第3話 情報
眠気の取れない春翔はどうにかその体を動かし、学校へと向かった。
学校に着くと教室へは行かずにそのまま屋上へ直行する。
屋上に着くと、そこには昨日と同じように景色を眺めている葵の姿があった。
「悪い、待たせたな」
「ほんとよ。約束の時間から5分も過ぎてるじゃない」
「こんな早い時間に呼び出すからだと俺は思うが」
「はあ、まあいいわ。とにかく話を始めましょう」
そういうと、葵は春翔にとある紙を渡してきた。
その紙には人の名前が縦にズラッと書かれていた。
「なんだこの紙は」と葵に聞く。
「それはこの学校の生徒全員を学年組番号順に並べたものよ。それを元に何か最近怪しい行動を取っている人がいないか聞き出してちょうだい」
「と言うことは……500人もか?」
「ええそうよ」
「お前この学校に来て1年だろ。事前に何人か聞いていないのか?」
「聞けないわよ。私がこの学校に来たのは今年の春から。ついでにここの生徒から情報を聞き出せって上から言われたのはつい先日よ」
春翔は少々呆れ気味に「そうなのか」と答えると、その紙をバックの中に入れる。
「あと興味深い情報が1つ、紙に印が付いているクラスがあるでしょう? その中の男子の内の1人がここ数週間程学校に来ていないらしいわ」
そう言うと、葵は屋上の出口へと向かう。
「ん? お前は行かないのか?」
「私は今日の昼頃に昨日の5人から情報を聞き出すために警察署に行かなきゃなの。だから後は頼むわ」
葵はそう言いながら階段を降りていった。
春翔は「勘弁してくれ」と呟きながらあの紙を思い出す。
「……というか、印の付いている場所って、1年のクラスじゃないか」
☆☆☆
昼休み……
春翔はその時1年のクラスの前に来ていた。
葵がいない今、学校での情報は春翔1人で集めなくてはいけない。
内心少し面倒臭く思いながら教室に入ろうとしたが、その瞬間扉を開けようとした手が止まる。
(ん? 待てよ。俺は一体どう言いながら教室に入ればいいんだ?)
そう、春翔はこのような後輩(学校経験歴では先輩)の教室にはどうやって入ればいいのか分からないのだ。
「……」
完全に停止する。
下手すれば辺な噂が立つと思っているからだ。
どうしようかと思っていると、横から声を掛けられた。
「あの、どうされたんですか?」
「ん?」
声の掛けられた方を向くと、そこには髪を肩まで伸ばした女子生徒が立っていた。
見たところ1年のように見える。
「ッ⁉︎」
それを見た途端、春翔は目を見開いた。
似ている。
あの時、彼がまだ黒髪だったあの時、幼かったあの時に会った少女と今目の前に立っている女子生徒が似ていたのだ。
その瞬間、春翔の体が硬直する。
そんな春翔に、彼女は話し掛ける。
「私のクラス何か御用ですか?」
彼女の一言で我に帰る。
「あ、ああ。君のクラスか?」
「はい、月野 美鈴と言います」
「俺は2年の冨崎 春翔だ。このクラスで数週間学校に来ていない佐々木と仲の良い生徒に話を聞きに来たんだ」
それを聞くと美鈴は不思議そうに春翔に尋ねる。
「あの、冨崎さん、いや先輩は警察の方なんですか? そんなことを聞きにくるなんて。もしかして、佐々木さんに何かあったんですか?」
「あ、いや、それは......」
言葉が詰まる。
大麻を使っているかもしれないなんて言えるわけがない。
春翔はどうにか誤魔化そうとする。
「......そんなんじゃないさ。実は俺はこう見えて彼の知り合いなんだ。それで、彼に借りてたお金を返さなくちゃいけないからその知人に家を教えてもらいたくれ」
「ああなるほど。分かりました。それじゃあ呼んでくるので少しお待ちください」
「ああ、助かる」と春翔が言うと、美鈴は教室に入っていった。
数十秒後、美鈴は眼鏡を掛けた男子生徒を連れて教室から出てきた。
「はい、連れてきました」
「ありがとう。それじゃあお前があいつの知り合いか?」
「は、はい。鈴木です」
「鈴木か。それじゃあちょっと来てくれ。美鈴には世話になった」
「いえ、私も役に立てて良かったです。それでは失礼します」
そう言うと、美鈴は去っていった。
その後、春翔は佐々木を連れて邪魔の入らない屋上へと向かった。
「それじゃあ、お前と佐々木の関係について教えてくれ」
「え? 家の場所についてって」
「それもある。だが俺は彼のことが心配なんだ。もし病んでたりした場合には、その情報がきっかけで立ち直らせることができるかもしれない。だから協力してくれ」
春翔は鈴木にそう頼む。
「……わ、分かりましたよ」
それに「ありがとう」と感謝の言葉を告げる。
鈴木は語り出す。
「僕と佐々木はお互いアニメ好きの陰キャ仲間で、結構2人で一緒にいました。そんな悩みがあるように見えなっかったんですけど、数週間前から連絡が取れなくなって、登校もしなくなりました。でも」
「でも?」と聞き続ける。
「数日前に連絡があって、大丈夫と聞いてみたんです。それで証明のために自撮り写真を送ってもらったら」
鈴木はスマホを起動し、メールの写真を見せる。
そこには目が赤く充血し、顔色を悪くしながらニヤニヤ笑っている佐々木と思わしき男の姿だった。
「……確定か」
「え?」
「いや、なんでもない。それじゃあ家の場所を教えてくれるか?」
その後、春翔は佐々木の家の場所を聞いた。
☆☆☆
「で、その写真を見た貴方は確信したの?」
佐々木の家に向かう道中、合流した葵は歩きながらそう聞いてきた。
「ああ。あの顔は大麻を使っている奴の顔だ」
春翔にはそれは見慣れた顔だった。なのでそう判断できたのだ。
「で、そっちはどうだったんだ?」
春翔はき聞き返す。
「場所は聞けて、警察がすぐに動いたけど、まただった」
「また、だと?」
「ここ最近、この街という小さな範囲で大麻を使っている人が増えているけど、それと比例するかのように大麻を売っている店が増えてるの。売っている所は2、3箇所とかじゃないらしいの。この街ではもはや数十個見つかっている、異常よ。でも、栽培してるのはそこじゃなかった」
そう言うと、葵は眉間にシワを寄せる。
だがそうなると、1つの結論が浮かび上がる。
「つまりその大麻を栽培して、出荷している所があるということか」
「そういうことよ。けど捕まった大麻を売っていた店の人は中々口を割らないようだけどね」
全くなんて街だ、と春翔は思う。
そして数分経つと、佐々木の家に到着する。
佐々木の家は2階建てで、普通の一般家庭という感じであった。
葵は扉の隣にあるインターホンを鳴らす。
するとインターホンのマイク越しに女性の声がしだした。
『はい、どちら様でしょうか?』
それに対し、葵が答える。
「あの、私達佐々木さんの学校での知り合いで少し話があってきました」
『学校……優斗の? 少し待っていてください』
そう言うと、その声の主は玄関の扉を開けにきた。
恐らく佐々木の母親なのだろう。
「どうぞ」
2人は「お邪魔します」と言いながら中に入った。
玄関に入り、佐々木の母親について行くと、リビングのテーブルを囲む椅子に座るように言われたので、その椅子に座る。
母親の方はお茶を2人の前に出し、その向かいに座る。
「それで、話とはなんでしょうか?」
母親は恐る恐る聞いてくる。
「佐々木優斗さんのお母様ですよね? なら、今の彼の状況をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「優斗についてですか……分かりました。別に悩み事がありそうには思えなかったのですが、数週間前から突然部屋に引き籠るようになってしまったんです。扉越しに理由を聞いても答えてくれず、返ってくるのは怒鳴り声ばかりだったんですが、中の音を聞いてみると、泣いていたり、怒っていたり、笑っていたりと、感情の変化が激しかったんです。あと、最近学校に行く訳でもないのに外出を頻繁にするようになっています。もう私は本当に心配で心配で」
その話を聞きながら、春翔と葵は確信する。
彼は大麻を使っているな、と。
「今、彼は?」
「外に出ています。行き先は聞いていません」
「そうですか。部屋は空いていますか?」
「鍵を掛けられていて今は開かないかと」
その2人の会話に、春翔は割り込む。
「鍵は電子ロックじゃあないですよね?」
「え? は、はい、鍵穴に刺すタイプですけど、それが何か?」
すると春翔は立ち上がり、そしてスクールバックを持つ。
「いえ、それくらいならピッキングでどうにかできると思いまして」
その春翔の言葉は、2人の耳に衝撃を与えた。
そんな2人は春翔を凝視する。
「……なんでそんなことできるのかと思っているのだろう。実は昔育ての親に教えられたんだ。まあ、あっちの方が俺よりはできたが」
「そ、そうなの」
「お前は逆にできないのか?」
「一応はできるけど、そこまで上手じゃないわ」
「なら俺がやる」
そして春翔は佐々木 優斗の部屋のある2階へと向かった。
春翔は一応の確認の為にドアノブを捻るが、流石に動かなかった。
確認が終わるとバックからピッキング用具を取りだす。
「学校に行くときも持っているのね」
「もしかしたら事故で閉じ込められたりするかもしれないからな」
葵にそう答えると、春翔はピッキング用具を鍵穴に差し込む。
そして鍵穴の中をカチャカチャと動かし、数十秒後、鍵穴が音を立てる。
どうやら開いたようだ。
「よし、これで開いたはずだ」
その光景を見ていた葵は、春翔を称賛する。
「凄いわね。こんなに早くて尚且つ鍵穴を傷つけずに開けるなんて。GASEにとっては欲しい人材だわ」
春翔は「それは勘弁してくれ」と言いながら、部屋の中に入った。
中はぐちゃぐちゃの毛布が乗っかっているベッド、点けっぱなしのパソコン、脱ぎ捨てられた服など、まさに“荒れている“という状態だった。
入るや否や、すぐさま捜索に取り掛かった……だが、お求めの大麻は意外にあっさりと見つかった。
なんとそれはゴミ箱の中に無造作にそのまま放り込まれていた。
「これだな。ちょっと加工されているけど、間違い無いだろ」
春翔は大麻をジップロックに詰めると、空気を抜いて閉じる。
「証拠は手に入れたぞ」
春翔は扉の外にいる葵にそう報告する。
「分かったわ」
「それより、なんで部屋に入らないんだ?」
春翔がそんなことを聞いた理由はさっきから葵がこの部屋に入らず、見守ることしかしていなかったからだ。
葵はケダモノを見る目で言う。
「男の部屋に入るなんて、生理的に無理よ」
「……そうか」
ああ、そういう男を少し毛嫌いしているタイプの女子か、と春翔は思った。
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