らわすかのように葵は答える。
春翔は「まあいい」と言うと続けて質問する。
「ここ数日、特に何も指示されていないんだが、校内の生徒への情報収集はやらなくていいのか?」
あれから3日、彼らは何も行動をしていなかった。
情報集めも訪問も、何もかもだ。
しかし春翔にとってはそれでも良かったのだ。
彼にとっては学校生活を満喫したいので、それを邪魔されるのは嫌だからだ。
それに対し葵は「ええ」と言うと続けて説明を始める。
「3日前に捕らえた佐々木 優斗から聞き出した情報を頼りに警察が大麻を密売している店を発見したらしいわ。そこで大麻を栽培しているところを特定するため、その店に入荷しに来る怪しい車を待ち伏せして、来たところで追跡する予定、らしい」
「らしいって、どう言うことだ」
「これをやるのは警察の役目だからよ。今回の大麻問題の解決は、GASUと警察は連携しているの。それでこの仕事は警察のもの。発見に成功したら今度は私達の仕事」
「つまり今は」
春翔は察する。
「そう、今は休暇よ。喜びなさい」
それを聞くと春翔は感情0の棒読みで「わーいわーい」と言いながら喜しがるような感じをする。
そして何事もなかったかのように食事を続ける。
「……嬉しがってないわね」
「嬉しいさ。休暇は喜ぶものだからな。ようやく普通の生活に戻れるってものだ」
「まぁでも、これで終わったらの話よ。終わったらこれ以上貴方に協力を要請することはないわ。晴れて自由の身よ」
「囚人か俺は」
春翔は昼食を食べ終わると弁当箱を袋に入れ、屋上を後にしようする。
そのとき、春翔はふととあることを思い出す。
「あぁ、そうだ。葵に確認したいことがあったんだ」
春翔はそう言うと、葵に聞く。
「葵、お前……」
「な、なによ」
「……ボッチなのか?」
静寂が訪れる。
春翔の言葉に葵は一瞬理解ができず、返せなかった。
そして、だんだんとその意味を理解していく。
「……」
「……ボッチな」
「二度も言わないでっ」
よく見ると、葵の頬はほんのり赤く染まっていた。
「なんでそんなことを聞くの?」
「いや、特に深い意味なんてない。ただ葵が俺と一緒にいつも屋上で昼飯食ってるから、俺と同じでボッチなのかと思ってな」
「……失礼な質問ね。それで、もし私がボッチだったらどうするの?」
葵の問いに、春翔は当然のように答えた。
「もし葵さえ良かったら、友達になって欲しいと思ってな」
「ッ⁉︎」
友達、葵にとってそれは程遠い存在であった。
元々人と戯れ合うことを毛嫌いしていたということもあり、気がつけば人を寄せ付けない一匹狼のような性格に彼女はなってしまった。
そんな葵には当然友達などはできず、酷いことに今までの人生でできたのはGASUでの戦友だけだった。
だが今目の前には普通に友達になってくれるという手が差し伸べられている。
それを握らないと言う手はない……のだが、葵はそれを、
「……遠慮しておくわ」
握らなかった。
「……」
「貴方と友達になるなんて、ごめんだわ」
「……そうか。流石にそうだろうとは思ったさ。悪かった」
そう言うと、春翔は屋上から出ていった。
春翔が出たのを確認すると、葵はポケットからスマートフォンを取り出す。
そこにはとあるメールが送られてきていた。
“今夜20:00 指示したポイントにて作戦を開始する“
「……ごめんなさい春翔君。貴方とは、友達になることはどうしても、できない」
葵も、春翔とは友達になりたかった。あの時、あの差し伸べられた手を掴みたかった。
だが彼女にはそのような関係になる勇気は無かった。
もし自分が死んでしまった場合、彼が悲しむだろうと思ったからだ。
関わったのはたったの数日、そんな相手のことを思うというのは少しおかしなことなのかもしれないが、葵にとってはそれでもそんな思いにはさせたくはなかったのだ。
今回の戦闘ではとある理由で死なないなんて自信が無かったからだ。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
葵は静かに涙を溢した。
出口の側で春翔が聞いているなんてことも知らず。
「……」
春翔はスマートフォンをポケットから取り出し、晴海に電話を掛けだした。
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